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第30話


 おかしい。

 なにがおかしいかといえば、テッペーがおかしい。


「絶対におかしい」


 何度おかしいと思うかわからないが、絶対に絶対におかしい。

 のほほんとしたテッペーの顔を思い浮かべて、私は盛大に眉を寄せた。


 テッペーの奴の未遂事件から既に七日以上が経過している。

 わざわざ私がアホのテッペーでも分かるようにと「次は」などと言ってやったにも関わらず、あのアホのテッペーはアホだからあれ以来なにも言ってこないし、やってもこない。


 いや、なにか言ってはくるのだ。別に喋らないわけではない。けれど、なんというかそういう話題は皆無で、なんならあのアホは未だに床で寝ている。


「……まさか、私の想像以上にアホ?」


 そんなはずはないと思う。なにせ、あんな一大プロジェクトを成し遂げた私の自慢の夫(予定)だ。私の口の悪さはともかく、本当にアホならあんなことできないだろう。


 でも、こと女性関係において、あのアホはアホの追随を許さないことを思い出す。それが交尾となると、もう赤子のようなものなのかもしれない。

 正直、もしかしたら、そんなことはないと思うが、あれで交尾が成功したと思いこんでいる可能性すらある。その場合、あそこまで落ち込んだ理由が分からないが。


「こうしちゃいられないわ!」


 多分なんか勘違いしているのだろう。そうに決まっていると結論づけて、私はテッペーの元へと駆けだした。



 ◆  ◆  ◆



「相変わらず騒がしいところね」


 カジノに入ると、そこには五月蠅く煌びやかな空間が広がっていた。

 これ見よがしにキラキラと、これでもかと豪華なフロアに私はうんうんと頷く。


「さすがテッペーね。やっぱこれくらいやんないと」


 なにせ王家の権威を誇示する建物だ。豪華すぎることなんてありはしない。むしろまだ地味すぎるくらいだと私は辺りを見渡した。


「ここら辺に私の銅像とかあるといいわね。テッペーに頼んで造ってもらいましょう」


 腰に手を当ててフロアの隅のスペースを見やる。これだけあれば銅像くらいなら置けそうだ。壁にかかってる絵はどければいい。

 と、そんなことをしている場合ではない。テッペーだ。どうせ仕事が忙しく、あいつのことだから今日も遅くまで残るつもりに決まっている。


「たまには早く帰ってきてもらわないと」


 全く以てなにを考えているのか。仕事も大事だが、休息も、夫婦の時間も同じくらい重要だ。連日連夜あんなに遅れて帰ってこられたら、やることもやれない。


 一回しっかり言わないとと、私はテッペーを探した。


 客で混雑している店内は動きにくく、ドレス姿が目立つことはないがテッペーも見あたらない。


「あれ、姫さまやないですか?」


 どうしたもんかと途方に暮れていると、覚えたくなくとも覚えてしまった声が聞こえてきた。

 振り返れば、雌ネコがきょとんとした顔で私を見ている。


「なによ雌ネコ。あんた仕事はどうしたのよ。さてはサボりね?」

「ちょうど休憩行くとこですよ。姫さんこそどーしたんです?」


 そのとき、私は妙な違和感に襲われた。

 なぜだろう。上手く言えないが、なんだか雌ネコが雌ネコじゃなくなった気がして、私は首を傾げたのだった。



 ◆  ◆  ◆



「あはは! さすがにそこまでじゃありませんて!」


 数分後、案内されたスタッフルームの中で、私は笑う雌ネコを睨んでいた。

 未遂とはいえ交尾をしたのだ。一歩どころか完全にリードだと自慢してやると、雌ネコはおかしそうに笑い出した。


 こいつにテッペーのなにが分かるというのか。

 私が睨んでいると、雌ネコは涙を浮かべながら「すみません」と謝ってくる。


「いえね。そのことでうち、テッペーさんから相談受けましてん」

「テッペーから?」


 なにか違和感を覚えたが、それは無視して私は聞いた。


「随分と悩んでましたよ。まぁ、男の子ですから。責任とかあるでしょうし」

「別にいいのに」


 なんだそんなことかと私はホッした。ほんの少し、絶対にあり得ないことだが、ほんの少しだけ私の身体になにか嫌なことでもあったのだろうかと心配だった。

 どうやらテッペーは、私との交尾にもヘタレ根性を発揮しているらしい。


「あれやないですか? 魔王になってから~とか、考えてるのとちゃいますか」

「って、ちょっと待ちなさいよ。なんであんたがそのこと知ってんのよ」


 ここは聞き流せないと、私は雌ネコを睨みつけた。そのことは、私とテッペーと、ついでにリチャードだけの秘密だ。


「テッペーさんから教えてもらいました」


 雌ネコの発言に私は益々眉を寄せた。テッペーのことだから軽い気持ちでは話していないだろうが、なんかとてつもなく面白くない。

 けれど、それよりも気になることに気がついて、私は雌ネコに向かって首を傾げた。


「というか、そのテッペーさんってなによ。あんたまさか、私のテッペーにキス以上の手出したんじゃないでしょうね」


 であるならば、もはや火炙りにするしかない。

 しかし、私の予想に反して、雌ネコはどこかふっきれたような顔で口を開いた。


「交尾に誘いましてね」

「は?」


 殺す。聞いた瞬間、拳を握りしめ振りかぶった。

 そのときだ。


「うち、振られたんです」


 拳を止める。相変わらずむかつく顔で、雌ネコは私の方へ振り向いた。


「テッペーさん、姫さんのこと愛してますよ」

「へ?」


 にこりと微笑まれ、調子が狂った私は振り上げた拳の行き場所をなくした。

 くすくすと笑いながら、雌ネコは懐かしそうな顔で私を見つめる。


「羨ましいわぁ。……本当に、羨ましいです」

「と、とと、当然よ! て、テッペーは私だけを……あ、あああ、愛してるんだから!」


 言ってやった。悔しがるかと思ったが、雌ネコは晴れた顔で立ち上がると、私に向かって近づいてきた。


「応援してますよって。幸せになってください」

「ふぇ!?」


 そう言うと、雌ネコは私の横を通り過ぎて行く。

 私はわけがわからずに、ただただ唖然と雌ネコを見送った。


「テッペーさんなら、待ってれば来ますよ。そろそろ休憩のはずですから」


 ディーラーの衣装を直しながら、雌ネコはカジノへと戻っていく。


「あ、ありがと」


 もはやなにが起こっているのか理解できずに、私は礼なんて呟いてしまった。

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