21.魔法使いの夜
冷たい夜風が頬を掠め、この世界の季節もいよいよ白銀の世界を待ち侘びる佇まいとなりつつある。
風に揺られてパタパタとはためく赤いマフラーが、闇夜に紛れる俺の姿をわざわざ指し示しているようで困りものだ。
このマフラーが人からの貰い物でなければ、とっくにダストボックスに放り込んでいるというのにな。
そんな生真面目な性格が、本当に嫌になる。
──真黒のマント、漆のような深くも味わいのある色のとんがり帽子、そして肩にちょこんと居座る黒い小鳥。
完全に夜に紛れてしまいそうな徹底ぶりであるが、これは全て、この街グリムロックの魔導師軍『ナハトヴァール』の制服だ。
ちなみにこの鳥は軍の支給品ではないが、俺が以前討伐に向かった先の『深樹海』で怪我をして地面に落ちていたのを拾ったものだ。
見たことの無い種類で何の鳥かも分からないのだが、傷薬を毎日塗ってやっていたら懐かれてしまったようで、常に俺の肩を止まり木にしている。
軍人として罪の無い生き物を戦いに巻き込むわけにも行かないのだが、かと言って捨てるわけにもいかずに途方に暮れていた。
ダメ元で上官に取り合ってみたら、二つ返事で連れ歩くことを承諾するのだから、呆れたものだ。
軍の規律はどうなっているんだ、などと、当事者の俺が思うのも何だが、そう思う。
人間族が千人ほど住むこの街は『ナハトヴァール』によって統治されてはいるが、軍の総司令官であるアラドの意向により、武力行使は御法度なためか、街中の雰囲気は軍治国家としては異例の和やかな雰囲気だ。
この大陸はかつての魔族による侵攻で分割されてしまったが、このご時世は争いもなく、実に平穏である。
良いことだ。
そして今日は非番で、することも無い。
そういう日は、こうして塔の上から街を眺めるのが一番だ。
高い場所は神経を研ぎ澄ませてくれる、俺はそう思う。
耳障りな喧騒も無く、吹く風だけが静かに音を立てる、そんなこの場所が気に入っているのだ。
それなのに。
──ウウウウウウウウーーーッ!!!
街中に設置された、錆び付いた蓄音機からサイレンが鳴り響く。
近年、一度たりとも鳴った事のない、あの音が!
これは街に危険が迫っていることを知らせる音であり、軍の出動指令の合図でもある。
「クソッタレが......!」
汚い言葉を吐かないようにしているのだが、そんな事を考えている暇はない。
塔の上から眺めていた異変に今更気付く。
山の麓から赤色の松明を掲げた大軍が、ゆっくりと進行してきているのだ!!
肩に乗る小鳥のヤクトに目配せすると、俺は塔の上から飛び降りる。
専門とする重力魔法をコントロールし、地面スレスレの状態で着地すると、全力で走り出す。
「街に行かせてたまるか!!」
──ガロードはそう叫び、山の麓に向かって駆けて行った。