第五十九話 犯人
「……ちっ、失敗したか」
そんな苛立った声が響く。
「ああ、完全にな!」
冬樹はゲートをくぐり、銀髪の頭を殴りつける。
パワードスーツをまとった渾身の一撃だ。
男の身体は派手に吹き飛び、冬樹は捕まっていた老人と老婆を抱えて、すぐにゲートをくぐらせる。
ミカーヌフェがゲート先で受け取り、二人もゲートをくぐる。
銀髪の男は頭をさすりながら、体を起こし不気味に笑みを作る。
「く、くはは……魔王様、まさかアナタ様から会いに来てくれるとは思っていませんでしたよ」
銀髪の男が不気味に両手を広げて笑う。
ただただ、狂ったように。
「あたしはヤユだっ」
「魔王様、今回は最高のおもてなしはできませんでしたが、せめて、このプレゼントを残しましょう」
そういって銀髪の男は本を開き、思い切り破く。
冬樹はすかさず地面を蹴り男の体を押さえつけるが、男は霧にまぎれるように消えていく。
これも偽物、だったということだろう。
用意周到さに苛立っていると、魔本から魔力があふれる。
衝撃波となって、冬樹の身体は弾かれる。
着地すると、そこには巨大な石造りの化け物がいた。
膨れ上がった体をもった生物は、ぎょろりと目をうごかしてこちらを射抜いた。
「あなたたち、何かしら?」
美しい声がゴーレムから響いてくる。
その身体は膨れあがり、寺院を破壊する。
もともと寂れた場所であったため、誰かいるということはないだろう。
ヤユを抱えながら、ミカーヌフェとともに寺院を脱出する。
「……昔、魔王が製作した本物のゴーレム、ユトンじゃな」
「こんな化け物をどうやって倒せって言うんだよ」
「所詮は、昔の魔王が作ったものじゃ。今ココに天才で可愛く最強のわしと、その最強の部下、フユキがおれば問題ないんじゃよ!」
「誰が部下だっ!」
「……あたしも手伝うから」
ゴーレムはその強大な腕を振り上げる。
冬樹とミカーヌフェでその腕を破壊しようと武器を構える。
ヤユが片手を向ける。
白いゲートが作られ、ゴーレムの腕を飲みこみその腕を別の場所に転移させる。
「お、おい……ヤユさすがにやりすぎだっての」
「……あんまり連発はできないから、用意ができている間に仕掛けただけだから」
転移先には突然巨大な腕が現れたのだから驚きだろう。
「チッ! 魔王級の魔法使いが相手となると、厄介だわ」
「そうか、そうか! ならばわしも全力をみせてやるんじゃよ!」
神器を振るい、同時に魔法を放つ。
雷と水がまざるようにして、ゴーレムの全身を吹き飛ばす。
ゴーレムの身体は強大だ。
街を破壊するなどではおおいに活躍できたであろう。
しかし、あまりにも攻撃を受けやすい体だ。
魔力にものをいわせた、水と雷の攻撃にゴーレムは体をのけぞらせる。
出番がまるでない。
このまま放っておいてもミカーヌフェが一人で押し切ってくれそうにも思える。
「……魔力変換」
ゴーレムの笑い声のようなものが響く。
ミカーヌフェが放っていたすべての魔法が、消失し、近くに土で作られたようなゴーレムがいくつも出現する。
「……なんだよこれは? 味方、じゃねぇよな?」
「……うむ。そうじゃな、たぶんわしの魔力が全部利用されたんじゃな」
「ざけんな!」
ぺろっと舌を出したが、冬樹とヤユで無言のジト目をぶつける。
さすがに耐え切れなくなったのか、ミカーヌフェが言い訳をのべる。
「じゃ、じゃって! 魔法攻撃をこんな風に変換させるなんてずるいんじゃよ! だったら、無力化のほうがマシなんじゃ! う、ウィンクするから許して!」
「死ね!」
拳を叩きこみ、冬樹は震刃を両手に持つ。
『……相手のゴーレムは、魔法の糸で操っているようなものよ』
『だったら、いつもので大丈夫か』
冬樹は敵の魔力を分解するために、震刃に魔力をまとわせる。
ゴーレムの動きはさして早くはない。
彼らが全力疾走などしてこようものならば、とっくにやられていただろう。
一つ笑みを作り、震刃を振るう。
糸のなくなったゴーレムたちは、その場で崩れてやがて消滅する。
その隙をつくように、ゴーレムが巨体を操り踏みつぶしてくる。
『あのゴーレムはどうすればいいんだよ!』
『……あいつは、中央の腹をかっさばいてやりなさい。そうすれば、全部わかるわ』
『……あれは魔法じゃないのか?』
『……魔法よ。幻覚のね。だから、無効化することはできると思うわ。けど、すぐに作りなおせるから……ま、腹に攻撃するのが一番よ』
『腹、か』
ゴーレムの腹部は太っているかのようにボコっと出ている。
冬樹はヤユを抱えながら攻撃を避ける。
「ヤユ……転移魔法で、俺をあいつの腹の部分に転移させられるか?」
「うんっ」
ヤユがこくりと首を縦に振り、冬樹は大きく跳んで後退する。
「ミカーヌフェ! ヤユを頼む!」
距離をつめてくるゴーレムへと冬樹は駆けていく。
「ゲート!」
潰しにかかってきたゴーレムの手が当たる直前に、冬樹の身体はゲートをくぐる。
そして、ゴーレムの懐に入り、震刃を握りその腹へと振るう。
全力で振動させてゴーレムの体を横薙ぎに切り裂く。
腹の中には、少女がぽつんと座っていた。
こちらと視線が合うと、途端に涙を流す。
