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元魔王の碧眼勇者  作者: 刹那END
第2章 「魔王の卵」
18/20

17話 「足止め」

 最上位の部類の青い炎を扱う、碧い瞳の男。

 その正体がヒトでないナニカなら、少女同様に殺すべき存在であることに変わりなく、(つかさ)もそれを了承した。

 殺すつもりなら、退く必要などなかったが、青池の体は勝手に数歩、良との距離をとってしまう。

 初めて牙を剥いた獣のような眼光に、気圧されたのだろうか。

 青池は心の中で首を横に振った。

 青い炎を纏った刀に対して、何も纏っていない刀では敵うはずもない。

 咄嗟の、自分の意思とは無関係の行動だったが、逆に良い判断だったと言える。


「それでいいんだな?」


 その確認作業は、自分自身に向けたものでもあった。

 自分の身を投げ出してまで、少女を守る風には見えなかった上に、反撃の意思まで露わにされるとは思いもしなかったからだ。

 怪我を負わせたとしても退いてくれればいいと思っていたが、そんなに甘くはない。というよりも、良の方が“守る”という覚悟が大きかった。

 覚悟の差。

 青池はゆっくりと息を吐いて、刀の柄を握り直す。

 だったら、自分自身も覚悟をするべきだろう。

 目の前の男を殺してでも、魔王の子供をこの手で殺してみせる。


「ああ。魔物を殺すのが勇者だって言うんなら、その言葉通り、殺してみろよ」


 先ほどの青池の発言の一部を変えて、良は言葉を返した。

 ヒトか魔物かなんて考えるだけ、面倒くさい。

 少女を自分の背に、黒い刀を両手で構える。


『彼女を守るのが、君の目的だということを、忘れるなよ?』


 彼の中に何故か存在している元魔王が、わざわざ忠告をしてくれたが、良自身は冷静だった。

 彼女を守る点においては自分から仕掛けるよりも、仕掛けられる方がやりやすいと考えた。

 しかし、先ほどは相手の仕掛けによって、結果として、彼は頭に大きな傷を負ってしまった。

 意表を突いた魔法による攻撃。

 良には圧倒的に魔法に触れ合った経験が足りていない上に、元魔王も詳しくは教えてくれない。

 不利な状況に変わりなく、加えて、少女を守る必要もある。

 実力で勝てないのなら、相手の感情をコントロールしようと思った。

 敢えて、青池の感情を逆撫でするような言葉で挑発し、敵意を少女から自分へと移し替えた。


Lasamp(ラサンプ)


 青池の詠唱とともに、彼の持っていた刀に稲光が走った。

 良の刀が青い炎を纏っているのと同じように、青池の刀も電撃を帯びる。

 それは、まさに雷が落ちた時のような轟音を発しながら、放電を無限に繰り返していた。

 体の芯まで揺らすような音は、鼓膜が何枚あっても足りないくらいうるさかった。


 目の前で起こる現象に目を奪われていると、雷を纏った刀は目の前にまで迫っており、自らの刀で防いだ。

 凄まじい衝撃が、魔法どうしのぶつかり合いによって生じ、全力で踏ん張っていないと、押し負けそうになる。

 額からは血が滝のように流れ出て、視界を段々と塞いでいく。

 彼の見立て通り、状況は一貫して、不利なままだった。

 金城と戦った時のように、もう一本、刀を装備するのが良いのか。いや、片手で彼の攻撃を防げるとは到底思えない。

 何なら、目の前の相手に勝てる? 経験でも、技でも、魔法でもない。


 圧倒的な力だ。


 此方には、元魔王の魔力がある。それを全部、力として上乗せする。





「……元魔王――――!」


 真っ白な空間で、長くて白い髪を揺らした白いワンピースの少女に話しかける。

 彼の言葉で振り返った少女は、碧い眼で彼の顔を見つめた。


「君から声を掛けてくるとは珍しいな」


 確かに彼女の言う通り、良の方から声を掛けるのは初めてかもしれない。

 名前で呼ぼうとしたが、彼女の名前さえ知らない事に自分でも驚いていた。


「それで、どうした? ここは君の生きている時間とは別ではあるが、戦闘中なのだから、用件があるなら手短に済ませた方が良いぞ?」


 そうだ。用があって、自分から彼女を呼び出した。

 しかし、いざ彼女を前にしてみると言いにくい。

 黙ったままでいると、彼女の方からずかずかと近づいてきて、睨みつける。


「早く言え」

「……俺に……き……す……してください」


 彼女の綺麗な眼を直接見ては言えなかった。

 聞いた彼女の方は、一瞬、疑問に思うような顔をしたが、すぐに理解して、良の顔を両手で掴んだ。

 彼女と目が合うと同時に、極限まで顔が近づいてきて、唇と唇が触れ合った。




「私の眼が嫌いなの? 私自身が嫌いなの?」

「君は……――――化け物だ」

「どうして、そんなひどいこと言うの?」

「ひどい……? どっちが……!? 地獄に落ちろ……!」

「何言ってるのかしら……ここが地獄でしょう?」




 ゆっくりと、顔を離すと、彼女は不敵な笑みを浮かべてみせた。


(なんだ……今の……?)


