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第五十四話 街巡り3


 昼食は本来それぞれが自由にとることになっている。

 メイドには苦労も多いだろうが、このくらいの仕事は問題ないそうだ。

 冬樹はルナと対面するように座っていた。

 ルナがともに食事をしたいというからだ。


 礼儀はあまり知らない。

 雑と思われるような食べ方だけはしないように気をつける。

 軽く話もする。

 この前の闘技大会やレイドン国のことなど。

 そうして、食事の時間が終わる頃にルナがフォークを置いた。


「……ミズノさんは、もしもヤユさんを助けたら、元の世界に戻るのですか?」

「ま、それが一番だと思ってるよ」


 この世界には本来冬樹という人間はいない。

 何より、この世界ではまだない科学という力がある。

 それによって様々な問題が発生するかもしれない。


「そう……ですね」


 ルナは一度暗い顔を作ってからすぐに笑顔を見せる。


「ミズノさんにはミズノさんの生活がありますからね」

「あ、あぁ」


 言われて冬樹は、仕事など大丈夫だろうか心配になってきた。

 食事を終えて、ルナは自分の作業員に戻る。

 冬樹も特にやることはなかったが街へと向かう。

 

「ワン!」


 そんな声が響き、冬樹が視線を向けた先にスピードスターがいた。

 近づいてきたスピードスターを受け止めてから、


「おまえ、人間に変身出来るんだよな?」

「がう……」


 どうにも歯切れが悪い。

 あまり触れられたくないことのようだ。


「ちょっとだけでいいから、人間になってくれないか?」

「わぅ……」


 ふりふりと首をふるスピードスターに両手を合わせてさらに頼み込む。


「なっ、ちょっとでいいから!」

「……わん」


 やがて、スピードスターは諦めるように鳴く。

 一歩ほど下がったところで、スピードスターの身体が光る。

 目の前には裸身の美少女がいた。


「ぶっ!」


 思わず吹き出してしまう。

 だってまさか、服をきていないとは思っていなかったから。

 しかし、普通に考えれば当然のこと。

 考えが足りなかった。冬樹はひたいに手をやっていると、


「だ、だーりん?」


 涙まじりのミシェリーの声が耳をうち、振り返る。

 最悪だ。

 ふるふると体を震わせたミシェリーとワッパがいたのだ。


 ちょうど、お昼を食べに来たのだろう。

 レナードやクロースカも後ろにいる。

 状況を理解しているのはレナードだけのようだ。

 クロースカも何かを企むかのような笑みを作っている。


「……脱げばいいの?」

「やめろ、ミシェリー!」

「フユキ……! 浮気は……嫌です!」


 もうどこから手をつければいいのやら。

 ひとまず、この状況で一番困ってしまっているスピードスターに目をやる。


「裸がいいの?」


 ミシェリーの責めるような声は無視して、スピードスターの肩を掴む。

 びくりと彼女は体を跳ねさせる。


「スピードスター、悪い! もう、戻っていいぞ!」

「わぅぅ……」


 恥ずかしげに体をひねった後、スピードスターはこくこくと頷き犬の姿に戻る。

 ホッと胸を撫で下ろすのも束の間、冬樹は背後に迫ってきていた二人に顔を向ける。


「……だーりん、今ここで脱いだほうがいい?」

「しつこいっ、脱がなくていい! 早く昼飯食べてこいっ」

「フユキ……私はそういうの、あんまりよくない、と思います!」

「誤解だっての! スピードスターはただの犬だ。いいから、ほら二人ともしっしっ!」


 追い払うように手を動かすと、二人は顔を見合わせたあとに去っていった。

 レナードに事情の説明をお願いして、スピードスターとともに屋敷から離れる。

 呼吸を整えてから、スピードスターの近くにしゃがみこんだ。


「スピードスター、おまえはうちの切り札だっ」

「わう?」

「まあ、それについてはおいおい説明するとして、だ。どのくらい戦えるのか。外に行って試してみていいか?」

「がうがうっ!」


 やる気十分のスピードスターを連れて行こうとすると、街の外に向かっているトップの姿を見つける。

 ちょうどよかった。


「トップ、外に行くんだったら一緒にいかないか?」

「リーダーか、そうだな。一緒に行くとするか」


 門の近くにいた自警団の二人が頭をさげてきて、共に外に出る。


「代表者の残り二名は誰か決まったか?」

「一人は、スピードスターが候補としてあるな」

「……ほ? それは確かに面白いかもしれないな」

「だろ? スピードスターに人間の状態になってもらって、相手に紹介する。その後、獣状態になってもらって逃走に徹してもらうってのはどうだ? あ、でも、魔族ってのはそういうのもわかっちまうものなのかな?」

