12.ハルキゲニア
先程の目が覚めた場所から、歩くこと一時間。
延々と代わり映えのしない、焼けた森が続いている。
「痛っ......」
アリーシャの左大腿部の外側に深々と刺さった矢。気のせいだと自分に言い聞かせていたが、微量の毒が仕込んであるのではないかと疑っている。
というのも、エルフは自然治癒の体質を持つため、ある程度の軽い怪我は他の種族と比べて傷が治るスピードが早い特徴がある。
魔法が使えないアリーシャは特にその恩恵を強く受けており、少ない魔力を常に満タンで保有しているお陰で常に再生に魔力を回すことができ、治癒力が高いはずなのだ。
それなのに、身体が非常に重く、歩く事が苦痛でしかない。まるで左足が自分のものではないかのような......。
だが、脚の激痛など忘れてしまう様な光景が目の前に現れた。
──焼け焦げた遺体。
身体から無数に伸びた槍のようなものが、それの凄惨な死を物語っている。
まじまじと見たくはないが、その遺体は判別がつかないほどに損傷が激しい。
生前の姿は想像ができないが、骨格からエルフであることは間違いないだろう。
恐らく件のオークが村を襲う前に殺害し、山火事で燃え尽きたのだと推測できる。
「どうしてエルフがこんな所で......」
目を背け、嘔気がこみ上げてくるのをグッと堪える。胃液が逆流しかけ、喉がヒリヒリと酸っぱい。
森に出向くことは多いエルフだが、森の中は彼らにとって庭のような物であり、近道や隠れる場所も熟知している。
何より風魔法に長けたエルフは火力こそ低いものの、補助魔法や回避魔法は専門であるため、余程のことが無ければ追い詰められて死亡することも無いと言って良い。
これだけの大人数に襲われたということは、まともに魔法が使えない状態であったに違いない。
いったい、誰が──
「この指輪は、まさか」
遺体の右人差し指にはめられた指輪に見覚えがある。
高温に晒されたために煤けて色が変わってしまっているが、これは私が作った指輪だ。
幾何学模様のデザインで鈍色に光るそれは、間違いなく幼馴染みのヒュッケに成人祝いにプレゼントした物。
魔力の回復を早める効果がある金属を使用した特注品で、魔法と弓の練習を頑張っているヒュッケを応援するために、ホワイトスミスの知り合いと一緒に考えて作ったものだ。忘れるはずがない。
「そんな......ヒュッケ...いや......いやぁぁぁああああああああ!!!」
目の前が真っ暗になり、頭がグルグルと回転するような目眩を覚える。
何も考えることが出来ず、ただただ現状をいかにして否定するか、そればかりであった。
泣き崩れるアリーシャを横目に、スコットは遺体の左手から微かに光る物を見つけた。
──これは。
稀石ハルキゲニアだ。それも、ここまで高濃度の物はなかなかお目にかかれない。
この石は、成分の金属を抽出することで魔力増幅のアイテムを作る材料にもなるし、武器の材料にすれば、とても軽くて丈夫な物が出来上がる。
アリーシャに気付かれないように石を懐に入れ、スコットは笑いが溢れるのを抑えるために顔を背けた。
──思わぬ収穫があったものだ。これは有効利用させてもらうぞ。クックック......
スコットは遺体の喉を隠すように葉っぱを散らした。
疾風魔法により切り裂かれた喉笛を隠すように。