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第14話

 ぼへっとした顔のテッペーがそこにいた。

 あんぐりと口を開けて、馬鹿みたいに私の方を見つめている。


(そうよ、それでいいのよ)


 完全に私に見入っているテッペーを見て、私は乙女のプライドが守られたことを確信した。

 なにせ、こんな情婦のような格好までやって見せたのだ。無反応ではこっちが困る。


(そ……それにしても、この衣装おかしくない?)


 恥ずかしさで今にも逃げ出してしまいそうだが、ここで弱みを見せてはなんの意味もない。

 というかあの雌猫はこの衣装を公衆の面前で嬉しそうに着ていたわけで、やはり発情期かなんかではなかろうかと思う。


 なんか妙にぴっちりしてるし、下半身なんか食い込んでるし。後ろから見たらお尻とかはみ出してるんじゃなかろうか。

 しかも聞くところによるとこの破廉恥衣装をデザインしたのは目の前のこいつらしくて、私はこの女の敵をどうしたものかと見下ろした。


「ど、どうしたのリリィ? ていうかその衣装どこから」

「リチャードに言って一着手配してもらったのよ。急拵えでちょっと胸がキツいけど、そこはまぁ許すわ」


 革で出来た衣装の着心地はこれが中々に悪くはなくて、締め付けてくる感じなんかは少し癖になりそうだ。

 しかしそんなことよりも――


「ところでテッペー。この衣装、あんたがデザインしたって聞いたんだけど」

「あ、うん。どうかな? すごく似合ってるよ」


 どうしよう。褒められた。しかもすごく嬉しそうな顔で。


「俺の故郷の衣装でさ……えーと、民族衣装っていうか。いや、はは。俺昔から好きなんだけど、リリィ似合うなぁ」


 どうしよう。そんなこと言われたら、怒るに怒れなくなってしまった。

 てか、こんな衣装でこいつの世界の雌はうろうろしていたらしい。破廉恥ここに極まりといった感じだ。


「そ、そう? まぁ、私のスタイルを以てすればこれくらいはね」


 本来ならこんな服が似合うと言われても嬉しくはないが、こいつの世界の民族衣装と言われれば話は別だ。それが似合うということは、こいつの心の琴線にもジャストヒットだろう。


