第24話
シャワーの音に紛れ、けれど激しくなっている心音に俺は唾を飲み込んだ。
「えっと……リリィ?」
いる。誰がではない。俺の背後にリリィは立っている。
見えなくともわかる気配。まさかと思い、俺はゆっくりと口を開いた。
「その、濡れちゃうよ?」
「別にいいわよ。裸なんだし」
やっぱりと俺は思った。なにかそんな予感はしていたが、しかしそれでも俺は驚いて持っていたタオルを落とした。
「あっ、ご……ごめん。シャワーの蛇口が見つからなくて」
慌ててタオルを探す。なにを焦っているのか、俺はシャンプーで泡だった頭のままに手探りでタオルを探した。
「もう、どんくさいわねぇ」
ふにりと背中になにかが当たった。温かくて柔らかいものだ。
覆い被さってくる感触に「ひっ」と俺が声をあげると、リリィはくすりと笑って腕を前に回しだした。
「どうしたの? 目開けられないの?」
「えっ、その……うん」
正直、シャワーどころではない。目など開かずとも、背中に感じる感触だけで俺はどうにかなってしまいそうだった。
なぜ俺はタオルを落としたのか。持っていれば、膝にかけるくらいはできただろうに。
「タオル落としちゃったんだ?」
「そ、そうだね」
なにやらリリィの雰囲気がおかしい。妖艶というか色っぽいというか。耳元で囁かれる声はそれだけで俺をどきどきさせるには十分だった。
リリィの腕が背中から前に回され、俺の足下をまさぐり始める。「どこかなー?」と探るリリィは、その度にすべすべとした肌を俺に押しつけてきた。
「あの、その」
「嫌?」
そんな風に聞くのはずるい。俺が黙って口を止めると、リリィはくすくすと俺の耳元で小さく笑った。
「よいしょ。前行くね」
リリィの感触が背中から離れ、俺は少しだけシャンプーに感謝しながらぐっと目を瞑るのだった。
◆ ◆ ◆
(恥っず!!)
私はバクバクと心臓の鼓動を速くさせながら、羞恥で逃げ出したい気持ちをなんとか抑え込んでいた。
(は、裸! 私裸!)
目の前にはテッペーがいて、相変わらずどんくさい姿を晒していた。
どうやらシャンプーをしたまま蛇口がわからなくなったようで、目が開けられないようだ。
なんてアホなんだろうと思ったが、これは好都合だと許すことにした。
意を決して入ってはみたが、テッペーの目が見えていたら恥ずかしさで鉄拳をお見舞いすることになっていただろう。
(け、結構鍛えてるじゃない……)
生意気にもテッペーの身体は結構引き締まっていた。建築の現場で働き出したからか、こちらに来た頃に比べるとえらい違いだ。
視線が腹筋より下に移りそうになるのをなんとか堪えつつ、私はテッペーの前に回り込んだ。
「ほら、こんなとこに落として。だめでしょ、私のタオルなんだから」
「ご、ごめん!」
前から来た声にテッペーがびくりと反応する。
少しだけ気をよくして、私はテッペーの前で軽く屈んだ。
「み、見ちゃだめよ。目開けたら殺すからね」
私の声にテッペーがこくりと頷く。
頭がどうかなりそうだった。私は裸で、テッペーがもし目を無理やり開けたら、それは全部見られてしまうということだ。
恥ずかしいどころの騒ぎではない。
けれど、頑張らないとと私は必死に目を瞑っているテッペーの顔を見つめるのだった。
◆ ◆ ◆
「あ、タオル」
目を開けて、飛び込んできたのはリリィの身体だった。
けれどその肢体には白いタオルが巻き付いていて、よくよく見ればそれは俺が落としたタオルだった。
「なによ? なんか不満でもある?」
リリィがむっとこちらを睨んでくる。それにぶんぶんと首を振り、俺はリリィの右手から向けられるシャワーのお湯で再度顔を洗った。
「ふふ、裸見られるかもって期待したんでしょ?」
「そ、そんなこと……あるけど」
図星を突かれるが仕方がない。
けれど、俺は今の状態でも十分過ぎるほどにそわそわしていた。
タオルを巻いたとはいえその丈はギリギリで、というよりお湯に濡れて肌に引っ付いたタオルは色々と透けていた。
目のやり場に困りつつ、俺はとりあえず手で自分の股間を隠してみる。
「なに?」
「いや、その……恥ずかしいんだけど」
割とガン見してきていたリリィが、カァと顔を真っ赤に染めた。
次の瞬間、顔面に振りかざされたシャワーに俺は「あぶぶ!」と声をあげるのだった。
◆ ◆ ◆
「二人で入るとちょっと狭いわね」
「そ、そうだね」
湯船に一緒に浸かりながら、俺は足の間で屈んでいるリリィの背中をじっと感じていた。
これなら気を付ければ見えることはないが、それでも色々と刺激が強い。リリィのすべすべとした背中の感触に感動しつつ、俺は浴室のランプを見上げていた。
「……なんか信じられないわね。あんたとお風呂入ってるなんて」
肩まで浸かりつつ、リリィはぽつりと声をこぼす。
確かにと思いながら、俺は出会った頃のことを思い出した。
「リリィ、俺のこと嫌いだったもんね」
「だってマジで外れだったんだもん。誰でも嫌よ、あんな冴えない雄」
酷い言われようだが仕方がない。それを考えれば、今は少しはマシになったということだろうか。
俺も、あのピンク髪の少女とこうして肌を合わせているところなど想像できなかったわけで。随分とリリィとの仲も良くなったものである。
「そうそう、あんたに言いたいことがあんのよ」
リリィが体重を預けてきて、俺は仰け反るリリィの顔に「なんだろう」と目を向けた。
タオルからはみ出た胸の谷間が目に入り、俺はどきりと心臓を鳴らす。
これだけ近かったらバレバレで、慌てて平静を装う俺をリリィはくすくすと見上げ続けた。
そして、リリィが本当に何気ないように口を開く。俺はどきまぎしながらも、その声に耳を傾けた。
「あんた、あの雌猫とキスしてたでしょう?」




