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第28話

「なんでそれをうちに聞くんですか?」


 呆れた顔で腕を組むネココの声を聞きながら、俺は慌てたように弁明した。


「そ、その……と、友達が……」

「いやいや、それお兄さんとお姫さんのことでしょう?」


 休憩所の壁にもたれ掛かりながら、ネココはバニーガール衣装で俺を見つめた。

 バレている。完全にバレている。


 経験豊富そうなネココに助力を仰ごうと友人の話のフリをして質問してみたが、考えてみれば勘の鋭い彼女に聞くのは間違いだったと今更ながらに自分も呆れる。

 というよりも、リリィとの夜の相談を彼女に頼ろうというのが失礼極まりない話である。俺はネココに向かって頭を下げた。


「も、申し訳ございませんでした」

「うむ。ま、今回のことは許して上げましょか」


 そう言うと、それにしてもとネココは苦笑した。

 ついこの間に唇を奪った男の顔をちらりと見つめて、大きく深い息を吐いていく。


「はぁ……まぁ、そういうとこ嫌いじゃないですけどね。うち、まだお兄さんのこと諦めてへんのですから」

「しょ、承知しております」


 もう一度、深々と頭を下げた。相変わらず色々と情けない俺を見つめながら、ネココは先ほどの質問を反芻(はんすう)する。


「えっと、交尾についてですよね? 女の子がどう思ってるか」

「いやまぁ……そ、そうなんですが」


 ストレート過ぎだ。もう少し回りくどく聞いたはずだが、どうもネココはこの手の話題に物怖じしないらしい。


「どう思うもなにも、したいんとちゃいます?」

「ま、まじですか?」


 俺の食いつきにネココはこくりと頷いた。ただ疑いの眼差しを送る俺に「勿論、好きな相手とならですけどね」と付け加える。

 そこは……どうなのだろう。あんなことを言ってくるくらいだからクリアしていると信じたいが、それにしても事はそれだけの問題ではないだろうと俺は思う。


「でも、結婚とか……まだですし。その、子供とか」

「あー! アホ! 出ましたよ、アホが!」


 突然のディスりに俺はびくりと身体を跳ねさせた。阿呆と言われても仕方ないが、ネココから悪口を言われるのは初めてだ。


「いいですか!? 確かに面倒なしがらみも世の中にはありますけどね、そういうの全部まとめて女の子はオッケー出すんですよ! 自分に甲斐性がないと思ったら退く、なんとかしたるわーってなるなら気にせんと行ったらええんです!」


 拳を握って力説するネココに、俺は胸が打たれる思いだった。

 確かに、今はそのときでないと思うならハッキリと断ればいいのだ。そうでないなら、最後まで責任を取ると覚悟すべきである。


「まぁ、相手はお姫さんですからね。最悪はクビ……いや、極刑もあるやもしれません。お兄さんでなくてもヘタれるんは当たり前です」

「え?」


 極刑。つまりは死刑である。一瞬どきりとしたが、流石にそれはないだろうと思う。……思いたい。


「にゃふふ……まぁ、個人的には王族のお姫さんなんかより、村娘なんかの方が安全で断然お勧めです。なんならほら、今すぐにでも仕込んでくれて構わないんですよ?」

「な、なにをですか……?」


 と、そうこう話しているといつの間にかネココが俺の横に腰掛けていた。バニー衣装の胸元をずらしながら、これ見よがしにと迫ってくる。


「なにをって……そんなの決まってるやないですかぁ。ふふ、大丈夫ですよ。お兄さんの好きなようにしてくれて構いませんからぁ」

「大丈夫じゃないですよそれ!? ちょ、ネココさん!?」


 膝の上を優しく撫でられて、ぞくぞくとした刺激が背中から上る。

 距離を取ろうと両手を出したときに、手のひらがぽよんとネココの胸に当たった。ぎょっと目を見開くが、ネココは笑って「あらあら」と居住まいを正してくれる。


「す、すみませんっ」

「ふふ、ええんですよ。なんなら揉みます?」


 有り難い申し出は丁重にお断りして、俺は相変わらず押しの強いネココを羨ましく見つめた。


「……すごいなぁ、ネココさんは。いつも全力っていうか、自信があって」


 恋も仕事も、この猫娘さんはいつも全開だ。男と女の違いはあれ、彼女のような愛らしさと明るさを持っていれば、俺も少しはマシになれるのだろうか。


「別に、自信なんてありませんよ」


 そんな俺の考えを、ぽつりと落ちた声が遮った。

 見ると、ソファに背を預けながらネココが目を細めている。


 いつも自信に溢れて元気いっぱいの看板娘。こんな顔もするんだと俺は彼女を驚いて見つめた。


「うち、貧民街の出身なんです」

「え?」


 聞き慣れない、けれど俺が聞き返す前に彼女の言葉が続いていく。


「ほんと酷いとこでしてね。うちは自分のこと平民や言うてますけど、そう言えるようになるまでに……割と頑張ったんですよ」


 俺はじっとネココの話に聞き入った。聞きたいこともあったけれど、まるで独り言を吐き出すような彼女の顔に、邪魔するべきでないと思ったからだ。


「ゴミ集めから始まって、何才のときやろか……皿洗うか?って聞かれたんです。あのときの店長さんには、今も感謝してます」


 想像する。薄汚れた少女。昔から彼女はあの笑顔を持っていたわけではないだろう。

 ネココはなにかを伝えるように、俺の顔をじっと見てきた。


「自信なんかありませんよ。今もです。それでも行くんです。胸を張るんです。お金持ちに……幸せになるためになら、うちはなんだってします」


 どきりとした。真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳に、俺は思わず胸を高鳴らせる。

 なんだって。その中に、彼女なりの道理と矜持があることを俺は知っているから。だから、彼女の強さに憧れるのだ。


「ほんまに、お兄さんにやったらなにされてもいいんですよ。うちも、なんだってしてあげます」


 ネココの口が開く。


「うちは、お兄さんが好きです。お金持ちやからです。他にも沢山たくさん大好きやけど、やっぱりうちにとっては大切なことです」


 分かっている。それを嫌だと思うには、俺はこの子のことを知りすぎた。


「お兄さんのためならなんでもします。仕事もうちなら支えられます。カジノを成功させたいと望むなら、世界一の看板娘になってみせます」


 俺は、感謝した。こんな子に、俺は愛の言葉を貰っている。


「答えてください。うちじゃだめですか? うちをきっぱり捨てれるくらい、お姫さんのことが好きですか?」


 ネココは、俺に向かってその真っ直ぐな眼差しと声で問いかけた。



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