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股間転生  作者: 天ぷら屋
3/6

3. 聖剣

 次こそ終わりだ。

きっとあいつは成仏しきれなかった私を迎えに来たのだ。

「ちょっとオニーちゃん、しっかりして」

 肩を揺すられて、目が覚めた。

「あぁ…うん」

「早く逃げないと、皆であの世行きよ」

「でも、どうすれば…」

「馬車から出るのよ!」

 エーコのヒステリックな声に驚いたが、その通りだ。

もつれる足で外へ出る。


 車を引いていた動物は腹を抉られて死んでおり、その上には大きな影が横たわっていた。

見上げれば、鋼のように黒く光る豪壮の怪物。

「こいつ、私たちの五倍くらいはありますよね。ドラゴンって初めて見ましたよ。」

 このリキューという女、こんな局面でも悠然としやがって。

腹立たしく思いながらも、とりあえず逃げなければと竜を背に駆け出す。

しかし、すぐに足を止めた。前方には地が続いていなかった。

下を向けば、青黒い谷底からの冷たい風が足から頬までを撫でる。

不幸にも、今渡ってきたらしい橋が崩されていたようだ。

逃げ場はどこにもない。後ろに低い呻き声を聞きながら、膝から崩れ落ちた。


 眼下に広がる暗い淵を見つめていると、金属のチャカチャカした音が後ろから近づいてきた。

「オニーちゃん、これ使って!」

 私の手に、小さい剣が握られた。

それはひどく刃こぼれして、見るからに使えるものではなかった。

「リキューさんも、ほら」

「わぁ、すごーい!」

「エネマグラ家最強の武器よ」

 目の前でばかでかい竜が敵意の眼差しを向けているというのに、こいつらはなにをしている。

怒りは限界に達する寸前だった。


 もういい、私がやるしかない。

奴は大きな体をこちらに向け、黒の薄い腹を見せている。

あそこならこれでも刺さるかもしれない。

小さい剣を握りしめ、我武者羅に巨体の足元へ潜り込んだ。

果たして刺さるのだろうか、いや、刺すしかないのだ。

大きく振りかぶって短剣を突き刺した。

キーンと鋭い音が耳をつんざく。

剣は弾かれ、硬い皮の前で真っ二つに折れた。

「ちくしょ…」

 次の瞬間、奴は短い脚で私をごみのように払った。

大きく後ろに飛ばされ、柔らかい土の上を転がる。

グルグルと横に回りながら、巨体は遠ざかり、どんどんと崖が迫ってくる。

お願いだ、止まってくれ。全身で必死にブレーキをかける。

体が地面と擦れながら、スピードは緩んでいく。

しかし、距離が足りなかった。

奈落の口に両足から放り出され、つられて上半身がふわっと宙に投げ出される。

二本の細い腕で縁にしがみつくのがやっとだった。

指先の皮膚は細かい土の粒子に削がれ、傷口に土がめり込んでジンジンと痛み、腕の力を奪っていく。

血の滲むような努力も空しく、ずるずると暗闇へ吸い込まれていく。

潔く手を放そうとしたその時、エーコとビーオが私の腕を掴み、私を引きずりあげた。

「だ、大丈夫かい」

 ようやく地面に足が着き、ほっとしてその場に座り込んだ。

「ええ、なんとか」

「ここはリキューさんに任せましょう」

 傷口の土を払って目を遣ると、リキューの姿が見えた。その短い剣でどうするのだ。

今、自分たちの命を彼女と短剣が握っていると思うと冷汗が噴き出た。

固唾を飲んで見守っていると、彼女はおもむろに走り出した。

まさか、こいつは私の二の舞を踏む気か。

「えい」

 カキーン。

遠くでうっすらと滑稽な音が聞こえた。

この結果を予想していなかったのだろうか。

彼女は足を震わせながら後ずさりしている。

黒い肌に包まれた大きな純白の瞳はリキューをギロリと見つめ、好機をうかがっている。。

竜はすばやく腕を振りかざして彼女に重い一撃を加えた。

「ああんっ」

 彼女は私たちの目前で地に叩きつけられた。


 やっ、死んでしまったか。血の滲んだ手を恐る恐る伸ばす。

いや、生きている。しかし、ひどく痙攣している。

「ああ、リキューさん…。あんな一撃を喰らって…。体がひどく痙攣しているじゃないか。

かわいそうに…。もう助からないかなぁ」

 ビーオが呟いているが、それよりも気になることがあった。

この痙攣は痛みや苦しみによるものではないと見える。

そもそも痛い時に痙攣するものなのだろうか。

震えているのは太ももを中心に、下半身だけだ。

