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6章−第3幕 新生第6艦隊

                             ※ 3 ※


そもそも有史以来、大規模な戦争というものは、たいてい事前に敵味方が同じ場所を戦場に想定して行ってきた。無論、双方が相談して戦場を決めてきた訳ではない。これは双方の戦力がぶつかり合う場所が、至極論理的な理由によって定められてきたからである。

どちらか一方が大兵力を動員しての攻勢を準備すれば、必然的に大規模な物流が発生する。軍が民間から食料や医薬品など生活物資を大量に買い上げたり、各種輸送手段を借り上げたり、航路の輸送ダイヤグラムがにわかに忙しくなったり、各地の補給基地に膨大な量の軍需物資を集積保管したりといった、普段とは異なる状況発生が伴うのは必然である。それらの異変は、現地の民間人や業者を通じて敵国や中立国で噂になり、また大兵力の侵攻は政治的パフォーマンスも多分に含むため、すぐに本当の話だと分かる。

そうなれば話は簡単である。

攻めてくる敵勢力の目標がどこであるか不明であっても、最低限、敵の攻勢が近々ある事は容易に推測がつく。敵の侵攻目標についても、守る側の立場で考えれば何処も彼処も狙われるような錯覚に陥るが、それでも敵が大軍であればおのずと限定される。兵站維持の難易や戦略的価値の大小などを勘案すれば、予想される敵の進撃ルートを特定することはそれほど困難なことではない。

ある日、突如として隣国の大軍が攻め込んでくるなどというのは、子ども向けファンタジーの世界か、さもなくば、先に挙げたような数々の予兆を無視し続けた結果でしかない。

それが軍事的常識であり、古今東西、この原理原則を無視した兵法はないものであった。


だが、旧来の基本的戦略構想が根本から覆る事態が勃発した。

それが血の通わぬ金星無人艦隊との大戦役にして、人類初の星間戦争――ハイヴィスカス戦役である。

血の通わぬ無人兵器に加え、空間跳躍ワープジャンプなる未知の技術テクノロジーを所有する金星軍に対して、彼我の戦力差が7:1以上の圧倒的な戦力を整えていた地球連合軍は完膚なきまでに叩かれる事となった。

始めにその洗礼を受けたのは、地球連合軍第五艦隊であった。艦隊司令アルフレッド・レム提督は海賊討伐に於いて多大な戦果を上げている無能とは対極に位置する指揮官であり、当時の12名の艦隊提督の中で云えば五指に数えられる優秀な指揮官であった。

だが、そのレム提督をして、艦隊は全滅したのだった。

金星への調査船が連続して行方不明になった事件を受け、武装艦船を含む調査船団が金星に向かったが、それとほぼ時を同じくして地球軌道上に、突如として所属不明艦隊が出現したのである。

今でこそ、それが空間跳躍ワープジャンプをして出現した金星艦隊だと分かるが、当時は電脳戦争でも仕掛けられたのかと、宇宙艦隊司令部は各地から送られてくる「所属不明艦隊の情報」を現実の脅威として認識できずに、ただただ混乱していた。

その全くの事前情報がない状況で侵攻を開始した金星無人艦隊に対して、レム提督はその手腕を以って、油断をしていた部下達を叱咤し、迅速に迎撃に向かった。その用兵術はレム提督以外の何人にも実現できなかっただろう。

世に云う、第一次月面会戦である。

だが――結果が無残なものであった。

正面の敵艦隊へ戦力を集中した第五艦隊は、奇襲で受けた混乱と被害を最小限で止め、反撃の狼煙を上げた。だがさらに背面の虚空から出現した敵戦力に挟撃される。浮き足立った艦隊に組織立った反撃を望むべくも無く、唯一レム提督の乗船する旗艦は迅速な反応を見せたが、宇宙での艦隊戦などを想定していなかった第五艦隊の大多数の艦船は次々に虚空に火華として散っていったのである。


こうして、地球人類は綿々と研鑽を積んできた基本戦略思想とは全く異なる戦略構想の前に完敗する事となったのである。そして、別の基本戦略を描く必然が生まれたのであった。

今でこそ空間跳躍ワープジャンプの主演算機能を持ったハイヴィスカス要塞が破壊された事によって、そういった侵攻は二度とないとされていた、『過去に存在した技術』は現在も存在しえるのである。

