表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/27

7章−第2幕 最悪のシナリオへ

                             ※ 2 ※


会議室にある骨董品の時計が秒を刻む音だけが鋭く響く中で、地球連合政府元首ナッシュ・E・フランケルは、集めた己の側近らを見据えた。連合議会の政治バランスが生んだ中庸の政府元首は、20省庁から集められた長官達と共に、その政治方針の転換の岐路の話をしていた。会合自体は非公式のものだが、ここでの決定がすなわち地球連合政府の方針になる事は、誰しもが理解しており、全体的にそわそわと落ち着きのない雰囲気が漂っている。そんな中、政府外郭機関でありながら、事実上、元首にも匹敵する権限を与えられた行政部門最上級作戦司令部の長官リイン・ハリスと、その横に座る宇宙艦隊総司令ゼノ・シールスだけは表情一つ変えずにいた。

「それは確かなのかね」

「少なくとも我々の調査の上では」

元首フランケルの言葉に、ハリス長官が淡々と応じる。

「確かに金星軍との講和条約は成立しておりますが、その金星政府とやらの有効性については懐疑的なのは周知でしょう。それに伴い、地球連合艦隊の壊滅により、火星、月、各コロニーでは独立の動きが強まっている」

「いえ、それは理解しております。問題なのは艦隊再編の支出額です。このままのペースで艦船を増やし続けますと……」

苦渋に満ちた顔で財務長官が述べる。

「いいえ、バーグレン財務長官。艦隊の再編こそが地球圏の安定に必要です」

この場の唯一の武官ゼノ・シールスが鋭い口調で差し挟む。

「宜しいですか? 『地球からの解放』を唱える連中が二世紀以上前から根強く存在している。事実、経済活動の中心はもはや地球ではなく、月やコロニーです。そして、地球外に住む人間の三分の一が『地球からの独立願望』を持っている……多少の温度差はありますが。

辛うじて、先の金星軍との戦争では勝利をする事ができましたが、再びあのような戦乱が勃発した場合、地球圏は独立勢力らが各地で名乗りを上げる群雄割拠の時代を迎えるでしょう」

「しかし……それは杞憂ではないのかね、シールス司令?」

外務長官であるパーダット・カイルが鉛筆のように細い顎鬚を指先で撫でながら、ロマンスグレーの宇宙艦隊総司令に顔を向ける。

「確かに……そう確かに、月、コロニー、火星からの強い要望により防衛費用が増額しており、これまでは存在しなかった戦力が増強されています。ですが、我々が保有する戦力に対抗できる勢力は事実上皆無ではないのか?」

「現時点ではその通りです、カイル外務長官」

ゼノ・シールスは怜悧な眼光で相手を射竦める。

「ここで我々が隙を見せれば、必ず先のステーション襲撃事件のように牙を剥く輩は必ず出現してきます。それが大規模な叛乱に繋がらないとも云えない。そうすれば、それに乗じて利を得ようとする勢力も顕れるでしょう。そうなれば、地球圏の秩序が崩壊するのは目に見えています」

「ならば、コロニーなどの各戦力を接収してはどうだね、シールス司令?」

地球連合元首フランケルの言葉に、シールスは軽く目を見開く。

「なるほど、ですが各自治体は納得するでしょうか? フランケル元首には失礼ながら……」

全く失礼とは思っていない口調でシールスが続ける。

「世論をご理解していらっしゃるとは思えません。二年前の戦役では、金星軍により月やコロニーでは甚大な損害を被り、地球艦隊は壊滅寸前まで追い込まれた。宜しいですか、地球連合元首閣下? 

もはや地球連合の信頼は地に堕ちたのです。それを理解したからこそ、各自治勢力は強硬なまでの姿勢で、地球連合政府に『自衛戦力の保持』を訴えてきたのでしょう?

そして、当時の貴方達はそれを承諾せざるをおえなかった。壊滅状態の宇宙艦隊と、膨大な被害の処理、戦後復興、その他もろもろに追われる政府に、それを突っぱねる度胸はなかった。それを今になって、彼らが自衛の為に増強した軍備を接収などしたら、その結果は火を見るよりも明らかでしょう。違いますか?」

「シールス司令の仰る事は理解している。だがこと・・は政治の世界の話だ。軍人の君に、とやかく口を挟まれる云われはない。我が政府の最大の課題は、今や艦隊再編ではなく、財政再建なのだからな」

シールスの言葉に歯軋りをしつつ、カイル外務長官が吐き捨てるように言葉を口にする。

「ならばいっそ、社会福祉費を削減したら如何です? 戦争被災者の生活保証金を一時的に停止し、10年ばかり粗食に耐えてもらえれば、艦隊再建は十分可能です」

「バカな!! それこそ軍人の考え方だぞ!! 戦後復興を急ぐ中、圧迫する艦隊費用に世論が黙っているのは、この社会福祉費を確保しているからだ! そんな馬鹿げた事すれば、暴動が起きるぞ!」

