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2章−第1幕 襲撃調査会

クリハラ008・ステーションの襲撃を皮切りに、10日間で実に5つのステーションが襲撃され、その内3つが生存者なしという悲惨な結果となっていた。残る1つにしても、迎撃に向かったCA部隊の生き残りが、漂流している所を現場に向かった艦が救出したにすぎず、九割以上のスタッフが無事に脱出できていたのは、クリハラ008・ステーションのみであった。

あれから半月、クリストファー・エルウィン中尉と、ウランフ・オフレッサー大尉の姿は、中継ステーション連続襲撃事件の原因究明の為に設立された合同事件調査委員会――後の《蜘蛛の糸》の席にあった。もちろん、彼らが呼ばれたのは事故原因究明の為の委員一人としてではなく【クリハラ008・ステーション】襲撃時の詳細を報告する為の証人としてであった。

本来であれば、艦隊を送り込みステーションを奪取すべき事態であったが、襲撃者はステーション内に乗り込んだ後、全てのステーションを破壊しており、その痕跡を探す事は至難であった。

「再三説明致しました通り、報告書の通りです。ステーション襲撃は綿密な計画と、防衛戦力を沈黙させるだけの火力を持った武装勢力に拠るものであり、海賊風情とは一線を画します。また、提出した黒いCAのデータに関しても、既存のCAより性能、外殻、武装などで勝っており、相当の資本がある勢力がバックアップしていると思われます」

まるで、軍法会議に掛けられ必死に自己弁護しているみたいだな、とクリスは自嘲する。無論、表情には出さないが、後ろの席に座っているオフレッサーにしても思いは同じだろうと思う。

そもそも交戦記録やギリギリまで採取した敵機の映像などの具体的な証拠をもとに理論的、かつ合理的なクリスの発言は一定以上の説得力を持っていたが、いかんせん聞き手である委員たちにその証言に対する熱気が存在していなかった。

「しかし、戦闘の影響でセンサーの乱れがあったとの報告もあるが?」

「そうなるとエルウィン中尉が提出した報告書や資料全ての信憑性も疑ってかかるべきですな」

「一概に鵜呑みにはできんのは確かだ」

「……小官の報告に虚偽があると仰るのですか?」

「君の手腕は我々委員会一同が認めるところだ、君の提出した報告書は参考にさせてもらう。ただ、一面的な解釈は危険だと述べているのだ」

「ウゥルナー委員の指摘の通りだ。当事者である君の意見は客観性に著しく欠けると私も思う」

「しかし、ステーションで収集した交戦記録については、信憑性はあると考えますが?」

「戦時下での運用を考えたレーダー群ではない。ECMなどの妨害があった以上、多少の誤差はあって然るべきだろう」

「残念ながら、委員会としてそのような不確定要素をあるものを事件調査の公式資料オフィシャルとして認めるわけにはいかんのだよ、中尉」

「それにだ、エルウィン中尉。現時点では交戦記録にあるような高機動兵器は開発されていないのだよ」

委員会は明確に否定した訳では無かったが、慎重すぎる態度であるとクリスは感じた。

だが一方で委員たちの消極的な態度の正体もクリスは見抜いていた。あの機動力、そして地球圏では開発されていないCA――それだけの事ができる勢力は一つしか存在しない。


すなわち金星軍。


あの機動兵器の動きも無人機であれば可能だ、と彼らも考えているのだろう。一士官であるクリスには、金星の仕業でないかと指摘する権限がなかったが、委員会のあの物言いから金星を疑っている可能性は高い。だが現在、金星とは和平条約を締結している以上、証拠もなしに――あるいはあったとしても――金星と対立する訳にはいかない事は理解できた。

現時点で、金星と再び戦火を交えるだけの余力が連合宇宙軍にはないのは、誰しも理解する所である。


(高度な政治的配慮という奴か……)

失笑ものだな、これは。クリスは己の率直な感想を表情に出すことなく思った。つまり委員会の結論は、できるだけ時間を稼ぎ、戦力の増強に努めるべきと判断したのだろう。そう考えれば、彼らの対応もうなずける。


「ご苦労だった。オフレッサー大尉、エルウィン中尉、下がって宜しい」

一時間ほどの問答会は、報告書の内容を鵜呑みしないという連絡の儀式であったらしい。連合宇宙軍でも大胆不敵な部類の二人であったが、こういったやり取りは苦手らしく、いつになく疲れた表情で、会議室から退室するのであった。




クリスとオフレッサーは二人並んで、連合政府ビルを闊歩していた。クリスも180センチと体躯的には大きい部類であったが、隣を歩く2メートルを越えるオフレッサーと比べると大人と子供である。

とはいえ一般的な体格な人に比べれば一回り以上でかい二人が、怒気を隠そうともせず、連合政府ビルという文官の園を大股でノシノシと歩いているのだから、職員たちは気が気でない。

ステーション襲撃から、即座に至近の月面駐留艦隊司令部に援軍要請をした彼らは救援部隊と合流し、そのまま月面のグラナダ基地へ向かった。情況の確認と怪我人の収容という目的であったが、それ以上に襲撃された情報の漏洩を防ぐための処置だったと思う。それから一週間ほどグラナダ基地で精密検査という名の軟禁を受けて、さらに一週間ほど連合宇宙軍から情況の説明を繰り返し求められ、仕舞には地球連合政府ビルに呼び出され、事件調査委員会なる連中の戯言に付き合わされた訳のである。

