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引きこもりニートの息子が本気を出した

作者: バームクーヘン帝国

俺の息子は時たまボーっとしている時はあるが問題児と言うほどではなかった。不平不満を言うこともなく小中高と学校に通っていた。

成績は極めて平凡だったが、意欲・態度などは問題なく、皆勤賞だって取ったことがある。高校生の頃なんかは3年間一度も風邪をひかなかったほどだ。

そんな息子は大学に入ってからも講義をサボるようなこともなく真面目に通っていた。ボーっとしたところは変わらなかったが、お酒が飲めるようになったからと言って酔って羽目を外すこともなく、友達とつるんで夜の街に繰り出し朝帰りをするなんてこともなかったため、息子はこれで良いのだと思っていた。

そんな息子が2年前就活に失敗して、引きこもりになってしまった。

大学4年生になり、リクルートスーツを着て就活に励んでいた息子だったが、大学卒業までに内定を貰うことはなかった。

お祈りメールが届くたびに空気が抜けて萎んでいく風船のような息子の姿を見て、うまい言葉が見つからず俺は「大丈夫だ」としか言えなかった。

今思えば大学生活で友達とつるんで夜遊びに行くことがなかったのは、ただ単に人付きが苦手だったからなのかもしれない。面接官はそこのところを見抜いていたのだろう。

大学を卒業してから息子は無口になった。口を開く時は食事の時と胃薬を飲むときだけになった。

そして大学卒業から1年後、息子は自分の部屋から出てこなくなった。


息子が引きこもりになってから1年経った。


「部屋のドアを破壊しましょう」


大型のハンマーを持った妻がそう言うと、バールを握った娘がそれに賛成した。

ドアを破壊し強制的に引きこもりをやめさせる気か、戦国武将的発想である。


俺は「落ち着け。まずその危ないものを置け」と言ったが二人とも聞く耳を持たなかった。

「話せばわかる」と追い詰められて今にも殺されそうな者が言うようなセリフを口にしても女衆は考えを改める気はないらしい。


「これもあの子のため」

「これもお兄ちゃんのためだから」


息子のためなら仕方がないな。けして二人が怖くて賛成すたわけではない。本当だ。

息子を除いた家族会議の結果、息子の部屋のドアを破壊することに決定した。でも今日はもう夜遅いし近所迷惑になるから明日にしようか。


朝食を取り午前8時に作戦は決行された。妻がハンマーで豪快にドアを叩き、娘が隙間にバールを入れグイグイとドアをこじ開けようとしている。俺は枕を持ち、二人が勢い余って息子を殺さないように待機している。枕で鈍器を防げるとは思えないが無いよりましだ。破壊活動から15分、ついに1年間硬く閉ざされていた扉が開いた。


扉の先にあったのは久しぶりの息子の姿ではなく、奥へと続く石造りの通路だった。


どうやら部屋を間違えたらしい。息子の部屋のドアを破壊していたと思っていたが異世界へと続く部屋の扉を破壊していたようだ。早く扉を直して、息子の部屋に向かわねば。


「なんということ…。あの子、自分の部屋にダンジョンを造っていたのね」


何をしているんだ息子よ。


「流石履歴書に特技ダンジョン造りって書くことだけあるわ」


何をしているんだ息子よ。お前はバカか。


そりゃ就職できないわけだ、そんなトンチンカンなこと書いたら。しかし目の前の光景はトンチンカンで済まされるものではなかった。リアルダンジョンがリアルにあるのだから。


「最奥のダンジョンマスタールームにお兄ちゃんがいるはず。行くよ、お母さんお父さん」


いつの間にそんなに逞しく成長したんだ娘よ。俺はダンジョンを進んでいく妻と娘の後を追って行く。


ティリン♪職業:サラリーマンに決定しました。

脳内に謎の音声が響いた。気が付くと俺の服はTシャツから仕事の時に着るビジネススーツに変わっていた。ビジネスバッグを手に持ち、傘を腕に掛けていた。これが俺の装備だろうか。

