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元魔王の碧眼勇者  作者: 刹那END
第1章 「碧眼の勇者」
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01話 「龍との対峙」

 夏の溶けるような暑さ、とまではいかないが、学校に行く気すら失せるような残暑の九月。

 学校に行かないという選択肢もあったが、それだと親と先生に言い訳することの方が面倒くさい。

 それは前科があるから。だから、「頭が痛い」と言ってもちっとも信用してくれないのである。


「つら……」


 エアコンの真下の席で、全くと言っていいほど涼しくならない事を瀬口(せぐち)(つかさ)は嘆いた。

 彼の後ろの席にいる(さくら)彩音(あやね)も同様に嘆いていた。


「りょーおー……団扇で扇いでよぅ……」


 ダルそうな声を上げる彼女は彼の事を「ツカサ」ではなく、「リョウ」と呼んでいる。

 一回、間違えて覚えてしまっては修正することができない、出来の悪い脳みそを彼女は頭の中に搭載している。

 「うー」と言うような獣にも似たうなり声を上げる彼女の方を振り返ってみると、何ともだらしなく、机に頬をくっつけている。


「机つめたーい」

「お前なぁ……」

「なーにー?」


 彼女が顔を上げると頬には机の跡が付いていた。


「授業中に当たった時に、色々教えてやってんのは誰だ?」

「リョウだよー?」

「だろー? だったら、団扇で扇ぐべきは彩音の方じゃねえの?」

「なんでー?」


 首を傾げる彼女に頭を抱えた。


「……分かった。じゃあこうしよう。後で菓子おごってやるから、団扇で扇げ」

「ホント!? チョップチョップス買ってね!」


 彼女は目を輝かせながら、前の席の男子生徒を団扇で扇ぎ始める。

 彼女が言いたかったは多分、飴のお菓子なのだろうが、チョップチョップスでは敵をチョップで倒していくゲームのようだ。

 飴玉で暑さを凌げるなら安い出費だ。

 そうしている内に十分の短い休み時間は終わり、授業に戻る。


 彼らは高校一年生なので、まだ、理系も文系も分かれていない。

 夏休みが終わった二学期初めに理系か文系かを決める用紙を提出しなければならなかった。

 彼は文系に決めて、提出した。

 数学が苦手かと言われればそうではない。計算問題を解くのが面倒だから嫌いなのだ。

 全教科満遍なくできていなければ、後々面倒なことになるので、苦手科目は作らないように最善を尽くした。


 瀬口良は面倒なことが嫌いな人間だ。

 だから、先生に目をつけられて面倒なことにならないように勉強する。

 親に進路の事をあーだこーだ言われる面倒なことにならないように国公立大学を目指す。

 人生は大半が面倒なことで出来ているが、それらの面倒を最小限に抑えて生活していくのが彼の目標であった。

 人を使える時は使い、自分でやらなければならないことは、面倒を最小限に抑えられるような方法で行う。

 面倒なことになりたくないから、付き合う人間の数は最小限に留め、逆にその最小限の人間は何かしら使える人間でなければならない。


 桜彩音はそんな使える人間の一人だ。

 何かしてもらいたければお菓子で釣れてしまう。

 バスケ部に所属しており、活発に動くのもあってか、授業中には後ろでよく寝ている。

 授業中に彼女が先生に当てられたときには、わざと椅子を机に当てて起こした。

 友人と表すには、そこまでの関係ではないような気もする。


 あっという間に放課後になって、担任の口からはいつもどおり、「気をつけて帰れよ」の言葉が発せられる。加えて、一言。


「最近物騒だからな」


 担任の言葉通り、最近は物騒な事件をよく耳にする。

 動物園から逃げ出した象が踏み潰したかのように押しつぶされた車。

 縦に真っ二つに斬られた死体に、大きな鉤爪で抉り取られた壁などの傷。その犯人は鎌鼬(かまいたち)と呼ばれている。

 人間がやったとは言いにくい事件ばかりで、メディアでは怪物や宇宙人のような未確認生物の仕業ではないかと騒がれている。

 そんな事件の数々をネタにするような迷惑メールが出回っているらしい。


 鞄の中に入れていた携帯電話がバイブするので、確認してみると、原因はその迷惑メールだった。

 内容はこう。


 “魔界の魔物たちを倒す勇者を大募集! 皆で勇者になって悪い魔物を退治しよう!”


