3章−第4幕 黒き爪あと
※ 4 ※
「あの不沈艦を沈めるとはやるな」
ユリシーズの機動兵器部隊長に就任したブロス・シモンズ軍曹は、モニターに映ったガンドレイクの残骸を前に、呟きを洩らす。ガンドレイクの救援信号を受けて現場に急行したユリシーズであったが、最大戦速で戦場に向かったが結局到着したのは、駆逐艦ガンドレイクが爆沈して553分後のことであり、そこに敵の姿は残っていなかった。クリスは迅速にブロスらに生存者の捜索を命じ、クリス自身も連絡艇に乗って捜索に参加している。
シャニアテック社の主力CAであるELM−03《ドライ》に騎乗するメンバーの多くは、このガンドレイクに乗って哨戒任務に参加した事があり、それだけに衝撃は大きいようであった。
『隊長、CAの残骸ありました?』
「いや、見てない」
『サリュー・スタン率いる《蒼雷》部隊が全滅ってのは信じられませんね』
副隊長格のシェリィ・チェスターコートが呟く。外見は非常に大人しい女性だが、その内面は超攻撃的という変わった女性兵であった。
『あのオッサンのことだ、勝ち目がねぇと思ったらすぐ退却したんだろうよ』
古参隊員のジン・ディスクンが通信に割り込む。
『あのオッサンの部隊が全滅ってのは妙だな、確かに』
『だとしたら、航路に逃げた可能性が高いな』
「一応、スィンに周辺航路に救難信号が出てねぇか、確認してもらえ」
『了解』
『しかし、目的はなんでしょうね? 巡視艦を沈めて喜ぶのは海賊くらいじゃないですか』
『あれだ、宇宙海賊が連合して、腕利きのCAパイロットを傭兵として雇ったんだよ』
「あの貧乏海賊連中が護衛で雇ったんならともかく、襲撃に雇うにゃ、動機が弱いな」
『隊長の云う通りよ、DX。もう少しお考えなさいな』
『〜〜〜!! チェス、考えなしはテメェだろうよ、この乱射魔が!』
『なんですって!? 聞き捨てならないわね、DX。言うに事欠いて、私が乱射魔ですって!?』
まるで冗談の様な会話を繰り広げている面々であったが、それぞれの目は油断無く周囲を警戒していることを、ブロスは知っていた。一人一人の腕前はA級揃いのサリュー・スタン率いる《蒼雷》に劣ってはいるだろうが、チームとして戦闘する限り、決して引けをとらない事を、ブロス自身確信していた。クリストファー・エルウィンをして、作戦指揮を全面的に預けられるレベルを誇っているのだ。飛び抜けた実力を持たない凡才の集団だからこその強みがある。
それはクリハラ008・ステーション襲撃の際の迎撃でも発揮された。こちらのCAの機動性能を遥かの超えた敵機に対し、彼らは数に勝っていたとはいえ互角に立ち会ったのである。ブロスの部隊の強さ、それには様々な理由が挙げられるだろうが、その根幹にあるのは「生への渇望」である。そして、生き残ってさえいれば、クリスが戦況をひっくり返してくれると確信しているのであった。
現状、ガンドレイクの残骸の中に対する探査に対して、各種センサーに反応はなかったが、念の為にと肉眼での対宙監視の実施しを隊員に命じていたが、どうやら生存者はいないらしいとブロスは判断した。
その時だった。
『どうしました、隊長?』
「いや……」
僅かばかりの逡巡。そして、決断。
ブロスは己の直感に従う事にし、通信回線をユリシーズ艦橋に繋げる。
「ブロス機よりCC(中央管制)。悪いが火星方面に探査衛星を出してくれ」
『こちら、ヨハン・シュナイダー少尉です。シモンズ軍曹、お話は了解しましたが、何かそちらに反応が? こちらのセンサーには何の反応もありませんが?』
「すまんな、少尉。……理由はないが、気になるんだよ。頼む」
探査衛星発射の依頼にしては、曖昧極まりない理由であったが、若き青年士官ヨハン・シュナイダーはその判断に異を唱えなかった。士官学校卒業して以来二十数回を数える宇宙海賊との戦闘に於いて、艦船戦闘では素人であるオフレッサーの助言によって、何度も勝ちを拾ってきた経験があるヨハンにとって、異を唱える事はできなかった。
『了解、副長の許可を頂いた後、発射します――理由は、まぁ、こっちで考えますので』
「よろしく頼む」
ほどなくして、ユリシーズのリニアカタパルトから探査衛星が射出される。あの若い青年が守銭奴で知られるヤン・スィンをどう説き伏せたか興味があったが、それよりも先に探査衛星との回線を自機とリンクさせる。モニターレーダーの縮尺が一気に大きくなる。通常のCAの探査レーダーでは500キロ程度だが、探査衛星とリンクさせることによって10万キロ単位の情報を収集することができるようになる。
