第22話
感動とはこういうことを言うのだろうか。
俺は喜び叫びたい衝動を我慢しながら、小さく腰の辺りでガッツポーズをとった。
「凄い反響ですな。よもやここまでとは」
同様に嬉しさが隠し切れていないリチャードの声が横から聞こえる。
頷いて、俺はもう一度辺りを見回した。
賑やかなんて言葉では言い表せないくらいの人。
老若男女、エルフも亜人も獣人も、とにかくフロアは様々な人で溢れていた。
ひとつ彼らに共通点があるとすれば、皆一様に身なりがよいということだろうか。
付き人を伴っている人もいる。窓口で受け取ったチップを盆一杯に積み上げ、悠々と歩いている男性が目に留まった。
「俺もびっくりですよ。オープンからこんなに来てもらえるなんて」
素直な感想を口にする。
いってしまえばカジノはオープン初日から大盛況で、その反響ぶりに当事者の自分たちが困惑している感じだ。
というのも初めは富裕層の中でもコアなギャンブル好きがターゲットで、口コミを頼りに段々と客足は延びるだろうと予想していたからだ。
それが初日からこの盛況だということは、潜在的にギャンブルに興じたいという需要は予想以上に高かったということだろう。
「今まではしようと思っても場末の怪しい店しかありませんでしたからな。とても御婦人方を呼べるような場所ではありませんでしたし」
「なるほど。確かに……思ったより女性のお客さんも多いですね」
妻かはたまた愛人か。女性を侍らせている男性客も多い。そして決まって、そういう客ほど羽振りもいいようだった。
自分だけでなく付き人のメイドにもチップを渡し、卓に参加させている客の姿も見受けられる。
「女性の前だとかっこつけたくなるってことですかね?」
「でしょうな。初日でこれだと、これから更に客足は延びますぞ」
リチャードの言葉に気を引き締める。客が増えるのはいいことだが、それは同時に戦いが激化するということだ。予想以上の反響を上手く捌かなくてはならない。
「まだ開放していない卓も多いですしね。予定を早めて遊技の種類を増やしましょうか」
「ですな。あまり順番待ちのような状況は作らないようにしなくては」
初日ということもあり遊技もルーレットと簡単なカードだけに絞っていたが、この分だと明日にでも卓の数は増やした方がよさそうだ。
「いやぁ、といっても嬉しい限り。これはテッペー殿に感謝しなくては」
「え、いえ俺はちょこっとアイデアを出しただけで」
リチャードが褒めてくれるが、くすぐったさを感じて俺は首を振ってしまう。そんな俺に、リチャードはゆっくりと目を細めて言ってくれた。
「それは違いますぞテッペー殿。……確かに、カジノの提案自体も素晴らしいものではありました。されど、それをここまで形にできたのは、貴方自身が頑張ったからです。だからこそ、周りの者たちも付いてきてくれたのです」
リチャードはフロアを見回す。視線の先では、ネココが笑顔でカードのディーラーを努めていた。他にも卓はあるのに、彼女の卓だけギャラリーのような人だかりができ始めている。
「貴方は……生まれた世界の習慣でしょうか。謙遜しすぎるきらいがありますな。それは美徳ですが、たまには自分を褒めてあげることも大切ですよ。口に込める謙遜と、内に秘める自尊は両方持ってしかるべきです」
「す、すみません」
モノクルから見つめてくるリチャードの瞳に俺はまた謝ってしまった。そんな俺に、けれど柔和に微笑んで老紳士は腰を鳴らす。
「さて、そろそろトラブルも出始める頃でしょう。私は場内を見回りに参ります。……テッペー殿は、そうですね。今日くらいはゆっくりカジノを散策してはいかがでしょうか?」
「え? でも……」
言い掛けて、確かにリチャードの言うとおりだと俺は言葉を止めた。