「バカらし……」


 メールを削除すると、後ろの席の人物は既にいなくなっていた。

 菓子を買う約束だったはずだが、


(今日買って明日渡すか……)


 と鞄を持って教室を出た。

 彼は放課後にいつも寄って行く、ある場所に向かっていた。









「ふーん。最近の迷惑メールもおかしいもんだねぇ」


 人の携帯電話を勝手に奪って、勝手に削除したメールを復元させた女性。


 彼女はこの古本屋を経営している笹屋(ささや)という人だ。下の名前は知らない。

 外見は特に気にならない性格なのか、寝癖の付いた髪の毛を自由奔放にさまざまな方向へとはねさせている。化粧は薄くだがしており、それでも彼女の素材がいいのか、綺麗な人だ。

 初めてここを彼が訪れた時には憧れるような女性だったが、話しているうちに幻滅していった。

 そんな彼女の言葉に彼は嫌悪感丸出しの表情で答え、彼女の座っている、無造作に本の積み上がった机の方を睨みつける。


「人のケータイの削除したメールを勝手に読まないでください」

「ケータイ渡してきたのはお前の方だぞ?」

「俺が変な迷惑メールが来たって話したら、笹屋さんがしつこく見せろって取り上げたんでしょ!」

「お前の方針でいくとすれば、迷惑メールの事を話すべきじゃなかったんだよ。面倒くさがり屋な瀬口良くん」


 彼女には名乗った覚えは無いのだが、何故か本名を知っていた。

 しかし、疑問には思わない。彼女はそういう人間だ。何でも知りたがり、そして、何でも知っている人。


「なんでこんな辺鄙なとこで古本屋してるかなぁ……」


 彼女には聞こえない声で言ったつもりだったが、流石は地獄耳。ちゃんと聞こえていた。


「辺鄙な場所っていうのは都会から離れている所を指すからねぇ。ここはそんなに離れてもいないし、それは日本語の使い方としては間違ってるかな。正しくは、『こんな人通りの少ない細い道に中古の本屋さんを開いているお姉さんは』って感じ?」

「……人通り少ないって分かっててなんでこんな場所で?」

「客がこの店を選ぶんじゃない。私が客を選ぶんだ。こんなところにあれば、変人しか来ないからねー。君みたいな」


 客を変人呼ばわりするなんてと怒ろうと思ったが、それでは彼女の思う壺だ。

 人を怒らせたりイライラさせたりして、彼女は楽しんでいる。

 ぐっと堪えて口を閉じ、棚に綺麗に並んであった本の中から一冊、手にとって見る。

 題名はアルファベットで英語のようだが、知っている単語ではない。

 中を開いてみてもそれは同じだった。

 全く分からないので、彼はその本を棚に戻した。


「ん? 読もうとしたんじゃないのか? せっかく面白そうな本を手に取ったと思ったのに」


 彼がせっかく元に戻した本をもう一度手にとって寄こせとばかりに彼女は右手突き出した。

 しょうがなく、彼女の指示に従って本を渡すと一ページずつめくり始める。


「“Eth(エス) Capel(キャペル) Dinefest(ダイネフェスト) Twih(トゥイフ) Dmones(ドゥモネス)”。題名は魔界。この本には魔界の成り立ちが書いてあるんだよ。魔界は龍、獣、霊の三種類の生物が存在して、それぞれの国に独立してる」

「……英語なんですか?」

「いいや、英語じゃない。魔法の詠唱なんかでも使われる言語だよ」


 すらっと魔法という言葉を出してきた。

 ということは今、彼女の手にある本はオカルト系の本。彼の興味外だ。


「なんだ、その興味の無さそうな顔は? お前の大好きな幻想的な世界の話だ」

「確かに本は好きだけど、そういう話が好きだとは一言も言ってない」

「現実じゃないという意味ではどちらも変わらないと思うけど」


 彼女曰く「魔界」という本を棚に戻せと、渡してきたのを受け取る。

 開いて読もうと努力してみるが、やはり分からなかった。









 彼の家から笹屋の古本屋までの距離は近い。徒歩で行ける距離だ。

 しかし、今、彼の身に不思議な事が起こっていた。

 いつも通っている道なのだから間違うはずも、迷うはずもないのだ。


「ここ……どこだ?」


 意識しないまま歩いているうちに道を間違えてしまったのか。

 最初はそう思った。冷静になってみると、それはあり得ないと言う事に気づく。

 角を右に曲がれば、確実に家に着くはずだった。

 だが、右に曲がると、知らない道になっており、来た道を戻ろうとすると、そこはもう、来た道ではなくなっていた。

 幻覚でも見ているような気分になってきて、そのせいか頭痛もしてくるような気がする。

 とにかく、今いる場所を確認しようと携帯電話を取り出した。

 その画面上で圏外という単語を初めて見た。そして、GPSも使えなかった。

 周りを見回す。

 多くの住宅が並んでいる住宅街。

 誰も道を歩いておらず、住宅からは何の音も聞こえてこない。

 辺りは静寂に包まれていた。


(ここの住人に聞いたら、何か分かるかも……?)


