6章−第1幕 航海報告
第6章
「オフレッサー大尉が考え事!? 雨でも降らなきゃいいですが……」
「? どうしました、シュナイダー少尉」
「あ、ラッセル女史。あの、あちらで、オフレッサー大尉がベンチに座って考え事していらっしゃるものでして」
「……ほんとだわ。 今日の天気って大丈夫なんでした? 槍とかミサイルとか降るって云ってませんでした、天気予報?」
(マリー・ラッセルとヨハン・シュナイダーの会話)
※ 1 ※
グラナダ宙港に入港したユリシーズの隣には、補給を受けているファンツァール改級12番艦【オーディン】――現在の連合宇宙軍月方面第四艦隊旗艦任務艦――が停泊していた。本級はハイヴィスカス戦役以前に初期設計の行なわれた、いわゆる旧式戦列艦に分類される。だが、その基本設計の優秀さと積載許容量の大きさから新機軸技術の導入にも良く耐え、現在でも有力な大型戦闘艦として連合宇宙軍の艦隊戦力の中核を担っている。
現在の宇宙艦隊再建計画に於いても、ファンツァール級戦艦は中核とされており、新たな中核を狙うダイタロス級重巡視艦の競争相手とも云えなくない艦である。火力ではファンツァール級戦艦に及ばないものの、最低定員数200名のファンツァール級戦艦に対して、ダイタロス級は僅か50名での戦闘運用が可能であった。
無論、これは少人数化をコンセプトに設計を行なった成果であり、一部の金星技術者との交流で爆発的に進歩した無人技術の賜物であった。今回の航海は習熟航行と事件調査を目的としており、120名の乗員を乗せていたが、ユリシーズと前後して習熟航行に出航した二〜六番艦は運用実証と試験とを主任務とする試験艦として、各赴任先へ出向いていた。
そんな背景があったのだが、栄えある一番艦ユリシーズを任されたクリストファー・エルウィン大尉はまるで気にする風でもなく、連合宇宙軍月面統合作戦本部にて報告を行っていた。
副長として同席しているヤン・スィンとマリー・ラッセルも特に口を挟む事無く、報告官であるレカル・フォルテーナ中佐とクリスとのやり取りを聞いている。試験艦の運行報告に於いて「通常勤務態度」という項目がなかった事を感謝するヤン・スィンと、余計な事を云って採用取消となるのを怖れたマリー・ラッセルは、聞かれた事以外に関してはまるで口を挟もうとせず、またクリスも極めて客観的に質疑に応じていた。
「では、少人数運行についてエルウィン大尉はどう感じましたか?」
銀鈴のような可憐な声音であったが、その響きには一種の冷たさがあった。20代で佐官となったエリート特有の冷たさとも云える。左目尻下の泣きホクロに艶やかな印象を受けるが、その表情は硬く冷たい。
「通常の哨戒任務で云えば、問題はありません。今回の運行では実際に戦火を交える機会はありませんでしたが、巡航距離、搭載CA、主砲、副砲の性能を考えれば、少人数運行は十二分に運行に耐えられると思われます」
「……先の戦役のような実際の戦争では?」
「宇宙戦争に於いては、双方の火力をぶつけ合う消耗戦になる事は先年のハイヴィスカス戦役によって証明されました。そういった意味では、大火力を少人数で運行できるダイタロス級の設計思想は間違っておらず、数を揃えられるのならば、と前提がありますがファンツァール級より優れていると思われます」
「大尉の戦略的な思想ではなく、単艦での継続戦闘能力についての質問です」
失礼しました、短く謝罪を述べたクリスは的確に単艦での戦闘運用のメリット、デメリットを上げていく。普段の不真面目な態度からは想像も出来ないが、クリスの戦略眼に関しては本物である。的確な状況把握と、高い作戦立案能力、瞬時の判断決断力、全てが提督向きと云える。一方で、扱い難い人物である為、彼を副官、あるいは参謀とするには、その上官に度量が求められるのである。
「了解致しました。エルウィン大尉からの報告及び、先日提出頂いた航海日誌などを総合的に分析し、ダイタロス級七〜十番艦の試験運行計画を立てさせて頂きます。ご苦労様でした」
レカル・フォルテーナ中佐は感情の廃された声でそう通告し、報告会の終了を宣言した。クリスは、ヤン・スィンとマリー・ラッセルを引きつれ、統合作戦本部を後にする。この後の予定については、月面で来月に行われる艦隊演習への参加だけを告げられており、グラナダに待機とだけ伝わっていた。
