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元魔王の碧眼勇者  作者: 刹那END
第1章 「碧眼の勇者」
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02話 「夜の夢こそまこと」

 ――――死後の世界はどんなものだろう?


 彼は疑問に思いながら目を開けた。

 真っ白な天井が目に映り、初めはここが死後の世界なのかと思った。

 真っ白な世界。それが死後の世界。

 だが、鼻にツンとくる消毒液のにおいで今いる場所が分かった。


「……病院だ」


 入院した事などなかったが、そのにおいと周りを見回せばすぐに分かる。


 どうやら死んではいないようだ。


 一番面倒くさい事を避けられたのはいい。

 だが、何故、入院しているのか。あの出来事は全て夢だったのか。

 疑問が消えない中、母親が病室に入ってきた。



 母親によると、自分は交通事故に遭ったらしい。

 頭を強く打って、気を失い、病院に連れてこられたが、脳に異常はなく、身体は無傷。

 念のため、もう一度、脳の検査をして、明日には退院できるそうだ。

 つまりは、古本屋からの帰り道に交通事故に遭い、それからはずっと夢を見ていた、ということだ。

 あの知らない土地も龍も助けに現れた彩音も全てが夢だった。




「ホントに夢だったのか……?」


 誰もいないトイレの鏡に映る自分を見ながら、呟いた。


「いいえ。夢ではありませんよ」


 誰もいないと思っていたトイレで声が聞こえてきたので、一瞬びっくりしたが、ただのトイレに入ってきた男の声だった。

 男はいかにも真面目そうな細い顔をしており、黒髪で眼鏡を掛け、黒いスーツに青色のネクタイをしていた。

 人生の全てがうまくいってそうな、そんな男だった。

 しかし、人の独り言に答えている時点で、頭のおかしい人間であることは間違いない。

 こういう人間は相手にすると、大体面倒くさい事になるので、無視してトイレの外に出る。

 すると、男は彼を追うようにトイレを出て、呟いた。


「君はあの時、確かに死んだんだ。龍に噛み砕かれて――」


 耳を疑って、男の方を振り返った。

 目の前の男が夢の出来事を知っている事に驚きを隠せない。


「――即死した」


 たとえあの出来事が夢ではなかったとしても、目の前の男がそれを知っているのは何故だ。

 それに、他人にお前は死んだと告げられるのも、気分が悪い。

 男の話は少し気になるが、これ以上、相手にしない方が良さそうだ。

 黙って病室に戻る。

 良が病室に入った瞬間に、男は中に入るために扉をスライドさせようとした。


「何するんですか!?」


 男を中に入れまいと必死になって扉の取っ手を掴んで抵抗した。


「中に入れてくれてもいいじゃないですか?」

「嫌です!」

「拒否されてしまっては無理やり入るしかないですね」


 結局、力負けしてしまい、男の侵入を許してしまった。


「君と話をすることが私の仕事なので、嫌でも付き合ってもらいますよ?」


 作り笑いを浮かべるその表情には、脅しも含まれているようだった。

 ベッドに座り込む良と対峙するように男は傍にあった椅子を移動させて座った。


「話って……さっきのヤツ……? 俺は今、ここでちゃんと生きてますよ? まさか、生き返ったとでも言うつもりなんですか?」


 冗談だろうと鼻で笑った。が、冗談ではなったようで、男は首を縦に振った。


「その通り、君は一度死んで生き返った。……申し遅れましたが、私は伊藤と言う者です。ある企業で働いていまして、私たちの企業の技術を用いて、君の蘇生を行いました」


 ここまで来ると、この伊藤という男はこの病院の患者で、頭がおかしいのではないかと思えてくる。

 良は伊藤の言葉を全く信じてはおらず、「はいはい」と引き続き、聞き流すことにした。

 長話になりそうで面倒くさかったが、この男は自分の話したい事が話し終わるまで帰らないようなので追い出す事は既に諦めていた。


「君は魔界の存在をご存知ですか?」

