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第20話


 数ヶ月後、俺たちは一様な顔で見上げていた。

 何をって? 決まってる。


「やりましたな」


 傍らでモノクルを輝かせたリチャードが声を震わせた。促されていると気がつき、慌ててみんなの方を振り返る。

 みな万感の思いだ。なにせいろいろあった。


 なにを言えばいいかわからずに、ただとりあえずなにか言おうと俺は言葉を勢いに任せる。

 拳を突き上げて、自分の精一杯で叫んだ。


「か、完成だー!!」


 その瞬間、その場に集まった全員から雄叫びがあがる。ビリビリと揺れる空気に少し驚いて、けれど俺は身体からわき上がる高揚に背中を震わせた。


「やったな大将! はは、こりゃあいいぜ! 世界中の金持ちがびっくりすらぁ!」


 監督に背中を叩かれる。今までで一番強く叩かれて、痛かったが全然悪い気はしないと俺は微笑んだ。


「まだやること沢山ありますけどね。ここを使ったスタッフの研修や設備の確認もしないと」

「がはは! お偉いさんも大変だな! だがまぁ、今日くらいは素直に喜びな!」


 言われ、こくりと頷いた。まだまだやることは山積みだが、ひとつの山を乗り越えたのは確かだ。

 振り向いて見たカジノは、地球育ちの俺から見ても豪華で立派なものだった。


 石造りはこの世界の標準だが、使ってる石が違う。大理石のように光沢のあるフォトンライトは太陽を受けて荘厳に輝いていた。

 実は外壁の表面一層だけなのだが、そんなものは傍目には分からない。


 内装はもっと豪華だ。赤と白、そして金色を基調としたカジノ内部は豪華さと格式の高さを感じさせ、それでいてハメを外してもよいムードだ。


「うわぁ……」


 ふと聞こえた呟きに目をやると、ネココが呆然と出来上がったばかりのカジノを見つめていた。

 口を半分開け、けれどその目はキラキラと輝いている。


「ネココさんも、チーフディーラーお願いしますね」

「……えっ!? あ……す、すみません! うちったらぼうとして!」


 急に話しかけたからかネココが慌ててこちらを向いた。彼女にしては珍しく、歯切れ悪くはにかんでいる。


「どうしたの?」

「い、いえ……その……たはは、あかんですね。完成したの見たら実感が」


 よく見るとネココの頬をかく手が震えている。俺は驚いてネココを見やった。


「いやー、うちってやっぱ貧乏性っていうか。ここで本当に働くんや思ったら……いいんですかねー、うちなんかがチーフで」

「いいに決まってるよ」


 ぴたりとネココの震えが止まる。見返してくる瞳に、俺はゆっくりと微笑んだ。

 出世とか大抜擢とか、嬉しいことには怖さもある。巡り合ってきたチャンス。それ自体は雲霞もしれないが、それを掴めるかこなせるかは実力だ。


 期待をされる恐ろしさは、俺もこの世界に来てからだが、少しくらいは学んだと思う。


「ネココさんをチーフに推したのはね、別に仲がいいからじゃないよ。研修での頑張りと結果を見て、みんな満場一致で決まったんだ。……期待されるのは怖いかも――」

「大丈夫です」


 俺の言葉は力強い声に遮られた。

 じっと俺を見つめてくるネココの目には、こころなしか熱いものが浮かんでる気がした。


「ほんと、お兄さんでよかったです」


 それがなんのことを指しているかは言わず、ネココは涙を瞑って消した。

 開く。そこにいたのはもう、俺がよく知る彼女だ。


「ありがとうございます。……見よってください。うちでよかったと、思わせてあげますよって」


 なんて強い人だと、俺は驚いて口を噤んだ。そして、同時に今までのことに感謝する。

 彼女を初め苦手に感じたのは、当然だったのかもしれない。この強さは昔の俺には眩しすぎる。


 今は違う。素直に尊敬し、憧れを抱けるようになった自分を、俺は誇りに思う。


「期待してますよ」

「任せてください」


 差し出した右手は力強く握られた。

 きっと彼女は、俺なんかの想像よりも高く、どこまでも強くなっていくのだろう。


 俺の周りには強い女性が多すぎる。そんなことを思い、俺はくすりと笑ってしまった。


「って、ちょっと待ちなさーい!!」


 どこからともなく聞こえた空気をぶった切る声に、俺とネココどころかその場の全員が顔を上げた。

 みんななんとなく察していたが、ああやっぱりかと声の主を仰ぎ見る。


 カジノの屋根の上でそれはもう嬉しそうにリリィがポーズを決めていた。


「姫様だ」

「なんで毎回あんなところに」


 辺りを疑問と呟きが包むが、そんなことおかまいなしと言うようにリリィは声を張り上げた。


「まずみんな! 完成おめでとう! この私からじきじきに、よくやったと褒めてあげるわ!」


 リリィの言葉に予想に反して「おお!」と声があがる。なんだかんだで王女だ。労いの言葉を受けて、周りの野郎共のテンションがにわかに上がった。


 民草からの声を受けて、リリィはうんうんと頷いた。そして、労いは終わりだと地面を指さす。

 向けられた指先に、ネココが「あん?」と眉を寄せた。


「しかーし! それとこれとは話が別よ! そこの雌猫! 私のテッペーに猫なで声で迫ってんじゃないわよ!」


 リリィの身体が宙に舞う。危ないなぁと思う暇もなく、リリィは俺たちの目の前に着地した。

 ずしんと音を響かせて、ネココの前にずんずんと歩いてくる。


「だーいたい、ディーラーは中の仕事で建築の仕事とは関係ないでしょーがー? なにしれっと完成式に混ざってんのよ!」

「おあいにくさまですぅー。うちは内装の確認の仕事も任されてまして、お姫さんと違って結構忙しいんですー」


 ニタリと笑う猫口にリリィのこめかみに青筋が灯る。


「というか、姫さんこそ関係ないわぁ。お城でダンスでもしてたらいいのにぃ」

「私はいいのよ! さっき労ってあげたでしょ! 王女なんかニコニコ手振ってたらそれでいいの!」


 一理はあるが、そもそもニコニコしていない。

 どうしたもんかと見つめつつ、俺はまぁいいかと二人を眺めた。


 ぎゃあぎゃあと言い争っている二人を見ていると、なんだか心が和んでくる。これも成長というのだろうかと、俺は呆れたように笑うのだった。


「よーし、パーティの準備だ! 今日は無礼講でいきますよ!」


 つかみ合っている女の子二人を放っておいて、俺は待ち遠しそうな顔をしているみんなに振り返った。


 今宵は宴。英気を養い、また明日から頑張ろうじゃないか。


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