第13話
「うん美味しい」
もぐもぐとステーキを咀嚼しながら俺は頷いた。
お城で出る料理はどれも高級フレンチさながらの味で、といっても高級フレンチなんて食べたことはないのだが、ネココの店といいこの世界で食事に困ることはなさそうだ。
「ご機嫌ね」
晩酌のワインを楽しんでいると、対面から不機嫌そうな声が聞こえてきた。
見れば、リリィが満面の笑みでこちらを見てきている。
直感で察したが、あれは表情通りの笑顔ではない。
「そ、そうかな? まぁ仕事も順調だから」
ぞっとする何かを感じながら、俺はリリィから視線を逸らした。
なにかやってしまっただろうか。記憶の糸を手繰るが、特に思い当たる節はない。
「あらいいわね。ほんと、楽しい職場で羨ましい限りだわ」
どこかいちいち棘がある。これはよほど怒っているに違いないと思うが、本当に思い当たる節がない。
「えっと、その。今度リリィも見に来る? 内装もそろそろ完成で……」
ぐにゃり!
なにかと思えば、俺の目の前でリリィの持つ銀のナイフが粘土のように曲がっていた。
「あらやだ。私ったら」
照れたようにリリィがナイフを引き延ばして元に戻す。「戻せるものなのか?」と俺は戦慄しながら、渇いた喉をなんとかワインで潤した。
今日のリリィはどこか変だ。いや、いつも変といえば変なのだが、今日は特別どこかおかしい。
「随分とあの雌猫と親しいようね」
「へ? ああ、ネココさんのこと?」
ここでようやく、リリィがなにに怒っているか合点がいった。
どうもネココさんにディーラーを任せた件をリチャード辺りから聞いたようで、それがリリィにすれば面白くないのだろう。
「助かってるよ。やる気あるし、すごく張り切ってるから」
「ほ、ほーん? なんのやる気だか分からないけど」
笑顔が崩れてリリィの片眉がぴくりと上がった。やはりネココさんのことだったらしい。
とはいうもののやましいこともないわけで、俺はどうしたもんかと思案した。
焼きもちとは思わないが、どうもリリィは束縛の気が強いらしい。仮面とはいえ、夫役の俺が他の女の子と喋るのが気に入らないのだろう。
「大丈夫だよ。俺、リリィの方が好きだから」
「ぶッ!!」
率直な気持ちを口にすると、リリィがワインを噴き出した。
唖然とした顔でこっちを見てくるリリィに首を傾げる。
「な、なによいきなり! 昼間はあんなに鼻の下伸ばしてたくせに……」
「昼間?」
はて、昼間になにかあっただろうか。俺はずっとカジノの方へ出ていたから、城にいたリリィとは会っていないはずだ。
聞き返す俺に、リリィは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
「と、とにかく! あんた今晩は毛布抜きよ!」
「えっ」
俺がなにをしたというのだろう。
しかしリリィは、俺の顔をちらりと見ると、とんでもないことを言ってきた。
「きょ、今日は……し、仕方ないから一緒のベッドで寝てあげる」
夕食を喉に詰まらせて、俺はごほごほと咳き込んだ。
◆ ◆ ◆
「ど、どうしたんだろリリィ」
落ち着かない居心地を感じながら、俺は寝室のベッドの上で正座していた。
正座をする必要はないのだが、なんとなく身体が覚えてしまっているのが我ながら切ない。
『いいから! あんたは大人しく待ってなさい!』
リリィにそう言われたのが数十分ほど前のこと。言うやリリィは部屋から出ていってしまって、俺はわけが分からずこうして座して待っている。
「怒られるのかな……」
おそらくそうに違いない。明らかに怒っていたし。ただ、なのに一緒に寝てくれるというのがよく分からないところだ。
結局、リリィの意図が読めずに俺はただただ不安な気持ちで時を待った。
そのときだ、ガチャリと扉の開く音が聞こえ、ひょこりとリリィが顔を見せる。
「あ、リリィ」
ご主人様のご帰還だ。ちゃんと待ってましたよとアピールしつつ、けれど様子のおかしいリリィに目が留まる。
「リリィ?」
扉から顔を覗かせたリリィが一向に部屋に入ってこない。不思議に思った俺が声をかけると、ようやくリリィは部屋に入ってきた。
そのリリィの姿に、ますます俺は頭の上に疑問符を浮かべる。
「えっと……なにしてんの?」
「う、うるさいわね! ちょっと待ちなさいよ!」
ここでようやく、いつもの声が聞こえた。
しかし、それにしてもとリリィを見つめる。
白い布。シーツだろうか。それを身体にぐるりと巻き付けたリリィは、ぱっと見は照る照る坊主のようだった。
わけが分からない。なにかの儀式だろうかと目を凝らしている俺の前に、リリィがそそくさとやって来る。
「最初に言っておくけど、あんたってマジで変態ね」
「え?」
いきなり変態と罵られ、俺は思わず呟いた。
さすがに反論しようかと口を開きかけたところで、リリィの身体を覆っていたシーツがはらりと落ちる。
その光景を見た瞬間、俺の心臓は一瞬止まった。
「な、なによ……そんなにじろじろ見て……」
赤面するリリィ。勿論その表情は可愛いのだが、今はそれどころではない。
なにかの見間違いではないかと、俺は目の前の光景をじっと見つめた。
俺の視線に、恥ずかしそうにリリィが身じろぐ。そのせいで布地が寄って、ただでさえ大きな胸が強調された。
大胆に開いた胸元からは谷間がはっきりと見えていて、思わず昼間のネココと比べてしまう。
慌てて視線を下に逸らしたら、食い込み気味の下半身が飛び込んできて、危うく俺は失神しかけた。
「て、テッペー?」
リリィが不安そうに俺の名を呼ぶ。その瞬間、網目状のタイツが一歩こちらに近づいてきた。
太股を覆う魅惑の網は、ともすれば少しはみ出ているお尻もしっかりと覆っている。
ちょっとサイズがキツかったのか、編み目にむちりと押さえつけられたリリィの白い生足に、俺はくらりと頭を揺らした。
いろいろ言ったが、つまりどういうことかと言うと、バニーガール姿のリリィがそこにいた。
「その、似合ってる?」
リリィが髪をいじりながら照れくさそうに聞いてくる。
あまりに衝撃的なその光景に、俺はただ必死になって首を縦に振り続けた。




