1章−第2幕 ステーション攻防戦
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ステーション建設以来、訓練以外では一度として鳴ることの無かった甲高い第一種警報音が鳴り響く。ステーション各部で赤色回転灯が光を撒き散らし、非常事態を報せ、装甲隔壁が次々と閉鎖されていく。 同時に、ステーション周辺に配置された無人防空衛星が敵機を捕捉。無数の短距離対CAミサイルが発射され、火華が無音の虚空に乱れ咲く。
さらにステーションに駐留していた第60哨戒隊――巡視艦2隻が、敵機の予測突入軌道へと迎撃に向かう。
「巡視艦コーラル、ブキャナンが敵機との交戦開始。ステーションとの距離10000!!」
「せっかちな野郎だな! 駐留CA部隊の機を全部吐き出せ、小出しする必要はねぇ。多少の被害は目を瞑る、ステーションに取り付かせるな!!」
そうクリスが指示を出した瞬間、突如として激しい衝撃がステーションを襲う。激震と呼ぶ程のレベルではないがそれでも直撃があったのは間違いない。
「居住施設のブロックの外壁破損!減圧発生の為、ブロック隔壁を下ろします!!」
通常は中央管制室中央にある大画面に、立体架線描写で青く表示されているステーションの状況表示板が赤く点滅する。その被害に、ヤンが目を回し隣で倒れる。どうやら修理代の金額に目を回したのだろう。
「迎撃に行った連中はピクニックにでも行ったつもりか!? ブロスに構わねぇから、さっさと出撃しろと伝えろ」
「中尉! ハッキングを受けております! 回線が混線! CA格納ブロックの扉の開閉ができません!!」
「電子戦(EC)か!! チィ、外周にある監視衛星群から回線を切り離せ! それと、ブロスに隔壁をぶっ壊し構わんから、自力で出ろって伝えな!」
「了解!!」
今のところ、人的な被害は出ていないようだが、無事にこれを切り抜けたとしても、二桁の死者は固いだろうとクリスは冷静に考える。このステーションは、戦時設計ではない。CAの装備でも十二分に破壊は可能だ。その一方で、この状況の不可解さにクリスは思考を向ける。ここまでの敵CAの機動力は瞠目に値するが、それにしたって一機では、この防衛部隊を突破するのは常識的に不可能だ。ならば、ハッキングや混乱させる事などが目的かと思うが、そこまでして得られるものなど、このステーションにあるとも思えない。
「交戦域の無人防空衛星群Aがハッキング!? 回線開きません!!」
「どっから侵入してきてるか、逆探知できるか?」
「いえ、外部侵入の形跡がありません……有線による強制侵入ですっ!!」
「中尉、広域レーダー群沈黙!! 強力な電波障害(ECM)です!!」
立て続けの被害状況に二人の管制官が悲鳴に近い報告の声を上げる。クリスはここまでの攻防で、敵の指揮官の意図に踊らされた事を知った。初めの黒いCAは機動力を活かした囮役であり、おそらく監視衛星からのハッキングが本命。だがそれも、外周の監視衛星群からの回線断絶をさせる為の布石にすぎない。
確かに、いくら重装備のCAといえども一機でステーションを陥落させるだけの火力は持たせるのは、厳しい。そう考えれば、相手の次の策も見えてくる。囮に目を向けさせる一方で、ステルス強襲艇によるステーションへの占拠部隊か、追加のCA部隊でも派遣する腹つもりだろう。
「ディ、緊急事態は地球連合軍に送ってるのか?」
「続けてます!! ですが、返信が――」
「ロックス、あちらさんのジャミングの影響かもしれない。通信機がぶっ壊れてもいいから、最大出力でSOSだ。それと、脱出艇の準備をさせろ」
「だ、脱出艇ですか?」
「ああ、この喧嘩は負けだ。逃走ルートを確保したら、速攻でトンズラするぞ」
やや年かさの管制官にあっさりと敗北を認める。おそらく敵戦力がCAの追加してくる可能性は高い。明らかに、このステーションを狙っての襲撃だ。ここまで緻密な作戦を立てる相手が、十分な戦力を用意していない訳がない。