そして、宇宙艦隊再建計画に於いてゼノ・シールスは、その艦隊運用については全て各艦隊司令に一任する方策を採った。旧来の艦隊運用術が通用しない相手に対し、人類は新たな戦闘方法を構築していかなければならない。その発案、運用を艦隊司令ごとに任せる事により、実地での経験則と成果を考慮し、マニュアル構築しようというのである。

新艦隊の演習にしても、その目的は旧来の宇宙海賊やテロ組織への示威行為目的ではなく、二百年ほど前までに真剣に行われていた異星人による軍事侵攻の撃退を目的とした艦隊戦演習が再びという訳であった。



スタイリッシュに短くした黒髪の妙齢の女性が、己の執務室で艦隊編成表に視線を落としている。

レイ=ヴァレンタイン、40歳。離婚暦あり。現在、独身。

丸みを帯びた輪郭は年齢より彼女を若く見せているが、その黒水晶を思わせる双眸には深い知性の輝きがあった。それゆえに何処か年齢不詳の印象を与える女性である。新たに艦隊提督に任命された彼女は、第六宇宙艦隊の幕僚となる面々を呼び集めていた。

「ドミニオン級戦艦1隻、ファンツァール級戦艦4隻、ダイタロス級重巡艦6隻、サラマンドラ級駆逐艦4隻、キリバリー級駆逐艦6隻、D−135型電子艦3隻、輸送船42隻、工作艦11隻、機動機械化兵団一個連隊、全てが新品……気持ちのいいものね、新艦隊の司令っていうのは」

副艦隊司令を任命されたナタリー・ノーウッド准将を筆頭に、地球連合宇宙軍でも勇名を馳せる士官が多数在籍しており、そこから更に選別された幕僚らがそこには集まっていた。


名艦長として名を馳せる艦隊参謀長モーデル・タ大佐

元貿易商という風変りな経歴のレオニード・チェン=チュ大佐

辺境宙域にて《海賊狩り》の呼び名で知られるイアン・ジェームズ大佐

紛争戦区で勇名を馳せる女傑マリアンヌ・モスビー大佐

艦隊司令副官を務める閨秀レカル・フォルテーナ中佐

ハイヴィスカス戦役にて28機の無人CAを単独撃墜したエドワード・ガーベイ中佐

芸術家としても知られるウラジミール・ミシュク少佐。


ここまでは幕僚として選抜されも万人が納得する顔ぶれであったが、幕僚候補として集められた10名の残る2名は無名も無名、階級も大尉と中尉と場違いな者であった。艦隊幕僚に関しては、慣例として佐官以上の者十名前後で構成される。彼らは、上位者が戦闘で負傷した際などに指揮を引き継ぐ為、階級がそれなりに高い必要性があった。尉官であっても幕僚として抜擢された例もなくはないが、それは高級軍人の子弟が箔を付けるために名を連ねていただけの話であり、実質上の尉官の幕僚というのは例のない事であった。

一人は、そこそこ整った容貌の金髪の男――クリストファー・エルウィン大尉。

そして、今一人はチビで、メガネで、ハゲの中尉、ヤン・スィンである。

彼らと面識のあるレカル・フォルテーナ中佐はそれほど意識をしていないが、彼女を除く7名はこの2人に興味深々といった様子である。

「レイ、貴女が玩具を気に入ったのは充分理解したわ。それより時間がないんでしょう? 本題に入って頂戴」

「OK、ナタリー。貴女の云うとおりだわ、本題に入りましょう」

艦隊司令と副司令は、士官学校からの二十年来の親友であるという。

「では、予定を確認しましょうか。副官レカル?」

「はい。ヴァレンタイン艦隊司令閣下の副官を務めます、レカル・フォルテーナと申します。以後お見知りおきください。今回は、新設される第六艦隊の幕僚として、皆様にお集まり頂きました。既に転属については打診があったかと思いますが、来月、正式に第六艦隊に配属となります」

亜麻色の髪をした美しき副官は颯爽と立ち上がり、説明を始める。

「それと同時に、来年1月に艦隊就航式典、同月20日に新艦隊同士の大規模な演習が行われます。ご存知の通り、ハイヴィスカス戦役以降、宇宙艦隊は再編成に追われ、大規模な演習が行われませんでした」

