第11話
手元を覗き込まれる視線を感じて、俺は横を振り向いた。
いつの間にかリリィの顔が横にあって、思わずどきりと胸を鳴らす。
「へぇ、器用なもんじゃない」
褒められて、俺は照れくさくなって頬を掻いた。
指で回すとくるくる回転するルーレット。赤と黒で塗り分けられた丸板を見て、リリィが不思議そうに首を傾げる。
「ところでなにそれ? それもギャンブルに使うの?」
つんつんと突っつかれ、ルーレットが小刻みに揺れる。俺は小さな鉄球を取り出すとリリィに見せた。
「ルーレットっていってね、この球がどのポケットに入るかを賭けるんだ。黒か赤かを当てれば2倍、数字を当てれば36倍ってなふうにね」
「ふーん、単純ね」
数字はバベル語を採用しているが、作りは地球のものとほとんど同じだ。俺の説明を聞いて、ふんふんとリリィはルーレット板を見やった。
「色当てて2倍ってことは、そのまんまね。数字も36までだし、公平じゃない」
「と思うじゃん?」
予想通りの言葉を貰い、俺はリリィにポケットのひとつを指さした。そこは緑色に塗られていて、0の文字が記されている。
そしてもう一つ、00の緑ポケットもあるダブルゼロ方式だ。
「ここに0のポケットが二つあるだろ? だから厳密には二分の一じゃないんだよ。数回やったくらいじゃ誤差だろうけど、何百回、何千回とやってれば胴元は必ず勝てるようになってる」
要はこの0に入ったときがカジノの取り分ということだ。勿論0に賭けることも出来るが、確率上は関係ない。
すると、説明を聞いたリリィがあんぐりと口を開けていた。どうしたんだろうと目をやれば、信じられないものを見たように俺を見つめる。
「そ、それって詐欺じゃない。あんた、顔に似合わずなんてこと考えんのよ」
「いや、そういうわけじゃ」
詐欺と言われて少し戸惑う。別に騙しているわけではなく、カジノというのはそういうものだ。こちとら慈善事業でやるわけではない。
「つまりそれって、客が賭ければ賭けるほどあんたは儲かるってこと?」
「まあ、そういうことになるね」
現実のカジノではそこに経営における人件費を初めとした諸経費が入ってくるわけで、そこまで単純な話ではないだろうが。その辺りは特に問題ないだろうと俺は思っていた。
別に、箱物があるからと安易にカジノにしたのではない。
「なにせ賭場の管理権を持ってるのは王家だからね。競合店が出来るわけでもないだろうし、独占だよ」
要は国営のカジノだ。ラスベガス等は客の食い合いでカジノ経営も難しいらしいが、今回はそこは気にしなくていい。
「真似てカジノやろうって人が出てきたら、潰せばいいんだよ。許可出さなきゃいい」
それでも黙ってする奴は出てくるだろうが、それは庶民向けの裏カジノだ。そんなものは放っておいてもいい。大事なのは、貴族や豪商向けの高級カジノの独占だ。
俺の話を聞いて、リリィは口をぽかんと開けた。
「え、なに。やだ怖い。あんたって悪い人だったの?」
近づいていた身体が離れ、リリィが不安そうな目で俺を見てくる。
なにやら誤解されてしまったようで、俺は慌てて弁明した。
「えっ、いや。そういうことじゃなくて、国営ってそういうもので!」
カジノで稼げれば国費も潤う。そうすればモナコのように税金の面でも国民に楽をさせてあげられるかもしれない。税で優遇すれば、他の経済が発展していく未来もあるだろう。
「あんたもやっぱ雄ってことね。邪魔になる奴はみんな潰すんだわ。……お父さまのように」
「いやリリィ!? ちょっと話聞いて!?」
しかしそれらを説明する前に、なにやらリリィのトラウマを開いてしまったようだ。俺から距離を取るリリィに手を伸ばしながら、懸命に潔白をアピールする。
「ほんと! 大丈夫だから! そんな目で見ないで!」
「そ、そうやって油断させてたんだわ。ぼへっとした顔して。私も、どうせ用がなくなったら捨てるんでしょう! そう、お母さまのように!」
いったいリリィの過去になにがあったというのだろう。
戦争の英雄を恨みつつ、俺は数時間かけてリリィの誤解を解いたのだった。
◆ ◆ ◆
「えっ? お兄さん賭場作るんですか!?」
騒々しい酒場の中で、ネココの猫耳がぴょこんと揺れた。
お決まりのミードを飲みつつ、俺は常連先のウェイターを見やる。
「うん、国営のカジノをね。貴族の人たち相手だから、こういう店には迷惑かけないと思うよ」
「き、貴族の方相手に賭場ですか? 随分と思い切ったことしましたね」
驚いた顔でネココの目が丸く見開く。やはり高級なカジノのイメージはピンとこないようで、逆にいえばそれだけ今回の計画は斬新だということだ。
「まぁでも、お金持ちの方を相手にした賭場なんて想像するだけでお金が飛び交いそうですね。上手くいったらほんまに凄いことなるかも」
「でしょう? 今頑張って進めてるんですけど、人手の確保も大変ですよ」
その辺りはリチャードが奔走してくれているが、人手が必要だということは雇用が生じているということだ。今回の計画が上手く行けば新しい箱物を作れるかもしれないし、そうなればさらに雇用が動くだろう。
夢が膨らむとネココも景気のよい話に笑顔を見せる。
「というか。そんな大事な話、うちみたいなもんに話してええんですか?」
「まぁ、一応まだ秘密なんだけどね。ネココさんには話しておきたいことがあって」
内緒話をするように小声で話しかける。聞き耳を立てるように近づいたネココに、俺はひとつ声をかけた。
「カジノの設営の目処は立ったんだけど、ディーラーが足りなくてさ。よかったらネココさんやってみない?」
「う、うちがですか!?」
ディーラーとなれば信用も容姿も大事だ。俺の知る限りその二つを満たしているのはネココくらいだし、なによりカード捌きが凄まじい。
なにせここの男衆を相手に何年もディーラー役のようなこともやってきたのだ。幾度か賭けを仕切っている姿も見たことがあるが、それはもう立派なものだった。
「お給料は弾むからさ、どうかな?」
俺の提案に、ネココは困惑しながらも、これはチャンスだと目を輝かせるのだった。




