1章−第4幕 敗北と救出と
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ハイヴィスカス戦役終結後、まず連合宇宙軍が再建に力を入れたのは戦艦や重巡艦といった主要戦列艦クラスではなかった。連合宇宙軍(UES)はCAと駆逐艦の建造に力を入れたのである。これは艦隊再建に於ける火星からの輸送活性化、それに伴う宇宙海賊の出現を予見した方策であると同時に、短期間での艦数を揃えたい軍首脳部の要求を満たすものであった。
この連合宇宙艦隊再建計画推進責任者ゼノ・シールス大将の先見性と政治的手腕は誰しもが認めるところであり、事実上の軍のトップとして目されるようになりつつあった。
そしてウランフ・オフレッサー大尉が艦長を勤める新鋭駆逐艦リリーマルレーンもまた、この宇宙艦隊再建計画にてゼノ・シールスの強烈な後押しによって、新造された艦であった。
艦橋で腕を組み、仁王立ちする偉丈夫はどこまでも無骨であった。その体躯を構成する全てが太く厚く頑丈で大雑把と評すべきであろうか。スキンヘッドの頭部など、神が手を抜いたのではないか、と感想抱かずには居られないほど単純な顔立ちである。万人に分かりやすく説明すれば、頭の悪そうなスキンヘッドの宇宙海賊の頭目、といった凶悪な面構えの大男である。もっとも、その外見ほどに内面は単純ではなかったが。
陸戦隊上がりのオフレッサーは本来であれば、駆逐艦の艦長などになれる男ではなかったが、ハイヴィスカス戦役における高級軍人の大量の戦死により、軍では中尉クラスから駆逐艦の艦長を務めるケースもあり、陸戦隊大尉であった彼にも白羽の矢が刺さったという訳である。
もっとも士官学校卒業の新兵を士官であるという理由で、艦長任務に就かせているケースすらある中、とりあえず大尉以上の階級を持つ軍歴の長い者が「臨時」という前置きがあるにしても、艦長を勤めてもらう方が兵士にとっても有難いことであった。
そういった人材の欠乏は、新生宇宙軍に於いて最も深刻な問題であり、新造された駆逐艦には新兵(「シルバ法」による社会更生の一環の者が大半であったが)が多く配属され、訓練航行と哨戒任務という二足の草鞋を履いている状況であった。
ウランフ・オフレッサーは知る人ぞ知る、白兵戦の名人であったが、艦船による宇宙戦闘に関しては卓越した手腕を持っているとは言い難く、もっぱら士官学校卒の新兵であるヨハン・シュナイダー少尉が哨戒任務の指揮を取っていた。
そのオフレッサーの乗艦するリリーマルレーンは、【クリハラ008・ステーション】の緊急信号を受けて、連合宇宙軍が巡航艦に定める安全航行規定を無視した、機関許容量一杯の加速度を出させながら急行していた。
「艦内ダメコン、チェック完了!」
「機関出力41%。現在異常なし」
「CA隊に出撃準備をお願いします」
艦内各所からの報告に、今年22歳になったばかりの青年士官ヨハン・シュナイダーが的確な指示を出している。その後ろでは小山ほどある大男――オフレッサーが腕を組み、その青年を見守っている。人間、得手不得手がある以上、できる事はできる奴にやらせておけ、が人生哲学であるオフレッサーにとってそれは当然すぎるほど当然な情景であった。
ヨハンの指示が続き、シャープな船影の船殻に寄り添うように設置されていた二本のリニアカタパルトに火が点る。一般的な駆逐艦は3機のCAが搭載されていたが、この艦は戦後設計でCA搭載機能が充実しており、倍の6機が搭載されていた。この艦はオフレッサーが所属していた特務部隊『愛国者』の猛者どもが多く乗員になっているという白兵戦にかけては連合宇宙軍最強とも云われる部隊であり、CAパイロットも怖い者知らずの猛者揃いであった。戦闘に尻込みするクルーどころか、鼻歌を歌っているクルーすらいる始末である。
元々、陸戦隊上がりの集団とあり、通信やら航海などは新兵に任せ、整備や機関、それにCA部隊はオフレッサー率いる古参兵で構成されるという、頭脳労働は新兵、肉体労働は古参兵と妙に人員が分かれた艦であった。古参兵と新兵の確執が多く報告される連合宇宙軍の中で、この艦は珍しく上手く行っているケースの艦であり、事実、ここまで8隻の違法船を拿捕し、200名を越える犯罪者どもを刑務所に送り込んでいる精鋭部隊でもあった。
「宙機雷準備」
「簡易レーダー衛星射出準備OK、3、2、1、発射」
「主砲、副砲、蓄電終了。 発射オーライ」
「CA部隊、出撃準備」
忙しく艦橋では様々な報告が飛び交う。その中、オフレッサーはじっと耐圧座席に巨躯を沈め、前方を睨みつけている。広がる虚空に、人造天体を視認するにはソレはあまりにも小さく儚い。だが間違いなく、この先では友軍が攻撃を受けているのである。広大な宇宙戦争では、この冷酷な距離の壁が常に立ちはだかる。ゆえに、この距離を無視することのできた金星軍との戦争に苦戦を強いられた。