「……空想上では」

「いいえ。現実に魔界は存在します。私たちの企業は――――……」



 伊藤はだらだらと自分たちの企業と魔界について話し始めた。

 その内容をまとめると、こうだ。



 今、人の生きている世界とは別に魔界と言う世界が存在する。

 魔界には龍、獣、霊の三種類の生物が存在し、良の遭遇したのは龍だった。

 二つの世界の中間地点に位置する場所が、先日彼の迷い込んだ、人のいない住宅地。

 魔界の生物と遭遇する危険性が高いので、人が誰も住んでいないという。

 普通の人が迷い込める場所ではない。あの時、良が迷い込んだ原因は不明。



 伊藤のいる企業はその中間地点よりも先にある魔界に行き、魔界だけに存在する珍しいものをこちら側の世界に持ってくる仕事を請け負っている。

 伊藤はその人材を確保する仕事をしていた。

 魔界の生物による危険(リスク)と戦いながら、魔界の珍しいもの、利益(リターン)を獲得する人材。


 その人材を“勇者”と呼んでいた。



「君には勇者になってもらいたい。いや、ならなければならない」

「断ります。魔界とか魔物とか勇者とか、全然現実味がないし、信じられない。俺が見た龍だって夢でしょう?」

「人は常識を外れたものから目を逸らそうとします。たとえそれが目の前で起こった現実であっても。今の君のように」


 伊藤の言いたい事は分かるし、彼の言うとおり、ただ現実から目を逸らしているだけなのかもしれない。

 だが、非現実的な存在を認めてしまえば、それこそ面倒くさい事になる。

 まして、その非現実的なものと戦う勇者になると言うのは、想像しただけでも十分に面倒くさそうだ。


「俺は学校に行ったり、放課後は古本屋に寄ったり、いつもどおりの生活したい。それじゃあダメなんですか?」

「そこに勇者の仕事を加えてもらえればいいだけの話なんだ。簡単な話だ」

「じゃあ、あなたは俺を勇者にする為に助けたんですか? それだけの為に?」


 伊藤の目的が見えない。

 人材確保の為に助けたのか、それとも他に理由があるのか。

 空想の世界が好きな人なら沢山いる。その人たちを誑かせば、人材は確保できるはずだ。

 あの迷惑メールのように口コミで広まれば、それはもっと容易になる。


「貴重な技術まで使って、何かしら助ける価値があったから助けたのではないですか?」


 伊藤の表情は変わらない。しかし、黙り込んだと言うことは図星ということか。

 十数秒経ってやっと口を開いた。


「私たちは桜彩音が頼み込んできたから、救ってあげたまでです。そこまで勇者になるのが嫌だと仕方ありませんね」


 伊藤は鞄の中からファイルを取り出して、一枚の紙を良に突き出した。


「その金額を請求させていただきます」


 紙には沢山のゼロが並んでいた。

 請求額は一兆円。


「こちらとしても、良好な関係を築いていきたかったので、こんな言い方はしたくありませんでした。これは脅迫です。君が勇者にならなければ、その金額を君に、君の家族に請求します」

「こんな不当請求――!?」

「では、警察に相談してみるといいでしょう。取り合ってもらえないでしょうから。さて、もう一度聞かせていただきましょう――――君は勇者になりますか?」









 次の日。

 無事に退院する事ができた良だが、気分は昨日から最悪だった。

 知らない男から魔界だの魔物だのという非現実的な話をされて、勇者にならなければ一兆円払えと脅迫を受けた。

 勿論、一兆円など払えるわけがないので受け入れるしかない。

 勇者になるだけで一兆円を払わずに済み、逆に勇者の仕事を行なうことによって、報酬をもらえるらしい。

 金儲けをできるという点においてはいいかもしれないが、まず勇者という仕事が信用ならない。

 伊藤は詳しくは彩音に聞けと言ったが、教室でそんな話をできるはずもない。


 午前中に退院できたので、午後からの授業に参加。

 あと一時間で学校が終わるというのに、まだ勇者の話を切り出すことはできていなかった。

 いや、このまま切り出さなければ、勇者にならずにいつもどおりの生活をする事ができるのではないか?

