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1章−第1幕 クリストファー・エルウィン

                          ※ 1 ※

 

異変を最初に察知したのは【クリハラ008・ステーション】が担当している月面方面第三宙域の無人監視衛星群だった。 即座にリアルタイムネットワークで形成された対宙監視網の第三宙域の司令塔である【クリハラ008・ステーション】の中枢電子計算機へと通報が行なわれる。

中枢電子計算機は高速でステーション警戒ラインに侵入する質量を確認後、三秒でその形成素子の質量が宇宙ゴミスペース・デブリなどでないと判断した。その速度と質量からCAコンバット・アーマーと推測し、準戦闘態勢への移行を意味する第二種警戒態勢コンディション・イエローの発令要請を行う。

42年前に設計製作されたとはいえ、戦時に使用された様々な電子計算機より豊富な戦訓を受け継いでいたステーションの中枢電子計算機は、高速で侵入した質量の発生確認後に採取された情報から、これが何等かの敵対行動であると判断したのだ。

それは緊急対応としては完璧なものと云えた。

たが、どんな優秀な機械であっても使い手次第である。今回の問題は、それを判断する管制官が「シルバ法」による社会復帰・及び更生を目的とした、半年前まで現役のチンピラであり、そういった危機意識からほど遠い場所に精神を置いた人物であったということだった。

「ん?…………ディ、お前さんの制御卓がピーピー鳴いてるぞ」

「虚報だろ? ここにゃ、何もないよ」

「海賊かもしれんぜ?」

「こんな辺鄙なステーションを襲っても赤字さ。どうせ先月みたいに隕石じゃねえのか?」

「システム走査は一昨日しただろうが、隕石じゃねぇと思うぞ」

緊張感の無い会話が続く。確かに宇宙海賊という脅威は存在したが、それにしたって周辺宙域の巡視艦パトロール・シップの駐留拠点であり、CA中隊が警備待機しているステーションは、そこらの宇宙海賊程度が手を出せる場所ではないし、そのリスクに見合う貴重な物資を抱え込んでいる訳でもない。

ならば誰がこのような場所を襲うというのか。 そういった先入観が彼らを楽観視させた。

だが、襲撃者は確かに存在していた。

「第二種警報要請だ。報告漏れは減棒だぜ、ディ」

「ったく。ボス、監視衛星群より第三種警報要請です」

通信ブースにスイッチを入れ、ディと呼ばれた青年はステーション責任者である地球連合軍中尉クリストファー・エルウィンに嫌々ながら通信を送る。


管制室コントロールからの緊急コールの癇に障る電子音アラームを素早く消し、男がゆっくりと身を起こす。一般的に、ステーション・スタッフは人類の住む全領域をカヴァーする(予定の)物流ネットワーク網の確実な管理・運行、宇宙に於ける遠距離通信の中継、付近宙域航路の治安維持などの諸業務を、年中無休24時間体制で業務に当たっている。よって基地標準時(地球時間準拠)で、このステーションの25名のスタッフは二交代制で業務に取り組むようになっていた。概念的な昼夜は、人間の生理感覚を維持する為に街路照明などを調節して人工的に作り出しており、その男にとっては、今は真夜中に該当する時間であった。

「あぁん?」

不機嫌そうな声で、通信に応じる。二年前のハイヴィスカス戦役開戦当初で上等兵ありながらも、終戦までの1年足らずで一気に中尉まで駆け上った事実(多くの高級士官の戦死が理由としてあったのも一因だろうが)から彼の能力を疑う者はこのステーションには存在しない。だが、その真面目なのか不真面目なのか、よく判らない態度と、上官だろうと官僚だろうと筋が通らなければ、徹底的に食い下がる性格から『狂犬』マッドドッグなどと呼ばれる性格は、スタッフから煙たがられていた。

このステーションに赴任したのも、軍上層部からすれば一種の厄介払いだったが、袖の下が通用しない彼のような男がいる為に、この周辺の治安は最も良く安全なルートだと、貨物船カーゴシップの運転手や民間企業からは厚く信頼されていた。事実、どのような情況に対しても沈着冷静に対応できるクリスは、ステーションのスタッフの大半から好かれてはいなかったが、信頼されている有能な男であった。