あれは…自分もよく知っている。

もっと身近で、なじみ深い…。

そうだ…。

彼女はイッたのだ。

詳しくは分からないがおそらく、先ほどの一撃が性感帯にヒットしたのだろう。

あの年齢じゃまだ経験もないかもしれない。

初めてがドラゴンだなんて話は墓場まで持っていくべきだろう。

ひどいさまだ。この状況で絶頂するとは。

あまりのおかしさに少々にやけてしまった。


 その時、リキューが唐突に立ち上がり、黒い巨体に向かって歩き始めた。

様子が変だ。彼女の一歩一歩、芯が通ったブレの無い動きだ。

今の絶頂を思わせない、確かな歩みだ。

しかし、いくらなんでも危険だ。

一体何をするつもりなんだ。

奴も大地を震わせながら、こちらへ向かってきている。

リキューの姿が大きな目に留まったようだ。

大きな腕がまた、爽涼な空に振りかざされる。

「おい、戻れ」

 うっかり素の言葉で叫んでしまったが、エネマグラ夫婦は目の前の光景に気を取られているようで、

こちらのことなど意識の外のようだ。

危ない、次こそ駄目だ。

太い腕が彼女に目掛けて飛んでいく。

見るに堪えない展開が頭によぎり、うつむきがちに目を閉じた。

パァンと小気味よい音、そして野太い悲鳴が轟くのを耳で捉えた。

ふっと目を開けると、竜の腕はあらぬ方向へ曲がっており、肩から鮮やかな血を四方八方に噴き出していた。

それから間もなく、リキューの体は身長の数倍も飛躍し、痛みに歪む竜の顔を粉々にした。。

頭部を失った竜は、首から高く噴き上げた自身の血に赤く染まりながらよろよろと地に倒れ込んだ。

私たちのほうも、土砂降りの血を浴びながら唖然としていた。

数秒前に絶頂した少女がスーパーマンになることなど、誰が予想しただろうか。

リキューがくるっとこちらを向いた。

真っ赤な雨の中、彼女の目がひときわ赤く光り、異彩を放っていた。

しかしその見た目とは裏腹に、彼女は疑念に満ちた面持ちだった。

いったいあの絶頂が彼女に何をもたらしたのか。


 私たちはリキューに駆け寄った。

「け、怪我は無いかい」

 夫婦は警戒しているように見えた。

「えぇ、大丈夫…みたいですね。でもなんかこう…自分の体が制御できないような感覚で…」

 言葉の途中で彼女は突然倒れた。

「リキューさん。どうしたの。ねえ、しっかりして」

 エーコが胸に耳を当てる。

「心臓は動いてるわ。あなた、この子背負ってあげて。早く帰りましょう。」

「そうだね。じゃあ車を…。そうだ、もう使えないんだった。あぁ、最悪だよ。長年の貯金が水の泡だ」

「こんなもの、またいつか買えばいいじゃない。それに、これならあなたの隣で歩ける時間が増えるわ」

 エーコは夫の手をギュッと握った。

ビーオは頬を赤くした。照れて言葉も出てこないようだ。

妻と出会って間もなかった頃が思い出された。

こんなにきれいな愛ではなかったかもしれないが、それでもあの頃の私は幸せだったはずだ。

「話し込んでる場合じゃなかったわね。早くリキューさんを街の病院へ。」

「そうだね、急がないと」

 ビーオが背中にリキューを背負い、エーコが横に並んで歩く。

後ろにいた私から見れば、それは家族そのものだった。

ただひとつ、全員が竜の血にまみれているという点を除いての話だが。

どこへ行っても家族の形は変わらないのだな。

こんなに平穏に満ちた気持ちはいつ以来だろうか。


 久しぶりに思い出した人の温かさに浸っていると、遥か前方から何かが近づく音が聞こえてきた。

それは徐々に輪郭のある音になっていく。

草を踏む音、鞭が空気を裂く音、そして鳴き声。

あの人面馬がこちらへ向かってくるのが見えた。

「良かった、もう安心だ」

 ビーオが言った。

「あの人達は誰なんですか」

「彼らは自警団だよ。僕らの街の治安の維持をしているんだ」

 自警団はこちらに気がついたようで、馬を止めて、こちらへ歩いてきた。

彼らは二十人ほどで、全員西洋風の鎧を身に着けている。

自警団というよりは騎士団という感じだ。

中でも唯一、頭に赤い羽根を付けた男、恐らく自警団のリーダーと思われる人物が口を開いた。

「皆さん、血まみれで…。でも怪我は…少ないようですね」

「ええ、さっきものすごいドラゴンに襲われまして。でも、この子があっという間にやっつけちゃって」

「えっ、あそこの黒いやつですか」

 ふっと振り返る。