 何かが流れ込んできたが、それは声だけで、男と女が言い争いをしている様子だった。


「お望みなら、いくらでもしてやるぞ?」

「一回で……十分だから。それよりも……」

「ん? なんだ?」


 先ほど流れ込んできた会話について、聞こうと思ったのだが、何故か躊躇ってしまった。

 聞いてしまったら、何かが崩れ落ちてしまうような、そんな気がしたのだ。


「なんでもない」






 頭の深い傷が塞がるのと同時に、彼は元魔王からの魔力を自分の腕力に上乗せした。

 青池も瞬間的な魔力の上昇に気づいていたが、対処する時間もなく、良の力によって後方へと吹き飛ばされた。

 地面に何度も叩きつけられながら、何回転したかも分からないくらい転がった。

 その最中に顔面を強打したようで、鼻から血が噴き出す。

 ポタポタと地面に落ちる赤いそれを見ながら、青池は自分の身に何が起こったのか、分からなかった。

 ここはどこで、自分が何をしていたのか、一瞬だけ分からなかった。

 それでも刀は握り続けたままで、それを見た途端に、今の状況を思い出す。直後には、良の足元が目の前に見えて、青池が見上げると、自分に向けて炎の刃を振り下ろす良の姿が目に入った。

 自分の身を横に転がしながら、紙一重でその一撃から逃れると同時に、衝撃で、もっと転がる羽目になった。

 良の振り下ろした刀が地面を砕いた衝撃だった。


 大きな穴の開いた地面に平然と立つ碧眼の勇者。

 すると、その背後に、大きな影が現れる。この牢獄に囚われていた魔獣だった。

 そう。魔王の卵から少女が出てきた際に、この牢獄の結界は破壊され、拘束されていた魔物たちも解放されていた。

 開いた口は人間を丸呑みするくらい大きく、体も大人の身長の二倍はあった。

 天井に頭がついていて、狭そうに体を屈めている。

 閉じられることのない口から一滴の涎が地面に垂れ落ちた瞬間に、魔獣は動いた。

 その狙いは良で、何の言葉を発することもなく、食べにかかる。


「汚い」


 その一言で、魔獣を一蹴した。

 振るわれた刀はその体を真っ二つに斬り裂き、切り口から溢れ出した青い炎が全身を包み込んだ。

 あっさりと魔獣を討伐した良を目の前に、青池にはどちらが魔物なのか判別がつかなくなってしまっていた。

 いや、自分にだってあの魔物を一太刀で葬り去ることなど、容易いはずだ。

 それなのに、何故か目の前の男に敵う光景が思い浮かばない。

 頭の中に残っているのは、彼の太刀で砕かれた地面で、避けられなければ、自分がそうなっていたという事実だった。


 燃えた魔獣から青池へと碧眼の視線が移される。

 今度は自分が、あの魔獣のように、消し炭にされる番だ。


「……まだ、だ」


 こんなところでは死ねない。まだ、生きなければならない。

 握りしめた刀から、いくつもの電流が空気へと放たれる。

 ゆっくりと立ち上がりながら、青い光を睨んで、青池は咆えた。


「うぉおおおおおおおオオオオオオ――――――――!!!」










「とぉおおおりゃあああああああアアアアアア――――!!」


 声を張り上げながら、彼女は刀を振るって魔物を倒す。

 彩音は、地下の最下層で事件が起こっている最中も、ダンジョンを黙々と進み続けていた。

 もう少しで、最下層に届く一歩手前のところにまで辿り着いていて、それまでに葬ってきた魔物の数は百を超えていた。

 元々が、勇者の育成のために作られた施設と魔物たちであったので、今の彼女にとっては何の手ごたえもなかった。

 最初はダンジョンを楽しんでいたのだが、途中からは顔つきも真剣になって、下へと向かう時間も段々と早くなってきていた。

 彼女を急がせている原因は勿論、下で起こっている出来事だった。


「ふぅー……やっと着いた」


 ダンジョンの一番下にたどり着いた彼女は、自らの呼吸を整える。

 そこにいたのは、ダンジョンにいるはずのない魔物たち。最下層の天井を壊して、ダンジョンにまで進行してきていた、凶悪な魔物たちがいた。


「いち、にー、さん、しー……いっぱいいるねー。でも、これ以上、行かせるわけにはいかないから」


 彼女が勇者の中で、最強と言われているのには、二つの理由が存在する。

 一つ目は身体能力の高さ。もう一つは想像力の高さ。

 前者の方は、いくら魔力を自らの筋力に上乗せできるからと言って、土台の身体能力が高くなければ、できないことを無理やりにやったところで、その分の代償は自分に返ってきてしまう。

 後者の方は、想像から始まる魔法を扱う上では、大いに役に立つ。


Dwin(ディーウィン)


