第3話:はじめてのモンスター
何とか、衝撃的な事実から立ち直った俺は、目的地の«風の街»を目指して野原を歩き始めた。
色々と謎が多いが、とりあえずは人が大人数いるところへ行かなければ、情報も何も得られない。もしかしたら、この世界へ来たプレイヤーは俺だけじゃないのかもしれない。そうならば、情報交換や協力できるし、なにより安心できる。
現在の目的を再確認した俺は、改めてこの野原を一瞥してみる。
広大な野原だが、しっかりと人が整備したと思われる道がある。それにこの地のシンボルと呼べる大きな風車。この辺は俺が見てきた«アイリス・オンライン»内の«始まりの野原»と全く同じだ。
唯一異なる点は、モンスターがいないことだ。
このマップでは、ピンクジェルというスライム系のモンスターの他にも四種類のモンスターが存在しているはずだ。けれども、ここまで一体のモンスターも見ていない。
決して、エンカウント率が低いマップの訳ではないんだけどなぁ……。
と、その時。
「うわああああああ!!」
叫び声が聞こえた。恐らく、左方向の小高い丘だ。
急いでそこに駆けつけると、8、9歳と思わしき少年がピンクジェルに襲われかけていた。
……この状況。確か、初心者のチュートリアルイベントじゃなかったか?
そう思ったが、少年の怖がってる表情は本物だったので、助けに入った。
「大丈夫か!?」
「ぼ、ぼぼ冒険者のお姉さん!? お願い、助けて!!」
少年は泣き出しながらそう言った。
正直、この少年を担いで逃げた方が早い気がするが、この世界での戦闘はどのように行うのか気になったので、このピンクジェルと戦うことにした。
俺は腰に携えていた、愛用の剣«アルマス»を鞘から抜いて、構える。
ピンクジェルはどうやら、俺からの敵意を感知したらしい。高い鳴き声を出して、威嚇してきた。
それは現実の世界で聞いたこともない、思わず耳を押さえたくなるような金切り声だっった。
その声を聞いて、俺はとてつもなく腰が引ける。
一瞬にして悟った。これは、直接的な命のやり取りなのだと。今まで、パソコン越しに行われていた命のやり取りを、俺自身が体を動かしてこれから行うということを。
つまり、このモンスターを手にかけるということを。
俺が硬直していると、ピンクジェルはスキをついて飛びかかってきた。
大したダメージもないが、俺は恐怖で後ろへと飛び退いた。何とかピンクジェルの攻撃を避けたが、このままでは防戦一方だ。
俺は意を決して、ピンクジェルに向かっていった。ヤツが避けきれないスピードで。
しかし、剣がヤツのジェル状の体に当たる直前で、手が止まってしまう。まだ俺は、殺すことに躊躇していたのだった。
「なにやってんだよ、お姉さん! 早く倒してくれよ!!」
こっちの気も知らず、少年は俺を急かしてきた。
こうなったら、コイツを担いで逃げてやろうかと思ったが、ある方法を思いついた。
「この世界で通じるか分からんが……」
俺はピンクジェルに手を向け呪文を唱える。
このモンスターを殺さず、尚且つこの戦闘を終わらせる方法。
「《モンスター・テイミング》!!」
自身のジョブレベルより、下位のモンスターをテイムする、つまりはモンスターを飼い慣らす魔法。
俺のジョブレベルは78。ボスモンスター以外のモンスターは大体この魔法の適用内だ。
しかし、この《アイリス・オンライン》によく似た世界で通用するかは不明だったが、発動はできた。ならば、この魔法にかかったピンクジェルは……。
「ぷしゅ、ぷしゅーーー!」
さっきまでの威嚇体制から、可愛らしい鳴き声と変わった。
ということは、どうやらテイムには成功したらしい。安堵の息が思わず漏れる。
「お姉さんすげぇ! モンスター手懐けるなんて、並の冒険者は出来ないってじいちゃんが言ってた!!」
少年は、目を輝かせて俺を見てきた。尊敬の眼差しが眩しくて、ただビビったからテイムしました、なんて言えるわけがなかったので苦笑いすることにした。
今さっきテイムしたピンクジェルを観察すると、ほぼ《アイリス・オンライン》のピンクジェルと変わりない。やはりここは、あのゲームの世界なのだろうか?
俺が、物思いにふけっていると、スライムが飛びついてきた。
「……ん? うわっ!!」
ピンクジェルはただじゃれてきているだけのようだったが、コイツのネバネバした体液は容赦なく俺の髪や顔、服をベタベタにしてきた。
「ちょっと待……ひゃう!!?」
思わず変な声が出てしまう。ヤツは俺の服の中に入り込んできて、冷たい身体が背中や太ももに軽く触れただけで悲鳴が上がる。
ヤツはエロ漫画に出てくる、触手ばりに俺の躰をまさぐり始めてきた。
「やめ、やめろぉ……」
自分でも信じられないくらい、エロい声が漏れた。快楽に逆らえない女騎士って、こんな感じなのかと思ったが、それどころじゃない。抵抗しようとするが、さっきのエロい声を「いいぞ、もっとやれ」と受け取ったのか、ジェルは一向にやめる気配がない。
そして、遂には俺でもまだ触れたことのない禁断の部分まで触れようとした瞬間、堪忍袋の緒が切れる音がした。
「ぱ、パニッシュメントぉおおおおおおおおお!!!!」
せっかくテイムしたピンクジェルを必殺魔法で消滅させてしまった。
ヤツに触られた部分にはまだ感触と、ベトベトな体液が残っていた。俺が着ていた服は白だったので、ヤツの体液で濡れて透けていた。少年がそんな俺の格好をガン見している事に気づき、俺は思わず透けている部分を手で隠した。
最悪の初バトルだ。今度、ヤツを見たときは、一匹も残さず駆逐してやると心に誓ったのだった。