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第五十六話 開始

 部屋にいたレイドは、ふうと短く息を吐く。

 明日は人間との戦争だ。まあ、昔に比べて戦争で血が流れることは少ないだろう。

 自分の主であるミカーヌフェは先ほどベッドに入っていたが興奮してろくに眠れないだろう。

 まったく、子どもすぎる。


 そんな主を出し抜くようなことをしなければならないのは心苦しかった。

 短く息を吐き、ヤユ様の様子を見にいく。

 廊下についた魔石に魔力を流し、道を照らしていく。

 やがてついたヤユ様の部屋。

 数度ノックをしてから、扉を開ける。


「ヤユ様、早く眠ってください」

「その、様はやめて」

「ですが、ヤユ様は魔王様の力を引き継いでいます」

「やめて! 私はただの人間だ!」

 

 ヤユ様はそのまま布団を頭に被ってしまう。

 後ろめたさがあったため、それ以上のことは伝えなかった。

 レイドは扉をしめ、短く息を吐く。

 相変わらず、ヤユ様はこちらに対して敵意を持っていた。


 部屋に戻ると、窓に鳥がいた。

 握りつぶしたい気持ちを抑え、レイドは窓をあける。

 鳥は数度羽ばたき、言葉を発する。


「あの、魔王様を誘拐する準備はできているな?」

「……はい。本当に家族を解放してくれるのですよね?」

「逆らわなければな。おれの雇った奴らをそちらに送る。戦争の間に魔王様をその街から連れ出せ」

「……朝食に睡眠薬を入れます。ヤユ様が眠れないからとすればミカーヌフェ様にも疑われません。ただ、私は戦争にいく必要がありますので、そのあとはどうにもできません」

「ふん、使えないな。まあ、いい。そこまでしてくれるなら、あとはこっちでやる。精々、気づかれないようにするんだな」


 鳥はそのまま羽ばたいて、闇の中へと消えて行った。

 冷たい風が吹き、レイドは窓をしめる。

 心が、苦しかった。

 呼吸があれる。嫌な感情が沸き起こる。


 ミカーヌフェ様にも、ヤユ様にも、嫌われたくはない。

 けれど、死にかけていた自分を拾って育ててくれた大切な両親を守るために、その二人の信頼を利用している。

 思わず笑ってしまう。投げやりな気持ちで忘れるように布団にくるまる。

 明日なんて来なければいいのに。


 誰でもいい。どうにか、この状況から解放して欲しい。

 人質にされたのは、ヤユ様を拾った次の日だ。

 実際に敵の姿もみている。


 捕まっている両親の顔も見せてもらった。

 あの銀髪の濁った目をした男の薄ら笑いを思い出し、拳を枕に叩きつける。

 もっと力があれば。

 レイドは悔しさに歯噛みした。


 ○


 レイドが去った部屋でヤユは布団にくるまったまま、涙を流していた。

 異世界に来てからずっと、悲しんでいた。

 また、巻き込んでしまった。


 おっさんの兄と同じように。


 おっさんの兄が死んだ原因を作った時を思い出し体を抱く。

 焦りで暴走した転移魔法によって、兄の腕をもいでしまった。

 そして、兄は片腕では勝てず、敵に殺された。

 ……そして、おっさんも異世界へと巻き込んでしまった。


 ああ、まただ。また、やってしまった。

 今度こそは、今度こそは……自分の体なんてどうなってもいい。

 ……自分に手を指し伸ばしてくれる誰かを、巻き込みたくあhない。


 そう思っても、結局この力が他人を巻き込んでしまう。

 ヤユはひとつの決意を固める。

 他人の魔力から記憶を断片的に覗けるヤユは、明日何が起こるのかを知っていた。

 レイドが敵を裏で率いて、自分を誘拐させようとしている。


 相手は、知らないがかなりの魔力を所有していて、レイドの家族を人質にとっている。

 ……レイドには感謝もあった。

 別に自分が利用されようがかまわない。

 明日、おそらくはやってくるであろうおっさんとの再会は絶対にしたくなかった。


 このまま別れてしまうのが、彼にとっても幸せであろう。

 だから、レイドの作戦通りにヤユは動く予定だった。

 誘拐されて、命を失ったことにすればいい。

 そうすれば、おっさんは自分を諦めてくれるだろう。


 元の世界に戻る方法は……まあ、仕方ないが、それでも、このまま自分を守りながら地球で生きるよりかはよっぽど幸せに、安全に暮らせるだろう。

 もしも、おっさんが死ぬようなことがあれば、今度こそ耐えられない。


 だから、ヤユは、このまま彼の元から離れようと決意した。

 ベッドに入り、布団を頭からかぶる。

 それでも、地球での思い出が頭の中にちらつく。


 離れようとすれば、今度は楽しい思い出が、一緒にいたいと思えば、苦しい記憶が。