「中尉! 近域を航行中の連合宇宙軍第6哨戒艦隊所属の駆逐艦リリーマルレーンより入電ですっ!『ワレ最大速力ニテ急行中、今暫シ耐エラレタシ』です!!」
「オフレッサーの艦か……が、ちと遅いな。ステーションの全スタッフに退避命令だ。オフレッサーのおっさんの家まで走って逃げると伝えな」
再び、激震。
どこかに直撃を食らったらしい。正直、ここまでステーションが一方的に叩かれるとは思ってもいなかった。定座標による航路確保という任務上、海賊などに対する防衛機能だけは充実している。監視・通信・そして対海賊用防衛火器に関しては、下手な辺境巡視艦隊であれば十分に撃退せしめるだけの機能を持っているはずだったのだが……
「巡視艦コーラルより入電、機関部に損傷!!脱出するとの事です!!」
「許可する、オフレッサーの艦の座標を教えてやれ。こっちはあぶねぇから騎兵隊に保護されなってな」
交戦部隊から送られてくる交戦記録に、クリスは目を落とす。流星雨のような火線を尽く回避する黒いCAの性能もさることながら、その操縦者の精神力にも驚かされる。群がる防衛CA部隊を振り切り、コーラルの船底へキツイ一発を叩き込み、撃沈させたのである。常人であれば逃げ回るところを、逆に仕掛けてくる。
「ディ、ゲームセットだ。ステーションの全データを抹消しろ。逃げるぞ」
敵機は、第一種警報の発令と同時に起動した対空火器群の200門の火線に曝されながらも、有効な損害を受ける事のなく、それどころか一発一発確実に銃座に反撃を打ち込み、黙らせていっている。先ほど出撃した駐留CA部隊のベースドッグ9機編成による防衛CA部隊も迎撃に参加しているようだが、翻弄されている様子だ。むしろ、一機も撃墜されない隊長であるブロスの連携の妙を誉めたいぐらいだ。
「ありゃエース級なんてもんじゃねぇな。噂に聞いたAAクラスのパイロットってやつかよ、アレは?」
俗にCAパイロットは、A〜C級でランク分けをされる。これはパイロットの育成に金と時間が掛るため、先のハイヴィスカス戦役で途中から艦隊総司令をすることになったゼノ・シールスが提唱したシステムであり、正式に採用はされる事はなかったが、前線兵士などには根付いていた。
概要はこうだ。
金星との戦争に多くのCAパイロットが必要だが、一々育成させる暇はない。とりあえず、基本操作だけ教えてシミュレートによる評点によって、A、B、Cと分別。それぞれに見合った任務を与え、戦死者を減らすとともに実戦でパイロット育成するというものであった。無論、こんないい加減な方法を軍が正式採用できる訳もなかったが、金星との総力戦を前に奇麗事を云っている余裕もなく、結局、現場ではしっかり採用されていたシステムである。
そして、そのランクの上にAAランク、つまり戦役に於いて30機以上を撃墜するスーパーエース級の腕前を持った連中が生まれ、さらに与太話ではそれすらを超えるAA´クラスのパイロットも生まれたというのである。
「ブロスに逃げるから脱出艇の護衛を頼むと伝えてくれ。それとブキャナンにはステーションに取り付こうっていうステルス強襲艇がある可能性があるから、ソイツらを光学で探せと伝えろ。料理は任せる」
神業めいた三次元機動を見せる黒いCAに、Bランクパイロットで構成された防衛CA部隊は緻密な連携攻撃により、辛うじて互角の勝負をしている。上手く追い込んで、連装ミサイルの雨による攻撃も、黒いCAの機銃によって瞬く間に火玉と化してしまっている。その景気良く放たれた連装ミサイルの費用を考えただけでっも、気絶しているヤンはショック死しかねない。気絶していて正解だな、コイツは、と内心で人の悪い笑みを浮かべる。
「中尉、データ抹消しました!!」
「よし、トンズラするぞ。残ってる連中に再度連絡しろ、死にたくなきゃ、駆け足で脱出艇まで走って来いってな」