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元魔王の碧眼勇者  作者: 刹那END
第1章 「碧眼の勇者」
6/20

05話 「悪魔」

「もし、卵を盗んだ犯人が勇者じゃったとしたら……――――龍王は人間界を潰しにかかるかもしれんのう」

「そんな……」

「そうならないように君もちゃんと勇者としての仕事を考えながら、行動するんじゃよ」


 釘を刺して、赤ん坊は鉄の柵でできた扉を開けて出て行った。

 その後に続くように二人も部屋を出て行ったが、男だけは扉の外で見張り役を担った。



 先ほどまで寝ていた為か眠気はなく、拘束されているので何もできない。

 暇なので口の悪いサングラスの男と話そうと思ったのだが、その話題で先ほどの怒りを露わにした“奴ら”という言葉について触れていいのか迷っていた。

 面倒くさい話に繋がりそうな気もするが、聞かないと後々もっと面倒くさいことに繋がりそうな気もする。

 とりあえずは軽い会話から入ることにした。


「いつになったらこれ外してくれんですか?」

「さあな。とりあえず大人しくしとけ」


 男はあまり自分と話がしたくないようで、会話を広げるようなことはしない。

 それに質問に対するちゃんとした答えを言う事もなかったところを見ると、気絶してから一体どれくらいの時間が経ったのかなどと言う事は教えてくれなさそうだ。

 彩音が目覚めるまではこの拘束された状態が続きそうである。



 ところで本当に幽霊だというのならば、この男は生前何をしていたのだろう。

 ヤクザか暴力団か、そのどちらかだと思ったが、それだと先の話によると、地獄に落ちてしまうらしい。だったら、その可能性は低かった。

 考えていても仕方がないので、答えてくれないかもしれないが聞いてみることにした。


「死ぬ前は何してたんですか?」

「別に敬語とかそういう気は使わなくていいぜ? どうせ、俺らは兄ちゃんに対してヒドイことしかできねえんだからな」


 その発言からすると、拘束などの酷い事をしているというのを男は申し訳なく思っているようだ。


「兄ちゃん、名前はなんて言うんだ?」

「瀬口(つかさ)

「ふーん。つかさ、か。俺は塩谷(しおや)(あきら)。こんななりだが、生きてた時はただの幼稚園の先生だったぜ。こっちは子ども好きなんだが、子供の方はそうもいかなくてよ。目つきわりいし、子供の親も怖がってた。だから、伊達メガネとかかけてたんだが、それでもダメだったな」


 自分を鉄の柵でできた扉の向こう側から見張っている塩谷は、本当はとても優しい人なのかもしれない。

 見た目からは想像もつかない回答に少し驚いていると、塩谷もそれを感じ取ったようだった。


「なんだよ。俺が幼稚園の先生やってたのが、そんなにいけねえことか? ビミョーな顔すんじゃねえよ」

「いや、身なりから想像できなくて……」

「ヤクザとか、そんな組織の奴だとでも思ってたか?」


 まさに図星で何も反応できない。


「さっきも言ったが、死んだら俺たちみたいな幽霊になる連中と、ならない連中と、もう一つの種類になる奴らがいる。そいつらは人間の時に完全に人の道を外れた連中だ。だから、輪廻転生できず、幽霊にもなれず、血と肉を剥がされる壮絶な痛みを味わって、魔界で獣の類になる」

「……骨だけになるってこと?」

「そうだ。だから、生きてるうちに悪いことばっかすんじゃねえぞ。それにな、つかさ。お前が勇者ならそいつらと出会うことがあるかもしれねえから言っとく。今のそいつらには絶対手を出すな」