当初は疲労感だけが彼らを襲ったが、会議室を一歩離れる毎に言い知れぬ憤怒が込み上げてきた二人であった。特にオフレッサーなどは怒りに任せて、壁を数箇所ほど小岩ほどある拳で粉砕していたが、今のところ警備員などが飛んでくる様子はない。警備員の怪我による見舞金などを考えれば、壁の修理代を軍に回せばいいとでも考えたのだろう。

「下らん茶番に付き合わせるだけで、半月も拘留させるとは、地球連合憲章の謳う自由とやらも底が見えたな」

「ふん、自由なんてもんは、自分で勝ち取るものだ」

「流石は【拘束不可】アンチェインだな、云う事がちがう」

「昔の事だ」

「しっかし、アレだ。あの臆病マラども――」

連合政府ビルの1Fホールを突っ切りながら、クリスとオフレッサーが善良な青年少女たちが聞けば卒倒するような罵詈雑言の交響曲を奏でようとした瞬間、ホールの喫茶スペースで二人を待っていたヤン・スィン少尉が声を掛ける。


「中尉、ここはステーションじゃないんですよ。公衆の面前でそういった悪態をつく悪習は改める事をお勧めします」

「放っておいてくれ。これはエルウィン家の男子に代々関わる儀式なんだ」

「まぁ、貴方の家の奥ゆかしい伝統に口を出すつもりはありませんが、人目があるところでは止める事です。中尉の罵詈雑言は、社会にとって害悪以外の何物でもありませんので」

「云うじゃないか、ヤン・スィン。金勘定から解放されて、身も舌も軽くなったか」

「だったら良かったんですがね。気分が落ち込む命令を受けて、無理やり明るく振舞っているんですよ、中尉」

「なんだ、どうかしたのか?」

苦労性が骨の髄まで染込んだ疲れた笑みを浮かべるヤンにオフレッサーが声を掛ける。一緒に任務に就いたことはないが、それでもクリスの副官としての評判はよく聞く。『狂犬』の気苦労多い飼い主、それがヤンの評価である。

「先ほど我々の新しい任務が決まりました」

小山ほどある大男が立ち止まって話しこむ姿ほど、目立つものはない。ヤンは足を進めながら話を続ける。クリスもオフレッサーにしても、衆目の注目を集めるのが好きな性質ではなく、それに無言で従う。連合政府ビルを出て、真横にある緑の多い公園に足を伸ばしながら、ヤンが先ほどの話の続きをする。

月面主要基地グラナダ・ベースで新造された艦にそっくり全員異動になりましたよ、艦長」

「あ? 艦長? 誰が?」

「アナタです、クリストファー・エルウィン。まったくどうして驚天動地の人事です。連合宇宙軍始まって以来の最悪の人事と云っても過言ではないでしょうね」

「なぁ、ヤン・スィン。お前、俺に何か恨みでもあるのか?」

「――恨み?」

地獄の底から湧き上がるような声だ。


「恨みと言いましたか、クリストファー・エルウィン? アナタが、その言葉を私に向けると仰るのですか? 私は3年間――そう3年にも及び、アナタと共に任務に就いてきましたけどね! アナタは私がクリストファー・エルウィンという大馬鹿野郎の後始末を何回したか、ご存知ですか!? 72回です!! 72回!!! 何の冗談ですかっ!? それでも、ようやくステーション勤務で腰を落ち着けられると思った矢先に襲撃されて、挙句の果てに爆発消滅ですよ!! ああ!! 神よジーザス!! あの襲撃も、私が苦労するのも、給料が安いのも、娘が訳の分からない男と結婚すると言うのも、全部アナタのせいです、クリストファー・エルウィン!!」

肩で大きく息をしながら、ヤン・スィンが吠える。チビで、メガネで、禿げた中年士官であったが、その迫力は装甲兵として勇名を馳せるオフレッサーをして一歩引くほどであった。たっぷり5分ほどで呼吸を落ち着かせたヤン・スィンが、気を改め、概要を説明する。


「今回、我々はステーション襲撃事件の犯人の重要資料を持ち帰った功績を評価され、3日後に昇格。新興軍需産業のアーテミーゼ社初の宇宙戦闘艦船、ダイタロス級重砲巡艦一番艦【ユリシ−ズ】の艦長に任命されます。さらに、オフレッサー大尉に於きましても、現任務より解除され、同艦ユリシーズのスタッフとして乗艦してもらうそうです」

「なるほど、今回の件を余程外に漏らして欲しくないらしいな。一箇所に集めて、情報管制をするつもりか」

クリスは人の悪い笑みを浮かべ、肩をすくめる。概ね、お偉方の意図が読めてくる。無論、あえて読ませているのだろう。委員会のお歴々の腹黒そうな顔が思い浮かぶ。が、結果として己の布陣は強化されたのだ。悪いことだけではない。そう思い、何の任務が下るか、予想をする。もっとも、予想するべくもなく、決まりきっているのだろうが。

「ヤン、委員会直下の調査任務か、俺たちの初仕事ミッションは?」

クリスの言葉に、丸メガネの向こうの目が大きく見開かれる。この男の時折見せる、この鋭さこそが、ヤンがブツブツ文句をいいながら従う理由であり、唯一無二の長所であった。(と、ヤンは頑なに主張している)

「オフレッサー大尉、若輩者だが助言を宜しく頼むよ」

「了解だ、小僧キッド。連合宇宙軍最強の俺の隊が下についてやるんだ、覚悟しろよ」

確かに、白兵戦部隊としては最強だろうなぁ、と思いつつ、彼らは新たな任務に向け、歩み始めるのだった。



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