「つまり、お披露目会も兼ねるってことか?」とエドワード・ガーベイ中佐。

「それよりも新編成された艦隊の技量を知りたいのでしょうね、総司令ゼノ・シールス閣下は」

愉しそうにヴァレンタインが応える。

「我々の相手は同じく新設されましたレインフォルス・レイバーグ少将率いる第5艦隊になります。相手の編成等は当日まで不明ですが、先方が攻勢、我々が守勢という名目で行われます」

そう云い、レカルが全員に作戦を纏めた紙面を配布する。

そこには、これ以上ないほどの教科書的な防衛作戦で敵艦隊を迎え撃つ作戦案が記載されていた。この作戦に対して異議を唱える者はいなかったが、歴戦の古強者であるイアン・ジェームズやマリアンヌ・モスビー大佐、一兵卒からの叩き上げのエドワード・ガーベイ中佐などから『これじゃ面白くない』などという不正規発言があったが、この3人の幕僚たちの率直すぎる感想に、作戦立案者であるレイ=ヴァレンタインは上機嫌の微笑で応じる。

曰く「退屈けっこう。ダイナミックな作戦を考えるのは、三流スペースオペラの脚本家の仕事だわ。元より我々は退屈極まる宇宙軍人じゃないの」との事である。

古来より戦争は攻める側よりも守る側が有利である。相手が攻めてくるのを前提に作戦を立てられるからである。戦力的には同じである以上、やや有利な立場にあるのは確かである。ならばと、リスクの少ないオーソドックスな作戦を女提督は立案したのである。定石は悪手ではない。優勢な側がパターンで戦うのは、リスクの伴うトリッキーな戦法を必要としないからだ。奇策など、一発逆転するしかない場合の非常手段であり、兵法の定石から外れる悪手だとレイ=ヴァレンタインは考えていた。


レイ=ヴァレンタインの作戦は、艦隊を大きく三つに分けるものである。

一つは、提督自らが指揮をする戦艦、重巡艦から構成される重厚な打撃部隊で、これをA集団とする。この作戦に於ける主戦力である。

二つ目の集団は、ナタリー・ノーウッド准将が指揮を執る別動隊で、敵艦隊の補給線の遮断が任務である。参加するのは、エドワード・ガーベイ中佐率いるCA部隊が一大隊に、《海賊狩り》イアン・ジェームズ大佐率いる駆逐艦7隻で、これはB集団とした。

三つ目は、直接戦闘に参加することのない後方支援の部隊で、補給艦隊を率いるレオニード・チェン=チュ大佐を分艦司令とするC集団である。

その他、ウラジミール・ミシュク少佐率いる電子艦が周辺宙域に遊弋し、索敵と哨戒にあたる。

各個撃破を誘う主戦力の分散を避け、優勢な味方の主力を一つにまとめて敵の主力にぶつける。それと平行して機動部隊が敵の後方連絡線を目指して突進し、通信と補給の攪乱を図る。幕僚たちが退屈呼ばわりするのも無理はない凡策ではあったが、堅実で勝率の高い作戦であるも事実であった。それは彼らが茶化しはしても、決して反対しなかったことを見てもわかる。


「司令閣下。作戦概要は理解できましたが、小官とスィン中尉が呼ばれた意図をまだお聞きしておりません」

作戦内容を一通り確認した幕僚たちを他所に、暇を持て余していたクリスが口を開く。一応、クリスとヤンはこれまでと同じユリシーズの艦長として赴任する事になっていたが、それであれば他の艦の艦長と同じく、幕僚として呼ばれる必然性がない。何かしら意味があり召喚されたであろうと、問いただす。

「もちろん、エルウィン大尉とスィン中尉も、本艦隊の幕僚に任命する為にお呼びしたのです」

「は?」

「ダイタロス級のレポートを確認させてもらいました。問題点の的確な指摘、改善策、今後の試運転でのテストケースの提案など、貴官らの提出レポートの質は群を抜いており、私自身、高く評価しております。それに伴い、これまでの軍歴も調べさせてもらいました。ハイヴィスカス戦役では常に最前線にありながら、その指揮下の部下を七割生還させ、そして先のステーション連続襲撃事件では唯一の全滅を回避した指揮官……貴官の的確な状況分析力と決断力は、今の宇宙軍に於いて屈指だと私は確信しています」

「そりゃあ、、、有難うございます」

年上の将軍様に褒めちぎられ、クリスらしからぬマヌケな返答をする。

「しかし軍が階級社会である以上、貴官らが我々に命令する事はできないし、差し出がましく意見を口にする事もできない。それが軍隊よね、大尉」

「承知しております、閣下」

「人が宇宙に進出して、三世紀……だけどその宇宙戦闘のシステムは確立しきっていないわ。これは日々進歩する技術の所為であり、また明確で巨大な敵勢力が存在しなかったのが、その理由でしょうね。