 最後の言葉は、塩谷の経験則から発せられたものだろう。

 何故かはわからないが、塩谷の怒りが“今のそいつら”と何らかの関わりがあると、そう思った。


「局長の言ってた“奴ら”って言うのも――――」


 良がその事に触れようとしたその瞬間、彼らのいる建物の一部が爆破されたかのような轟音が鳴り響き、同時に二人を地響きが襲った。

 彼はバランスを崩しそうになってベッドの上に手をついた。

 天井が崩れ落ちてこないか心配で上を見上げてみたが、その様子はないので、すぐに視線を塩谷の方に向ける。

 すると塩谷は既に見張り役というその持ち場から離れようとしていた。


「いいか。そっから動くなよ」


 そう言われても、ここに連れて来られた時から拘束されていて動けない状態だ。

 それより、拘束されて逃げられない状態で建物が崩れでもしたら、即死は避けられない。

 その時の対処法を教えてもらう前に、塩谷はどこかへ行ってしまった。









 塩谷は良に話していたとおり、生前は幼稚園の先生をしていた。

 目つきの悪い塩谷は園児の保護者から陰でヤクザとも呼ばれ、怖がられていたが、園児からの評判は良かった。

 普通の生活を送っていた彼だったが、不運にも大きな事件に巻き込まれ、三十五歳という若さでこの世を去り、幽霊になったのは二年前とまだ浅い。しかし、塩谷は今、幽霊という魔界の中では弱い立場にある種族の重要な役職に就いていた。

 幽霊が住んでいる地区の治安維持局、いわば警察の職員だった。



 彩音と良が連れて来られた場所は紛れもなく、塩谷が勤めている治安維持局の本部の建物だった。

 そして、今まさに幽霊という種族を脅かす者たちが建物の一部を爆破させた。



 幽霊は魔界にいるどの種族よりも魔力の量が不足している。魔界での魔力は、人間世界での電気と等しい。

 魔界は空気の約半分を魔力が占めており、それを吸収することで、魔界で生活していける。

 しかし、幽霊はその量が最低限生活することのできる量しか吸収できないので、ほかのことに魔力を使うことができない。

 対して、霊類の中でも上位である精霊、所謂、妖精と呼ばれるものの類は吸収量が多いため、最低限の生活できる量を超えて吸収された魔力を自由に使うことができる。

 その為、幽霊は魔法に頼ることはせずに、人間だった頃と同じように自分たちで電気を作り、機械を動かしている。


『ザ――――……こちら……ち、治安維持局建物……せ、正門前』

「何があったんだ!?」


 耳に付けたイヤホンから聞こえてきた声に反応する塩谷は焦燥感漂う表情のまま、良の拘束していた部屋の前から離れた後、休むことなくずっと足を動かし続けている。

 そのまま地響きと轟音の原因の場所まで動かし続けると思われたその足は、耳に流れ込んできた声を聞いて、止まった。


『もういい。大丈夫だ。こんなお粗末な機械を通信に使ってるからこうなる。簡単に傍受させてもらった』


 拳を強く握りしめた塩谷の表情が一瞬にして、怒りに染まった。


『や、やめ……やめてくれ……!』

『いいよなあ、お前らはその身体で。血と肉の入り混じった美しい肉体――――が、俺にはもう必要ない。その身体も、お前も』


 次の瞬間、何かを圧し折るような音が聞こえ、塩谷の頭の中では仲間の首が折られる光景が想像され、自らの奥歯を噛み締める。


『用済みだ。魂を回収しろ』

「何をやってる……!?」


 再び足を動かし始める塩谷の質問に、たった今通信を傍受し、仲間を殺したであろう男が応えた。


『何をやってる? 今、お前の仲間を殺したところだ。それとも、俺がこれからやろうとしてることを聞いてるのか? 俺の目的は死ぬ前から変わってない。その俺がすることだ。容易に想像できる』

「黙れ! お前の話には飲まれねえぞ。建物の中に一歩でも入ってみろ!? 今度こそ、てめえらを消してやる!」


 声を荒げる塩谷だったが、それは全て相手に見抜かれていた。


『やけに強気だな。俺に対する恐怖か? 困惑か? 冷静な対応ができてない。こうなると、俺の目的まで危うくなりそうだ。先に伝えておいたほうがいいな――――そこにいる勇者の女を渡せ』


 地鳴りがしそうなほど低い声と共に、渡さなければ殺すという殺気も込められたその言葉は、これまで以上の恐怖を塩谷に覚えさせ、冷や汗が滲む。

 この男なら何をしてもおかしくはないと、塩谷は過去の体験から分かっていた。

 そう。塩谷は以前に通信相手の男からの襲撃を受けた。それも一度ではない。一度は生前。そして、一度は魔界。魔界で襲撃を受けた時、男を追い払ったのは紛れもなく要求された勇者の少女である彩音だった。


