0:THE PAST(過去)
ここで君と出会えたのは 神の引き合わせなのか
1
ホテルの会場へ足を踏み入れ、結城透は親友の姿を探す。
パーティーは終盤にさしかかった様子で、招待客は各々に輪を作っていた。
今日のパーティーの中心であり、透の親友にあたる吹藤和彦が、ひときわ華やかな場から、スッと移動する。
「透。こっちだ。わざわざ来てもらってすまない」
二十才を目前にした、新しい当主が透へ歩み寄り、苦笑を向けた。
「おめでとう。ついに吹藤を背負って立つわけだ」
「気が重い」
サラリと真実を述べ、和彦が透を連れて会場を辞した。
一階のロビー近くにある茶店へ入り、二人が改めて向かい合う。
「和彦が当主の座につくということは、梓さんの懐妊を意味するな」
「――ああ」
しばらく重い沈黙が続いた。ウェイターがコーヒーを運んで来る。カップから立ちのぼる湯気を眺めながら、和彦が言った。
「俺はおまえを巻き込むことを迷ってる。あらゆる意味で大変なことだ」
「僕は承知したはずだよ。全てを知った上で」
穏やかな眼差しに支えられながら、和彦が小さくうなずいた。
「俺は、俺の代で本家の慣習を打ち破ってみせる」
「和彦なら大丈夫だ。影ながら協力するよ」
「でも、おまえもまだ学生で。……頼子さんは何て?」
「僕も頼子も君の味方だよ。和彦は、君と梓さんの子供に吹藤を名乗らせたくないんだろう?問題は君の祖父である総帥だ。和彦がその内情を整理できるのであれば、僕は君の子供を結城として迎えるさ」
「――ありがとう。感謝する」
わずかに声を詰まらせた若き当主に、透は優しく笑いかけた。
「僕と頼子が一緒になれたのは、和彦のおかげだ。その借りが返せて嬉しく思ってる」
「すまない」
「だから、負い目に感じるな。もうこの件についてはやめよう。子供の出産予定日や名前は決まっていないのか?性別は?」
「予定日は今年の十一月十一日。男の子で、名は、晶」
「あきら?」
「ああ。日を三つ重ねて晶だ。祖父が名付けた。一族とグループの未来を照らす人間になるようにと」
コーヒーに口をつけて、透が吐息をつく。
「一族とグループのためか。じゃあ、僕はアキと呼ぶよ。彼自身の未来が、明るく照らされるように。結城晶と戸籍に入れる」
親友の言葉に、和彦が目頭を押さえた。熱い涙が頬を伝って落ちて行く。
息子は彼に託して大丈夫だと、確信を持ちながら。
「透。……感謝してもしきれない。おまえがいてくれて良かった」
「僕も、君がいてくれて良かった。ちょうどおあいこだ」
穏やかに、幸せな談合が幕を閉じる。深い友情が断ち切られる未来も、子供の閉ざされた行く末も、まだ二人は知らない。
2
暦が十一月に入った、第十一日目。予定日に違わず、子供が誕生した。吹藤を統括する男は、自分の憩う邸宅でその知らせを耳にする。同時に、その子供の戸籍の在り方についても。
「総帥。和彦の勝手なふるまいを許されるおつもりか」
先日、会長の座に就任した男が、髪に白いものが交じりはじめた父に向かって糾弾する。
浅く笑ってかわし、総帥は侮蔑した瞳で息子を見る。
「出生や戸籍を変えたところで、子に流れる血が消えるわけではあるまい」
「――しかし、やがて当主の座につく時、非難を受け、いらぬ敵を作ることになる。一族内で派閥ができ、問題を引き起こすことにでもなれば」
「心配は無用だ。何者にも非難を受けない人間を作れば良い。それに、都合の良いことではないか」
「何故に?」
「吹藤を名乗らぬということは、一族内でのいかなる婚姻も許される。手間がはぶけただけのこと」
濃い血統を作り出す駒。どれほど近しい者と交わっても支障を来さない出生。
「久方の梓は、和彦との離別を望んでいると聞く」
「確かに」
「梓はボーフォードへ嫁がせる。そこで晶の妹でも身ごもれば、何も言うことはない」
吹藤和彦、久方梓。総帥にとっては孫にあたる二人の婚姻によって生まれた子供。
それ以上の濃い血統を望むためには、兄妹の契りしか残されていない。
「しかし、総帥。なにもそこまで」
自分の子孫を道具としか考えない父に、さすがに息子も戦慄を覚える。冷酷に笑い、彼は一言もらした。
「……私は私のやり方で、一族を大きくする。そのために、我々の血に潜むものがあるのだから」
変革。いつか遠い未来に。現在の価値観を破る新たなものが生み出されたとき、先陣を行くのが、一族のものであるように。
今、子供達に強いた苦境が、いつか繁栄を導くように。
一族の血に宿る力。
「私は自然に馴染まぬ夢のために、異端者の刻印を自身に架すことをしたくない」
まだ総帥が子供であったとき。一族の中で、力は畏怖されていた。消えてなくなることだけが望み。あまりにも受け身な結論。
他人の叫びを夢の中で聞いてしまう。科学的には、不自然な脳波。
それは、知られてはならない、異質なものでしかなく。
どこかでおびえていた。他と違うということが露見することを。
苛まれていた。他人のプライバシーを犯す力に。
「分かるかね、会長」
「いいえ」
「つまり、他の者と違うということを、異とする考え方を一族内から排除したい。他人の叫びが夢へ共鳴する。それは罪でも何でもない。私達が選択したことではないのだよ。我々に受け継がれる血は、そんなマイナスのものであってはならない。我々の未来を照らすものでなければね。そのために、研究をすすめ、応用の途を探すのだ。例え、どんな手段をもってしても」
「――はい」
恐ろしく思いながら、会長の座にある男は敬礼する。
「晶は英国の施設へ入れる。そこで、何者にも劣らぬ人間へと教育すればよい。吹藤を名乗らずとも、彼は一族の人間なのだからね」
「はい」