「いや、大丈夫だ。魔族はそこまで万能じゃないからな。ただの犬くらいにしか思わないだろうさ」

「そうか。スピードスターに大量の魔兵をくっつけて逃げてもらえば……な?」


 それで、別の誰かに魔兵に指示を出してもらえればいいだろう。


「なるほど……。戦闘が出来る代表者ではなくて、逃走者として、か。そういう使い道もあったな」


 木々の間を縫うように歩いていると、魔獣が姿を見せる。

 対応しようとするとトップが片手で制してくる。


「たまには、オレにも戦わせてくれ。体だがなまってしかたない」

「そんじゃ、まかした」


 トップは強く大地をけって距離をつめる。

 数秒で魔獣を葬り、剣をしまう。


「やっぱり、あいつらをまとめてるだけはあるな」

「別に生まれたときから身体能力が高かっただけだ」

「そりゃあ、生んでくれたご両親に感謝だな」

「……ああ」


 トップとスピードスターに戦闘は任せて、冬樹はじっくりと観察していく。

 スピードスターの実力は、普通の魔獣を圧倒するレベルだ。

 おまけに水魔法を使えるのだから、比較的強いだろう。

 トップは、冒険者のA級かそれ以上の実力はある。

 ミシェリーと本気でぶつかったらどちらが勝つか……予想は難しい。


「リーダー、少しいいか?」


 周囲の魔獣を狩ったところで、トップが近づいてくる。


「なんだ?」

「オレと手合わせをしてくれないか?」

「そりゃあまたなんでだ?」


 代表者に選んでくれ、という野心は彼にはない。

 となれば、他の理由が思いつかない。


「……もしも、オレがいなくなっても、あいつらを任せられるか、それを確かめたいんだ」


 彼の言葉に眉尻があがった。

 トップはどうにも自分を考えていない。

 他の三人を見てくれ、とかトップは自分がまるでいないときを考えて振舞っているよるに感じた。


「……なんだよそりゃあ。言っておくけど、俺はルナたちに処分されないためだけにおまえたちのリーダーになったんだぞ?」


 盗賊として疑われていた。リコが特にその様子が顕著であった。

 街の人たちに受け入れられない可能性があったから、冬樹は引き受けたにすぎない。

 これから先、ずっと面倒をみれる、なんて約束は冬樹にもできない。


「……そうだな。けど、オレよりかはリーダーのほうが守ってくれるだろうと思ったからな」

「そういう発言は失格だな。なんでいなくなること前提なんだよ」

「オレが、あの街に捨てられる可能性のほうが、たぶん高いからな」

「あぁ?」

「……そうだな。リーダーには見せておくとするか」


 そういってトップは上着を脱いでいく。

 鍛えられた筋肉が見えたところで、冬樹は青紫色をした背中の一部に目がとまる。

 その色は何度か見てきた魔族に非常に酷似している。


「打撲とか、あざってわけじゃないんだな?」


 トップは苦笑交じりに服を着なおす。


「……ニバン以外は、誰も知らないんだ」

「ニバンのこと、信用しているんだな」

「……川で水浴びしているときに見られたんだ」

「ありゃりゃ」


 視線を下げたトップに、冬樹はなんて声をかけるか考える。


「魔族ってのはよくわからないけど……おまえは一緒に戦うつもりなんだろ?」

「……ああ」

「まあ、みんな色々抱えているのはもう知ったからさ……深くは聞かないよ。みんなに言うつもりはあるのか?」


 トップは悲しげに笑った。


「……怖いんだ。今まで、オレの秘密を聞いた人間は全員……離れていった」

「ニバンは離れてないし、俺も離れるつもりはねぇよ?」

「……それは珍しいんだ」


 冬樹は頬をかき、それから落ち込んでいるトップの口を手で挟む。


「な、なんだ!?」

「そういう顔よくないぞ。……それと、重大な発表だ」

「重大?」

「今日俺はみんなに隠してきたあることを話す予定だ。たぶん、それに対してみんなは驚くことになる。だから、その前に場を盛り上げるってことで言ってみるってのはどうだ?」