「……仕返しのつもりか?」

『いいや。私怨ではない。ただの依頼だ。だがやむを得ず殺してしまっても問題はないだろう。やるなら確実にお前らを潰すつもりでやる。どうだ? これ以上無駄な犠牲は出したくはないだろう?』


 足を止めずに正門へと向かいながら、必死に考える。

 彩音を渡せば、この建物の中にいる幽霊は傷つかずに済む。だが、彩音は一度、自分たちを救ってくれた英雄でもある。そんな彼女を渡せば、あとで非難を受けるのは、必至。

 いや、そんな事を今は考えるべきではない。

 非難とかそんなものを抜きにして、彼女を渡すのか否かが問題なのだ。

 そうこうしているうちに建物の入り口にたどり着いた塩谷は、正門の方に目を向ける。そして、先ほどの爆発音の元凶である男を目視する。


『答えを聞こうか?』


 目視した男の口元の動きと、聞こえてくる声が一致する。

 塩谷の見た男は皮も肉もない、骨だけで構成された髑髏の顔に一枚の布を着た化け物だった。

 両目があるはずの部分はただの黒い穴があるのみで、どうやって景色を見ているのかもちゃんと見えているのかも分からない。

 そんな化け物に向けて塩谷は親指を立て、その指先を自らの首に向けて横に動かして見せた。


「お断りだ! 彩音はお前らには渡さねえよ!」

『後悔しろ』


 顎が上下に動いて言葉を発し、目玉のあった黒い穴が睨めるように塩谷の方を向いた。

 その瞬間、塩谷は大きく目を見開いて、阿呆みたいに口を空けたままの状態で静止してしまう。


「嘘……だろ……?」


 予想はしていたが、ここまで徹底的に潰しにくるとは思っていなかった。

 骸骨の後ろに同じく骸骨の化け物が、唐突に姿を現す。

 一人ではない。その数は三千にも及び、治安維持局本部を前に全員が口を開けて、ケタケタと笑っているように見えた。

 その骸骨たちは皆、生前に何らかの人の道を外れる所業をした者達。そんな人の道から外れて、人でも幽霊でもなくなった悪魔たちがこれから行うことが人の道を外れていないわけがない。

 この三千にも及ぶ骸骨をここで食い止めなければ、この先にいる幽霊たちが危ない。

 その幽霊たちを守るのが塩谷のいる治安維持局の務めでもある。

 まだ幽霊になって二年。この職に就いて一年と少し。にもかかわらず、彼は治安維持局の中でもそこそこの地位にいる。彼には他の幽霊とは違って力があった。


「……お前のせいで死んじまったんだ」


 目の前に迫る骸骨に恐怖心はある。だが、それを掻き消すほどに彼の中から湧き上がってくるのは怒りだった。

 顔を俯ける塩谷。そして、震えていた足が止まるのと同時にその顔を上げた。


「またお前に殺されてたまるかよ!!」


 その目に映るのは約三千もの骨だけの人間。

 そこで塩谷はある異変に気が付く。

 先ほどまで彼と通信していた骸骨の姿がない。それと共に数人程度の骸骨も消えていたのだが、そこまでは塩谷も気づけなかった。


「あいつどこに……!?」


 気にかけている暇はなかった。三千もの骸骨が動き出した。

 奇声を発しながら走るその姿はまさに悪魔だ。

 その悪魔に対して、塩谷は右手を翳してみせる。

 塩谷が普通の幽霊とは違い、持っていた力というのは、魔力を他の幽霊とは比にならないほどの量を扱える力だった。

 つまりは、大規模な魔法が扱えるということ。


Weith(ウェイス) masfel(マスフェル) slopinoxe(スロピノクス)


