3章−第3幕 黒き機動兵器
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|《黒》(ノワール)のコクピットディスプレイが、標的から出撃してきた機動兵器を映しだす。その数は9つ。
それを見て、レイヴンは口の端を歪める。
敵は3機一小隊の基本編隊を組んでいたが、統制のとれた無駄の無い機動で|《黒》(ノワール)の予測機動路を封じていく事から、相当鍛え上げられた部隊だと予測できる。
彼我戦力差は、3対1。
一般的に考えるならば絶望的と表現しても過言ではない戦力差だ。
「……CAの相手をするな、突っ切れ」
僚機に通信を送り、加速フットを踏み込む。機体は主人の命令を忠実に実行し、白い軌跡を虚空に描きながら、爆発的な勢いで飛翔を開始した。
それが戦いの合図となった。
|《黒》(ノワール)部隊の戦闘機動開始と同時に、それまで包囲機動を採りながらも攻撃に移らなかった迎撃機動兵器部隊が砲門を開く。
集中する火線。
やはり手練だと感じる。無駄のない火線だ。
だが、その火線も漆黒の機体に傷を付ける事は敵わない。
機体を水平に不規則機動させ集弾率を甘くさせつつ、だが機動の軸線自体はずらす事無く突進する|《黒》(ノワール)の一群。
その先には密集隊形をとって、濃密な射撃を仕掛けてくる迎撃機動兵器部隊。
我知らずのうちにレイヴンは機体を更に加速させる。
ランダム機動を行ってるにも関わらず、確実に火線の3割程度が機体に追従してくる。 熟練された連携といい、地球連合軍でも腕利きの部隊なのは間違いない。真正面でぶつかれば、ひょっとしたら敗北をするかもしれない。が、回避に専念する限り、機体の性能差で振り切れると確信していた。
火線の雨を潜り抜け、爆発的な加速でCAの一群に突っ込む。
幾発かの直撃がコクピットを激しく揺さぶるが、その口元には禍つ笑みが浮かぶ。 そして視界の端に映った敵集団との彼我距離を示したカウンターが100を切った時、レイヴンは唇を舐め|《黒》(ノワール)の特殊装備を使用する。
外装ユニット――通称Vアンカーが爆発するかのように四散し、装甲の内側に仕込まれていた20発近い「モリ」を発射する。 強制侵入による制御不能を目的にした特殊武装である。そもそもの目的は金星無人機動兵器AIの破壊を目的に開発された最新武装であり、実験段階のものであったが、|《戦争狂い》(ウォーモンガー)に武装を提供した彼らは実戦投入レベルまで完成したものを所持していたのである。
このVアンカーこそが、これまでステーション襲撃を成功させた武器であり、敵兵器を無力化する秘密兵器であった。「モリ」と呼称されるユニットには、『仮面舞踏会』と称されるハッキングソフトが走らせるハードが内臓されている。これは、OSに「モリ」こそが上位命令だと誤認させる事により、自由な機動を奪うものであった。開発者は|《AAA》(ノーネーム)と呼ばれる凄腕ハッカーらしいが、その存在自体が疑わしく、まさしく正体不明であった。
かくして3機の|《黒》(ノワール)は、急に連携の取れなくなったCAによる防衛線を高速で抜けいく。懐に飛び込んできた敵機を追従するには、高度な即応性と連携が必須であったが、数機が制御不能となり、彼らの陣形が崩れる為、それは不可能といえた。それでも、各機が個別に格闘戦を挑む事は可能であったが、単機でのCA性能が劣っている点と、そして漆黒のCAの搭乗者の腕前を認めていた彼らは、戦闘を回避する選択をした。
ここをほぼ無傷で突破した3機の漆黒の機体を、ガンドレイクが迎撃できる可能性は低い。サリュー・スタンは、すかさず制御不能となった僚機の補助を部下に命じ、至近の航路に向かってブースターをふかした。高い確率でガンドレイクの交戦信号を受けた友軍が来る事を見通しての行動であり、彼自身、このまま宇宙を漂流するなど微塵も思っていなかった。
「コイツは兆倍にして返すぞ、黒んぼ……」
ハイヴィスカス戦役でも味わなかった完敗の屈辱に、雪辱を誓うサリュー・スタンであった。