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元魔王の碧眼勇者  作者: 刹那END
第2章 「魔王の卵」
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15話 「魔王の卵」

「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああ――――痛ッ!」


 どれくらいの間、自由落下していたのか分からないが、穴の最後は滑り台のようになっていて、加速したまま、柔らかい壁に激突した。

 拘束されていた椅子はいつの間にか無くなっていて、手足も自由になっている。


「ダンジョンって……出口はちゃんとあるんだろうなぁ?」

『落ちたのだから、上がれば出られるのではないか?』


 ダンジョンと言うからには、そんな簡単な作りではないような気がする。

 それに、あの怖そうな男は、何かを見定めると言っていた。何かしらの試練でも与えるつもりなのだろう。


「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああ――――ぶえふッ!」


 良と同じように叫びながら、このダンジョンへと落ちてくる人の声が聞こえてくる。咄嗟に良が数歩横にズレると、彼の元いた場所にちょうど良く、人が突っ込んできた。


「うう……わたしを受け止めてはくれないのか!?」

「そんな事したら、壁とお前に挟まれて俺が死ぬわ。それより、なんでお前まで落ちてきてんの?」

「だって、待っててもつまんないでしょ? それなら、落ちた方が面白そうじゃん!」


 彼女の考え方には全く賛同しかねるのだが、ダンジョンについての情報が少ない彼にとっては、貴重な情報源であることは確かで、その分では心強いと言える。


「アトラクションかなんかとでも思ってんの? 確かに迷路ってイメージはあるけど」

「迷路なの? ダンジョンって言われても、わたしよくわかんなくってさぁ! どんなのなのか楽しみだよね!」


 どうやら彼女は、全くこの場所に関する情報を持っていない、ただの役立たずのようだ。

 一つだけ役に立つ事といえば、戦力になるという事だけか。


「じゃあ、そーゆ―ことで出発だぁ!」

(なんでこんなにテンション高いんだろ……)


 所々、壁に設置された松明(たいまつ)以外に灯りの無い薄暗い道を、二人で進んでいく。

 地下なので当たり前だが、風が通っている感じはしない。出口を見つけるには相当の時間がかかりそうだ。

 そんな事を思っているうちに、階段に差し掛かり、やっと一階だけでも地上に近づくかと思いきや、それはただの下りるだけの階段だった。

 承知の上で階段を下りようとするのは、先行して歩いている彩音だった。


「ちょっと待った! 俺たちって今、地上に出ようとしてるんだよな? だったら、下に行っても意味いよ?」

「何言ってんのー? 下に行っても上に行っても、こっから出れればいいんでしょ? どっちでもいいじゃん!」

「……分かった。じゃあ俺は上に行く階段探すわ」

「うん。いいよー! どっちが先にここから出られるか競争だね!」


 競争するつもりなどないのだが、ここから一刻も早く脱出するという目的では一致している。

 足早に階段を下りて行った彼女の背中が見えなくなると、これまで辿ってきた道を戻って、分かれ道で別のまだ通っていない方向へと進む。

 すぐに階段は見つかったが、さっきと同様に下の階に繋がっているものだけだった。

 二つ目なので、まだ希望を失うわけにはいかないと、気を取り直して、他の階段を探す。

 しかし、上の階に行く階段は一つも無く、非常口のようなものも無かった。


「なんで無いんだよ!?」

『そんなの私が知るわけなかろう。でも、本当に無いならこのまま突っ立っていても仕方ないぞ』


 彼女の言う通りではあるのだが、それなら、彩音と共に下りた方がまだマシだったのではないかとも思う。危険なモンスターに道中出会っても、良が手を下さずとも、彼女が倒してくれていただろう。

