4.心地よいキス。少女たちの恋。雨上がりの夕暮れ。
背中にぴたりと暖かい感触がする。
隣では妻が裸で寝息を立てていた。
こう、寝ているだけなら可愛らしいのだ。
もう身体を交えるのも最後になるのだろうか。
今晩の彼女は酷くラリっていた。
朝食も夕食も、今ではもう私が作る。
武志だってまだ幼いのだ。
先の見えない恐怖が徐々に姿を露わにしていく。
もう、限界だ。
権蔵は一つの決意を固めた。
布団から身体を起こしトランクスを履く。
そしてベッドの傍にある受話器を持ち、ボタンを押した。
警察が自宅に来たとき、もう妻は亡くなっていた。
死因は無論大麻だ。
もう脳がスポンジのようになっていたらしい。
葬式も、火葬の直前も、私は涙を流せなかった。
彼女の酷くラリった姿が、胸の奥で重油のように溜まってこびりつく。
それは愛し合う夫婦という姿より、繁殖しようとする獣のような姿。
それは一種の生理的嫌悪感をもたらした。
7歳くらいだっただろうか。
武志はまだ小学校へ入学したばかりだった。
火葬を行っている間の時間だったか。
「ねぇ、僕たちこれからどうなるの?」
武志の呟いたその言葉が今でも権蔵を縛り続けていた。
それは、妻の死よりも遥かに重い言葉なのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目覚めは最悪だった。
昨日の疲れと硬いベッドが細い体に痛みを走らせる。
権蔵はふと、夢の内容を思い出した。
妻とのセックス、いやあれはオナニーと呼ぶに相応しいか。
そんな夢を見るなんて欲求不満なのだろう。
自身が男であれば、夢精ものである。
それほど艶めかしい夢であった。
最も、この身体も十代前半くらいだから溜まるのも仕方ない。
突然、股の辺りがきゅんと疼く。
何故なのだろう。
何故こういう時にリキュ―の顔が浮かんでくるのだろうか。
可愛らしいのに、どこか大人びた表情。
線の細いすらりとした身体。
その全部をぐちゃぐちゃに汚したい、抱きしめたい。
そんな感情が権蔵の脳内を一瞬にして支配する。
「うわ」
そしてクロッチが濡れていることに今更気が付いた。
まだワンピースの履き心地は慣れない。
足の、特にふとももの辺りがすーすーするのだ。
この無防備感に世の女性は気にならないのだろうか。
そんなことをだらだら考えながら寝転がっていると、
「ねーねー、ふらーって外出てみたくない?」
同じく転がっていたリキュ―が肩をぶつけてきてにんまり笑う。
「えっ?別にいいけど……」
「よし決まり!じゃあエーコさんにお願いしてー」
「いや……自分ですればいいんじゃない?」
「えーだってこの歳でそういうのいうのもちょっとあれだし?ね?」
断れない。
話しかけてきただけなのに異様に心臓が高鳴る。
昨日見た彼女が美しかったからだろうか。
真っ赤な鮮血に塗れた彼女は、神々しさに溢れていた。
「ん?どうかした?」
リキュ―の声で意識が引き戻される。
「えっ?あ、いやっ、何でもないよ」
私は一体どうしてしまったのだろうか。
胸の中には困惑と、ほんの少しのデジャヴが張り付いていた。
「あー働きたくない働きたくない」
ビーオがぶつぶつと呟いている。
私がエーコに外出を頼みに行った数分後。
突然家に男が数人やってきて、ビーオに休日出勤だと伝えに来たのだ。
電話やメールの無い世界というのはつくづく厄介である。
それだけならまだよかった。
問題はエーコとビーオが同じ職場で働いているということだ。
つまり私たちの保護者は今日どちらとも外出する。
私が保護者なら子供だけでの外出はやめさせるだろう。
ましてやここは物騒な世界だ。
いつ規格外の出来事が起こってもおかしくない。
「ごめんね、一緒についていけなくなっちゃって。
でも車なら家の裏にあるからね。多少がたついちゃったけど……」
このエーコという女性は一本頭のネジが抜けているのではないだろうか。
命にかかわる出来事が昨日あったというのに外出させるか普通。
「大丈夫大丈夫。リキュ―ちゃんは強いから。あと念のために聖剣、持っていきなさいね」
リビングには巨大なディルドが鎮座している。
正直違和感しかない。
これが何故アルソニックの事務所に置かれていたのだろうか。
昨日の出来事が鮮明に蘇ってくる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
祠に祀り上げていたのは、私の想像をはるかに超えるものだった。
ビンカンパニー開発部の三割の社員をクビにしたディルド。
『極太強力エンジンブラシディルド』、その名も"俺の逸物、超巨根DX"。
希望小売価格150000円。
全長80cm超、重さ20kgオーバー。
その最大の特徴は、他のバイブと違いガソリンで駆動するということだ。
そのパワーはおよそ9馬力だという。