「な、何をするの! 私の体みてそんなに楽しいの! やめなさいよっ!」
簡素な服に身を包んでこそいるが、髪はボサボサで目の下にクマもある。
慌てた様子で再び、ゴーレムの体の中に閉じこもろうとする。
咄嗟に中のほうに冬樹が入ったのは、反射のようなものだった。
暗くなったゴーレムの腹の中で、少女が吠える。
「あ、あんた! 外に出なさいよ! ここ私の場所なのにー!」
『……はい、これがこいつの本当の姿。こいつ、自分の姿が嫌いでいつも幻影のゴーレムの姿に隠れているのよ。あと、油断してないときは、いつも自分の姿も幻覚で見えないようにしているんだけど……ま、油断してたのね』
「そ、そのネックレスの中に! チビチビなハイムがいるわねー! 出てきなさいよバーカバーカ!」
『……うっさいわね! とりあえず、そいつに震刃をぶちこんでやりなさいよ!』
「そ、その震える剣を私にぶちこむの!? やめなさいよねっ、バーカバーカ!」
『おい……こいつをどうするんだよ? さすがに……殺すのはちょっとな』
暗闇の中でうっすらと見える彼女の顔は涙で覆われている。
『封印とかできないのか?』
『……できないわよ。魔本壊れちゃったじゃない。ヤユの力がつけば、もしかしたら魔本を作れるかもしれないけど、消滅以外は無理ね』
『おまえ、ネックレスに住み着いているじゃないか』
『……それは例外よ。あたしがあんたと仮契約をしたからよ』
『だったら……こいつとも契約をすればいいってことか?』
「契約なんかしないよー! まるぎこえなのよバーカバーカ!」
『……むしゃくしゃするわね! フユキ! さっさと殺してしまいなさいよ! 契約なんかあたしが認めないんだから!』
『そりゃあ完全におまえの私怨入ってるだろ……ええと、ユトン、でいいのか?』
「なによー? 人間みたいなバーカな奴に名前を呼ばれたくないんだけどっ」
『……フユキ! あんた余計なことを考えるんじゃないわよ!?』
「……おまえは殺し合いをしたいのか?」
ユトンの目線にあわせてゆっくりと声をかける。
ユトンはしばらく考えたあとに、人差し指をたてる。
「えー? 私誰かに利用されるの嫌なのよね」
彼女の笑顔はどこかアホっぽさがある。
「だったら、もう誰にも力を振るわないっていうなら、このネックレスの中に入っておくか? 俺はおまえを利用するつもりはねぇ」
「……ほんと?」
「ああ、おまえが望むなら、後で別の道具に移してもいい」
「利用しない? ほんとにほんとに!?」
「ああ」
強くうなずくと、ユトンは立ち上がると嬉しげに小躍りをして抱きついてくる。
「わかったよー! バーカな人間の言うことを聞いてやるよ! ホレ!」
『……入ってくるなアホ!』
『わー! そういえば、おまえがいたのね! バーカバーカ! ていうか、このネックレスの中随分とベッドとか整ってるわね! どんだけ改造してんのバーカバーカ!』
「喧嘩するなら、二人でしてくれ! こっちに聞こえるようにすんな!」
怒鳴りつけても、二人の喧嘩が消えることはない。
やがて、ユトンが消えたからかゴーレムの姿もなくなる。
足場が消え、冬樹は慌てて着地する。
「お義父さん! 大丈夫?」
「この通りな。ヤユのおかげで無事に解決できたよ」
ヤユとミカーヌフェが駆けてくる。
ヤユの頭を撫でながら、ミカーヌフェを見やる。
「ありがとな」
「ふん、別になんでも良いんじゃよ。それより、さっさと戻るのじゃ。きっとみんな帰りを待っているんじゃよ」
「そうだな、俺の仲間も……心配してるかな?」
「仲間? レイドたちのこと?」
ヤユがきょとんとした様子でこちらを見てくる。
説明が難しい。
「会えばわかるよ」
ただ、それだけを伝えて、ヤユの転移魔法を使い老人と老婆を回収して竜に乗る。
全員で竜に乗るとさすがに速度は出ない。
ヤユが大きなゲートを作り、街近くに転移してから竜の飛行で戻る。
「フユキさん!」
ルナが駆けてきて、冬樹は軽く手をあげる。
ヤユは戸惑った様子であったが、持ち前の人懐こい笑みを浮かべる。
見渡すと、戦争が中断されたこともあってか、ワッパたちも生身の体でこちらへと来ている。
「え、えーと……ヤユです」
「あ、フユキさんやっと見つかったんですね!」
「まあな」
「……だーりんよかった」
「あ、ああ」
「……?」
ヤユが怪しむ様子で顎に手をあてる。
「フユキ! 勝手に……行くなんて心配したです!」
ワッパが駆けてきて冬樹に抱きついてくる。
ヤユが目をぱちくりと見開いている。
それから、ヤユはさっさと周囲をみて、事情を理解した様子で腕を組む。
「ねぇ、おっさんって、異世界で何してたの? 嫁探し?」
「おまえ探してたんだよ! みんな協力してくれたの!」
「本当に? まあ、いいんだけど……変な女に引っかからないでね? あたしまで不幸になるのは嫌だからね」
ヤユがひらひらと手を振って歩いていく。
変な女……確かにある意味変な女だらけである。
はははと、冬樹は苦笑いをするしかなかった。
――やっと、全部解決した。
戻ってきたんだ、と冬樹は歩いていくヤユの背中をみて、目をこすった。