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第27話

 朝の日差しが窓から差し込んできて、その眩しさで目が覚めた。

 ぼうとした頭で、俺はむくりと起きあがる。


「……まじか」


 段々と覚醒してきた頭が、昨晩の出来事を伝えてきた。

 夢ではないかとも思ったのだが、横を見るにどうもそうではないらしい。


 俺の横には、生まれたままの姿で横たわるリリィが、すやすやと寝息を立てていた。


「……まじでか」


 ばくばくと心臓が唸りをあげる。どこからともなく脂汗が滲んできて、俺は一旦落ち着こうと息を吸い込んだ。

 深呼吸をして、改めて昨晩のことを思い出す。


「やべぇ……」


 完璧に思い出してきた。俺は、昨日、リリィと、した。

 いや、しようとした。


 脈が変になりそうになりながら、俺は昨晩の大失態を思いだし、顔を手で覆った。

 死にたい。そんな感情が溢れてきては止まらない。


「うぅん……テッペー、起きたの?」


 そんなとき、リリィの細い声が耳に届いて、俺は思わず叫び声をあげるところだった。


「り、リリィ!? お、おはよう!」

「うん、おはよ。……ふぁ」


 まだ眠たいのか、リリィは眠気眼を擦りながら、それでも俺の方へと身体を向けた。寝返りをうった拍子にシーツがめくれ、露わになったリリィの胸元にどきりと視線が行ってしまう。


 それにくすりと笑いながら、リリィは楽しそうに口を開いた。


「今度はちゃんとしてよね」

「うっ」


 容赦のない一言に俺は思わず胸を押さえた。

 そう、そうなのだ。あの期に及んで俺は、思い出したくもないのだが、リリィとの初めてを……失敗した。


「ご、ごめん」

「あはは、またそうやって謝るー。今度って言ってんだから喜びなさいよ」


 ぷにぷにとわき腹をつつかれて、俺はくすぐったさで身を捩った。


「びゅって、びゅって出たわよね。まったく見当違いのタイミングで」

「いやその……そ、そうですね」


 リリィが指先でジェスチャーを交えながら、昨晩の俺の失態を面白そうに語り出す。

 正直止めてくれとも思ったが、けれどリリィが気にしていないのは僥倖(ぎょうこう)だ。懐の大きなリリィに感謝しつつ、俺は甘んじてリリィの言葉を受け入れた。


「いやもうほんと……え? 今? って感じだったわよね。これからってときでしょーに。ほんとこの子は」

「す、すみません」


 しょんぼりと肩を落とす。俺の息子よ、なぜもう少しでいいから頑張ってくれなかったのか。


「しかもその後全然おっきくならないし。テッペー泣きそうだし。というかちょっと泣いてたし」


 ぶっちゃけ今もちょっと泣きたい。半泣きになっている俺をちらりと見上げて、しかしリリィは太陽のように笑った。


「あはは! なにしょぼくれてんのよ、次頑張りなさい」

「お、おう」


 リリィに励まされ、俺は頑張って返事をした。

 けれど随分と軽くなった心に、心底感謝してリリィを見つめる。


 年でいうなら、俺よりも年下の女の子。こんなに気を使わせて、情けないったらありゃしない。


「ありがとうね、リリィ」

「ふふ、惚れ直してくれてもいーのよ?」


 とっくにぞっこんだ。したり顔で見てくるリリィの声を聞きながら、俺は世界で一番幸せ者だと、そう思う。


「つ、次頑張る」

「その意気よ、その意気」


 背中をバシバシと叩かれて、俺は気合いを入れ直すのだった。



 ◆  ◆  ◆



「……いや、無理だよ」


 数時間後、俺は朝の決意を撤回していた。

 情けなさここに極まりといったところだが、考えれば考えるほどマズい状況であるとわかってくる。


「だって、ないじゃん」


 そう、この世界にはアレがないのだ。緊張の最大の理由はそれだ。

 アレってなんだって? そんなものは決まっている。


 コンドームだ。偉大なる地球の英知の結晶である避妊具が、魔界には存在しない。


「無理だよ……」


 嫌ではない。神に誓うが、決して嫌だというわけではないのだ。

 ただ、覚悟などあるわけがない。こちとら、ほんの少し前まで女の子と手を繋ぐことすら考えもしなかった男なのだ。


 最近、仕事が順調だからと少し調子に乗っていた。全然、俺は以前と変わってやしない。


「いや、というかリリィは……え?」


 つまり、リリィはそういうことまで含めてオッケーしてくれてたということだ。今更ながらのプレッシャーに俺は軽く目眩がしてきた。

 それは、他ならぬあの美少女のリリィが俺の子供を授かってもいいと思ってくれているということで。


 嬉しさよりも、もはやどうしていいか分からずに、俺は頭を抱えてしまう。

 次頑張るとか言ってしまったが、頑張るということはリリィとするということで……それはつまり、リリィをそういう状態にするぞと言っているようなもので。


「……リリィを」


 一瞬、お腹の大きくなっているリリィを想像してしまい、不覚にもそれにどきっとした自分を殺したくなった。

 地球にいるときは、それこそ、美少女とそういうことをするのなんて夢だった。そういう本だって男の子だからそりゃあ読む。


 ただ、現実は気持ちいいだけでは終わってくれなくて。


「ど、どうしよう」


 とりあえず仕事だけは頑張ろうと、俺はふらふらする足取りで職場への歩みを進めるのだった。



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