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元魔王の碧眼勇者  作者: 刹那END
第1章 「碧眼の勇者」
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04話 「幽霊」

 自分の足で地上から約十メートルもの高さまで跳ぶことなど、逆バンジーでもしない限り経験できない。

 約十メートルの高さまで自らの足で今まさに跳躍している彼が最初に思ったことは、このままこの高さから着地しても怪我しないだろうかと言うこと。

 それは杞憂だということに彼自身もすぐに気が付いた。

 跳べたのだから、無傷で下りれないわけがない。跳んだ時と同様に無意識のうちに魔力で筋力を補えばいいのだから。


 問題にすべきなのは彼の着地地点にいる怪物だ。

 怪物の様子を見てみると、キョロキョロと首を横に振って目の前から消えた存在を探している。

 自らの頭上を見ようとはせず、勿論、良の存在にも気づいていない。

 既に落下が始まった今、地面までは二秒もかからないので、考えている暇はない。

 黒い刀を素早く逆手に持ち替えて、その切っ先を自らの足元に向ける。


 このまま怪物に狙いを定めて自由落下すれば、力を込めなくとも怪物の馬鹿な頭に刀は突き刺さる。

 もし怪物が頭が良く、わざと気が付いていないフリをしているのだとすれば、刀は怪物ではなく地面に突き刺さり、怪物の鉤爪が彼の脳天を串刺しにする。

 怪物は前者の頭の良くない怪物だったようだ。


 黒い刀の切っ先は脳天に突き刺さり、鍔の部分が怪物の頭に行きつくまで、怪物の体を貫き続けた。

 そして、刀の切っ先は地面にまで突き刺さり、怪物の体を鍔と地面に挟む形で停止した。


 彩音の血が付着していた制服も怪物の頭から噴き出す血によって益々、紅く染まってしまった。

 顔にも大量の血が降りかかる中、良は一向に両手で持った刀を放そうとはしなかった。


 本当にこれは自分がやったことなのか、実感が湧かない。

 今目の前で起きていることが現実のなのかわからない。

 夢の中の出来事ならば痛みは感じないはずと頬をつねってみたが、どうしようもないくらいに痛い。

 夢ではなかった。


 頬をつねった時のぬるっとした感触で改めて自分が血まみれであることに気付く。

 両手にねっとりと付いた血を見ながら、良は思い出した。彼の手は彩音の血でも真っ赤に染まっていたことに。

 急いで彼女の元へと駆け寄る。

 息はしているが未だに血は出ているようで、ポケットの中のハンカチで、傷口を押さえた。


「どうすりゃ……出れるんだ……?」


 彼女の呪文でしか、魔界と人間界の中間のこの空間には来ることもできない。

 ならば脱出方法も同じ。彼女に呪文を言ってもらうしかないのだが、彼女は起きないだろうし、起きてもちゃんと会話できるのかすら怪しい。

 しかし、このまま何もしないでいても彼女は衰弱していく一方だ。


「だったら、ここにいる他の勇者を探すしかないか……」


 彩音の力に頼れない今、自分の力だけでは絶対にここから出られない。

 ならば、この空間に来れた他の人間を探すのが今の状況では一番良いと考えた。

 その際に気を付けなければならないのは、勇者ではなく、先のような怪物に鉢合わせすることだ。


 怪物を串刺しにして地面に突き刺さった刀を抜くのはあまり気が乗らないので、彼女の手にしていた刀を鞘に戻して持っていくことにする。

 決して彼女の体重が重いとかそんな事を考えていた訳ではないが、気絶した彼女を運ぶのは骨が折れそうだとも思った。実際はそうでもなかった。

 彼女の体重がすごく軽かったという訳でもなさそうで、ただ単に自分の筋力に魔力が上乗せされて、軽く感じたのだと思う。

 いや、決して彼女の体重が重いとかいうつもりもないのだが。


 彼女を背負って動き出すと、より一層軽いのが分かる。

 まるでリュックを背負っているかのように身軽だ。


 怪物には見つからないよう、慎重に行動はしながらも、できるだけ速く動くことを心がける。

 だが、どれだけ歩こうと、人には出会えなかった。

 それでも彼女を救う為に知らない道をただ歩く。

 一向に息は切れず、疲れもしないので、足を止めることなく動かし続けた。


 そして彼はいつの間にか、この世界の端と表現するに相応しい場所にたどり着いてしまう。


「……なんだ……あれ?」


 足を止めてその光景を見入ってしまう。


 どこまでも続いていたはずの青い空が黒い何かによって遮られていた。

 それは黒い壁のように地面と垂直に空の果てまで伸びている。

 宇宙にまで届いていそうな黒い壁は横にも伸びていた。


 二つの世界を区切っているような黒い境界。


 その二つの世界というのは大体の見当がついていた。


「この先に行けば……“魔界”ってことか……?」


 何があるか分からないので慎重に、息を呑んで黒い境界に近づいていく。

 今の状況では、目の前の黒い境界に近づく事に何の意味もなかったが、自然と足が向いた。興味本位ではなく、無意識のうちに。

 十メートルほどの距離まで近づいて、黒い境界を見上げてみるが、見えない高さまで続いている。


 せっかくここまで近づいたのだから、このまま黒い境界の向こう側へ行くのかと思いきや、彼はそれに背を向けて、歩き出した。

 今やるべきことは彼女を助けることであって、そんな冒険をしに歩き回っていた訳ではない、と自分に言い聞かせる。本心は面倒くさいことに首を突っ込みたくなかったからだった。

 向こう側に行って、先ほどの狼人間よりも強い怪物にでも対峙したら面倒だ。


 それよりも他の勇者を見つけなければとまた一歩足を踏み出したその瞬間、背負っていた彼女の体が急に後ろに引っ張られ、それと呼応するように彼の身体も引っ張られてバランスを失い、後ろに体重を持っていかれる。