 じゃあ、今から彼女を追いかければいいのではないか、という思考に辿り着くのと同時に、道を引き返すが、もう既に彼女が下りていった階段の場所は分からなくなっていた。

 どうしようかと悩んでいたその時、唐突に頭の中から声が聞こえた。


『……けて』

「……? なんか言った?」


 頭に直接語り掛けてくるのは、どう考えても一人しかいないのだが、彼女は首を横に振った。


『……私じゃない』

「じゃあ、誰……?」

『た……て……たす…………たすけて……!』


 その瞬間、真っ暗な部屋で蹲ったまま、助けを求める少女の姿が眼に映りこんだ。

 それはほんの一瞬のことで、瞬きした後には少女の姿など、どこにもなかった。


「……なんだ、今の……?」

『嫌な雰囲気だ。早く出た方が良い』


 そうしたいのは山々なのだが、上へ行けないとなると、早く出ていくことはできそうにない。


『でも、誰かが君に助けを求めているのは、事実だ』


 そんな事を言われたって、今助けてほしいのはこっちの方だ、と心中で呟くが、彼の中にいる元魔王には丸聞こえだ。


『放っておくのか? 君に助けを求めていたのかもしれないぞ?』

「無視するわけじゃないけど、今のこの状況で、どこにいるかもわからない子を助けられるか?」

『多分、この下にいる』


 遠回しに下に行けと言っているようにしか聞こえない。

 階段を下りようか、どうしようかと考えていると、携帯電話が震え出した。

 地下なのに圏外じゃないのかと、疑問に思いながら、ディスプレイに目をやるが知らない番号からだった。因みにアンテナは、全て立っていた。

 出るつもりはあまりなかったのだが、無視していても一向に鳴り止まない。

 溜息を吐きながら、画面を触って耳に持っていく。


「もしもし」

『瀬口(つかさ)のケータイで間違いないか?』

「……はい。そうですが……?」


 どこかで聞いたことのある声だが、一瞬で思い出せないということは、親しい仲ではないことは確かだ。


「誰ですか?」

『先ほど君と会った勇英社の者だが、もう忘れてしまったかね?』

「こんな場所に落とした人を、忘れたいと思うのは当然だと思いますけど?」

『そんな冗談を聞いてられるほどの時間が無い。単刀直入に言おう。ダンジョンのさらに下にある魔物収容施設の結界が何者かによって解かれた。これから、君のいるダンジョンに凶悪な魔物が多数雪崩れ込んでくるだろう。それらを早急に拘束または処理してもらいたい』