 どうすればいいのだろうか。

 ヤユは涙を出さないように抑えながら、目を閉じた。




 ○


 日にちは過ぎ、戦争開始の日となり。

 期待以上の晴天によって、太陽がさんさんと大地をてらす。

 冬樹は目元を手で隠しながら、対面した魔族をにらみつける。

 話はルナとミカーヌフェによって行われる。


「こちらの五人が、私たちのチームの代表者です。生身の人間の参加は、こちらの五名で総魔兵は千です。代表者は私、ルナ・ミッフェル・レ・ルーウィンです」

「ほぉ、よっぽどそちらの女が戦闘に自信があるのじゃな。こちらの分配は――」


 ミカーヌフェの説明は不明瞭でわかりにくい。

 全員で困った顔をしていると、レイドが説明を行ってくれた。

 敵の魔兵は千五百。その半分ほどがミカーヌフェにつけられる。

 まあ、それが一番確実であろう。


 代表者はミカーヌフェではない別の魔族。

 彼女も優秀なようで、代表という重荷をまるで気にしていない様子であった。

 敵の三名も発表される。

 男は冬樹だけであり、それがミカーヌフェには面白い様子であった。


「ふん、男を入れなければならないほど戦力が足りなかったのか?」

「さぁ、それはどうでしょうかね」

「見たところ、魔族というわけでもあるまい。いったいどんな戦いを見せてくれるのか、今から楽しみにしておるんじゃよ」


 余裕綽々といった様子で、ミカーヌフェが下がっていく。

 戦争開始は時間によって決まっている。

 お互いの双子魔石を並べたテーブルに、結界をはる。


 フィールドは、おおよそ地図で指定されていて、魔法によっておおまかに示されてもいる。

 広大な戦場をどう利用するかが、勝敗を決めることになるだろう。

 自分たちがしいた拠点へと戻り、そこでルナを中心に作戦を改めて確認する。


 ルナは表情をこわばらせながらうなずく。

 無茶をするなと、視線にこめられる。

 ……心配されているのはわかっているが、どのみちミカーヌフェを倒さない限りはこちらの勝利はない。


 ルナたちは防衛を優先としているし、実際防衛さえできればヤユを探しにいくチャンスはあるかもしれない。

 だが、勝利すればより簡単にヤユを見つけることができるだろう。

 冬樹は気合をこめるように頬をたたく。

 戦争開始を告げる魔法が空へと打ちあがり、こちらも返事をするように魔法をあげる。


 同時に、冬樹は一人拠点を抜けて一気に大地を駆ける。

 開始直後であれば、敵もすぐにはやってこないであろう。

 敵は、明らかにこちらをなめている。

 その油断をつくように、最初に攻撃をしかけ――。


 その瞬間、冬樹の魔力領域に異常な速度の人間がひっかかる。

 とっさに冬樹は放たれた斬撃に魔力をぶつけ、それでもとめきれない一撃を震刃で受ける。

 両腕に重たい衝撃が伝わる。

 いくらかあった、木々が遅れて倒れ、敵の姿を視認できるようになる。


「なんじゃ、仲間がいないうちに魔法で一掃してやろうと思ったんじゃがな……。まさか、人間の男にとめられるとは思わなかったんじゃ」

「……ミカーヌフェ、か」

「そういえば、わしは男の名前は聞いておらなかったな……。まあいいか。どうせすぐ倒すんじゃ」


 ミカーヌフェの余裕な態度に、さすがに頬がひきつる。

 今まで見てきた中で一、二位を争う容姿だ。

 美人だからといって加減をするつもりはない。

 怒りを震刃にこめるようにして、冬樹は姿勢を整える。


『……あれ、かなりやばいわね。ネックレス間違えて壊されないでよね』

『もしも壊れたらどうするんだ?』

『……身近な魔力のあるものにとりつくだけだけど、ここ居心地いいんだから』


 ハイムの調子のいい言葉につられて、笑顔を作る。

 強敵であるほうが、戦いは面白い。

 冬樹は両手に震刃を構える。

 ここはおそらくお互いの魔兵が戦闘を展開する場であろう。

 ここで大きな戦いを起こせば、お互いに不利な展開になるはずだ。


「さてと……やるか」

「さっきの神器の一撃を防いだのをみるに、魔法に対しての抵抗力だけで、わしの相手として選ばれたんじゃな」

「……さて、どうかな?」

「じゃが、その抵抗力も疑問が残るんじゃよ」

「ま、なんでもいいだろ。始めようぜ」

「ふん、やる気だけは一丁前じゃな」


 ミカーヌフェが剣を構えた。

 剣を打ち合いながら、冬樹は別の道へと逃げるように走っていく。

 ……このあたり一体には魔石が埋められている。うっかり爆発でもさせられたら、たまらない。

 


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