「うおあ!」


 変な声を漏らすのと同時に、後方に倒れこんだ。

 高校の柔道授業の受身がこんな形で役に立つとは思わなかった。

 その時、彼は地面に背中をつけて受身を行ったのだが、それはおかしなことだった。

 何故なら彼は背中に彩音を背負っていたからだ。

 普通、彼と地面との間の彼女が押しつぶされてしまうはずである。

 だったら、彼女はどこに行ったのか。


 起き上がりながら黒い境界の方を振り返ってみたが、彼女の姿はない。彼女の血の跡だけが黒い境界の方へと続いていた。

 つまりは、背負っていた彼女は黒い境界の向こうに引きずり込まれた。

 これは恐怖以外のなにものでもない。

 ホラー映画の一部始終のような出来事が現実で起こってしまった。


「彩音……?」


 彼女の名前を一応呼んでみるが、勿論応答なし。

 黒い境界の向こう側に血痕が続いているのだから、それを辿れば彼女にたどり着けるだろう。

 しかし、これはよくあるパターンだ。見失った人の血痕を追っていくと、待ち構えていた何かに襲われるというありがちなパターンだ。

 それでも血痕を追って、黒い境界に近づくしかなかった。


 何かが出てきても、すぐ抜けるように黒い刀の柄を握りしめながら、ゆっくりと進む。

 無限に続く黒い壁が目の前にまで近づいた時、彼は立ち止まって、黒に遮られた空を見上げた。


 ここから先は魔界。怪物がうじゃうじゃいる魔界。

 握っていた刀を引き抜こうと手元に目を向けた時、自分の足元に何かあるのが見えた。


 黒い何か。髪の毛。長い髪の毛。


 うつ伏せになった少女の姿だった。その下半身は黒い境界の向こう側にあり、上半身だけが彼に見えている。


 恐怖で言葉も出ない中、少女の両手が彼の両足を鷲掴みにする。

 そして彼女は一言。


「……おいで」


 にっこりと微笑む口元が見えたその瞬間、彼の恐怖は頂点に達した。


「うぉおおあああああああああああ――――!!!」


 叫びだすのと同時に少女は彼の両足を勢いよく黒い境界の向こう側へと引きずり込む。

 バランスを崩した彼は受身をとることなく、地面に倒れこみ、後頭部を強打。

 本当に恐怖で体が言うことを聞かなくなった時には付け焼刃の受身は使い物にならないと実感すると共に、彼は気を失った。









「……――――じょうぶですかー? 生きてますー? 生きてますかー? あ、生きてますねーちゃんとー」


 幼い少女の呼びかけに彼はゆっくりと目を開ける。

 すると、彼の目に少女の顔が飛び込んでくる。

 彼と少女と顔の距離は数センチほどしかなく、驚きのあまり声を上げそうになるが、それを阻止するかのように口の中にパンのような食べ物が押し込まれる。


「はい。食べてくださいねー」


 そう言うと少女は顔を遠ざけた。

 彼女の言う通り、口に入れられたものを食べようと試みるが、硬すぎてなかなか噛み千切ることができない。

 一度手を使って口から出そうとした時に彼はあることに気が付いた。


 両手、両足が手錠のような金属の枷で拘束されていた。


 まさかこんな状況になっているとは思ってもみなかったので、驚きすぎて両手の枷を見ながら固まっていると、少女がうんざりするような表情を浮かべて、右手を振りかぶった。


「早く食べちゃってよ!」


 少女の勢いよく振るわれた右手は彼の口の中の食べ物を無理やり喉の奥にまで押し込んだ。

 喉に詰まって息ができずに彼が苦しみ出したのを見計らって、少女は水を彼の口の中に流し込む。

 そこはペットボトルに入った普通の水だった。

 すると、噛み千切れなかったパンのようなものが急に溶け出して、するりと喉を通って胃へと向かった。

 ベッドの上で体を起こして、咳き込む。