ドラゴンの遺体がまだ見え、改めてその大きさを実感した。

「実は、この辺りで竜のような鳴き声を聞いた、と通報が入りまして。

おそらくあいつは、ここ数年、私たちを最も苦しめてきた怪物です」

「それよりも、とりあえずこの子を病院へ連れて行って。あいつを倒してから急に倒れちゃって」

「なるほど、…分かりました」

 男はくるっと後ろを向いて、警団に呼びかけた。

「支援部隊の者はここに残ってあの遺体と周辺を調査してくれ。素材になりそうなものは回収してもらいたい。

調査を終えたら本部へ報告すること。他の者は元の仕事に戻れ。以上」

「サー、イエス、サー」

 全員が口をそろえて言った。

「さあ皆さん、車へ乗って。急いで病院へ」


 狭い車内に乗り込むと、乾いたタオルを渡された。

私がそれで血を拭いていると、エーコが話しはじめた。

「もしかして、二年前に北の地区が崩壊したっていうのもあいつの仕業なのかしら」

「ええ。あれはこの街が出来てから最も悲惨な事件でした。

なんとか我々で退けましたが、討ち取ることは到底できませんでした。

三次大戦が生んだ化け物の名残でしょうね。私たちが先代の清算を強いられてるわけですよ」

 三次大戦か、私の居た場所とは違う歴史を辿っているようだ。

「しかし、それをこの少数で討ってしまうとは、長老に伝えておきますよ」

長老。街を治める人間がいるのか。

「そういえば君は。見覚えのない顔だ。どこの人だ」

「それが…」

 真実を言う訳にはいかない。

「どうした」

「それが自分もよく分からなくて」

「よく分からない、とは一体」

「えーと…」

「この子、オニーちゃんよ。遺跡で倒れてたの。記憶喪失とか、その類いよ」

 エーコが代弁してくれた。

「なるほど。事情も知らずに問い詰めて済まなかった。私はジョンだ」

「いえ、いいですよジョンさん」

「では、こちらの眠っている子は」

「この子はリキューさん、道に倒れていて。記憶喪失らしいの」

「こちらもですか。記憶喪失の人を二人も拾うとは、奇妙な偶然があるものですね」

 たしかにその通りだ。普通に考えて異常だ。

そしてこの夫婦も人が良すぎる。

彼らに二人も養える余裕などないように思えるのだ。

しかし、こちらだって遠慮していられない。

彼らが拾ってくれていなければ、行くあてはなかった。

しばらくは彼らの行為に甘えることにしよう。

車に揺られながら、そんなことを考えていた。


 ほどなくして、車は病院らしき建物の前で止まった。

「どうぞ、到着しましたよ。私たちはもう行ってしまいますので、

後はお願いします」

「ええ、ありがとうございました。おかげで助かりました」

「いえいえ、これも自警団の務めですから。それでは」

 自警団の連中は、再び馬車で去っていった。

「さて、早く診てもらいましょう」

 私たちは赤十字の描かれた扉を開けた。

中には、受付と小さな待合室。

奥に老婆が座っているだけで、他に患者はいない。

私の思う真っ白な病院とは違い、木を基調とした温かみのある内装だ。

「今日はどうされ…緊急ですか」

 ナースらしき人物が受付から声をかけてきた。

気を失ったリキューを見つけたようだ。

「この子、気を失って」

「では、すぐに奥の診察室へどうぞ」

 私たちは案内された部屋へ入った。


 「おそらく疲れによるものでしょう、少し待てばすぐに回復しますよ」

「あ、あと、目覚めたら、しっかり食事を摂らせてください。

無理に食べさせなくていいですから」

 大事ではないということで、ひとまず安堵した。

そして、意外にも現代的な診察に驚いた。

こんなにもファンタジックな世界だ。

怪しい薬を飲まされたり、呪術を使ったりするのかと思っていた。

ここでの生活もなかなか悪くないかもしれない。


 夫婦宅へ戻り、リキューをベッドに寝かせた。

全員、ベッドの横で彼女の顔を覗いていた。

「本当に大丈夫かしら」

「お医者様も言っていたんだし、大丈夫だよ」

「そうね。あ、オニーちゃんは休まなくていいの」


 ほんとうはひどく疲れていたが、それよりもリキューが気がかりだった。

「私は大丈夫です。このぐらいへっちゃらですよ。えへへ」

「無理はしちゃだめよ」

「はい」

再びリキューを見つめる。

よく見るときれいな顔をしている。

彼女を見つめていると、心が安らぐようだった。