一般的な原付バイクよりも力強く動く。
極めつけはブラシだ。
カリの周りについているそれはエンジンを入れると高速で回転を始める。
毎分300回程度の高速回転が快感を誘うのだ。
勿論私だってこんな狂ったものを開発する気はなかった。
だが既製品のレビューを見ると
「太くてイボが気持ちいいけど、いまいち突き抜けたものがない」
「本物より太くて硬いけど、気持ちよくする動きが足りない」
というものだった。
日々、女性の求める快感度数は上がり続けている。
このディルドはそんな女性に向けて開発されたものだったのだ。
実際クレームが来るまでは
「巨人に犯されている気がする」
「今までのビンカンパニー製品とは値段も質も格が違う」
といった喜びの声も聞こえてきた。
このディルドは私の最高傑作だったのだ。
ディルドの裏側に取り付けられたメーターから、ガソリン残量を確認する。
辛うじて三割程度残っていた。
確かタンク容量は4リットルだったはずだ。
すると1.3リットルくらい残っているのか。
燃費は60分/L程だったからおそらく一時間と少しの間駆動させるのが限界だろう。
最も駆動させる機会なんて来ないだろうが。
それにしても何故こんな異世界のような場所に置かれているのか。
訳が分からない。
「さ、帰りましょっか。早くご飯の支度をしないと」
エーコの声で現実に引き戻される。
そういえばもう外が暗くなりかけている。
ぐーとお腹から音がした。
胃袋が小さいのか、お腹のすくスパンが短いのだろうか。
ふとリキュ―の顔が視界に入る。
彼女は微妙に顔を赤らめて、なんだか微妙な表情をしていた。
いまにも
「うわー……」
とか言いそうな顔である。
なんだかそこがどこか可笑しくて、可愛らしいと思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、散歩にはリキュ―と二人で行くこととなった。
それにしても馬車の荒れ具合は凄まじいものがある。
そこかしこに泥がべたべたついていて、部品も一部かけている。
車輪も微妙に歪んでいるのか、揺れも一層激しい。
そして馬車を引く人面馬も、昨日は二匹いたのだが今日は一匹だ。
昨日、竜の猛攻に耐えられなかったのか力尽きてしまったからである。
勿論貴重な食材として頂いたのだが、味は微妙だった。
人面馬ということで桜肉に近い味わいだと思ったのだが、
鶏モモ肉に近い食感で、味は豚肉に近い。
それも油がギトギト乗った下品な安っぽい豚肉といえばわかるだろうか。
煮込みで食べたのだが、
調理中も鍋に泡や油が大量に浮いてきたりと異様な食材であった。
「あー周りになにもない!」
酔いかけていたところでリキュ―が突然声をあげた。
「そんなに驚くこと?」
「うん!だって周りに何もないんだよ?」
「それだけで?」
「うん、それだけで!ボクにとって周りに建物とかそういうのが
なんかすっごくあたりまえー、って感じがしたから新鮮なんだよ!」
確かに都市郊外で過ごしていた私にとっても新鮮な気持ちだ。
生まれてから都市を出たことない人間にとってこういう田舎は逆に目新しい。
「……えっとごめん。なんかバカっぽいよね?」
「えっ?私も、私もおんなじこと考えてたから!」
「ほんと?」
「あ、うん!」
「やたー!なーかまー!オニーちゃんとなーかまー!」
そんなことを言いながら彼女がいきなり抱きついてくる。
つくづくテンションの高い娘である。
でもそんな彼女だからこそ、人見知り気味である私も心を許せるのかもしれない。
リキューの体温とぷにぷにした胸を味わっていると、突然馬車が揺れる。
歪んだ車輪が石を踏んだのだろうか。
どこにもつかまっていなかった私たちは外に放り出された。
べしりと地面に叩きつけられる。
少し擦ったのか、背中が少し痛んだ。
ゆっくり目を開けると少し視界が暗くてぼんやりする。
ピントを合わせていくと、まず見えたのはリキュ―の胸だった。
服越しだと微妙に分かりづらい。
ぷにぷにしてはいたが、結構胸は残念なほうなのだろう。
でも今はそんな邪念を捨てて、状況を整理するほうが先か。
どうやら私はリキュ―に押し倒されているらしい。
何か違和感を感じる。
リキュ―は女性だ。
私も女性だ。
なんで押し倒されているのだろうか。
そうだ、馬車から放り出されてこんな体勢になったのか。
いや、納得している場合ではない。
とりあえずこんな異常な状況から抜け出そう。
誰かに見られたくはない。
ほとんど人はいないだろうが。
身体を起こすと、頬を赤らめたりキューが頭を下げてきた。
「ごめんなさい!ボクが騒いだばっかりに……」
頭を下げられるとすごく申し訳ない気持ちになってくる。
「け、怪我とかはない?本当にごめん、大丈夫?」
「うん、ない、大丈夫だから」
どうしてこう正直になれないのか。
心配させたくないから?嫌われたくないから?