ディアトリス福祉長官が怒声を上げる。

「現在の経済構造から搾取するにも限度があります。戦後、大規模な政府のテコ入れにより経済回復は顕著であるのも事実ですが、それにしても現状の艦隊再建と生活保障費を確保しつつやっていく・・・・・のは、限界なのです」

それに財務長官の発言が続く。

「……猶予はどのくらいあるのかね?」とフランケルが尋ねる。

「はっきりと断言はできません。財務省で帳簿の帳尻を合わせて、余裕があるように見せかけてはいますが、抜本的に支出を見直すか、それか新たに大きな財源を作るかしなければ、早晩、財政破綻は避けられません。今は、景気が好転していますが、財政破綻をすれば一挙に黒の月曜日ブラックマンデーの再来となるでしょう」

宇宙規模の大恐慌とはぞっとしないね、と伊達男で知られる政府スポークスマンである葉山馨が呟く。

「どうあっても艦隊再建予算の削減はできんかね、ハリス長官?」

「人類史上初の地球外国家の樹立をご覧になりたいのなら、止めはしません、元首閣下」

「ですが、解決策がない訳でもありません」

ハリスに続き、シールスが発言する。その発言に、参加者の視線を一身に集める。

「古来より、逼迫した財政難を実力行使で打破をしてきたのが、人類の歴史ではありませんか?」

「呆れたものですな、シールス司令。私は貴方の実力を評価していたつもりだが、所詮は戦争屋ですか。そのような男だとは知りませんでした」と財務長官が鼻を鳴らす。

「限られた予算の分配の話をしていれば、またぞろ戦争をしたがる。5年前に何人死んだのか、お忘れか? これだから軍人の考えることは理解できん」

「少し待ってくれないか、カイル外務長官。シールス司令、勝算はあるのかね?」

「なっ!! 元首閣下!! 正気ですか!?」

ある・・と私は考えます、閣下」

声を張り上げるカイルに手を上げ制するフランケル。それにシールスが用心深く応える。

「ただし、時期が問題です」

シールスは会議場の机にあるボタンを押す。テーブルの上に光学投影式ホログラフが浮かび上がる。現在の各地の詳細な戦力分布、経済状況、人口などが分りやすく纏められたグラフの表である。

「現在、地球圏に宇宙艦隊ほど統制の取れた軍組織は存在しません。各コロニー、月面都市、火星にも自衛組織が存在しておりますが、その勢力は一個艦隊を送り込めば容易に撃破できる程度です。ゲリラ化や連合化されなければ、それほど苦戦するとも思えません」

「しかし、泥沼化するような事があれば問題でしょう」

葉山の怜悧な指摘に、この非常識な話題の反対者達がうなずく。

「泥沼化を避ける方法などいくらでもあります。これはあくまで財政を立て直す為の経済活動であって、外交手段の延長ではないのですから」

「我々、地球連合政府は民主主義国家だ! 国民の命を利用して財政を立て直す案など机上に乗せることすら馬鹿馬鹿しい!!」

カイルが再び声を荒げる。彼の賛同者たる良識ある幾人かの長官らも異口同音に同じ事を主張する。

「絶対多数の幸福、それが民主政治の目指すものではないですか、カイル外務長官?」

「黙れ、ゼノ・シールス!! ハイヴィスカスの英雄だか何だか知らんが、地球連合政府は貴様の玩具ではないんだ!! 戦争屋が一端の政治を語るな!!」

「カイル外務長官、少し静かにしてくれないかね。これは非常にデリケートな話なのだからね」

「元首閣下? まさか、この男の話を聞くつもりではないでしょうな!?」

「重要なのは、地球圏の秩序の安定だ。結果として、財政問題が解決し、独立問題も解決するのならば、それに越した事はない」

「貴方は間違えている、それは独裁者の論理だ! 我々にそんな事を決める権利はない!!」

「……カイル外務長官、君の崇高な使命感は理解しよう。だが、私はその民意で選ばれた国家元首なのだ。私が最良と思う手段を用いるのに、何ら問題はないのではないのかね?」

「フランケル閣下!!」

「落ち着きたまえ、外務長官。話だけは聞いてみようと云うのだ。何もそうするとは云っていない」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

机を叩き、カイルがフランケルとシールスを交互に睨み付け、立ち上がる。

「気分が優れないので、少し席を外させてもらう!!」

怒気も露わにカイルが会議室から退出すると、それに賛同する幾人かの長官らも退出していった。残った者の半数も微妙な表情を浮かべているが、長官席の罷免権も持つフランケルに嫌われるのは得策ではないと、打算が働いたのだろう。そして、残る半分は嘲笑混じりにカイルらの背を見送っていた。

己の栄達の為に、何人死のうが、どうなろうが知った事ではないのだ。ゼノ・シールスがこの会議の終了後、側近であるハリスに彼らを称して、こう述べたと伝えられている。

『百万人殺すのに必要な理由は何か? それは己の権益を守る為だ。己の権益を損なうのであれば、あるいは権益を得る為であれば、それは百万人を殺す理由になりえる。そこには微塵も罪悪感は存在せず、そして悪意も存在しない。彼らは正しくニンゲンであるのだ』と。

