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3.社畜


「おいアンタ!

なぁーーーにしてくれるんや、あぁ!?」





薄暗いホールに響き渡る、中年男性の怒号。


50人ほどのゲストによる、賑やかに咲いていた談笑の花が、一瞬にして萎れた。


景気付けに余興の歌を披露しようと準備していた若い男性グループも、悲しそうに作業の手を止める。


そういや、厨房の頃に担任の体育教師の──名前何だっけ、が黒板を叩きながら怒鳴りつける事が、日常的にあったな。

別居離婚中のゴリラみたいな哀愁漂う顔のオッサンだったよなあ...。



勇作は自分に対して怒声を浴びせる中年男性──なんだこのハゲ親父、を尻目にそんなことを考えながら、直立不動のまま、天井から垂れる消灯中のシャンデリアを見つめていた。



「染みになっとるやろが、どう落とし前付けてくれるんや!?あぁん!?」



クレームの常套句のような文言を見事に再現し、ハゲ親父が続ける。


氏が怒るのも、無理はない。


先程までは、可愛い姪っ子の晴れ姿に涙し、彼女の両親──実弟夫婦と、他愛のない思い出話をして盛り上がっていた最中。

突然頭上から降り注いだ血のような雨により、何もかもが台無しになった。スーツも新調したばかりのイタリア製だったのに!




そんなことは知る由もないが、当事者である勇作は、マニュアル通り弁明せずにひたすら謝罪の意を示すしかなかった。


現場責任者がすぐさま仲裁に入り、静かに男性とホールを去ると、静まり返っていた会場に再び少しずつ花が咲き出した。




「水島さん、ちょっと」




会場が落ち着いたところで、勇作は同僚の──一年先輩の逢沢さんに呼ばれ、バックヤードに戻った。


「さっきのは水島さんが悪いですよ!

ワインを掛けてしまったのは許されないミスではありますが、水島さんの対応がもっと早ければ、あのお客様はあそこまで怒ることもなかったんです!」


ごもっとも過ぎて、何も言い返せない。

そりゃそうだ。



逢沢 美鈴。


俺がこの会社──オリエンティンホテル専属の婚礼スタッフ派遣会社『キャストイン』に入社して、はや一年。


一つ上の先輩にあたる彼女は、俺の教育担当として日々の業務を、OJTと呼ばれる、実務を行いながら仕事を覚えるトレーニング方法を用いて細かく教えてくれている。


見た目は相当若そうだが、女性に年齢を聞くのはタブーだとかいう訳の分からない日本の常識のせいで、詳しくは知らない。


高校を卒業してすぐに入ってきているはずだから、下手すると俺より一回り近く年下なのではないだろうか。



何よりも目を引くのは、彼女のその外見だ。



透き通る白い肌、主張の少ない細めの体つきに、スラリと伸びた手足。

艶のある黒く長い髪の毛をお団子にして頭の後ろで束ねている。


そして極めつけは──その瞳。

薄灰色がかった大きな双眼。

目が合った者を皆虜にしてしまいそうな、そんな日本人離れした綺麗な色をしている。


噂によると、美鈴はイギリスだかフランスだかのクオーターだそうで、目鼻立ちのバランスも納得だ。



そんな美貌を持つ彼女だが、周りからは若干距離を置かれているようにも見える。


何故だろう、どこか透明な薄い壁が彼女の四方を取り囲んでいて、一定距離以上は近付けまいというオーラを放っている、そんな気がする。


仕事も出来るし、気遣いも完璧だ。

なのにそう思えるのは、彼女が異国の人に見えるからだろうか。





タイムカードを切ってホテルを後にする。


昼間は人でごった返す駅前も、かなり疎らだ。

もうすっかり遅くなってしまった。


結局あの披露宴の後、現場責任者に呼ばれて概要を事細かに説明し、謝罪をした。


「失敗は誰にでもあります。ただ、その失敗をどう生かすかは水島さん、あなた次第です」


現場責任者の壮年の男性─佐々木さんは、表情ひとつ変えることもなく、ただ少しだけ憐れむようにそう言うと、二度と同じミスをしないように、とだけ付け加え、業務マニュアルを俺に手渡して出て行った。

恐らくは上司に報告に行ったのであろう。


何も言わずにただ傍らで見守っていた美鈴も、申し訳なさそうに肩をすくめると、お先にとだけ言い残してオフィスを後にした。




──深い溜息を吐くと、俺は200ページはあろうかという、分厚いマニュアルに手を伸ばした。


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