第12話
「テッペーは?」
いつも通りの時間に起きてみたら、本来ならば床で寝ているはずのテッペーの姿がどこにもなかった。
お城の中も探してみたけど、朝ご飯もまだだっていうのにどこにもいやしない。
歩いているとリチャードに出くわしたので、私はちょうどいいと聞いてみた。
「おや、リリィ様おはようございます。今日は少しお早いですね」
「いいから、テッペーどこにいるか知らない?」
私が髪もボサボサのまま探してやっているというのに、あいつはどこにいるというのか。
質問に、リチャードは嬉しそうな顔で口を開いた。
「ああ、テッペイ殿なら出かけましたよ。なんでもカジノの寸法を測る作業に参加したいとかで。いやぁ、仕事熱心でいい青年ですな。やはり魔王として呼ばれる者に外れはいないのかもしれませぬ」
「仕事って、こんな早くから? あいつ昨日も遅くまでなんか作ってたじゃない」
全然私の話を聞いていない。無茶はするなとあれほど言ったのに。
段々腹が立ってきて、しかし頑張っているのは私のためでもあるのであまり怒るわけにもいかない。
「ディーラーも集めてきてくれましてね。特にネココさんと言いましたかな。いやはや、大変優秀な娘さんで。人手不足もなんとかなりそうですよ」
「ネココぉ?」
なんだろう、どこかで聞いた気がする。
それがあの雌猫だと思い出すまでに数秒もかからなかった。
「あいつ……妙に張り切ってると思ったら」
ふつふつと怒りがわき上がる。まさか私に黙って餌付けされた雌猫を引き込んでいたとは。
まぁ確かに、あいつがどこの雌とイチャコラしようと私に口を出す権利はないのだが……いや、ないのか?
「あるわよね?」
「は? といいますと」
リチャードでは話にならない。
思えば、仮面とはいえ私たちは婚約者。やはり別の雌に鼻の下を伸ばしているなどあってはならない。
ネココとかいう雌猫に会ったことはないが、どうせ向こうからテッペーを誘惑したに決まっている。そうに違いない。
「こうしちゃいられないわね」
庶民の雌猫に格の違いを見せつけてやらねばならない。いや、別にテッペーなんて興味はないのだが、これは雌のプライドの問題だ。
なにか聞きたそうなリチャードは無視して、私は衣装部屋へと走っていった。
◆ ◆ ◆
「お兄さんお兄さん、見てみてぇー! めっちゃ可愛い!」
嬉しそうな声が聞こえ、俺は作業の手を止めた。
「あ、ネココさん」
「ふふふー、姿が見えたから来てみたんよ」
「そうなんですか……って!?」
聞き馴染みのある声に振り向いて、ぎょっと目玉が飛び出した。
俺の表情を見て、ネココが意地悪そうに目を細める。
「ん~? どうしたんですかぁ? うちの身体になんかついてますかねぇ?」
「そっ、そんなことないよ!」
ネココのぎゅむりと寄った胸から、びっくりして視線を外す。
なんというか、ネココの格好は凄かった。
「いや、でもびっくりしましたぁ。この衣装デザインしたのお兄さんやないらしいですか。ふふふ、意外とええ趣味してますねぇ」
「そ、それはその! 趣味っていうか!」
大胆に開いた胸元。見える谷間。際どい食い込みから見える生足は、網目状のタイツで覆われている。
一番の特徴ともいえるトップの耳は、亜人のネココは自前の猫耳だ。
つまり目の前では、バニーガール姿のネココが腰を屈めた状態で俺を覗き込んでいた。
「あの、ネココさん。あんまり屈むと……」
「ふふ、屈むとなんなんですかー?」
注意は逆効果だったようで、ネココは更に屈んで胸元を強調する。
もう少しで胸の先が見えてしまいそうで、俺は慌てて顔を背けた。
「ふふふ、シャイなんやからぁ。ほらほら、あんさんがデザインした衣装ですよー?」
