4章−第2幕 予兆
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『地球連合宇宙軍 未確認敵性機動兵器 仮名称【黒騎士】』
全高約10m。他、一切の性能諸元及び素性不明。
宇宙暦308年8月17日のクリハラ・ステーション襲撃事件を含む、5つの中継ステーション襲撃破壊、及び、同年9月14日の巡視艦ガンドレイク襲撃に使用された機動兵器であると思われる。
高機動射撃を主戦法とするデータがあるが、ガンドレイク搭載CA部隊との戦闘に際しては、槍のようなユニットを打ち出し、OSを混乱させたとの報告もある。
完全充足状態の一個機動兵器中隊と伍するだけの火力と防御力を搭載している。また、基本コンセプトが機動能力優先と予想できるが、その機動性能を活かしきる操縦者の技量を特記すべきと考える。
だが真に機動兵器史に残る当機の特徴として上げられるものは、機動兵器として群を抜いた電子戦闘能力を持っているという事である。先述にあるよう、槍ユニットによる電算機群への侵入は、これまでの調査では痕跡を発見できていないが、クリハラ・ステーション襲撃の際に機動兵器によると思われるハッキングが報告されている。
もし、上記の報告が事実であれば、仮称【黒騎士】は単機での基地攻撃すら可能となるSMW(戦略級機動兵器)の先駆けとして評価する事が可能である。
クリスらはユリシーズのメインスクリーンに映し出された、連合宇宙軍からの重要機密情報を皆で眺めていた。通常の艦橋要員の他に、マリー・ラッセル女史や、ブロス・シモンズ軍曹、それにウランフ・オフレッサーが顔を見せている。オフレッサーはともかく、ブロスやマリーに見せていい情報ではなかったが、情報取扱責任者であるクリスは、まるで気にしていない様子である。
映像は、CGによる予想戦闘図や、数値的データなどに移り変わっており、しばらくは終わりそうもなかった。ちなみに、ヤン・スィンはクリスの行動に目ん玉をひん剥いて怒り狂っていたが、オフレッサーの少し静かにしろとの脳天チョップで、医務室に運び込まれている。
「そういや、ラッセル女史の会社はCAを作ってるのか?」
「残念ながら。現状はアーミテーゼ社と提携して、中型以下の航宙船舶市場に参加しよう、というところです、艦長」
「なるほどねぇ。でも、こういった情報ってお金になるんだろ?」
「どうでしょう? 軍もバカじゃないでしょうし、CAメーカーに情報を提供して、技術的に可能かどうか聞いているんじゃありません?」
「なるほど、なるほど。ブロスの感想は?」
艦長席で寛ぎながら、傍らの女史からCA隊長に質問の矛先を変える。
「実際に闘り合ってみただけなんで、数値的な所は分らないですが、パイロットの腕が半端じゃないのは確かですよ」
「……無人機、って可能性は?」
僅かな躊躇の後、クリスは予てから自分が思っていた疑念を口に出してみる。もし、無人機であれば金星軍である可能性が一気に跳ね上がる。だが、それとは裏腹にブロスは明確に否定をした。
「その可能性はありません、艦長。これでもハイヴィスカス戦役じゃあ、無人機どもと何度も闘り合いましたが、その、なんですか。気合っちゅうか、殺意っていうか、そういうのが無人機にはないんですよ」
「この黒い奴には、ソレがあった?」
「間違いなく。なんなら、他の連中に聞いてもらってもいいですよ」
「いや、それには及ばんさ。なるほど、人が乗ってるってことは、食料も必要だし、報酬も必要だわな」
人は一人で生きていけない。それは別に概念的な事ではない。生きていく為に必要な物資を自給できる人間など、この人口150億人の人類の中で誰一人もいない。ならば、それらを運用する人間がいる。あのCAは特注だろう。ならば、整備に10人は必要だ。そして、それを運ぶ艦船、そこには貨物船でも最低10人は必要。そういった思考で、理詰めをしていけば、いづれ真実に辿り着く。クリスは、遠く離れた情報部の長バラゾール・カークと同じ発想をする事ができた。もし歴史に仮定が許されるのならば、現時点でクリストファー・エルウィンにカークと同じ情報があれば、ひょっとしたら「テラ・ツー戦役」を防げたかもしれない、天才的先見性。後世の歴史家が例外なく思いを馳せる、もしの歴史――その歴史的ロマンを感じさせるだけの識見を彼は持っていたのである。
「どうする、クリス? 一通り、習熟航行も終わるし、一旦、グラナダに戻るか?」
オフレッサーの太い声が、クリスに掛けられる。
巡視艦ガンドレイク襲撃事件にこそ巻き込まれたが、その後は何事もなくユリシーズは当初の目的の襲撃されたステーションの調査と、習熟航行スケジュールを消化していた。
その報告など通信で送ればいいのだが、特段、新任務の連絡もなく、また20日に及ぶ航海は多少なりとも乗員にストレスを与え続けており、それがクリスの懸念事項でもあった。
「休暇と艦の整備を兼ねて、一旦グラナダに戻るか」