「……魔族、であることをか?」

「そんなの関係ねぇよ」

「……もしかしたら、情報を流しているかもしれないぞ?」

「そんときは、俺が殴る」

「そうか……あんたのその余裕は……見習いたいな」

「俺には、人を信じることと、みんなを力で引っ張っていくことしかできなかったからな」


 日本でいきなり隊長に指名されたときは、その二つでしか周りを先導することはできなかった。

 冬樹が腰に手をあてると、トップは剣を抜く。


「……わかった。話してはみるさ……オレだって、隠し事はしたくない。だが、戦闘については受けてくれないか?」

「なんでだよ」

「単純に……あんたの本気がみてみたいんだっ」


 トップが、楽しげな表情で地面を蹴る。

 冬樹は彼の剣を避けながら、震刃を取りだす。

 数度の剣のぶつかりあい、冬樹は隙をついて彼の剣を打ち上げた。


「……これでいいか?」

「さすがに……強いな」


 トップは落ちてきた剣を掴み、鞘に戻した。

 


 ○


 

 屋敷へと戻るころには夕陽が傾き始めていた。

 到着すると、すでに多くの者が作業を終えて食堂に集まっている。

 屋敷を利用する面々が全員集まった場所で、冬樹はトップと肩を組みながら全員に叫ぶ。


「俺とトップから、食後に重大な発表があるから、飯食べ終わった後、少しの時間をもらってもいいか?」


 言うと、全員の頷きが返ってくる。

 それを見届けてから、冬樹は食事へと打ち込む。

 トップは明らかに食事のペースが落ちている。

 普段はあれだけ余裕を持っているにも関わらず、そのギャップに少し苦笑する。


 すると、トップがぎりっと目つきを鋭くしてくる。

 どこか顔も赤いかもしれない。

 冬樹が顔を指摘すると、いよいよトップは視線を下にしてしまった。

 どうやら緊張するタイプのようだ。


「だーりん、あーん」

「自分で食べられるから」


 ミシェリーを押しのけると、今度は隣からワッパが口をあけてくる。


「……一応、ここは貴族が食べる場所なんだぞ?」

「フユキ……食べさせて、ください!」

「へいへい……」


 ついついワッパは子どものような見た目であるために甘やかしてしまう。

 冬樹が食べさせると、それを見ていたルナががたりと席をたつ。


「ミズノさん……っ!」


 すたすたとこちらへと歩いてくる。

 さすがに、礼儀がなさすぎただろうか。

 と、不安視していると、ルナが口を大きくあける。


「二人ばかりずるいです! 私にもお願いします!」

「ルナ様! 貴族としてはしたないですよ!」


 リコがすかさずやってきて、ルナを羽交い絞めにして連れていく。

 子どものように腕を振り回しながら、ルナはじろっとした目でこちらを睨んでくる。


「……ミズノ様にワッパ、ミシェリー。あんまり子どもっぽいことはしてはいけないぞ。ここは一応貴族の食事の場なのだからな?」

「フユキ……あーん!」

「聞いているのかワッパ!」


 リコが吠えると、それにあわせて笑いが起こる。

 リコはむっと周囲を睨んでから、柔らかい笑みを作り席に座る。

 すでにここに貴族らしさはない。

 それを指摘するものはこの屋敷にはいない。


 確かにおかしいかもしれないが、冬樹にはこの空間は居心地がよかった。

 食事が終わり、メイドが皿をさげていく。

 人の行き来がなくなったところで、冬樹はトップを引っ張って皆が見える位置に立った。



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