『ですから、監視衛星群より第二種警報要請コンディション・イエローです』

その言葉にクリスは寝台から跳ね起き、部屋の椅子に掛けてあった衣服を手にし、迅速に身に着け始める。

「1分で管制室に行く。現況を報告しな」

『監視衛星群より、CAコンバットアーマーと思われる未確認機アンノウンの位置は本ステーションより35000。…………こちらに接近してきております』

「何だと!!」

 若い管制官の報告に、クリスの表情が一変する。

「バカ野郎!!テメェの椅子に給料払ってるんじゃねぇぞ!!」

35000という宇宙における「超至近距離」にも関わらず、全く緊張感のない経験の浅い管制官の様子に怒声を浴びせる。

管制コントロール、すぐに付近の探査衛星に未確認機アンノウンの現在位置を探らせろ!それと監視衛星群全てに緊急事態エマージェンシーだ。付近宙域に母艦マザーシップがある可能性が高い。さっさと探させ!!」

『は、はい!!』

狂犬の怒声に、管制室で姿勢を正す青年の顔が浮かぶも、ゆっくりはしていられない。ズボンを履いたところで、上着を手に持ち、駆け足で管制室に向かう。このステーションの最上位者であるクリスは好きな部屋を選べたが、管制室から一番近い物置を改造してまで、自室としていた。これは根っからの軍人であるクリスの気質でもあり、何でも合理的に考える彼らしい選択であったといえる。

管制室に彼が自室を出てから30秒ほどで顔を出すと、管制室に詰めていた2名の管制官が青い顔をして敬礼で迎える。本来であれば、彼らの勤務態度を怒鳴り散らすところだが、彼らは軍人でもなければ出稼ぎワーカーでもない。更正の一環でここにいるのである。怒鳴っても仕方がないと判断、クリスは先ほどと打って変わり「状況を説明しろ」とだけ短く云う。

「はい、監視衛星C−7号の光学望遠カメラが未確認機アンノウンを捉えました。望遠最大、メインスクリーンに出します!」

ステーションの管制室前面に広がる200インチ級の大画面にコンピューターによって補正された、少しばかりぼやけた映像が浮かぶ。その中に、黒一色の何処かずんぐりとした印象を与える、全高8m前後と思われる機体――CAが一機、映っている。

ぼやけた映像からは、特筆する特徴が見出せず、全く正体不明の機体である。

「ディ、あの機体の照会できるか?」

「ROD機動兵器年鑑に、類似CAの登録ありません。未登録機種アンノウンです」

「まさに正体不明アンノウンかよ」

頭を掻きながら呟くクリス。

その呟きの間にも未知の黒いCAは加速度を増し、ステーションに向かって進んでくる。

「通信は?」

駄目ですノー・コール! IFF(敵味方識別反応)も反応ありません!!」

「電波状態を報告」

「状況、クリア!ステーション周辺監視衛星群とのリアルタイムリンクは…………いえ、通信途絶です!!…………畜生!ガッデム 通信中継衛星Cが未確認機アンノウンに破壊されました!!」

ディが怒鳴る。たった三人しかいない管制室に大声で状況を報告する必要はないのだが、戦争を経験した事のない彼にとっては、こういった襲撃は初めての経験なのだろう。貧相な装備の宇宙海賊のCAとは一線を画している黒いCAに、彼は明らかに飲まれていた。

(かくいう俺も二年前まで童貞だったけか)

その青年の様子にかつての自分を重ね、微苦笑を浮かべるが、すぐに表情を引き締め、指示を飛ばす。

「これより未確認機アンノウン敵機ボギーへ変更。現時刻よりクリストファー・エルウィン主任管制官の権限をもって第一種警戒態を発令する。総員に通達しな、急げよ」

そこでクリスは先日、僚友のオフレッサーから聞いた火星航路を襲撃して回っているCAの話を思い出した。宇宙海賊だか金星AIだかが独自に開発したCAで、奴らは通商妨害による人類経済圏の破壊を目的にしている、などという与太話であり笑い飛ばしてしまったが、現実に目の辺りにし、思わず寝癖のついた頭を掻く。

(噂にも一縷の真実があるか……だとしたら、軍の情報部は何やってんだ? 知っていたが情報を伏せていた? それとも、都市伝説が事実になったか?)