しばらくすると、自分の股間が濡れていることに気がついた。

体は完全に少女だが、中身はまるっきり男なのだと自覚した。

元の世界で、ろくに性的欲求を満たせていなかったせいでもあるだろう。

長い人生で体を交えたのは、妻一人だけである。

最初は、妻とともにこの上ない快感に浸る、至福の時間だった。

が、数回目から彼女の腰遣いがラリってきた。

キスの中に草の香りが混ざってきたのもあの頃からだ。

亡くなる少し前にはひどい幻覚を見ていたようで、

しまいには私のことをヨーロッパビーバーだと思い込み、

「ビーバーに種付けされりゅううう」

 と口走りながら、ペニスをもぎ取る勢いで腰を動かしていた。

あんなものをセックスとは言わない。

彼女はどうだったか知らないが、

少なくとも私にとって気持ちのいいものではなかった。

リキューを見ていると、そうして長らく忘れていた純粋な愛情が芽生えるような心地になるのだった。


 しばらくして、リキューが重そうなまぶたをゆっくり開いた。

「ん、ここは」

「リキューさん。あなたが無事でよかったわ」

「ここは僕たちの家だ。もう安心していいんだよ」

「エーコさん、ビーオさん、オニーさん、ありがとうございます」

「感謝するのはこっちのほうよ。オニーちゃんとあなた、必死に戦ってくれたじゃない」

「そうでした。私、攻撃を受けたら気持ちよくなっちゃって」

 やはりそうだったか。彼女は絶頂により、絶大なパワーを手に入れたのだ。

もっとも、夫婦はよく分かっていないようだ。

まともに性の喜びを知らないのだろう。

「さて、みんな揃ったし、ご飯にしましょうか。リキューちゃん、いいかしら」

「はい」

 彼女の顔が幾分か明るくなったように見えた。


 私たちはエーコが腕を振るった料理の数々を頬張り、

熱いシャワーで汚れを流し、腹がまだ温かいまま、全員で大きなベッドに寝た。

今日出会ったばかりだというのにその姿はまるで、四人家族のようだった。


 翌朝、ほんのりと温かい日差しを顔に受け、気持ちよく目覚めた。

階段を降りると食卓には全員が揃っており、パンのような温かい匂いに包まれていた。

「おはよう」

 皆が口を揃えて私に言った。

ただそれだけのことなのに、目頭が熱くなった。

家族がある幸せに足の先まで包まれる心地だ。

温かい空気の中、私はゆっくりと朝食を食べ終えた。

不思議なことに、その味付けには少しも抵抗がなかった。


 リキューと私はまともな服など持っていなかったので、

エーコが私物を着せてくれた。

少し大きかったが、着心地の良い可愛らしい服だった。

この姿ならおしゃれするのも悪くないな、そう思った。

鏡でその姿を見ていると、玄関の扉を誰かが叩いた。

「あら、こんな朝早くに誰かしら」

エーコが出ると、表に立っていたのはジョンだった。

「長老より、オニー殿、リキュー殿の勇気を讃え、敬意を表したい、

とのことだ。今から私と共に来たまえ」

 彼は昨日よりも格式ばった口調で言った。

「すごいじゃない。あとで話、聞かせてね」

 エーコに笑顔で頷き、あの車に乗り込んだ。


 私たちは街の中でもひときわ大きい石造りの堂に連れてこられた。

重い鉄の扉を開けると、奥まで赤いカーペットが続いている。

ジョンに導かれ奥へ進むと、小柄な老人が立派な玉座に佇んでいた。

脇には屈強な黒人が二人、大剣を携えて立っている。

「長老、彼女たちが竜を討ち取った者です」

 長老は皺に埋もれた目をこちらへ向け、かすんだ声で言った。

「話は聞いている。君らの活躍は語り継がれるだろう」

「光栄です。長老」

 もっとも私は蹴り飛ばされただけだが、

とりあえず言った。

「そこで、君らに授けたい物がある…」

 彼は一度言葉を区切って、また続けた。

「北の遺跡の最上階層に封印された聖剣だ」

すると、黙っていたリキューが唐突に口を開いた。

「聖剣…それはどんなものですか」

「私にも分からん。だが、それはかつての文明で最強の武器だったという。

あまりの強さが故に、それは封印されてしまったらしいが、

君らならばそれを使いこなせるかもしれない」

 リキューはヒューと口笛を吹いた。

「遺跡には罠が仕掛けられているらしいが、君らの車と装備はこちらで用意する、

心配には及ばない。明日の朝に出発したまえ」

「はい」

 正直、聖剣など欲しくない。見た目は若くても、中身は安静を求める中年男性だ。