「ゲホッ! ゲホッ! 急に何すんの!? 死ぬかと思った……!」

「だってお腹空いてたでしょ?」


 淡々と応えた彼女の言う通り、空腹感はあった。しかし、今聞きたいのはそんな事ではない。


「それはそうだけど……これは……?」

「拘束してるの」


 彼女の言う通り、瀬口良は今、手足を拘束されていた。

 枷には鎖が付いており、部屋の外までは出られないようになっている。

 その前に、彼のいる部屋は牢獄のようで、鉄の柵できた扉で出入り口が塞がれていた。


「なんで?」

「そりゃあ兄ちゃん。まだ俺たちはお前のことを信用できねえからだよ。どこぞの輩かわかんねえからなあ」


 その鉄の柵の扉を開けて入ってきたのは黒いスーツに黒いサングラスを掛けた男で、輩なのはどちらかといえば男の方である。

 ズボンのポケットに手を突っ込みながら近づき、少女の隣で足を止めた。


「輩って……そんな風に見えます?」

「兄ちゃん、普通の人間だろ? 人間なのにここにいるってことは勇者以外にあり得ねえ。俺の信用できねえ勇者はみんな輩。つまり、兄ちゃんも輩ってことだ」

「ちょっと話が見えないんですが……! ここってどこで、普通の人間ってどういうこと……なんですか?」


 珍しいものにでも出会ったかのように目を見開いた男だったが、サングラスを掛けていたので、良はその変化に気が付かなかった。


「ここは魔界の霊王の統治する地域。そして、俺たちは普通の人間じゃねえ。死んだ人間――――幽霊だ」

「幽霊……!?」


 その単語によって彼の頭の中では気絶する前の出来事が浮かび上がってきた。

 黒い境界の向こう側から上半身だけを良に見せていた髪の長い女。

 今思えば、その女はまさに幽霊のような人物だった。

 そして、足を捕まれ、真っ黒な壁に引きずり込まれた。


「あの俺、ここに来る前に女の……幽霊みたいな人に……!」

「ああ。それ私だよ」


 分かりやすいように手まで挙げて自分だと示してくれたのは、男の隣にいた少女だった。

 本当に彼女なのかどうか、確信が持てないでいると、少女はその長い黒髪で自らの顔を覆ってみせた。

 確かに、そうすれば、あの時の恐怖の女に見えなくもない。


「足掴んで、わざと頭打たせて気絶させたの。抵抗されるのも嫌だったからさあ」

「死んだらどうすんだよ!?」

「死んだら死んだで私たちみたいになるんだし、別にいいっしょ? それに頭の中は異常なかったし、石頭で良かったねー」


 全く以って良くはない。

 しかし、今はそれよりも聞きたいことがあった。


「俺が背負ってた血だらけの女子高生は!? 彩音を引きずり込んだのもお前らなのか!?」

「そうそう。彩音ちゃんは大怪我負ってたからねー。ちゃんと治療して、今はぐっすり眠ってるよー。君みたいに拘束してないし」


 自分たちを幽霊だというこの二人のことを信用しているわけではないが、無事だという言葉を聞いただけで、少しだけ肩の荷が下りた気持ちになった。

 まだ信用できない以上は自分の目で彼女の無事を確認するまでは完全には安心できない。


「じゃあ、なんで俺だけ拘束されてんだ……?」

「彩音ちゃんと一緒にいた勇者ってだけで信用されると思ってるなら、それは大間違い。魔界じゃ勇者は嫌われ者なんだよ」


 それは何となく、わかる気がする。


「魔界の怪物を狩って、利益を求めるから?」

「そゆこと」

「じゃあさっきの幽霊ってのは……」

「ホントだよ。初めて見た? 死んだら全員って訳じゃないけど」


 幽霊とは言っても、足元が薄くなっていることもなく、血色が悪いとかそういった様子も、白装束を着ている訳でもない。

 普通の人間と変わらない。

 だが、生きていないことを証明するかのように少女は彼の手に触れてみせた。


 少女の手は冷たかった。