 彼女が詠唱した瞬間、彼女の周りに大きな風が巻き起こる。

 その風を乗りこなすように、スイスイと前に移動した彼女は、舞い踊るように刀を振り、魔物たちをなぎ倒していった。

 魔物一体に対して、何回も刀で傷を与えないと、活動停止に追い込むには不十分で、彼女は自らの体力を削りながら、その作業を行った。

 どれだけの時間を掛けて、どれだけの数の魔物を倒したのかはわからない。

 彼女にとっては一時間くらい戦っていたつもりだったが、本当は十分ほどの時間しか経っていなかった。


「ハァハァ……」


 魔物たちから離れるように後方へと下がった彼女は、息を切らしながら、両手を膝についた。

 倒しても倒しても湧いて出てくる魔物たちに、強力な魔法で対抗しようとも思ったが、首を横に振ってその考えを消した。

 三千もの骸骨たちを相手に、彼女は会心の一撃で、それらを薙ぎ払ったが、こんな狭い場所で使えば、施設ごと壊しかねない。

 彼女の魔法は、大勢の敵を薙ぎ払うのには向いているが、足止めをすることには向いていなかった。


「もっと広い場所だったらなぁ……」


 そんな弱音を吐いてはみるが、今はやれる事をしなければ、魔物たちが地上に出てしまっては、どれほどの被害になるのか、見当もつかない。

 もう、彼女の気づかないうちに一匹でも地上に出ているかもしれない。

 たとえ、そうだとしても、今現在、ここにいる魔物だけは、自分が始末しようとそう覚悟を決めた。

 幸運なことに、相対している魔物たちは、動きの緩慢なものたちが多い。


「ノロノロ動いたって、いつまで経っても、上にはたどり着けないよ!」


 少し笑みを浮かべた彼女だったが、あまり余裕はなかった。

 援護が来るなら、今かあと少しの時間できてほしいと思っていたその時、一人の人物が、彼女の目の前に落ちてきた。

 それは空間移動の魔法を使って、この場所に来た、同じ制服を着た女子生徒。

 さらさらの長い金色の髪を揺らしながら、背を向けていた彩音の方に、紺碧色の眼を覗かせ、横顔を見せる。

 彼女と同じ高校に通う書道部のシャーロットが立っていた。


「しゃーちゃん!! いいとこに来てくれたぁ!!!!」

「どうも。彩音さん……ちょっと! 離れてくださる!?」


 思わず抱き着いてくる彼女を必死に自分から引き剥がそうとするが、一向に離れようとはしない。


「やっさんは一緒じゃないのー?」

「彼は忙しいみたいなので、(わたくし)だけ彼の魔力の籠められた指輪を使って、ここに来ましたわ」


 彼女は右手を彩音の方に見せると、人差し指にいつもつけている指輪がない。

 良も一度、彼女の指輪を使って、空間を移動し、彼女と戦う羽目になった。


「それで、私は何もすれば良いでしょう?」

「あの魔物たちがここから出ないようにして! 地上に出たりなんかしたら、やばい! しゃーちゃん、そーゆの得意だよね!」

「はい。それなら、私の魔法で容易に足止めできるでしょう――――Regfniez(レグニーズ) ordwl(オードウル)


 詠唱とともに、彼女の足元が凍り付き、床を這うように進んでいった氷は目の前の魔物たちの足元にまで及んで、床と足とを固定した。

 身動きのとれなくなった魔物に、彼女はゆっくりと近づき、ふぅーっと息を吐いた。

 彼女の息が空気を伝って魔物の元へと届いた瞬間、動けない魔物たちの全てが一斉に、一瞬にして全身が氷で覆われた。


「うっ……さむっ……!」


 寒がる彩音を放っておいて、先に進もうとするシャーロット。

 金髪の少女を追いかけて、彩音はべたべたとくっつきながら、歩いた。


「ちょっと! 離れてくださいってば! 歩きづらいの!」

「だってぇ。寒いんだもん! しゃーちゃんにくっついてると、あったかいし! しゃーちゃんの魔法で寒いんだから、責任とってよねぇ」

「責任って……」


 ため息を吐きながら、彩音とともにシャーロットは地下の最下層へと足を踏み入れる。

 全ての魔物たちを凍らせた彼女たちだったが、まだ、凍ってない者を見つけて、駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


 女性職員と思われる人が、気を失ってその場に倒れていた。

 その傍には、首を斬られた魔物の死体と、頭部も存在していた。


「息はありますが、意識はありません。至急、救護を要請します」


 携帯端末を使って、救護要請を行った。シャーロットの目に、魔物の頭部が映り込む。


「どうしたの? しゃーちゃん?」

「いえ、ちょっと、あの眼が動いたような気がしたので……」

「め? 目なんてどこにもないよ」

「……はい?」


 転がった頭部は真っ白な毛で覆われており、大きな口も閉じられていたが、目はどこにもない。

 彩音にも目は確認できず、疑問に思って、近づきながらじっと見つめる。

 シャーロットは遠目で、魔物の頭部を見ていた。

 そして、シャーロットだけに見えている魔物の眼と彼女の目が合った。




『そうか。お前には、視えているのか――――』

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