「さて、シールス司令。話を続けてくれたまえ」

「こちらが私の提示する計画です」

再び手元のボタンを押すと、今までとは異なる光学投影式ホログラフが卓上に浮かび上がる。そこには、火星を利用しての向こう十年間の経済復興策であった。

「まず、確認をしておきます。今の国家財政面を考えれば、来年度中に解決策を見出せねば、艦隊再建はおろか政局面での秩序崩壊の可能性すらある事を理解できるかと思います。 

そこで私が皆さんに提案しますのは、火星の大規模な叛乱を利用した復興政策です」

「ちょっと待ってくれ、シールス司令。火星の大規模な叛乱は勃発するのかね?」

「火星に対する過剰な搾取政策は皆さんご自身が一番ご存知でしょう。情報部からの報告によると、各地でのデモ行動は激化しており、何らかの地球側から火星側への嫌がらせをすれば容易に、叛乱を激発させる事ができます」

「叛乱を勃発させるのかね?」

「そうです。その為の導火線はいくつか用意しておりますが、いずれもそのシナリオの脚本は我々が書きます。演出から、出演者までね。重要なのは、叛乱首謀者は我々とのシークレットラインを所持しており、地球連合政府の手の上で踊ってもらわなければならないという事。

そして、それに乗じて財政再建と艦隊再建を図る必要があるという事です」

「具体的にはどうする気かね。着地点が不明では動きようがないのだが」

「火星独立の叛乱を勃発させ、独立宣言をさせます」

「!? 独立を認めろと云うのか、君は?」

「いいえ、認めません。が、独立宣言まではさせましょう」

「シールス司令、君は何を考える? 君は人類の歴史の執筆者にもなるつもりかね?」

 フランケルの言葉に、シールスは薄い笑みを浮かべる。

「今回の叛乱計画の目的は五つあります。一つは、火星独立運動の一本化。これまでは複数の組織が各地で運動をしており、取締り、あるいはテロ行為の把握をするのが非常に難しい状態にあります。これを独立という形でカテゴライズする事によって、我々が相手の動きを把握し易くなります。

二つ目は、独立に関わる叛乱での治安維持強化の名目を得ることです。叛乱勢力には現行の火星の治安維持軍を打破してもらい、短期間で火星圏の軍事的支配権の確立をしてもらいます。その上で、我々宇宙軍の戦力を展開させ、迅速に軍事的優位を確立させます。現状の治安維持部隊では不足だという理由が作れれば良いので、この事件を理由に、コロニー、月面都市郡、火星に対して自衛用艦隊設立の費用を捻出させます。治安維持の為には、最低限一個艦隊は必要と強制をすればいいでしょう。最終的に統帥権が地球連合政府に在れば問題はないのですからね。

三つ目は、火星自治政府の樹立。周知の事実ですが、火星の開拓費用は政府支出の大きな割合を含んでいます。第二の地球テラ・ツーの繁栄を重視するのは当然ですが、現状では我々が直接開拓を指揮するのは、あまり旨み・・が存在しません。ならばいっそ、火星人に火星の事は任せて、我々は彼らに開拓資金を貸すという形を取るのです。単星での経済活動が不可能である以上、火星は独立を志しても経済圏の一環でしかありえません。完全な独立を認めなければ、やり方などはいくらでもあるでしょう。

四つ目は、財政再建。三つ目と重なりますが、彼らが独立を志すのならば、地球連合政府の所持する施設を彼ら・・に売却をすればいいのです。武力による制圧支配も考えられますが、それは実力を以って排除することは可能です。彼らが平和的に火星の独立を考えるのならば、施設の買収は避けては通れない道です。試算で恐縮ですが、『Lily』を筆頭に政府が所有する施設の価格は約五年分の地球連合政府の総予算に匹敵します。即効性はありませんが、財政再建に繋がるでしょう。

そして五つ目は、新世界の構築。ハイヴィスカスとの戦争によって世界・・は動き始めました。金星軍の存在が世界に緊張を強い、発展を速めます。元首閣下、この叛乱は試金石になるでしょう。これを見事に操り切れれば、我々は人類の輝かしい指導者として歴史に名を残し、大いなる発展に寄与する事になります」

シールスの長い演説に、フランケルを筆頭に彼は聞き入る。確かにシールスの指摘するとおりに計画が進めば、全てが綺麗に解決するように思える。時間的に余裕がないのも事実であったが、彼らはその誘いに魅力を感じていた。

「シールス司令、そこまで言うのだ。計画はできているのか?」

「既に進行しております、閣下」

その言葉が決定打であった。こうして、地球連合政府は火星の叛乱を相談し始める。取締る連中が、蜂起を計画する。奇妙でありながら、それは必然であった。世界は動き始めようとしている。

一人、ゼノ・シールスのみが未来を見つめているようであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング参加中 よろしくです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