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第32話

 

「で、ここがその、魔王の証とかいうのが眠ってる遺跡なわけね」


 腕を組み、仁王立ちしたリリィが前を見据える。


 草木が生い茂った森はいかにも怪しげな雰囲気で、傍らのリチャードと共に俺は辺りを見回した。


「なんか、結構静かですね」

「特にこれといって目印のようなものもありませんな」


 この広大な森のどこかに試練のための遺跡がある。けれどそれらしきものはどこにも見あたらず、俺はきょろきょろと顔を動かした。


「遺跡を探すのも試練のうちって感じですかね」

「大いにあり得ますな。詳しい場所が載っていなかったのも、引っかかりましたし」


 本のページをめくりながらリチャードが思案する。大ざっぱな場所以外は書かれてなく、要は自分で見つけろということだ。


「あーもう、めんどくさいわねー! せっかく私たちが付いてきてるっていうのに!」


 リリィが叫ぶ。

 そうなのだ、この頼もしい二人は、俺の試練に参加するためにここにいる。



『え? 他の人が参加してもいいんですか?』

『そのようです。魔王とは、上に立つ者。部下の力は魔王の力ということでしょう』



 リチャードの話を思い出す。正直、二人が付いてきてくれるのならば話は別だ。


「ま、私とリチャードがいるなら勝ったようなもんよ! どんな化け物が出てこようとぶち殺してあげるから、安心しなさいテッペー!」

「あ、うん。頼りにしてる」


 ぐっと拳を握るリリィを頼もしそうに俺は見やった。リリィの豪腕は知っているので、もし試練が力業だけならば拍子抜けなことになりそうだ。


 ただ、そう簡単にいくはずもないと思う。むしろ配下の人を連れてきていいということは、それだけ試練の難易度が高いということではなかろうか。


「しかし、なんかさっきから似たような景色ねー。どこにあんのよ、遺跡ってのは」

「あっ」


 眉を寄せるリリィの視線の先を見て、俺は思わず声をあげた。

 目線の先の木の枝に、赤い紐が結ばれてる。


「なにあれ?」

「俺が帰りのために結んでた目印だよ。あれ、おかしいな? ぐるっと一周しちまったのかな」


 一応、まっすぐに進んできたつもりだ。不可解な目印の出現に首を捻っていると、リチャードが宙に向かって手をかざす。


 その瞬間、まるで波打つ水のように空間が歪められ、青白い波が揺れ動いた。


「テッペー殿、さすがです。ここを境に、空間をねじ曲げる術式が張られています」


 意識しないと発見は不可能な自然さで境界は張られていた。しかし、弱ったようにリチャードは眉を寄せる。


「困りましたな。私はこの手の魔法には疎く……これを解除しなくては前に進めませんぞ」

「なるほど、そういう感じですか」


 まさに試練ということだろう。発見だけでも難しい結界の、更にその破壊。専門の魔法使いがいないと難しいとリチャードは言う。


「かなり難解な結界ですな。これは並の上級魔導師では太刀打ちできぬかもしれませぬ」

「最初の関門ってわけですね」


 術式を探っていたリチャードがこくりと頷く。魔王城には何人も上級の魔法使いは存在するが、生半可な者では目の前の結界の突破は困難らしい。


「ふぅむ。元四天王の問題児に魔女がいるのですが、彼女ならば。ただ……どこにおるかも分からぬような奴でして」


 旧知の戦友を思い出し、リチャードが腕を組む。一度ここは撤退して体勢を立て直すべきか。


「なに悩んでんのよ? この結界ぶっ壊せばいいんでしょ?」


 俺たちが悩んでいると、不思議そうな顔でリリィが一歩前に進んだ。手をかざし、境界に触れた感覚を愉快そうに楽しむ。


「あ、ほんとだ。ここになんかあるわね」


 結界の存在を確認すると、リリィは大きく右拳を振りかぶる。

 あまりにも愚直な行動に、俺どころか隣のリチャードも目を見開いた。


 そして――


「邪魔よッ!!」


 リリィの右拳が結界へと突き出され、その瞬間、目の前の空間に亀裂が走った。


 まるで光が中から漏れ出たかのように亀裂が光り、幾百にも張り巡らされた障壁が物理的に音を立てる。それでもなお術式は、侵入者の拳を転移の反発によって退けようと輝きを増した。


「しゃらくさいッ!!


 リリィの拳が、魔王の試練を粉砕する。


 森を覆っていた術式が、一切の跡形もなく消失した。


「よーし!」


 盛大な轟音と共に砕け散った結界を見やって、リリィは満面の笑みで「どんなもんよ」と俺たちを振り返るのだった。



 ◆  ◆  ◆



「おっ、あれじゃないか?」


 結界から五分ほど進むと、森は一気に空けた空間へと変貌した。


 森を抜けた先に、土と石で出来た巨大な建造物が姿を現す。


「いかにもって感じね。遺跡って言ってんだからあれでしょうよ」

「うむ、間違いなさそうですな」


 リリィとリチャードも見えてきた遺跡に目を凝らした。巨大すぎて感覚が麻痺するが、あそこまで行くにもまだ数十分はかかりそうだ。


「まるでジョーンズだな。ちょっとわくわくしてきたぜ」

「なにそれ?」


 リリィが呆れたように聞いてくる。説明が難しいので、俺は笑って誤魔化して遺跡を指さした。


 ただ、本当にそうならば警戒しなくてはならない。罠がどこに潜んでいるかわかったものではないのだから。


「とりあえず遺跡の入り口まで行かないと」

「さっさと行きましょう。ちんたらやってると日が暮れるわ」


 リリィの言葉に、俺はそう言えばと空を見上げる。まだ日は昇りきっていないくらいだが、この先なにがあるかわからない。

 進むならば早い方がいいだろうと、俺はリチャードと顔を見合わせた。


 そのときだ。先に進もうとリリィが一歩踏み出した途端、辺りの地面が音を立てて揺れ始める。


「なんだ!? 地震っ!?」

「いえ、これは――!!」


 盛り上がる地面。そしてそれは、みるみるうちに巨大な土人形へと姿を変えた。


「ゴーレム!? なんと珍しい!!」


 それは、古の時代に潰えた生命を作り上げる禁忌の魔法。現存する使い手は、もはや幾人も残っていない。


 そして、でかい。ここまで規格外のものは初めてみると、リチャードは驚愕の表情でゴーレムを見上げた。


「って、また!?」


 それだけではない。地面が再び揺れたかと思うと、背後にももう一体。そして、更にもう一体のゴーレムが地面の中から出現した。


「……どうやら、遺跡までにはもうしばらく時間がかかりそうですな」



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