『シモンズ軍曹、探査衛星を射出して、現在調整をして……ザ……なんだ?……ザザ………………ガ………………しらべ………………………………ガガッ』
突然、通信が途絶える。ユリシーズとの通信回線表示にcloseランプが点滅する。
「ECMか!?」
『隊長、ユリシーズの通信回線が切断!』
『なんだってんだ!? 敵襲か!?』
守秘性の高い近距離レーザー通信で回線維持をしている僚機との通信は維持されているが、どうやらCA部隊とユリシーズとの回線が途絶してしまったらしい。それと同時に、探査データのリンク群も一斉に沈黙する。
『…………いいえ、隊長! これはECMじゃありません!!』
不意に若い女の声がコクピットに木霊する。部隊では最年少のナラセ=フォンの声が通信音声で入ってくる。
「ナラセ? このジャミングの中でどうやって通信を繋いだんだ?」
レーザー通信の欠点は直線で繋がっていないと、回線が維持できない点であった。よって、必然的に距離が遠くなればなるほどピンポイントでの通信が必須となり、その結果近距離のみの通信方法となっている。だが、ナラセからの通信は電波による通常通信であったのだ。
『で〜す〜か〜ら〜、ECMじゃないんですってば!』
「ECMじゃねぇってどういうこった?」
『ハッキングです。探査衛星の回線からユリシーズにEC(電子戦)を仕掛けられてるみたいですよ』
「EC?」
『はい、こっちのOSに回線途絶寸前にハッキングを受けました。ハッキングを受けたのは、数秒だったと思うんですが、被制圧率は6割を超えました』
「…………金星人でも雇ってるってのか?」
『回線途絶はおそらくハッキングを防ぐためかと…………』
「だろうな」
ハイヴィスカス戦役に於いて、戦力に勝る地球連合軍が劣勢を強いられたのは、空間跳躍と、その卓越した電子制圧能力であった。冷徹なまでの慣性の法則が支配する宇宙戦争に於いては、人類はコンピュータの支援なくして戦闘行為はおろか進路すら定められない。
結果、火力ではなく、電算機群の制圧を以って宙戦を制する高度な情報戦争も勃発したのである。無人艦隊の運用や、空間跳躍技術という、既存の地球圏にない技術が注目を集めたが、結局のところ、勝敗の大部分を決したのは、この電算機群のハッキングによる無力化が、連合宇宙艦隊の敗北へと繋がったのである。
当初、このECは金星の高度なAIによるものだと思われていたが、幾人かの人間がECに限って参戦している事が判明したが、終戦後、その人物らを捕らえることはできず、《魔術師》《回遊魚》《指揮者》《銀の雲》《AAA》《シュガー・シュガー》など約10名の戦犯が挙げられていたが、その正体、あるいは実在の人物かどうかも不明のままとなっていた。
今回にしても探査衛星回線に電光石火の早業で入り込み、一気にユリシーズの中枢電算機群のハッキングを仕掛けてきたのである。地球圏にも凄腕のハッカーは存在するが、金星のハッカーに比べると腕の差は歴然である。軍用コンピュータに対する、この手際はハイヴィスカス戦役で何度か相対した金星人の影が見え隠れする。
結局のところ、技術的に防げないハッキングであれば、物理的に回線を遮断するしかない。現に、二年前の戦場でも連合宇宙艦隊は回線を遮断し、ハッキングを防ぐ事に成功をしたが、通信が著しく制限された艦隊は連携を欠き、結果、各所で大敗する事なったのだ。
(どうする? ユリシーズはしばらくハッキングされた電算機群の復帰で足止めは間違いない。守るか、攻めるか?)
ユリシーズとしては不確定要素がある限り、外部回線との接続を計画する筈だ。そうなれば母艦との連携を欠いた情況での戦闘を強いられるが、それは避けたい所であった。そこへ、通信が入る。
『こちら、クリスだ。艦外活動が功を奏すとは思ってなかったが、運はこっちにあるな。ブロス、全機帰還だ。あちらさんは逃げたがっている。現状を考えれば、追撃するより他の救援が到着するまでの周辺宙域の支配維持だ』
「了解、全機帰投します」
ユリシーズ艦長の言葉に、ブロスはあっさり従う。年少の、この三十路将校の采配は常に凡人の百歩先を見ているのだ。クリストファー・エルウィン指揮下である限り、ブロス・シモンズのCA部隊に敗北の二文字はないと考えていた。
詰まるところ、最後に負けてなければ、それは敗北ではないのだから。