地上の陸軍、海軍などと異なり、宇宙軍は航行するだけでも多大な維持費用が掛る為、無駄な任務に就かせる余裕がないのである。特に艦隊再編と莫大な費用の掛る計画の最中、習熟航行やら金の掛る試作艦などが太陽系狭しと運行している時期、できるだけ無駄な出費を防ぎたい軍予算執行部と統合作戦本部との間で熾烈な争いがあった事は疑いようもない。
「そう云えば、艦長は聞きましたか?」
「何をだ」
できる事としたい事はイコールではない、と常日頃から大声で喚いているクリスはこういった報告会などが大嫌いであり、いつになく不機嫌であった。
「新艦隊構想ですよ、実に面白い。企画をしたのは参謀本部らしいんですが、天才かバカのどちらかです」
「新艦隊構想? 少人数の運行じゃないのか?」
「それもありますが、一個艦隊の艦船数が桁違いで発表されてるんです」
宇宙艦隊の編成は【戦列艦】と分類される艦隊決戦用主力艦である戦艦・重巡艦などの艦隊火力の中核が5〜7隻に戦列艦の砲列を補佐し、単独で行動も可能な中型戦闘艦が10隻前後。これが一般的に主力艦と云われている。
そして戦列艦隊に接近する戦闘艇群を撃破するための迎撃艦として駆逐艦が【戦列艦】の約二倍程度存在しており、およそ戦闘艦20〜30隻が一個艦隊とされている。
それに、輸送艦、工作艦、強襲戦闘艇(ミサイル艦や砲艦など)、コルベットと呼称される小型戦闘艇(主に輸送艦隊の護衛に使用される)、などを含めて100隻で編成されていた。
「一個艦隊の数を少人数運行で三倍にでもするつもりか?」
「その逆ですよ、艦長。新設される第十三艦隊は例のシルフィード級戦艦のコンセプトで編成されるそうです」
「ああ? 確か単艦作戦行動をコンセプトした艦だろ、シルフィードって? んなもんで艦隊組んでどうすんだよ」
呆れたようにクリスが呟く。先のハイヴィスカス戦役直前にロールアウトしたシルフィード級戦艦の戦果については、連合宇宙軍の士官ならば誰しもが知っていた。最大手軍需メーカーであるシャニアテック社の新機軸のGR機関なる新型機関を搭載した最新鋭機動戦艦として、四ヶ月の戦役で一個艦隊に匹敵する活躍をした(誇張されていると思われるが)実験艦である。
妙な話だが、このシルフィード級を巡っては、宇宙暦300年に突如、GR機関構想なる計画が連合宇宙軍に持ち上がり、当時の参謀本部長であったゼノ・シールス中将の強力な後押しで『GR機関の設計試作と同時進行で、艦の建造が行われた事』で、軍の裏事情に詳しい者らの間で話題に上る艦であった。
まるでシルフィードの完成を待っていたかのように勃発したハイヴィスカス戦役から、軍の上層部は金星との戦争を知っていて黙っていたとも云われている。結果論になってしまうが、シルフィード建造の後押しをしたゼノ・シールスが今の連合宇宙軍の中心となっており、他の派閥を圧倒している事実がある。
無論、ゼノ・シールス自身の卓越した指揮能力に拠る、ハイヴィスカス戦役の勝利が彼に栄達をもたらせたのだが、囮任務を行っていたシルフィードの戦果は見逃すことができない。一個艦隊を殲滅せしめる金星無人艦隊を単艦で撃退せしめたのは、特筆に値するだろう。
「GR機関については未だに一般公開されてない軍機ですが、その出力は核パルス機関の数十倍〜数百倍って話ですからね。GR機関搭載の戦闘艦隊の魅力は強いんじゃないですか?」
「大衆論だな。そのGR機関ってのは信用できるのか? 前線で故障しましたって云っても敵は待ってくれんぜ」
「玄人好みではない、ですか」
「まぁな」
「そう云えば、そのシルフィード級を改修したシルフィード改が就航するらしいですよ」
クリスとヤンの会話を聞いていたマリーが、思い出したかように口を挟む。
「確かランディース・ロジム少佐が艦長で就任するって話ですね」
「あら、スィン中尉はもうご存知でしたか?」
「ロジム少佐と言えば、戦役じゃ名艦長として軍に名を馳せる方ですからね。なんとかっていう前任の艦長よりは良い人選じゃないですかね」
「ロイ・シールスですよ、中尉。 かのゼノ・シールス大将のご子息の」
「そうでした。でも、そのご子息は戦後行方不明。噂じゃ、GR機関の影響で病死したって話ですしね」
「あら、業界じゃ敵前逃亡した愚息を、シールス大将が極秘裏に粛清したって説が根強いですよ」
「どうだっていいさ。ハイヴィスカスの英雄ゼノ・シールスの御曹司は戦後行方不明。生きていようが、死んでいようが、構わんさ」
それより腹が減ったと主張するクリスに、二人は同意する。差し当たっては、演習までの一ヶ月をどうするか。それが彼ら艦首脳部の問題であり、先の戦役で英雄とされた艦のその後は、然したる意味を持たなかったのであった。