 それは良が白い炎を出したときの詠唱と似ていた。似ていたというよりも、前の二つの単語は同じものだ。

 塩谷が足したもう一つの単語によって白い炎がどうなるのか。

 その答えはすぐに分かる。

 奇声を上げながら近づいてくる骸骨たちの足元が次の瞬間、爆発した。

 その爆発は連鎖するように規模を広げていき、三千もの骸骨を一瞬にして呑み込んでしまう。

 手ごたえはあった。普通ならば、これで大抵の敵を蹴散らしてきたからだ。

 そこで彼の頭の中を過ぎったのは普通ではない状況だった。

 つまりは、過去にその魔法では蹴散らせなかった敵。全てを飲み込んでしまうような真っ暗な穴が二つ、浮かんできた。


「ダメだ……」


 彼の言葉通り、爆発の炎の中から平然と姿を現し出す白い影。

 少しも数を減らしていない。

 塩谷の魔法は白い悪魔たちには全く効いていなかった。

 そう。前にも同じように爆発の魔法で対処しようとして、失敗した。そして、また同じ失敗を繰り返してしまう。

 何も学んでいない。

 すぐそこにまで迫ってきている奴らからもう逃げ切ることは不可能に近い。


「……クソが……」


 一度死んで、またその苦しみを今から味わわなければならない。


「クソがぁああああ!!」


 塩谷の叫びは悪魔たちの雑踏によって掻き消された。

 もう一度。効かないと分かっていても、彼はもう一度右手を翳す。もう一度同じ詠唱を口にしようとする。

 すると、後ろから誰かに蹴りを入れられた。


「……!? 何すんだ、この――――!」


 ヤクザ顔負けの形相で後ろを振り返った塩谷だったが、そこにいた人物も同じくらいの怖い顔をしていた。


「アヤネ……!」

「あいつらに火の攻撃は通じないって前にも言ったじゃん!」

「あ、ああ……忘れてた……」

「忘れてた!? ……あのねぇ! 私が来なかったら……! もういい! その話はあと!」


 真っ白なワンピースに黒い刀を携えた彼女は強い口調でそう言うと、塩谷の前に出て、迫りくる骸骨たちの方に目を向ける。


「そこ動かないでよね!? “会心の一撃”ですぐ終わらすから――――」









 何かが爆発したような轟音を聞いて、塩谷が見張りを離れてから魔法を使うまでの間、良は大人しく拘束され続けていた。

 先ほどの轟音からこの建物が壊れないか心配ではあるが、こんな状態では建物から離れようにも離れられない。

 悪い状況ともとれるが、彼は逆に外で起こっている面倒な事に巻き込まれる可能性が低いこの状況を良いものとして捉えていた。

 しかし、それは次の塩谷の魔法による爆発が起こる前の考え方であり、それが起こった後の考え方はまた違ったものになる。

 爆発は建物自体に起こったものではなかったが、規模が大きかったため、その振動は建物にまで伝わっていた。


「なんか……このままだとやばそうだな……」


 自分の身に危険が迫りつつあることを再度、実感するとともに、とりあえず拘束具を壊そうと試みる。とは言っても、足の拘束具を地面に強く打ちつけるくらいしかやり方はない。