ええ〜いと舌打ちし、すぐに思考を眼前の事態への対処へと傾ける。第一種警戒態発令という明瞭な命令が下った瞬間、動揺していた二人の管制官は一気に冷静さを取り戻し、ステーションのスタッフに次々に命令を伝達していく。

これはクリスが赴任してからの10ヶ月の間、月二回の定期訓練で徹底してシゴイてきた成果ともいえる。とりあえず、ステーションの人的機能が稼動する事を確認し、次なる対策へと思考を傾ける。と、そこへステーションの次席責任者兼事務長であり、さらにハイヴィスカス戦役からクリスと行動を共にしている(というより、同じ任務地ばかりに異動させられる、腐れ縁の)ヤン・スィン少尉がクリスの傍に駆け寄って来た。

「中尉、第一種警戒態の発令と聞きましたが――」

その通りだライト

「クリストファー・エルウィン中尉、第一種警戒態の経費をご存知ですか? 通常時の8倍もの経費が掛かるのですよ!?」

「金勘定は後だ。監視衛星の一部が破壊された。無視できん」

「監視衛星が!? は、破壊ですって!? ど、ど、どれですか?」

『ヤン・スィンはいい奴だが、それに経費やら資材やらが加わると、途端に頭を抱えて喚きだすのが欠点』とはクリスの言だが、彼の滅茶苦茶な訓練やら哨戒スケジュールを可能にしていたのは、この中年のチビで、メガネで、禿げたヤン・スィンの力に拠るところが大きかった。とはいえヤン・スィンは、どうにも予算やら資材らに五月蝿く、決断力に欠けるきらいがあり、平時では有能だが戦時でのお荷物を地で行く、戦闘には全く向かない男であった。

「そいつは後で調査リサーチする、戦闘後にゆっくりな。宇宙戦闘は接近を許せば、10分からでケリが付いちまう。二階級特進しての恩給欲しさに、死ぬつもりはないんでな。悪りぃが経費ケチらずにいくぞ」

薄い笑みを浮かべ、頭を抱え失神しそうな同僚に視線を向ける。

「け、ケチらずって、何するつもりです、クリストファー・エルウィン!?」

「派手に戦闘ドンパチするってことだ。ディ、全通信回線オープンだ」

了解ヤー、と応じる管制官。制御卓コンソールの通信マイクを手繰り寄せ、クリスが大きく息を吸う。

「目ぇ覚ましたか、忠勇なるクリハラ・ステーションの勇者諸君! 早速で恐縮だが、現在、本ステーションは所属不明CAによる襲撃の危機に晒されている。由々しき事態だ。このステーションをぶっ壊されたりしたら、生き残っても減棒一年、いや二年は固い。もちろん、ボーナスはカットだ。――だが諸君、安心したまえ。今日まで私の厳しい訓練に耐え抜いた君たちだ。最悪でも全員の命だけは保障してやる。ハラァ括って弾けろ、オレが責任を取ってやる。諸君の勇戦を期待する、以上オーヴァー!!」

「ぁぁぁ」と力なくうなだれるヤンを尻目に、クリスは委細構わず嬉々と指示を飛ばしている。いつだったか、陸戦隊のオフレッサー大尉が、クリスをこう評していた事をヤンは思い出す。

『クリスの野郎は、乱射魔アッパーシューターなのさ。射技がAでも、自制がきかん奴は陸戦隊にゃいらんよ』と豪快に笑っていたが、こうやって実戦の場にきて、その言葉の意味がよく分かる。いや、知っていた。『狂犬』の渾名は伊達でも酔狂でもないのだ。

平時であれば、『狂犬』クリスは部下から嫌われるが、非常事態に於いては『狂犬』クリスは部下たちに自信と安心感を与える。正に獣めいた彼の戦闘指揮によって、死線を共に潜り抜けてきたヤンは、「経験を以って」諦観を友にする道を早々に採った。もはや誰もクリストファー・エルウィンを止められない。

うなだれるヤンとは対照的に、実に二年ぶりの実戦に口の端を歪めるクリスは、人の神経を刺激する第一種警報発令の甲高い金属音に、文字通り、手を叩いて喜んでいた。その様子に二人の管制官は「狂ってやがるクレイジー」と口中で呟いている。

平時では、精々並みの上程度の指揮官ではあるクリスであったが、その資質が真に輝く戦時中はまるで別モノであった。類稀な軍事的才能、それがクリストファー・エルウィンには備わっているのだ。ゆえに、彼は全艦隊の七割が壊滅したハイヴィスカス戦役の激戦死闘で鬼籍者の名簿に名を連ねる事無く、ここまで生き残ってこれたのだ。

無論、それを「運」と称する輩もいるだろうが、彼を知る者は一度たりともクリストファー・エルウィンが幸運の女神に事態を委ねた事のない事を知っていた。

こうして『テラ・ツー戦役』に突入する前の幕間劇、それが始まった。



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