 希望を見出したが、すぐにそれは消え失せた。


「リョウ! ちょっと放課後付き合ってほしいんだけど!」

「あ、ああ……」


 放課後に勉強を教えてくれと頼んでくる時と変わらない口調で言った。

 そして放課後、彼女は部活には行かずに良を連れ出して、どこかに向かっていた。

 どこに連れて行かれるのか初めはわからなかったが、歩くうちに段々と分かってくる。

 見慣れた道だった。放課後に同じ道を歩いて、よくその場所に通っていた。

 人通りの少ない細い道にぽつりとその店は存在し、彩音は店の中に足を踏み入れた。

 彼女の後を追うように店の中に入ると、いつもどおり、気だるそうな姿勢で店主は客を向かい入れた。

 二人が来た場所は、彼の行きつけの古本屋だった。


「いらっしゃーい」

「笹屋さん、奥の書庫使わせてもらってもいいですか?」

「えー……いいけどー」


 彩音は笹屋の言葉を聞くと、良の手を引っ張って店の奥へと進んだ。

 誰にでも見える大きな文字で書かれた立ち入り禁止の紙。

 それが張られた扉を開ける彼女に連れられ、彼も中へと足を踏み込む。

 店の大きさから狭い書庫なのだろうと決め付けていた彼にとって、目の前の光景は信じられないものだった。


「広っ……!?」


 そこは国立の図書館並みに広い場所で、学校の体育館よりも高い天井に広さも体育館以上は確実にあった。

 ずらりと並んだ棚にはぎっしりと隙間なく本が詰め込まれている。

 良がその光景に見とれている間にも彩音は彼の手を引っ張って先に進んでいた。


「なんでこんな広い空間……?」

「ここって地下だから」

「でも、階段なんて下りてないけど?」


 彩音が急に足を止めたので、ぶつかりそうになりながらも良も足を止めた。

 そこには二つの向かい合うソファがあり、二つのソファの間には机が置かれていた。

 彼女は良の手を離してソファに座ると、彼女と向かい合うソファに良は座った。


「店に入った時点で地下なんだよ! 笹屋さんが認めてない人が入ると、地下の古本屋じゃなくて、地上にある何もない店に入っちゃう」

「ん? つまり、俺が地上にあると思ってた古本屋はホントは地下にあるってこと? でも、窓から外の風景とか見えるよ?」

「それは色々と誤魔化してるんだよー」


 病院に現れた伊藤のように彩音まで変なことを言い出したかと思ったが、それはおかしくはないことだ。

 あの伊藤の話によると、彩音は勇者なのだから。

 彩音が勇者だと自分の口で言ったら、良は途端に非現実的な事柄を信じなくてはならない状況になってくる。

 全てが伊藤の意思によって、彩音の記憶が改ざんされていない限りは。

 彼女の口からちゃんと確かめる為に良は切り出した。


「それで、話って……?」

「あの時、龍から私を助けてくれて、本当にありがとう! そして、ごめんね……私のせいでリョウを巻き込んじゃって……」


 彼女は深々と頭を下げて、申し訳なさそうな表情の顔を上げた。

 彼女のそんな表情を見るのは初めてだった。

 いつも明るく、活発で、バカな彩音が、そんな表情を浮かべているのを。

 だから、嫌なんだ。

 こんな表情を浮かべて、泣きつかれた時にはどうしようもないくらいに面倒くさく感じる。

 たとえ、あの出来事が夢だったとしても、どうして自分は、一番面倒くさい事を行なってしまったのか。

 多分、彼女が消える事が面倒くさかったから、だけじゃない。

 彼女と会って半年も経っていないが、自分の後ろの席で笑っていたり、寝ていたり、はしゃいでいたり、そんな彼女の姿を見れなくなるのは嫌だと思った。

 いつの間にか、桜彩音は使える人間ではなく、大切な友人になっていたのだ。


「あれは夢じゃなくて現実だったんだな……」

「うん」

「お前も勇者?」

「うん」

「俺も?」

「……うん」

「そっか……」


 少し息を吐いて、頭の中を整理した。

 魔界のこと。魔物のこと。勇者のこと。

 全てを受け入れるだけで、親に面倒をかけずに、彩音の明るい表情も見れる。


「分かった。勇者の仕事やるよ。全く分かんないから、色々と教えてくれよ、彩音! それに、俺を龍から守ってくれたのは彩音だ。俺の方こそ、ありがとうだし、あんな死ぬようなマネしてごめん、だ!」


 彼女はいつもどおりの笑顔で応えてくれた。

 その笑顔を見て、一瞬ドキっとしたが、決して彼女に惚れた訳ではないということを弁明しておく必要がある。何故なら――


「でも私、勇者の事とかあんまり詳しく知らないというか覚えてないから、実践でしか教えられない!」

「え? なに? あのでかい龍とかと戦いながら色々教えていくってこと?」

「そう! 私、国語力とかあんまないし! ノリで物事切り抜けるタイプだし!」

「ふざけんな! 知識が皆無なのに、あんな化け物どもに出会ってどうやって戦えって言うんだよ!」

「痛い痛い! こめかみやめて! 痛いから! これ以上バカになったらリョウのせいだからね!」


 ――彼女がバカだからという他には何もないだろう。

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