なんでこんあ気持ちに立っているのかさっぱりわからない。
「ぇぁ、うん、よかった……」
リキュ―がほほ笑む。
その目じりがほんのり光っていた。
私なんかをそんなに心配してくれていたのか。
ほっとしたような、申し訳ないような気持ちが脳内を蹂躙する。
そのタイミングで頬にほんのり冷たい雫が落ちる。
「あ、雨……」
ぽつぽつと降り出した雨は、ものの数十秒で強くなっていく。
「とりあえず中にはいらないと!」
リキュ―に手を引かれて、馬車に乗り込んで近くの木のふもとまで走らせた。
馬車の中には気まずい雰囲気が流れている。
アクシデントが起きた上にせっかくの散歩が雨で台無しになったのだ。
そんな空気の中で先に口を開いたのはリキュ―だった。
「えっとさ、ごめん。せっかくのお出かけなのに迷惑かけたりしてさ。ボクなんて迷惑だよね」
にっこりと、でもどこか切なそうに笑う。
「そんなこと思ってない!私リキュ―のこと好きだし!」
自分でも驚くような言葉が出てきた。
胸が変にズキズキする。
「いいよ変に気使わなくっても」
「そんなんじゃなくって、本当に!」
「えっ?」
気がつけば私はリキュ―に抱きついていた。
無性に彼女の体温を感じたい。
そんな欲望が胸の中をズキズキ刺してくる。
雨でじっとり濡れた服の奥から伝わる彼女の体温が、気持ちを落ち着かせながらも強めていく。
リキュ―も私を抱きしめてくれる。
「リキュ―が好き、私、リキュ―が好き……」
うわごとのように呟いてしまう。
こんな衝動的な気持ちに駆られるのなんて何十年ぶりだっただろうか。
私は数日前にあった彼女が好きでたまらないのだ。
「オニーちゃん、それは家族としての好き?」
「恋人としての好きって言ったらおかしい?」
「他の人からすればおかしいかもしれない。
でも私ボクもオニーちゃんのこと好きだから、だからおかしいなんて全く思わない」
そういうと、リキュ―はさらに私を強く抱きしめてくる。
何分抱き合っていただろうか。
数分かもしれないし、数時間かもしれない。
私はリキュ―の唇を奪っていた。
戸惑うリキュ―の口の中に舌を入れていく。
粘膜と粘膜の擦れる快感が全身を襲う。
お互いが息を吸うまで、舌を絡め合わせる。
「キスってこんなに気持ちがいいんだ……」
リキュ―が呟いた。
その言葉が無性に胸を刺して心拍を上げる。
もっと彼女と交わりたい。
もっと彼女を愛したい。
そんな気持ちが胸からどんどん湧き出てくる。
それから何回も、キスを繰り返した。
知らない間にすっかり雨は止んでいた。
「ねーオニーちゃん。ボクたちってどこかで会ったことがあるのかな」
リキュ―はぽつりとそんなことを口にした。
それは私も感じていた。
どこかであったことのあるような安心感。
それがなければ、出会って数日でこんなに好きになるはずがない。
「きっと会ったことがあるんだと思う」
「そっか」
最後にそんな会話をして、私たちは家に向けて馬車を走らせる。
一刻も早くこんな土臭い馬車ではなくて、いい匂いのする硬いベッドで彼女と交わりたい。
そんな空気が私たちを無言にさせた。
もう日が暮れかけている。
ゆったりとした馬車の動きが、無性にもどかしかった。