しかし、この空気では行くしかなさそうだ。

中年である以前に、私は日本人だった。


 次の日の朝、私たちはエネマグラ夫婦に見送られて日が昇りきらないうちに出発した。

鉄の鎧を身に纏い、鋭い剣を携え、異形の馬を走らせて。

リキューが鞭を持ち、私はその横に座っていた。

勇者の門出だというのに、街は静まり返っていた。

「オニーさん、今日は二人っきりです」

「そ、そうだね」

 まだうまく話せない。

いざ二人になると、気恥ずかしいものだ。

それにまだ、女性らしい話し方が習得できていない。

「私のことはリキューって呼んでください」

「リ、リキュー…。その、私はオニーって呼んで。あと、敬語は使わなくていい。」

「分かったよ。オニー」

 そう呼ばれると、なんだか恥ずかしい。

名前で呼ばれて恥ずかしいのではなく、名前が恥ずかしいのだ。

もっと考えるべきだったな、と改めて思った。

でも、名前で呼び合うぐらいの仲にはなったのだ。

それだけはうれしかった。

ただ私は、彼女を友達と見るか恋愛対象として見るか、まだ整理がついていなかった。

そもそもこの体で彼女に好意を寄せていいのだろうか。

考えれば考えるほど、分からなくなっていく。

その時、車が大きく揺れ、頭を壁にぶつけた。

「山道に入ったよ。遺跡はそろそろのはず」

 そろそろ準備をしよう。

私は肩を回したりして、軽く準備運動をした。

間もなく、大きなコンクリートっぽい建物が現れた。

リキューは車を止め、近くの木に車を括りつけた。

「ようやく着いたけど、なんか、思ってたのと違うね」

「遺跡っぽくないかも」

 その建物はまさにコンクリートの四階建てビルだった。

なんだか、見たことがあるような気さえした。

だが、窓は割れ、ツタが絡み、人の気配はなかった。

「とりあえず入ろう」

 私はリキューに続いて歩きだした。

そして、リキューが割れた扉を開けると、思わぬことが起こった。

ピーッピーッと警報音が鳴り響いた。

それと同時に、羽を休めていた鳥の群れが一斉に飛び立つ。

「な、なに」

 さすがのリキューも焦った様子だ。

私も一瞬、何が起きたのか分からなかった。

まさかこの遺跡、防犯装置がついているのか。

だとしたら、ボタンで止められるはずだ。

どこだ。入口から中を見渡す。

ボタン、ボタン、ボタン…。

きっと目立つ色をしているはずだ…あった。

奥の壁に赤いものが見えた。

「リキュー、ちょっと待ってて」

 私は中へ入り、ボタンに近づいたが、そこで私は目を疑った。

「綜合警備保障株式会社アルソニック」の文字。

これは、元の世界にもあった会社だ。

どういうことだ。

ひとまず警報を止めて、もう一度考えた。

この世界はどこに存在しているんだ。

パラレルワールドなのか。

「どうしたの」

 リキューが後ろから近づいてきて、文字を見た。

「な、なんだろうこれ、はじめてみたよ」

 当然のことだ。

ここにあるはずがない。

それとも、私は死んでいなかったのか…。

いや、それでは、あのドラゴンや人面馬の説明がつかないだろう。

それに、この姿は明らかに私のものではない。

今はその聖剣とやらのことだけ考えよう。

「とりあえず、罠は止められたみたいだから、あの階段で四階へ上がろう」


 私は多くの疑問を残したまま最上階層へ上がった。

そこには、「倉庫」と書かれた扉だけがポツンと佇んでいた。

きっとここだろう。

リキューが扉に手をかける。

「開けるよ」

 その呼びかけに、私は頷いて答えた。

ガチャン。

長年開けられていなかったらしいその扉が、重い音を上げて開かれた。

中から、埃っぽい陰気な気流が流れてきた。

空っぽの棚が左右に立ち並び、今開けた入口からの光に照らされて、

部屋の中央に大きな箱の姿が浮かび上がった。

恐る恐る箱に近づく。

すっかり埃にまみれたそれは、たしかに神秘的なオーラを放っていた。

私は縁に手をかけ、重い蓋を取り払い、中に入っている巨大な物体を取り出した。

そして、私の頭は再び疑問で満たされた。

太い胴体、スチールの硬い肌触り、そして先端のブラシ。

今私が握ったのは、かつて私が開発した、八十センチメートル強の

「極太強力エンジンブラシディルド」だった。

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