7章−第1幕 新生第5艦隊
第七章
戦争の車輪はゆっくりと回り、多くの生命をその重さで圧し潰して行く
――ミロ・ヌーラン・ダ『ある戦士の人生』
※1※
宇宙連合艦隊に残存する4隻の宇宙空母の一つ。
航宙用戦闘艦としては珍しい双胴型船殻を持ち、煤一つ付いていない真新しい純白の塗装に身を包んだギガント級宇宙空母のネーム・シップである【ギガント】の士官室にサリュー・スタンの姿はあった。
「へっ…………馬鹿みてぇだな」
壁ぎわに表示されているウィンドウが流している訓示に、藍色の第一種軍装に身に付けていたスタンは手元の珈琲カップを、さして旨そうにも思えぬ表情で傾けながら呟いていた。
「何がッスか、隊長?」
「いや、何でもねぇよ。それより部隊の方はどうした? 母艦が替わったんだ。どんな具合だ」
スタンが、殆ど礼装にも近い第一種軍装に袖を通していた理由は、新たに編成された第五艦隊の機械化機動兵団の長に就任し、今回はカー・ヴィンス重工の新型コンバット・アーマー【クィン】受領の為、グラナダに滞在していたからだ。
ハイヴィスカス戦役から5年。
無人CAとの戦闘の蓄積から、CA製造する軍需メーカーは挙って新型を発表している。中でも、最大手であるシャニアテック社は連合軍主力機動兵器の座を他社へ奪われまいと、一挙に三種の新型CAを発表しているおり、古参であるラディカル・テクニクス社やジョド・ライマン社の他にも、戦役後にCA産業に参入してきたイグチ・インダストリー、カー・ヴィンス重工、ディアボー・アルビオニクス社、上海新鉄社なども同時期に新型CAの発表をしており、少なくないシェアを新興企業に奪われた分を奪回しようという意図もあるだろう。
単純な性能だけであれば、シャニアテック社のCAを凌駕している機体も存在したが、単純な性能向上程度では、修理・補給、それに大量調達といった面にまで配慮して設計されたシャニアテック社の「エレメント系統」や「ハンタードッグ系統」に到底敵わない。
今回、スタンが受領する機体【クィン】は、基本性能に於いては従来の量産機を遥かに凌駕する高性能機であったが、その整備効率の悪さや機体単価の高さ、さらに操縦用インターフェイスに難があり、ある一定以上の技量を必要とする機体であった。多少限界性能は低くとも万人が使用し得る汎用性に富んだ機体こそが必要とされている時代にはそぐわないコンセプトであり、結果、市場からほされるのは仕方ない事であった。
だが、優秀なパイロットを配し、後方的な部分の欠点に目を瞑った場合、この【クィン】という機体がかなり魅力的な性能を持つ事も事実であり、連合宇宙軍はエースパイロット部隊用として少数の採用を決定したのである。
その少数の一つが、新設された連合宇宙軍第五艦隊第〇一機動教導団機動第一独立中隊――通称《蒼雷》であった。
正直、スタンは上官に当たるレインフォルス・レイバーグ少将を信頼してはいなかった。
今回の艦隊編成は各提督の希望を基に編成されたそうであり、宇宙空母3隻を有する第五艦隊は、今回新たに再編される8つの宇宙艦隊の中で最大の所属CA数を誇る。各艦の艦長や航海長といった単艦の首脳陣は連合宇宙軍出身の熟練士官で固められているが、新兵やシルバ法によって艦に乗るチンピラどもで構成される一般クルーは艦に慣れておらず、その練度は十分な水準へと達しいなかい。
寄せ集め。
急場乱造。
全体として、その様な印象の免れえない艦隊であった。
特に、この第五艦隊は、地球圏を統括する旧第一艦隊(地球北天方面軍)、旧第四(地球南天方面軍)、旧第五(月方面軍)の三個方面軍から掻き集めた残存戦力に、3隻の宇宙空母と新造駆逐艦を加え、編成した艦隊であり、『寄せ集め』といった言葉は正鵠を射た評価であったのだから。
その中で、艦隊提督レインフォルス・レイバーグは、機動兵器部隊の充実に力を入れた。先のハイヴィスカス戦役に於いて、図体のデカイ艦船よりも機動力があり小回りの利くCAが奮戦した訓示からであろうが、些か極端すぎるきらいがあるとスタンは思っていた。