甲高い電子音が鳴り響き、制御卓に表示された艦内情報が青く表示される。日頃の整備の成果だ。それを一瞥し、ヨハンが最終的な戦闘準備確認を行う。
「航海」
「航海問題無し。全スタビライザー、正常作動を確認」
「機関」
「機関良好、出力正常。機関部各種センサー作動確認完了。第二戦速維持」
「砲術」
「主砲及び、一〜四番副砲、発射準備よし。安全システム、レッドよりグリーンへ即時発射可能」
「リニアカタパルト、蓄電レベルB。機雷の加速発射使用可能」
「対空砲座群、全システムの作動確認。試射完了」
「艦載」
「エーベルク特務曹長ら、CA部隊6機、船底格納庫より順次出撃開始可能」
「電測及び通信」
「簡易レーダー衛星、展開終了。全4機パッシブモードで【クリハラ・ステーション】方面80万キロまでクリーン。データリンク・システム共に、異常なし」
「艦載部隊とのリアルタイムリンク正常作動中」
「非戦闘員、耐圧座席への着席を確認。リリーマルレーンは全ての作戦行動が可能です」
唄うように各部門の責任者と最終確認を終えたヨハンは小さく頷き、後方に座る山のような上官に振り向く。
「緊張するか、少尉?」
「はい、小官が進宙して初めての実戦ですので」
「海賊連中と何度かやりあっただろうよ」
「いえ、今回のステーション襲撃は明らかに軍事的訓練を受けた者によるものです。これまでのような海賊相手と同じと思っては、手酷い損害を受けると思われます」
「年長者としては少尉のような冷静沈着振りは面白くないな」
「は?」
「新兵は新兵らしく、慌てふためいてくれんと、ビビっている我々の立つ瀬がないってことさ」
ガッハッハッハと豪快に言葉を締めるオフレッサーに、困った顔をするヨハン。そもそも、ヨハンがこの艦に着任してから半年、この艦の乗員は臆病とは対極に位置している人物らだという事は充分理解していた。命知らずなのではなく、勝算を見込んだ上の勇敢さを彼らは持っており、理想的な兵隊というべき存在であった。
「お言葉ですが、艦長。本艦の戦闘能力を小官は信じております。例のシルフィード級とやらにだって、十二分に渡り合えると思っております」
このサラマンドラ級駆逐艦の特徴は、船殻に沿った二本のリニアカタパルトである。ここからはCAの他に、質量兵器を超速度で射出する事が可能になっており、従来駆逐艦を遥かに凌駕する破壊力を持っていた。人類圏最大の軍需メーカーであるシャニアテック社の会心の艦とまで評されており、性能と低コストから大量に受注されている。また、ハイヴィスカス戦役に於ける終戦への立役者とされるシルフィード級などの戦闘データも加わり、オカシナ話だが、素人の集団でもある程度機能する艦仕様となっていた。
「ステーションまで距離30万! 300秒で戦闘区域に到達致します」
通信兵の報告に、緊張感が艦橋を覆う。各員の制御卓脇のカウンターに戦闘開始までのカウントダウンが始まる。
「相対座標85・42・13に巡航艦クラスの機影確認。IFF反応なし」
「機影を《フォックス》と指定。以降、戦闘終了まで敵艦としての攻撃行動をします」
「ラジャー」
「距離10万にて、《フォックス》を目標に全艦砲射撃、機雷発射」
「了解、艦砲射撃開始まであと205秒」
砲撃手からの報告と入れ違いに、通信兵が怒鳴る。
「ステーションからの緊急信号停止!!」
「情況把握しろ!!」
艦橋全体の大気が揺るがすが如き、怒声が響き渡る。オフレッサーが耐圧座席から立ち上がり、通信兵に確認を急がせる。
「待ってください……………………艦長!」
「どうした!?」
「ステーション責任者クリストファー・エルウィン中尉より、救難要請です。通信繋ぎます!」
通信兵が救難信号の発信先からの映像をメインスクリーンに映し出す。そこにはくすんだ金髪の人悪そうな笑みを浮かべた男が映っている。
『こちら、【クリハラ008・ステーション】責任者エルウィン中尉。所属不明の敵勢力との交戦の結果、ステーション維持は不可能と判断し、脱出をした。願わくば、人道に乗っ取り救助されたし』
「何の冗談だ、クリス! どれだけの戦力か知らんが、短時間で陥落するほどヤワな武装じゃないだろう!」
オフレッサーが色めき立ち、返信する。
『ムリを言ってくれるなよ、ウランフ。部下をほとんど死なさず脱出した手腕を誉められる事こそあれ、怒鳴られるの心外だぞ』
「…………そうか話は後ほど聞く。そちらの情況をくれ」
オフレッサーも伊達に先の戦役で生き残ってはいない。クリスの生き残る嗅覚というものに一定の評価をしていた。ゆえに、クリスが早々に脱出したのは、それ相応の判断があったからだと察知する。
「艦長……」
「戦闘準備維持だ、CA部隊にステーションからの脱出者の回収を行わせろ。急げよ」
オフレッサーは、指示を出しながら、再び戦争の嵐が吹き荒れるだろう予感に取り付かれた。それを気のせいだと笑い飛ばせるほど、彼は自分の勘を疑う事はできなかった。
「戦斧を恋しく思うか……俺もどうしようもねぇ奴だな」
己の呟きに、失笑するウランフ・オフレッサーであった。