「って、違うのよ。本題はそこじゃないのよ」

「へ?」


 危うく騙されるところだった。あまりの衣装のアレさに脱線したが、私が怒っているのはそこではない。

 昼間の雌猫との情事。それを問いつめてやらねばと私はおもむろに鞭を取り出した。


「ちょ、どうしたのリリィ。む、鞭なんか持って」


 ぺしぺしと右手で左手を叩きながらテッペーを威嚇する。テッペーが慌てて、ちょっとその反応にぞくりと来た。

 私が言わなくともきちんと正座で待機していて、その辺りは褒めてやってもいい。


「聞きたいのはひとつよ。私とあの雌猫、どっちがこの衣装似合ってるかしら?」


 その瞬間、サァっとテッペーの顔が青ざめた。「え?」といつも通りのアホ面でこちらを見上げてくる。


「えっと、あれ? ……も、もしかしてリリィ……その、今日カジノに」


 ペシィ!と鞭を鳴らしてやった。返事はイエスだと伝わったらしく、目に見えてテッペーの顔に焦燥の二文字が浮かんでくる。


「随分とあの雌猫にお熱のようね。堂々と昼間から逢い引きとはいい根性だわ」

「い、いや。あれはですね、ネココさんが」


 知っている。どうせあの雌猫の方から誘っているのだ。しかし、だからといってテッペーに罪がないわけではない。


「これはもう、謝罪だけでは足りないわよテッペー」

「ひぃい! ごめんなさい!」


 焦るテッペー。がばりと私に向かって頭を下げる。

 どうしよう、ちょっと可愛い。というか楽しい。


「な、なによ。そんなに謝ってもだめよ」


 なんというかテッペーの反応を見ていたら、怒りがちょっと引いてきた。それよりも、どうやってからかってやろうかと私の中の被虐心が顔を出す。

 ちょうどよく踏みやすい位置に頭があったので、とりあえず踏んでみた。


「へぶっ」


 ぐにぐにと右足で踏んでやる。相変わらず中々の踏み心地だ。


「ふふ、言い様ねテッペー。テッペーの分際で調子に乗るからそうなるのよ。許して欲しかったら、私とあの雌猫、どっちの衣装に興奮したか言いなさい」

「え? そりゃあ、リリィだけど」


 即答された。思わず噴き出しそうになったが、顔は見られていないからセーフだ。

 というかこいつ、分かってて言ってるんじゃないかと私はテッペーの後頭部を睨んだ。


「そ、そうなの?」

「だってリリィおっぱい大きいし。なんか足もむちむちしてるし。なんかもう凄いし」


 素直に言われて満更でもなく感じてしまう。我ながらチョロいなと思いつつ、それだと悔しいので思いきり頭を全力で踏んでおいた。


「へぶぅッ!」


 そうそう、それくらいがテッペーにはお似合いなのだ。



 ◆  ◆  ◆



「えっ? そのまま寝るの?」


 バニー姿でベッドに上がり込んできたリリィに、俺は驚いて声を出した。


「そうだけど。なに? 嫌なの?」


 不機嫌そうに言われて、ぶんぶんと首を振る。嫌なわけはないが、その格好は俺に効く。

 当然のようにバニー姿で横になるリリィを見て、俺の心臓がバクバクと音を立てた。


 どうしよう。こんなシチュエーション、「死ぬまでにやってみたいことランキング」でも考えてなかった。

 とりあえず魔界最高かよと感謝しつつ、けれどこれはまずいですよと平静を装う。


「なによ、そんなにじっと見て」

「ご、ごめんっ!」


 慌てて視線を逸らした。

 今日のリリィはとにかく変だ。不機嫌かと思えばバニー姿になってくれたり、怒ってるかと思えば一緒のベッドで寝てくれるという。


 意図が読めなさすぎて、俺は頭の中を「???」でいっぱいにした。


 そんな風にキョドっていると、くいくいとリリィの袖を引かれる。

 なんだろうと振り返れば、リリィの唇が小さく動いた。


「いいわよ、好きなだけ見ても」


 心臓が止まったかと思った。

 危うく逝きかけた心臓に活を入れつつ、俺は「え? いいんですか?」とリリィを見つめる。


 それにこくりと頷いて、リリィは腕を背中に回した。

 軽く胸が強調されて、こぼれそうになっているリリィのバストに俺は心の警報機を鳴らす。


「えっと、その……リリィさん?」

「似合ってる?」


 もう脳しんとうを起こすんじゃないかってくらい頷いた。

 ちょっとあまりに勢いよく首を振ったものだから、リリィが軽く引いている。


「似合ってる!」

「そ、そう。あんま頭は揺らさない方がいいわよ、マジで」


 とりあえずだ、見てもいいと言ってくれているのだから見た方がいい。

 ここで見ないのはむしろ失礼に当たると思って、俺はリリィのバニー姿を凝視した。


 可愛い。というかエロい。なんだこの生き物は。


「可愛い……」

「ふぇっ」


 思わず呟きが漏れたが、本当に可愛い。

 白い肌はお人形さんみたいで、しかしそれにしてはむちむちと扇情的すぎる。


 下半身の食い込みは、なんというかあまり見てはいけない気がして一瞬だけ確認した。……凄かった。


「もう死んでもいい」

「だ、だめよ! 死なないで!」


 ぎょっとリリィが目を見開くが、本当に今死んでも悔いはないくらいだ。いやまぁ、あるのだが、それぐらい俺にとっては衝撃的である。


「リリィ可愛い」

「ちょ……もう、そんなに言わなくても分かってるわよ」


 リリィが照れた。ただ、満更でもないのか「当然よ」と顔が言っている。

 いいのだ。こんなに可愛い子なんだから、むしろ自信を持っていた方がいい。


「リリィ可愛い」

「ふ、ふふふ。も、もっと言ってくれてもいいのよ?」


 調子が出てきたのか、リリィがばさりと髪をかき上げた。その瞬間、ふるりと胸が揺れて、俺は思わずどきりとする。


 それが伝わったのか、リリィは上目遣いで「ふ~ん」と俺の方をニヤニヤ見てきた。


「しょうがないわねぇ。約束通り、今夜は一緒に寝てあげる」


 指でちらりと胸の生地を下げられて、もう少しで見えそうになったアレやコレやに、俺はノックアウトされるのだった。


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