燃料電池を動力に持つCAの継続戦闘時間は30分が限界と云われている。これは、スラスター用の燃料や、弾丸武装の残弾の問題である。よって、最終的な打撃力を持つのは戦列艦であり、CAは戦場の露払い的な存在であるのは代りない。敵艦が無抵抗で攻撃を受けてくれるのならば、CAの火力でも十分撃沈は可能であろうが、実際は対空砲火の弾幕を潜り抜け打撃を入れなければならないのである。
的がデカイので外す事はないが、艦橋や機関部に的確に攻撃するのは歴戦の古強者であるスタンですら難しい事である。CAの装甲では数発の直撃を防ぐのやっとであり、機動系や電装系にダメージがあれば後は打ち落とされるのを待つばかりである。CAの機動力を持ち、戦艦クラスの装甲を打ち抜く火力を持ったCFと分類される30m超の巨大CAも存在はしているが、宇宙軍でも8機しか存在しない上、現場の評判は最悪であった。
規格が定められ、互換性のあるCAであれば、修理・整備・補給など、そういった後方支援がスムーズだが、CFは全てが特注品であり、専門の知識と技術も必要となってくるのである。CFを運用させる為だけの補給物資や人員・スペースは、CA一個中隊に匹敵する。軍上層部が何を考えているかは知らないが、少なくともレインフォルス・レイバーグ少将閣下は、いたく機動兵器にご執心でCFを3機、CA約300機を艦隊で運用するという定石から大きく外れた、規格外の編成をしているのである。
他の7つの艦隊が約150機前後のCAを運用する事を考えると、それが極端な多さだと言う事が分かる。しかも、第5艦隊の機動兵器の5分の1は所謂『高級機』と分類される量産仕様ではない高性能機であった。来月に行われる新艦隊の運用試験を兼ねた演習は、この思い切った編成が吉とでるか凶とでるかハッキリと結果を出してくれるだろう。
とはいえ、先日火星軌道で行った、宇宙空母3隻と護衛駆逐戦隊との艦隊運動訓練では錬度不足から随分と危険な場面が幾度も見られた。半数が既存艦とはいえ、古参乗組員の多くは教官役を兼ねて各艦隊に出向しており、とてもじゃないが実戦レベルには到底届かない。
「うちの提督殿は、CAの運用にだけは理解を示してくれてるようで、腕のいい整備員が多いですよ。あれなら任せても問題ないッスね。ただ……」
スタンの部隊で、副隊長を務めているミシェル・シェラザード中尉が応じる。まだ25歳の若造であるが、18の頃からCA乗りをしており、そのセンス・判断力は一流と云っても過言ではない人材だ。
「なんだ?」
「艦の乗員ですよ。ちょい見たンすけど、新兵ばっかしみたいっス」
宇宙空母は全長1kmを超える巨艦であるが故、未だ艦内構造を把握しきれず、ウロウロと様々な区画を彷徨った挙句に古兵に怒鳴られている若いクルーの姿をスタンも短い期間に何度も目撃していた。確かに、問題である。
「フネの事までオレ等が考えていてもしょうがねぇさ。それと部隊の連中はどうだ?」
「装備、士気に関しては、良好っス」
複雑な表情で報告する副隊長に、スタンが苦笑を浮かべる。
「練度に問題があるか」
「まぁ正味、素質がありそうなヤツは多いんすけど」
「鍛え甲斐があるじゃないか」
そう云い笑ってみせるスタンであったが、機動教導団として一個連隊の指揮と訓練をしなければならないのである。例え、素質があろうと実戦の感覚を掴むにはCAの狭苦しいコクピットで100時間以上の訓練が必要であろう。モノになるのは、早い奴で1年後。2000時間オーバーの猛者であるスタンなどから見れば、彼らは『卵の殻を被ったヒヨッコ』である。これを一人前に飛べるようにするのは、根気の必要な作業のように思えた。
「ま、いいさ。機体受領してからも半月以上あるんだ。演習までに見れる程度にはシゴクさ」
スタンにシゴかれたクチの若い副隊長は、うへぇ〜と両手を挙げる。シゴかれる彼らへの同情と、自分も同様に上官であり師であるスタンにシゴキ抜かれるだろう将来を予見したからであった。