妻の職業は主婦で装備はエプロンと出刃包丁と鍋の蓋だった。

娘の職業は魔法少女で装備は魔法のドレスと魔法のステッキだった。何故魔法少女なんだ。


「コスプレが趣味だから」


そうだったのか娘よ。今日は俺の知らない娘の姿ばかり見ている。

ハンマーとバールは置いて行った。初期装備より弱くなっている気がするが大丈夫だろうか。


石造りの通路を進んでいくとモンスターに出くわした。これまたベタにスライムである。

先手を切ったは妻で、出刃包丁でスライムを滅めった刺しにしていく。娘も負けじと魔法のステッキをスライムに叩き付けていく。魔法少女とはいったいなんなのか。

俺も二人に続いてビジネスバッグの角をスライムに振り下ろす。3回当てるとスライムは消滅した。弱い、弱すぎる。

雑魚スライムを蹴散らしながら進んでいくと、次に現れたモンスターは吸血蝙蝠だった。

宙に浮いているモンスターを相手にするには近接戦闘の妻と娘は不向きだろう。ここは俺の出番だ。

秘儀!名刺手裏剣!俺は素早く名刺を投げ吸血蝙蝠たちを打ち落としていく。忘年会の出し物のために練習しておいてよかった。

名刺手裏剣だけでは吸血蝙蝠を殺す威力はないので、落ちたところを妻たちがすかさずトドメをさしていく。

現れた吸血蝙蝠を殲滅し終えて奥へ進んでいくと、通路を抜け広い空間に出た。立て看板によるとダンジョンの中間にあたるらしい。思ったよりダンジョン短いな。


「一階層しか造れてないってことは造り始めて半日も経ってないね」


なるほど、そういうことか。息子は昨晩の会話を聞いていたのだろう。そして慌てて自分の部屋をダンジョン化したのだ。ダンジョンに潜って3時間あまりで中間までこれたのだから順調に攻略できているということだろう。途中トラップの落とし穴に落ちかけた時はヒヤッとしたが、傘を引っ掛けてなんとか助かった。罠だけに……。息子よ立て看板を立てる親切心があるなら、父を針の筵にしようとするのはやめてほしかったぞ。


空間に広がっているのは沼地と点々と僅かな足場だけ、これを渡って進んでいけということだろう。昔テレビでこういうのを見たな。若いタレントだって落ちていたのだから50代のオッサンには厳しい気がする。

しかし、進むしかない。ひょいひょいっと軽々と渡っていく妻たちの後ろをおっかなびっくりついていく。

下に広がる沼はどう見ても毒沼だ。落ちればただでは済まないだろう。慎重に慎重に…。

妻たちが向こう岸まで渡りきり、俺も後2跳びで渡り切れるところまできた。足が重くなってきたが、もうひと踏ん張りだ。ピョン…ピョン…ぐわあ!? どうやら俺の踏んだ最後の足場はダミートラップだったらしい、毒沼に落ちてしまった。なんとかもがきながら向こう岸まで辿りつくことはできたが、状態異常:毒になってしまった。

レベルアップして魔法を覚えた娘に解毒魔法を頼んだ。


「リリカルマギック!」


俺の頭に魔法ステッキが振り落とされる。わざわざ叩かないといけないのか、なんて魔法だ。HPが少し減ったぞ。バッグから栄養ドリンクを取り出しHPを回復して先へ進む。


進んだ先には巨大なシャッターが道を塞いでいた。立て看板によれば3人の力を一つにしなければ持ち上げることができないらしい。ここで家族の絆を試そうとは、息子も味な真似をする。しかし、お前はミスをした。

バルンバルン!と音が轟く。レベルアップして装備を出刃包丁からチェンソーに切り替えることができた妻がシャッターを切り刻んで破壊していく。何故職業が主婦なのにチェーンソー?と思うかもしれないが、固有スキル『趣味の時間』の力だ。ホラー映画鑑賞が趣味な妻はチェーンソーを取り出すことが出来る。エプロンを付けてチェーンソーを振り回す妻の姿はまるでテキサスの殺人鬼だ。さらに固有スキル『母親』により家族全員分の力を持つ妻は一人で立て看板の制約をクリアできる。家庭内では母親は絶対、母は強しである。


10分もかからないうちにシャッターを破壊つくして先に進んでいくと、第一守護者の間と書かれた部屋まで辿りついた。とうとうここまで来たか、ここを攻略できれば息子のいる部屋まで一直線だ。


扉の開けた先に立っていたのは小さな女の子だった。よく見ると鼻提灯がでている。立ったまま寝ているが、あれが守護者なのだろうか?


