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Dの庭園 〜The Garden of dreams and death〜  作者: 長月京子
第四話:罪人の末裔

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プロローグ

 失われた庭園の中に 罪人が彷徨う



   1


 風の動く気配がした。

 瞑想していた若き王がゆっくりと瞳をひらく。闇に属しながら、容貌にいっさい暗黒をまとわぬ、美しいすがた。肩へと流れおち、光沢をもって輝きをしめす金の髪がひらめく。

「……影かい?」

「ええ」

 床に落ちていた黒い影が、魂魄を得たかのように起き上がった。

「見ていたよ。我らの――いや、私の罪をあがなう者がみていた夢を。とうとう、来てしまったね」

 まといつく、長すぎる黄金の髪を手で払いのけて、彼が立ちあがった。

 現実と影響しあいながら構成されるもう一つの国。宇宙そらの果てよりも遠くに、あるいは何よりも近くに位置する世界。

 住人達の認識は、黄泉の国、楽園、浄土など、さまざまである。

 長をつとめる青年は、夢の庭園と呼んでいた。

「目的は達成されず、彼はやってきた。あなたの想いは遂げられない」

「まだ庭園に迎えることは認めない」

「彷徨えと言うの?」

「そうじゃない。――闇はどこ?」

 サアッと彼方から、黒い帯が室内へのびてくる。人型をとると、年若い王にむかって敬礼した。

「お呼びか」

「深淵で迷っている彼を案内してほしい」

 すぐには答えず、闇が怜悧な瞳で王をみた。闇を統べる者でありながら、光をまとう麗しすぎた容姿。

 だから闇の眷属の重鎮達は、この光り輝く王を異端とする。暗黒をまとう自分達ほど、陽に執着をもたないと。

 たしかに、彼がこの永遠のとき、愛しみつづけるのは、光に属するかの美姫だけであるはずだった。

「あなたは、あの方を愛していらっしゃるのか」

「もちろんだよ。疑っているの?これほどに、私の招いた災いをつぐなおうとしているのに」

「ならば、なぜ人の子である少女を追いかけた。掟に背いてまで」

「……愛していた。怒るのかい?」

「いえ」

 短く否定し、闇が輪郭をくずした。きたときと同じ要領で飛び去る。

「連れてきてどうするつもり?」

 あきれた口調で影が言うと、彼が「分からない」と答えた。

「どうしたいのか分からない。けれど、彼を迎えるわけにはいかない。まだその時ではないよ。ただ問いたいことがある」

「問いたいこと?」

「そう。彼に問いたい。君が彼女にひかれたこと、愛した想い。それら全てが仕組まれた意志の上にあるのだとしても、彼女を求めるかと」

「求めるに決まってるわ。あなたの想いがある限り、彼の進む途は決まってるからよ。それこそ、彼は彼女を求めて、戦わないわけにはいかない。そんなふうに仕掛けたのは我々だわ。でなければ、全てが終わってしまう。戦ってもらうしかない」

「ああ。その通りだね」

 彼が再び、闇の玉座に腰掛けた。

 庭園は夢見るように美しい。謀反が起きようとも、この国が汚れることはない。

 けれど。

 掟を破った王に反旗をひるがえした眷属の者は、あろうことか外へ矛先を向けたのだ。

 もう一つの国が、闇に染められる。

 それは、何としても避けねばならないことだった。



   2



 かつて、若き長の傍にあった者達が、集った人数に対しては狭い部屋で、闇色の衣を椅子へかけた。庭園の暗き闇にある誰もがそうであるように、漆黒の長すぎる髪を持て余すようにかきあげて、席につく。

 着々と、罪深き長を罰する為の舞台は用意されつつある。

 部屋の中心に、紫黒の絡み合う枝に支えられて、長の命に等しい黒珠が冷たく光っていた。主の力の源であり、命ともなる。

 庭園を治める青年から、奪い取った宝玉である。

 集った者達にとっては、庭園から外界を除き見る媒介となった。黒翡翠のような宝玉が映す光景に、人々の目は奪われている。

 光からはじまり、つがいの様に現れる闇の大陸を抜けて、銀河を映す。多くの星雲にも似た美しい情景を過ぎ、騒然と現れる美しい惑星。

 重鎮であった数人の者が、長が昔にしたように禁忌とされる地へ降り立とうと目論んでいる。傍に控えた青年の元を去って、永く月日は過ぎた。

 来るべき時は、間違いなく訪れようとしている。

 庭園と比べものにならぬ狭き地は、いずれ果ての臨める大陸と光と夜の闇をもって、暗き彼らを迎えるのだろう。

「王の命を携えて我々は人として、かの地に降り立つ」

 長い黒髪をうるさそうにはらいのけて、一人が美しい闇色の瞳を凛と光らせる。

「輪廻の理を捨てこの身が滅び魂が朽ちても、王の禍を断ってみせる。闇を統べるこの宝玉の力をもって、いずれは君を呼ぶ。人としてではなく降り立つのなら、宝玉の力で長の招いた禍を断ち切れるだろう」

「間違いなく」

 一際、背の高い者が瞳を伏せて、ゆっくりと頷いた。背の低い女人のような者が浅く笑う。

「彼は、私達と同じ想いを抱かなかった」

 哀しみに充ちた言葉だった。

 宝玉の映す、もう一つの世界に眼を向ける。

 罪深き、我らの王の末裔が生きる世界。

 彼らが宝玉から視線を外し、瞳を閉じる。

 光を纏うかのような、美しい王の姿を見なくなって久しい。

 我々の焦がれる光への執着が、王自身にもあるのか。

 わからない。答えはここにはない。

 かの地にも、きっとありはしないだろう。

 それでも胸の内に、わずかな未練を残している。

 自分達の行いが許されぬ罪となっても、全てのはじまりは主の想いの在処にある。



   3



 拾いあげられた情景の全てが、今ではひどく遠いことのように思えた。

 希望をあきらめながら、焦がれていた日々。

 うしなった両親の想い。

 彼女との出会い。

 思いを馳せた故郷よりも暖かな、至福の夢。

―――歩いてきた途を後悔しているのか。

 何もみえない闇の中で、声だけが問う。己のえらんだ途を悔いているのかと。

 考えるまでもなく、結城晶は後悔はしていないと、心の中で答えてみた。

 目前に広がる闇の深さは、大宇宙の雄大さをもって全てを包んでいる。

 眠りに落ちるたび恐れていた深淵の内にありながら、なぜか安寧だった。

―――その想いが、全て組みこまれた意志でも、悔いはないのか。

「彼女を欲しいと思うか」

 どこからか聞こえていた声が、ある一瞬を経て近くなった。晶が驚いた様子もなく降り向く。

 辺りをそめる闇よりも、いっそう深く艶麗な黒をまとう者が背後に立っていた。

「死に神か」

 乾いた声がでた。どうでもいい気がしていた。命が絶えて、全てが終わったことは感じていた。寿命の短さは、物心ついた時から刻まれていたから。

「私を死に神と?ならば、命を落としても悔いはないのか」

「……わからない。今は後悔するかもしれない」

 生きたいと願うだけの幸せを、知ってしまったために。

 クスリと、闇をなのる女が笑う。

「やはり、闇は光にあこがれる。それは、あの方のお気持ちに嘘はないということ」

「あの方?」

 答えずに、女が告げた。哀れむように、しかし厳粛に。

「――おまえは、我らの罪をあがなう者」

「罪を?」

 女は静かにうなずいた。逃れられない運命というものは、たしかに在るのだと。

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