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Dの庭園 〜The Garden of dreams and death〜  作者: 長月京子
第一話:夢に眠る
1/67

プロローグ

 庭園に眠り 永い微睡みの中で 君の名を呼ぶ




   1


 あれは雪の降る日。思いだしたくもない光景が行き交う。こんな夢は終わらせなければならない。

 真っ白な積雪の上に、赤い滴がにじむ。滴は暖かいのか、周りの雪を溶かし、ゆっくりと交じわって行く。パタパタと続けて赤い滴が零れた。

 これは涙だ。

 泣いているのは自分。

 こんな夢は見たくない。これは罰なのだ。

 あの雪の日に全てを狂わせたのは、自分だから。


 狂っている。


 信じられなかった。それでも自分の子を腕に抱きたかった。

「この子、私に似てるわね、あなた」

 雪は深々と降り積もり、隣にいる夫の笑みを凍らせる。

「ああ、似てるよ。可愛い子だ」

 瞳から溢れ続ける、真っ赤な涙。分かっている、自分が何をしたのか。

 それでも我が子を胸に抱きたかった。

 ああ、いけない。

 眠り続ける子供の上にも、血の涙が落ちてしまう。汚してはいけない。

 この子だけは、雪のように綺麗でいてほしい。

 そして、本当に綺麗な娘になった。

「許せない。私はお父さんとお母さんを許せない。そして、自分を許せない。許せるわけがない」

 どうして、そんなことを言うの。あなたは汚れていない。

「許せないの。それでも大好きよ、お母さん」

 あの子の微笑み。哀しい夢は、いつもここで終わる。

 こんな夢は、終わりにしたいのに。



   2


 一通の手紙が届いた。はやる気持ちを抑えて便箋を開くと、胸に鈍い痛みが広がった。

 最後まで目を通さないうちに、痛みが目頭までのぼってくる。

 パタリと便箋の上に涙が落ちた。

「そんなこと……」

 関係ない。関係なかったのに。

 うすうす気付いてはいたのだ。認めたくなくて、何度も打ち消した推測。

 ついにそれが真実になってしまった。

 手紙を折りたたみ、涙を拭い去る。

 罰を受ける必要がある。関わった全てが、そして自分が。

 はじまりから狂っていたのだ、全ての歯車が。

 望んだ幸せは、もう手にすることができない。

「どうして、こんなことに――」

 夢のように儚く、この手から零れ落ちてゆく。

 全てが壊されてしまった。


 

   3


 夢の中では、いつでも雪が降っている。行く手をはばむように、視界をさえぎるように。

 駄目なのだ。あの影を見失ってはいけない。

 声を限りに呼びかけても、届かない。取り返しのつかないことになる。

「お母さん!」

 行かないで。行くと不幸になる。

 あなたも私も、不幸になるのよ。

「行かないで」

 真っ白な雪が帳を降ろす。見えなくなる。母の影が、追えなくなる。

 その腕に抱いているものを、離してほしいのに。

 そうすれば、間違わずにすむ。

「翠」

 ふいに、背後から名を呼ばれた。その声に向かって、走って行けたらいいのに。

 もう駄目なのだ。

 私とあなたは、共にいてはいけない。

「翠」

 駄目なのだ。私がここにいることが、間違いだから。

 遠ざかる、あの人の声。本当はずっと聞いていたいのに。

 やり切れない。

 誰か、助けて。

 今のままでは、苦しすぎる。

「――沙輝」

 こんなに、あの人を想っているのに。

 何も知らなかった、あの頃の夢へ帰りたい。

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