 そう思ってすぐ傍にあった住宅のインターホンを押した。

 「ピンポーン」と言う音が鳴り響いた後、また静けさが戻ってくる。

 留守なのだろうか。

 もう一度押そうと思ったが、何回も押したら迷惑だろうし、出てきた時の対応が面倒くさそうだ。

 なので、他の住宅の人に聞こうと、インターホンを押したが、反応はない。

 また他の住宅のインターホンを押しては、反応がないので他の住宅に変える。

 それを繰り返している内にインターホンを押した住宅は十軒を超えていた。


「誰もいない……」


 そして、良の目にあるものが映る。

 住宅を取り囲む壁についた、鉤爪で引っかいたような大きな傷。

 その傷を見た瞬間に、彼の中に恐怖が生まれる。

 誰もいない住宅。怪物がつけたような傷。

 それはまだ、真新しく見える。


「……怪物がいるのか……?」


 ごくりと唾を飲み込む音だけが聞こえてくる耳。

 そんな耳が捉えた翼を羽ばたかせるような音。

 良が視線を向けた先は真上だった。

 翼を羽ばたかせながら降りてくるその存在を理解する前に、風圧によって後ろに吹き飛ばされる。

 住宅の瓦が一気に舞い上がった。

 尻餅をつき、両手も地面についた時、その存在は地面に降り立つ。



 広げていた翼を閉じる。

 赤黒い色の鱗を全身に纏っている。

 眼は大きく、爬虫類を思わせるように瞳が縦に細い。

 長い尻尾は住居の壁を破壊する。

 四本の足で身体を支え、長い首は地面と平行に伸びて、その存在の頭と彼の距離は二メートルほど。

 鋭い牙が並び、人を丸呑みできるくらいの大きな口。

 その口元から生える長い髭。



 漫画やアニメで見るものと全く変わらない。



「りゅ……う……?」



 紛れもなく、龍だった。

 空想の世界だけに存在するものと思っていた良にとってはその衝撃は計り知れない。

 彼は尻餅をついた状態で、固まっていた。


「グァアアアアアアアアアアアア――――!!」


 大きな口を開けて発せられた龍の叫びに恐怖を感じないものなどいない。

 逃げなければならないと思っているが、その足は動かない。

 龍の口が大きく開けられて、良に迫った。


(ああ……ここで死ぬんだ……)


 そう思いながら目を瞑った。



 彼は死ぬのが一番面倒くさい事だと考えていた。

 誰かが死んでしまっては、その周りでは何かしらの変化が起きる。

 それに対応するのは面倒くさい事だ。

 一人の人間が死ぬだけで、大勢の人にその変化が起きる。

 変化は迷惑に繋がり、迷惑をかけるという事は面倒な事に繋がる。



「ガグォオオオオオオオオオオオ――――!」



 だが、その一番面倒くさい事は彼の身に起こらなかった。

 苦しい叫び声を龍が上げるのと同時に、地面が揺れる。

 ゆっくりと目を開ける。

 するとそこには、彼の通う高校の制服を着た女子高生の後ろ姿があり、その奥で、龍は倒れこんでいた。

 手に持った黒い刀からは赤い血が滴り落ちる。

 どこかで見た事のある後ろ姿だった。

 スカートを翻しながら振り返る女子高生。

 それは毎日、見ている顔だった。


「彩音……?」

「リョウ、大丈夫? 怪我なーい?」

「……何してんの?」


 桜彩音の差し伸ばされた手を取って立ち上がる。

 彼女は顔や制服の所々に返り血を付けていた。

 何故、こんな場所に彼女がいるのかは分からない。部活ではないのか。

 疑問は尽きずに次々と出てくる。



 刹那、起き上がった龍が口を大きく開けて、彩音の背後に迫っているのが見えた。



「危ない!」


 反射的に持っていた手を引っ張るのと同時に良自身の身体は龍の口に吸い込まれていく。

 彼は最後に龍へと刀を振るう彼女の姿を見ていた。

 ぐしゃり。

 良の身体はいとも簡単に、押しつぶされるように切断され、同時に意識もなくなった。









 瀬口良は龍に噛み砕かれて即死した。

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