「ね?」

「……俺も死んだら魔界に来るのか?」

「魔界には三種族の生物がいるのは知ってるよね? 獣、龍、そして霊。霊の中にも精霊とか色々いて、一番下の私たち、幽霊なの。何か深い後悔があれば、幽霊になって魔界に来ることになるよ。後悔がなければ、輪廻転生。生前悪いことをしたなら地獄に落ちて、悪魔になる」

「悪魔……」


 魔界とは別に地獄という場所があるのか気になるところではあったが、深く突っ込む前に、少女が口を開いた。


「私ももう幽霊になって二十年ちょっと。十一歳で死んだから体は成長しないでずっとこのまま」

「俺は死んで二年くらいしか経ってねえ」


 少女の隣で大人しく立っていた男がまた口を開いたと思ったら、ベッドの上に座った良との距離を詰めた。


「そんな俺でも、“勇者”って奴らの所業を見てんだ。たとえ初心者だろうと、簡単に勇者なんて信用できるかよ」

「だったら……なんで彩音は拘束されてないんだ? 信用してるからか?」

「そうじゃよ、少年。ワシらは彼女に救われた。だから、彼女は幽霊の皆から信用されているんじゃ」


 その声は唐突に耳に届いた。

 小さな子供のような高い声で、老人のような話し方をする。

 どこからその声が聞こえてきたのか分からずにキョロキョロと部屋の中を探していると、その人物は男の後ろから顔を出した。


「きょ、局長!?」

「それに、君を拘束しているのも少々訳があってな。魔界で今、ちょっとした問題が起きておるんじゃよ」


 変わらない老人のような口調で、その人物は続けた。

 老人にしては声が高いと思っていたので、どんな人なのか予想はしていたが、実際に見てみると、口調との差異に口をぽかんと開ける。

 その人物は男と同じように黒いスーツにサングラスを掛けた、まだ一歳くらいの赤ん坊だった。


「わしもこの年齢で死んでしまってな。魔界で、年老いた人に言葉を教わって、こんな言葉遣いなんじゃ。すまんのう……」


 謝られても反応に困ってしまい、「いえ……」としか言葉を発せられなかった。


「まあ、その話は置いといてじゃ。彼女と仕事のパートナーになった君は非常に幸運じゃよ。彼女はちゃんと魔界のことを熟知しておる。それに彼女は勇者の中では“最強”と言っても過言ではない、実に心強いじゃろう」

「彩音が最強……?」


 やはり勇者で筋力に魔力を上乗せできるからと言って、彼女のような身のこなしは普通ではできないという事なのだろう。

 彼女が最強と言われて、驚くどころか納得さえしてしまえる。そんな動きを彼女はしていた。

 しかし、そんな彼女であっても、自分のような足手まといがいては大怪我を負ってしまう。

 その責任はやはり感じなければならないだろう。

 彼の気の落ち込んだその表情から察したのか、局長と呼ばれた赤ん坊は慰めるように言葉をかけてくれる。


「少年、決して君のせいではない。我々を救ってくれた英雄の彼女でも対応できない事態が今、魔界で起ころうとしている、その前兆じゃよ」

「局長、それ以上、信用できない人間に話すのは……」

「大丈夫じゃ。わしが彼の目を見た限りでは、信用できる。今の魔界の王、つまり魔王は龍王じゃが、先日、その龍王の卵が何者かによって盗まれた。それが獣類なのか霊類なのか身内なのか、それとも人間なのかはわからん。じゃが、今魔界にとてつもない事が起ころうとしておる。そして、“奴ら”の動きもこの頃、異様じゃ」


 奴らについて局長は明言することはなかったが、話を聞いていた男が拳を強く握りしめているのを彼は目に入った。



「もし、卵を盗んだ犯人が勇者じゃったとしたら……――――龍王は人間界を潰しにかかるかもしれんのう」

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