「大丈夫?貴方のお母さんは近くにいるの?」


妻が話しかけに行ってしまった。一人でいる子供をほっておけない『おせっかい』が発動してしまったのだ。


「はむ」

「きゃあああ!?」


なんてことだ妻がやられてしまった!首筋を噛まれた妻は毒牙によって倒れてしまった。やはりあの子が守護者だったのだ。ん?なんだ?やられたはずの妻が起き上がってきたぞ。


「ぐうぐう」

「ぐうぐう」


どうやら妻も女の子と同じく眠ってしまったらしい。鼻提灯が出来ている。


「あれはスリーピングゾンビ!?」


知っているのか娘よ。


「スリーピングゾンビは眠りながらも安眠を求めてさまよい続けるゾンビ。あれに甘噛みされた者は同じスリーピングゾンビになってしまう!」


なんて凶悪なモンスターなんだ!妻を元に戻したいが状態異常:睡眠を解除する魔法を娘は覚えていない。

つまり守護者の女の子を殺すしか妻を人間に戻す方法がないということだ。あんな幼い子を殺すなんて俺にはできないし、娘にもそんなことはさせたくない。覚悟を決めて殺しにいってもゾンビと言うだけに打たれ強いだろう。もし一撃で仕留められなかったら隙を突かれ噛まれて俺もスリーピングゾンビになってしまう。

そんな考えているうちに女の子と妻たちがこちらに迫ってきている。このままでは全滅してしまう!どうしたら…。


「ここは一旦引いて、私が睡眠を解除できる魔法を覚えるまでレベルを上げるしかないよ!」


辛いがそうすしかない。レベルを上げてから戻ってくるとしよう。戦略撤退だ!

ガチャガチャガチャ!なんてこった、扉が開かない!息子めこんな時にセオリーを守りやがって!

どうするどうする!?どうにかできないのか!?何かないのか!?

あれでもないこれでもないとビジネスバッグを漁っているとあるアイテムが出てきた。これだ、これなら逆転できる!俺はアイテムを女の子のスリーピングゾンビに投げつけた。

ダンジョンに潜る前、息子を守るために持っていた枕だ。


「んん……。Zzz…Zzz…」


守護者は枕に頭を乗せて横になった。スリーピングゾンビは安眠を求めて彷徨うのだから安眠できる環境を整えてやればいいのだ。


「ハッ!?私は何を?」


鼻提灯が割れて妻が目を覚ました。どうやら守護者を打倒したとみなされたようである。


「むにゃむにゃ…この枕、オヤジ臭いぃ…」


ガハッ!俺は50のダメージを受けた。眠りながら口撃してくるとは、なんて恐ろしいモンスターなんだ。流石守護者。


「でも好きぃ……」


俺は40回復した。どうやら臭いフェチだったようだ。これはお前が考えた設定か息子よ?良い趣味をお持ちで…。


「さあ、進みましょ。ダンジョンマスタールームまでもう少しよ」


勇ましく進むのは良いが、垂れた涎は拭いておけよ。

さて、最後ぐらいは男らしく先頭を歩かせてもらおうか。


ダンジョンマスタールーム。息子が引きこもっている部屋まで辿りついた。


「さて、やりましょう」


妻と娘がチェーンソーと魔法のステッキを構える。なにを殺る気だ。待て待てそもそもそんな物騒なことしようとするから息子はダンジョンを造ったんだ。ここはもっと穏やかにいくべきだろう。私の任せなさい。

コンコン、息子よそろそろ出てきなさい。さもないとどうなってもしらないぞ。

そう言うとキイィと1年間硬く閉ざされていた扉が開いた。


「父さん、母さん。いままで迷惑掛けてごめん。でも大丈夫だよ。夢ができたんだ、いままで本当は何がしたいのか分からないまま就活してたけど、やっとやりたいことが見つかったんだ」


「俺、ライトノベル作家になるよ。原稿はさっき完成したんだ。それを出版社に送るよ」


何を言っているんだ息子よ、お前は馬鹿か。と言いたかったが、就活中はあんなに辛そうな顔していた息子が嬉々として自分の夢を語っているのだ。それに向かって努力していたんだ。ならば俺は父親として応援したい。頑張れ息子よ、人生はこれからだ。

息子は部屋を出た。引きこもりニートの息子が本気を出したのだ。




一次選考落ちだった。


















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