盛況とはいえまだ初日。見回せば様々なところに問題も不満も潜んでいる。今日のところはしっかりとお客様の動向を見ていくのが吉だろう。
「雑務は私めらにお任せください。なに、大戦に比べればまだ楽なものですよ」
「お願いします」
頭を下げ、リチャードを見送る。彼ならばそこらのトラブルはあってないようなものだろう。
あらかじめ予想が付くようなトラブルへのマニュアルは従業員全員に配布済みだし、俺の仕事はカジノの更なる改良に向けてしっかりと目を凝らすことだ。
「よーし、頑張るぞ」
楽しい。大変なはずの仕事にそんなことを思いながら、俺は客で賑わう会場へと歩を運ぶのだった。
◆ ◆ ◆
「うわ、すごい。さすがネココさん」
ひときわ賑わっている卓。それを傍らで見守りながら、俺は呆気に取られていた。
卓にはどうやら大負けしている客も、逆に大勝している客もいるようだった。一枚のカードがめくれる度にギャラリー達が沸き立ち、客の声が響きわたる。
「さぁさぁ、張った張った。カード勝負第二局、皆さん準備はよろしいですか?」
ネココの声が歓声を貫いて聞こえてきた。とんでもなくよく通る声だ。
以前見せてくれたバニー姿。肩も胸元も丸見えのその格好は、けれどこの場においては扇状的というよりもむしろ、美しく凛とした装いとして映っていた。
カフスだけ手首に身につけたネココの腕。カードを隠す場所などどこにもない。
カードがめくられ、再び回りが沸き立った。
(すごいな……)
改めて感心する。なにが凄いって、皆が楽しそうなのだ。勝っている客が楽しそうなのは分かるが、負けているお客さんも嬉しそうに頭を抱えている。
特に変わった台詞を話しているわけではないのに、ネココの話術には魔力があるようだった。ちょっとしたカードの配り方、チップの動かし方ひとつひとつが、なんというか気持ちいい。
あれが天性の才能というのだろう。行く店行く店で看板娘にのし上がってきた力量は伊達ではなかったということだ。
邪魔しては悪い。ちらりとネココがこちらに視線を向けたのを見届けて、俺は笑ってその場を立ち去った。
◆ ◆ ◆
「くぅー、今日は疲れたな」
深夜。カジノの後始末も終え、俺は魔王城への帰路についていた。
本日の営業は大成功といってよかった。詳しい営業利益がわかるのは先になるだろうが、それでもパッと見だけでとんでもない額の収益だ。
けれど問題は山積みで、あれだけの人数を捌くためにはやはりいろいろと改良も必要そうだ。
「やることいっぱいだなー」
もうしばらく寝る間もない日が続きそうだ。またリリィに怒られないようにしなくてはと、俺は睡眠時間の確保のためにも魔王城への帰路を急ぐ。
「……っと、すみません!」
そんなとき、曲がり角から出てきた人影と危うくぶつかりそうになってしまった。こんな時間に珍しいと、俺は謝りながら人影を見つめる。
「いや、ボクこそすまない」
声を聞き、俺はぽかんと人影を見つめた。
妖艶な、整いすぎているといってもいい顔立ち。俺よりも高いのではという長身は、魔界でも女性としては高い部類だ。
その男なら誰でも目を引くであろうプロポーションに一瞬見とれて、俺は慌てて視線を胸から顔に戻した。
「ふふ、ボクの顔になにかついてたかな?」
「あ……す、すみませんっ!」
本気で謝る俺に、彼女はくすりと微笑むと魔界の道を歩いていった。
「き、綺麗な人だったな」
可愛い、というよりも「美人」という単語が飛び出してきたような人だった。リリィには悪いが、男としてつい見てしまったくらいは許されるだろう。
「っと、急がないと」
なんといっても客商売。睡眠も欲しいが風呂に入るのも大切だ。リリィの待つ寝室に向かって、俺は全速力で駆けだした。