 勿論、壊せるわけがなかった。


「無理かぁ……」


 やはり何もせずに大人しくしているしかないと思っていると、彼の目の前に変な生物が現れる。

 小さな手のひらサイズの白い毛の丸い生き物。

 最初はボールか何かかと思ったが、よく見るとピンク色の短い手足も生えているし、丸くて黒い目にピンク色の鼻もちゃんとあった。

 ネズミに似ているが、それにしては丸すぎる。

 つまり、今目の前にいるのはこの世界の生き物。その風貌からして魔獣。

 あの狼人間のような奴と同じ種族ということ。

 それだけで一気に警戒心が高まった。

 くるりとした愛くるしい目は本当は獲物を油断させる為のもので、鼻の下から巨大な口を開けて獲物を丸呑みにしてしまうのではないか。


「モフ!」

「……!?」


 急に変な鳴き声を上げたので、過剰に反応してしまう。


「モフモフ!」


 何かを訴える目をしているが、「モフ」という言語は使ったことがないので、伝えたいことがわかるはずもない。

 そして、何故か白い毛玉は彼の上で飛び跳ね始める。

 さらには長い尻尾で鞭を扱うように彼の体を叩き始める。


「モフ! モフ! モフ! モフ!」

「痛い! 痛! い! いってぇな!」


 獣としての本性を現しやがった。

 今度は執拗に顔を狙い始めたので、うつ伏せになって顔を守ろうとすると、叩くのをやめた。

 さて、食事の時間だ。獣がそう言っているように聞こえた。

 長い尻尾を天に向けて伸ばす。なるほど。その尻尾が大きな口になるのか。


「モッフ!」


 力強い鳴き声を上げたその瞬間、伸ばしていた尻尾を彼目掛けて振り下ろした。

 ガシャンと硬いものが壊れる音と共に、手足が軽くなったような気がする。

 それは勘違いなどではなく、彼の両手足についていた拘束具は粉々に砕かれており、自由に動かせるようになっていた。


「……あれ?」

「モフ!」


 ぴょんぴょんと跳ねる白い魔獣の目的は彼を食べることではなく、彼の拘束具を壊すことだった。


「もしかして……このままだと危ないから、塩谷がお前を寄越したの?」

「モフゥ!」


 そんな事にまで気が回るようには見えなかったが、塩谷の見た目は全くあてにならないので、気の利く人物だということを頭に入れておくことにする。

 なおも飛び跳ねているモフモフは、長い尻尾を振り回して、鉄格子でできた扉も簡単に破壊してしまう。


「お前の尻尾……なんつーか、すごいな……」

「モフッ」


 褒めてはないのだが、白い毛玉は褒められたと勘違いしたようで、彼の肩に乗って頬にすり寄ってくる。

 人懐っこいのは結構で、愛でてやりたい気持ちもあるが、今はそれどころではない。早急にこの建物から離れなければ。

 するとその時、廊下を歩く複数の足音が急に聞こえ出した。遠くから段々近づいてきていた訳ではなく、急に耳に入った。


「シーッ!」


 口に人差し指を当てて、白い綿毛が鳴き声を上げないようにさせる。それが伝わったのかは分からないが、鳴き声は上げない。

 出口横の壁に背中をつけて隠れる。部屋に入ってこられればすぐに見つかってしまうが、それでも隠れずにはいられない。

 足音が明らかに靴のものではない。裸足でもない。

 ハイヒールのコツコツと硬いものが床に当たる音に近い。

 そして、複数の足音が突然速くなり、部屋の前に来た瞬間、ゆっくりになった。


「誰かいるな」


 その声は男性のもの。

 低くて重々しい口調だった。


「あいつか?」


 その声と共に部屋唯一の出入り口から手を入れて壁を掴む。

 良からしてみれば、自らの目の前に急に誰かの手が出てくるのだから、驚かないはずはないのだが、彼は大きく目を見開かせた。


「――――!?」


 思わず出そうになる声を必死に口の中に押し込む。

 彼の見たのは自らの肉の下にも存在する白骨。白骨化した手が目の前の壁を掴んだ光景だった。

 そして、出入り口から顔を覗かせたのは、白骨化した手に相応しい髑髏。

 その目には何もない。眼も脳も。ただの真っ黒でがらんどう。

 幽霊にはなれず、血と肉を剥がされ獣の類になる。

 塩谷の言葉が頭をよぎったが、それは獣というよりも――――



「――――悪魔……!?」



 それを口に出した瞬間、髑髏はこちらを見た。

 皮と血と肉の奪われたその顔は決して仮面ではない。


「小僧。お前は人間だな。何故、ここにいる?」


 質問された事は分かったが、内容は耳に入っていない。

 早く答えなければ、死神の鎌で首を掻っ切られるのではないか。

 何か言葉を口にしなければと思いながら、口をパクパクさせる。

 業を煮やしたのか、骸骨は自らの右手で以って彼の首を掴んだ。


「答えたくない、ということか」


 冷たい金属のような感触が首に伝わった。それによって恐怖は数倍にも増す。

 首元に伸ばされた白い腕を見るのと同時に自らの肩の方にも目を向けると、肩に乗っていたはずの魔獣は姿を消していた。

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