 勝手に落としておいて、自分の都合が悪くなったら利用する。

 腹立たしい以外の感情が無くなってしまうくらいに怒っていたのだが、同時に助けを求める少女の姿が脳裏に過ぎった。


「……そこに子供がいるとかないですよね?」

『ダンジョンの下にか? もし一般人がそこにいたとしたら、もう生きてはいまい。まあ、万が一にも無いだろう』


 少女がそこにいるとして、まだ生きているとしたら、どれだけの怖い思いをしているのか、良には分かっていた。

 龍や金城と対峙した時、どれだけの恐怖を味わったことか。

 そんな体験を今まさにしているかもしれない彼女を、助けようと思わない理由は今の彼にはなかった。


 一方的に切れていた携帯電話をポケットにしまって、階段に向けて歩き出す。それは勿論、上るものではなく、下りるものだ。


『助けに行くのか?』

「……そーだよ。でも、間に合わないかもな」


 自分の中にいる碧眼の少女は嬉しそうに応える。


『大丈夫だ。私が見つけよう』

「どうやって?」

『君に直接話しかけてきたんだ。それ相応の魔力は持ち合わせているはず。それを辿る』


 その瞬間、元魔王である彼女の見ている光景が、良の頭に流れ込む。

 それは勇者斡旋企業のビルの下に存在する広大な地下空間の全貌だった。

 そして、その最下層に、泣いている少女の姿を捉える。同時に、無数の魔物たちを次々に倒していく強大な魔力を持った存在も確認できた。


『あの娘、よく働いているなぁ。この分だと、君は少女を助けるだけでいいかもしれないぞ』


 そうなるといいのだが、現状の課題は、今いるこの場所から少女のいるところまでどうやって行くか、だ。

 迷路のように複雑な道を辿ると、少女の元に着くまでに相当な時間がかかる。


『だったら、真っすぐそこに向かえばいい』


 嫌な予感がした時にはもう遅く、自分の体なのに手足の自由がきかなくなった。

 勝手に地面に両手を置いて、四つん這いの姿勢になる。

 彼の中にいる白髪の少女が、彼の体をコントロールしていた。


『Scitrudentoサイトルーデント


 手で触れている部分の地面が崩れ落ちて、一緒に良自身も下の階に落ちた。


『こんな感じで下りていけばいい』

「これ一番下まで続けてたら、絶対ケガするでしょ!? それに、魔物捕まえろって言われてんのに、こんなでっかい穴開けて、逃げ道作ってどーすんだよ!?」

『しょうがないなぁ。Siretarontoシレタロント


 彼女が唱えると、無数の破片が宙に浮かんで、破壊された天井の穴を綺麗に埋めた。


『こうすればいいのだろう? まあ相手は魔物なのだから、塞いでも容易く破壊されると思うが』

「……じゃあ、一番下までノンストップでいいよ……」


 その言葉を聞くと、彼女は嬉しそうにもう一度、魔法を唱えた。









 真っ暗で何も見えない。

 当たり前だ。まだ目を開いたことがない。だが、ここが知らない場所であることを彼女は知っていた。

 ずっといた場所から移動させられたことが分かっていた。

 一緒にいた生き物の温もりを感じない。

 だったら、寒いのかと言われれば、そうでもない。自らの周りに漂っている液体が体温を一定に保っていた。

 でも、一つだけ感じていることがあった。


 寂しい。


 周りにいた、暖かい温もりを伝えてくれていた生き物は、今は誰も傍にいない。

 そして、こんな孤独な状況で、彼女の殻は割れようとしていた。



 暗闇の中に大きな卵があった。

 全長一メートルはある、それは、最近になってこの場所に持ち込まれた。

 勇者の仕事を管理している勇英社の建物の地下。そこは、複雑な構造で、最新鋭の設備が整っている。

 魔物が魔法を使えないように幾重にも積み上げられた結界がその周りを覆っている為、凶悪な魔物を閉じ込めておくには最適な場所だった。

 卵も魔界から持ち込まれたものだったので、勇英社の地下に置かれるべきものであった。

 しかし、そこには誤算があった。

 その卵が強大な力を持った者によって産み落とされたことを、企業の者たちは知っていたのだが、まだ卵であるということで、特別な拘束をすることなく、ただ、置いているだけだった。


 ピキッ――――。


 卵に一筋の皹が入った。それだけでは何も起こらない。

 一筋の皹が蜘蛛の巣のように広がっていき、全体に行き渡った瞬間、大きな魔力を放出しながら、それは割れた。


 パリンッ――――。


 手元から床にガラスのコップを落としてしまったような音が響く。

 その音は卵が完全に割れた音であるのと同時に、放出された魔力によって結界が破られてしまう音だった。

 それは、その場所に収容されていた魔物たちが一気に解き放たれることを意味していた。



 初めて見た外の景色は真っ暗で、目を閉じている時となんら変わらなかった。

 卵から生まれた一人の少女。その容姿は人間の子供にしか見えないが、耳の上から生えた小さな角が、彼女が人間ではないことの証明になっている。

 卵の中ではずっと、暖かい液体に体が包まれていたので感じることはなかったのだが、殻の外に出て、初めて寒さを覚える。

 同時に襲い掛かってくるのは、何もわからない恐怖だった。


「ゴホッ……!」


 口から言葉を発そうとしたが、何かが詰まってうまく出なかった。

 そんな彼女の咳き込んだ音に反応するように、足音が近づいてくる。


Thilg(シルグ)


 誰かが魔法を詠唱するとともに、眩い光が視界に現れて、彼女は思わず目を瞑った。

 その後も何か言っている様子の誰かだったが、耳に液体が詰まっていて、彼女には聞き取れない。


「あ、た……う、け、て……」


 初めての言葉を口にしながら、目を開けて、自分の元に来た誰かに助けを求める。

 しかし、そこには怖い顔で自分を睨みつける男しかいなかった。


「う……たすけ、て」


 涙目になりながら、助けを求める相手は、目の前の男ではない。

 自分に対して、敵意を剥きだしているその男から、救ってくれる誰かを求めていた。


「たすけて……たすけて……!」

Drows(ドロウズ) miny(ミニー) hdan(ハダン)


 その瞬間、男の手に鋭い刃物が握られる。

 ゆっくりと、距離を詰めてくる男。

 下半身を引き摺りながら、必死に下がる少女。

 その距離は段々と近くなり、刃が届き得る範囲にまで来た。

 どうして男が自分に敵意を向けているのか、彼女には全く分からない。何も悪いことなどしていないのに、どうして、刃を振り下ろそうとするのか。

 分からないまま、無情にも魔法で形作られた刀が、彼女に向けて振り下ろされた。


 恐怖で目を瞑っていた彼女は、大きな音を聞いた。

 自分が刺された音なのかは分からないが、恐る恐る目を開いてみると、彼女は無傷だった。

 代わりに自分の周りには瓦礫が散乱しており、天井にも大きな穴が開いていた。

 そして、目の前には、自分を守ってくれた誰かの大きな背中があった。

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