二世紀前、政府が謳った『異星人エイリアン襲来』に備えての宇宙艦隊必要論が、不要論に変わった事はレクチャーいらないわよね? 当然だわ、あるかどうかも不明の異星人とやら襲撃に莫大な巨費を投じて宇宙艦隊を増強するよりも、人類未踏地域フロンティアの開拓費用を増やせってのは、至って正常な判断だわ。

かくして、人類は未だ見ぬ異星人との第一次接触ファーストコンタクトよりも現実に目を向けたってわけよ」

誰に語るでもなく妙齢の女提督が独白する。

「強大な仮想敵が存在しない以上、維持費だけでも大喰らいの宇宙艦隊を増強する必要はないし、その運用システムの確立も不要よ。事実、宇宙に於ける戦術研究はいくつかの特務研究所にて行われるにとどまっていたわ。

むしろ、現実の危機として存在した宇宙海賊パイレーツやら犯罪結社シンジケートの取締を目的とした、火力よりも機動力が優れた駆逐艦デストロイヤー巡視艦パトロールといった軍隊というよりも身軽な警邏部隊の需要が増してきたのが、この二世紀の軍隊の歴史。

だからシルフィード級のような戦艦の小型化計画や、サラマンドラ級のように駆逐艦の火力増強計画が持ち上がるようになった訳だけどね。まぁ、今回の新艦隊編成には生産コストの問題でシルフィード級なんかの高級艦船の量産は見送られたみたいだけど。そして、ここで重要な事は時代と共に、軍隊は変化するって事。その戦術も含めてね。」

レイ=ヴァレンタインは薄い微笑を浮かべ、クリスと視線を合わす。

「そして今は時代の分れ目よ、大尉。ハイヴィスカス戦役で明確で強大な仮想敵を得た宇宙軍は、空前絶後の軍備増強を計るわ。これまでとは全く異なる戦闘理論、戦闘システムが世界を席巻し、近い将来、また戦争が勃発する。

我々はその為に集められ、私はその為に貴方たちを集めたわ。

貴方たちは己の力量をハイヴィスカス戦役で発揮し、「新時代の軍人」としての才覚を顕現した逸材だわ。それは階級や役職で計れるものじゃない、もっと感覚的なモノ………そう例えるならば、蒸気のような漠然なニュアンスから答えを導き出せるような、そんな何か・・を持った人材。

貴方は自分自身の事をどう思っているか知らないけど、少なくとも私は貴方の力を必要としてる。とりあえず、今回の演習は貴方が佐官に昇進する為の儀式セレモニーってところかしら。期待を裏切らないで頂戴ね、大尉」

コケティッシュな微笑に思わず赤面するクリス。どうやら、どちらの役者が上かは一目瞭然のようだ。ここに集められた幕僚たちも叩き上げの者が大半である所為か、その表情は好ましいもののように見える。

「あの閣下。エルウィン大尉の件は了解しましたが、小官は何用でしょうか? 正直、先の戦役にしても、ステーションの一件にしても、エルウィン大尉の卓越した指揮能力があって生き延びたクチ・・です。閣下の仰る「新時代の軍人」に小官は些かそぐわないと思うのですが」

「あら、艦隊運用の鍵は補給と管理よ、中尉。エルウィン大尉の部隊の物資消耗効率は、宇宙軍でも指折りだったわ。少ない物資であの戦果を叩き出せたのは、大尉が優秀だからでしょうけど、必要な物資を必要なだけ補給できる優秀な後方担当がいなければ、どんな優秀な指揮官も戦う事はできない。すぐには……とはいきませんが、中尉には大尉の補佐と同時に、我が艦隊の台所をお任せしたいと思っています。

一気に二階級特進、という訳にはいきませんが、2年以内に中尉には第六艦隊後方担当に相応しい階級を用意させてもらうつもりよ」

「私がですか!?」

「おやまぁ」

ヤン・スィンとクリスがそれぞれ赴きの違う驚愕の声を上げる。

「別に畏まる必要はないけど、私の旗下の幕僚として恥ずかしくない行動を頼むわよ、名コンビ」

フランクな物言いをする女提督に、心中で両手を上げて降参する2人であった。


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