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9.リフレイン


──朝起きると、一晩中泣き明かしたような気分になる。


そんなことが、この頃、頻繁にある。



勇作はベッドに仰向けに寝転がったまま、静かに、ゆっくりと目を開けてみる。


──あれ、俺なんで泣いてるんだ?


いつ両目から流れた涙が、まだ乾くことなく両方のこめかみを濡らしており、何だかひんやりと冷たく感じる。

夢を見ていたのは確かだが、毎度のことながら、なんの夢だったのかは覚えていない。

何だか凄く悲しい話......だったような気もする。

現実の話でもないくせに、記憶にもない余韻が作り出した心傷に浸る自分が何だか滑稽に思えたが、勇作は考えないようにした。



いつもの部屋に、いつもの天井。

裸電球に傘を付けただけの無骨な照明が、アイボリーの天板から生えている。


天を仰いだまま勇作は部屋の隅に目をやると、いつ作られたのかも分からないほどに古びた蜘蛛の巣が申し訳程度に残っているのが見えた。

恐らくあれの持ち主も、今頃は別の生き物として生を歩んでいるに違いない。


そう思うと、『命』は実に不思議なものだ。

俺も死んだら、次は何に生まれ変わるのだろうか。

頼むから、昆虫だけはやめていただきたいね。


輪廻転生なんて話が実在すれば、の話だけれど。



勇作はヘッドホンをゆっくり外して枕元にそっと置くと、上半身を起こした。

最近腹筋なんてしてないからか、身体を起こすのも一苦労だ。歳はとりたくないものだね。


運動不足を年齢のせいにするとは、我ながら情けない。誰にも見られていないのが救いだ。

まあ、寝起きを見てくれる彼女すらいないんだがな。



眠たい目を擦りながら、枕元の一冊のノートを手に取る。

表紙に『夢日記』と書かれたそれを開くと、勇作は日課を始めた。

ほとんど内容は覚えていないが、感じたことや寝起きの状況を書き留めておくことが習慣となっており、今は何となく続けているだけだ。

明晰夢も一向に成功する気配がないし、続ける意味があるのかは不明だが。



枕元のヘッドホンを両手でゆっくりと持ち上げる。

アーチ状に湾曲した、頭を支える中央のクッション部には、このデバイスの商品名が刻印されている。




『Re:Frain』




リフレイン。


自動詞で抑制する、堪える、差し控える。名詞では、繰り返される話......という意味だったと思うが、実際は商品名にどんな意味があるのかなんて、大した問題じゃないだろう。


──夢を見るためのデバイスだと考えれば、皮肉な名前だとは思うけどね。





リフレインと名付けられたこの画期的な商品は、医療機器がベースに作られた試作品だった。


元々リライト──書き換える、という意味の名で呼ばれていたこの機械は、自閉症や発達障害などの先天性の神経系疾患を抱えた患者のメンタルケアを目的として、今から七年前の2018年に、ドイツの田舎町の医者であるメルケルが作り出した事が始まりであった。


WHOはメルケルの研究が人体実験であると断定して糾弾しようとしたが、ヘッドホンから流れる脳波と同周波のヒーリング効果のある音波が、脳の過剰な興奮により引き起こされる神経症状を軽減することが臨床実験で明らかになり、彼の研究が間違いなく人類の発展に貢献することが証明されると、誰一人として文句を言うものはいなくなった。



やがてリライトは世界脳科学研究機構、通称WBOによる改良が重ねられた。

更に世界最大手の電子機器メーカーである米国のカーマイン社によりコンシューマ向けに製品化され、『特定の夢を体験できるウェアブルデバイス』として発売、今日に至る。



巷で人気のVRデバイスと同じような『異世界生活』を送ることが可能なリフレインだが、その性能は似て非なるものである。



VR機器はコンピューターグラフィックスの世界を視覚情報、或いは脳が認識して体験できるのに対して、リフレインのような『自己暗示デバイス』は、脳と同周波の超音波をヘッドホンから流すことで脳を操り、特定の世界を体験しているように錯覚させることが出来る機械だ。


限りなく本物に近い、しかし現実とはかけ離れた体験ができるという事もあり、夢のセカンドライフに世界中が待ち焦がれた。



発売前から話題になっていた『夢』の機械は、世界一斉発売開始から僅か三十分で全世界の店舗から在庫が姿を消した。


内部者のリークで明らかになっていた製品の機能が近未来すぎて胡散臭いと感じる人は少なくなかったが、実際に発売されてみると、その『ヒーリング効果』は絶大であった。


重度のうつ病を発症しているニートや、生きる希望をなくして引き篭もっていたはぐれ者たちが、リフレイン発売から生き生きとした人間らしい生活を取り戻したのだ。


また、夢の世界と記憶が混同することがごく稀にあるらしく、地球にあるはずのない鉱物の名前を口にしたり、人間以外の種族について作り話のように詳しい者まで現れ始めた。

世間は彼らを『ゲーム狂いの変人』くらいにしか思っていないようだが、一定数の分母が全く同じ絵空事を話す事があるのだろうか。



そして、関係性は明らかではないが、リフレイン発売からたった一ヶ月で──




──全世界で325人もの使用者が、睡眠中に突然死したとのニュースが、世界を震撼させた。

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