「も、もう! からかわないでくださいよ!」
ここ数日、ネココはこんな感じだ。
俺の反応に満足したのか、くすくすと笑ってネココはバニー衣装の生地を触った。
「いやでもほら、ほんまにええ服ですよ。露出が多いっちゃ多いですが可愛いですし。生地も本革で、うちこんな上等な服初めて着ました」
「そ、そう? それならよかったんだけど」
そこら辺は職人さんに感謝だ。俺はあくまでバニーガールのデザイン画を描いただけで、見事に再現してくれたのは街の装飾屋さんである。
確かに俺も本格的なバニーガールを見るのは初めてで、こうして改めて見てみると、扇情さの中にきちんとした高級感が存在する。
「ん? どうしました? やっぱおっぱい見たくなりましたか? 別にお兄さんならええですよ」
「ち、違うよ!」
にやにやと胸元の部分を指で摘むネココに、俺はどぎまぎとしてしまう。
いくら俺でも、ネココが俺に好意らしきものを向けてきていることは分かる。
(ただ、どうにもネココさんは)
なんか怖いのだ。いや、いい人なのは知っているのだが。なんだか俺への好意は俺に向けられたものなのか、地位やお金に向けられたものなのか。ぐいぐい来られると、俺のような経験値0のチェリーボーイはどう応えればいいか分からない。
「ふふふ、うちはいつでもええですよ」
なにがだろう。あまり深く考えない方がいい気がする。
ただ、今はこんな調子でからかってくるが、ディーラーに抜擢されたのがよほど嬉しかったのか、最初のうちは何度も何度もお礼を言われた。
『うちみたいな貧民がのし上がるチャンスですからね。頑張りますよって、期待しててください』
真剣な顔で宣言されて、俺はどきりとしたのを覚えている。
俺へのアプローチもそうだが、ネココはチャンスを掴もうとすることに余念がない。彼女のそれは、眉をひそめる人もいるのだろうけど、俺には素直に凄いと感じた。
(俺も頑張らないと)
言ってしまえば俺は、ネココ以上のチャンスを与えられたわけで。地球が恋しくないといえば嘘になるけど、それで頑張らないのはそれこそ嘘だと思ったのだ。
おかげでリリィに注意されたばかりなのにまた無理をしてしまったが、その辺りは反省していこうと婚約者の顔を思い出す。
◆ ◆ ◆
ギリギリと噛みしめた奥歯が欠けそうだった。
「な、なによあれ……!」
物陰から隠れてこっそりと、浮気野郎のあんちくしょうを睨みつける。
でへでへと他の雌に鼻の下を伸ばしきっているかと思えば、相手の雌猫は情婦もかくやという格好で私の雄の気を引いていた。
「あの、泥棒猫めぇ……!」
自分の身体を見下ろす。わざわざ一張羅のドレスで着飾って来てやったというのに、あんなの反則だ。裸のようなものではないか。
褒めてあげようと思ったのに。頑張ってるようねなんて声をかけようと思っていたのに。
「あんな貧民の雌猫に……あんな……!」
見れば、雌猫の胸部にはうっすらとした脂肪の装甲が張り付けられていた。
あんなもん、私に比べれば全然小さい。
「あれだったら私の方が大きいでしょうが!」
顔を染めて照れている様子のアホたれに呪詛を送る。どうも衣装の隙間から胸を見ようとしているらしくて、あまりの馬鹿さ加減に私は目眩がしそうだった。
ただ、どう見ても雌猫の方から誘っていることは明白で、やはり諸悪の根元はあの平民だと確信する。
テッペーは女に免疫がないのだ。たとえ貧相な痩せ猫だろうと、あんな格好で迫られたら断れないに決まっている。
「いまに見てなさいよ!」
このままにしておくわけにはいかない。私は雌猫に呪詛の念を送った後、こうしちゃいられないとリチャードの下へと駆けだした。




