第五十二話 街巡り1
起床した冬樹は、あまりしっかりと眠れた気がしなかった。
一応、夢の中での訓練であるため、睡眠自体はとれているが、その質まで問われると疑問を抱きたくなるものだ。
食事をとるために、廊下へ出たところで、メイドによってルナの部屋へと連れて行かれる。
「一緒に食事を取りましょう、ミズノさん!」
「ああ」
部屋には簡素なテーブルが用意され、そこに食事が乗っている。
ルナが席につき、その隣にリコも座っている。
ワッパについてを思い出してしまい、重たい心境で席につく。
レイドン国で会ったことをあれこれと説明していき、その途中でワッパについても話をする。
二人は笑って話を聞いてくれて、ホッとする。
「それでは、私たちは作戦を考えるので、またお昼のときによろしくだ」
「はい。ミズノさん、ちゃんと戻ってきてくださいね?」
「……わかったよ」
部屋で別れた冬樹は、ひとまずトップとニバンにも報告をしようかと歩きだす。
そこで、レナードの姿を見つける。
「お、レナード久しぶりっ」
緑の髪を揺らすようにして歩いていたレナードが振り返った。
「ああ、久しぶりだな。それにしても、キミはまったく……派手なことをしてくれたな」
既にレイドン国に潜入したことなどは聞いていたようだ。
レナードと並んで歩き、いつ来たのかなどを話す。
ちょうど、冬樹が出発した次の日の朝に来たということらしく、入れ替わりはある意味運がよかった。
共に階段を下りると、レナードは冒険者たちの訓練に向かうということで屋敷を離れる。
トップがいると思われる書庫へ向かうと、案の定彼は窓近くに座っていた。
気づいた彼は本を閉じて、立ち上がる。
「リーダー、イチのこと、ありがとな」
「別に気にするなよ。それよりも、魔族との交渉とか、ありがとな」
「いやいや、気にしないでくれ」
似たようなことを言い合い、二人で苦笑する。
「……イチは、まだまだ色々悩んでいるだろうな。たまにでいいから、気にかけてくれると嬉しい」
「おまえはよく見てるんだな。うん、俺はイチだって気にしてるし、おまえら全員、ちゃんと見てるからな」
「……そうか。まあ、オレよりも他の三人を見てくれればそれでいいさ」
「なんだなんだ、恥ずかしがりか?」
「違う。オレは別に悩みはないからな」
トップは慣れた様子で、そのまま座り、読書を再開する。
冬樹も扉をゆっくりとしめて、外に出る。
ニバンは今日も子どもたちの面倒を見ているだろう。
そちらへと歩いていくと、ニバンがちょうど子どもたちに勉強会を開いているところだった。
屋敷にあったと思われるテーブルを外に出して、そこで子どもたちに物を教えている。
冬樹が近づくと、子どもたちがわーっと駆けてくる。
「ミズノ兄ちゃん、今日は何の薬飲んでくれるの!?」
「飲むかアホっ」
叫ぶと、子どもたちは楽しそうに去っていく。
冬樹は彼らを追い掛け回し、席に座りなおさせていると、
「……まさか、本当にレイドン国に行っているとは思っていなかったわよ」
「あ、相談なしで行ったってのを攻めるのはなしな? もう散々言われたから……」
「あら、そうなの? まあ、そのことについては言わないわ。助けてもらったことの感謝のほうがあるし、ありがとう、とだけ伝えておくわ」
「そっか。それで、今は何をやっているんだ?」
「まあ、文字の読み書きなどを教えているわ。もう、私、情報収集の仕事は終えたからやることがないのよね」
「情報収集か……」
「ええ、一応あなたの娘さんについても簡単にだけど情報があるわ」
「ほ、本当か!?」
思わず詰め寄ると、ニバンは苦笑する。
「ええ、ヤユという子は……どこかで保護されたとか何とか」
「保護?」
「理由についてはわからないわ。なんでも、特殊な魔法を持っているとか……。あなたみたいに特殊な剣でも作るのかしらね?」
「いや……」
特殊な魔法……恐らくは異世界をも移動する転移魔法だろう。
この世界の魔法はいくら発展してもいまだ転移魔法のようなものはないようだった。
黒騎士は転移をさせることができるようだったが、人間の転移は自分以外は不可能とも言っていた。
おまけに、視界に入る場所が限界とも。
となれば、ヤユのようなあちこち自由に移動できるような魔法は多くの人が欲しがるような力、なのだろう。
不安が増しながらも、冬樹は首を振る。
むしろ、ラッキーなのかもしれないと考えた。
珍しい魔法を持っていて、保護されている、となれば……少なくとも悪い扱いはされていないだろう。
「本当に大切なのね」
「……当たり前だろ」
兄が拾い、託された子どもだ。
初めこそ、育てるのは面倒であったが、今ではその気持ちはない。
むしろ、二度と会えないなどとなれば、自分の半身を抉り取られるようなものだ。
もう二度と、大切な誰かを失いたくはなかった。
「ありがとな、ニバン」
「……ええ」
「……なあ、次の戦争が始まるときにヤユのことを聞いたらどうかな?」
「……それはやめておいたほうがいいわね。相手の誰が保護したのかわからないのよ。……もしも、魔族に知られれば、利用される可能性もあるわ」
「人間でもそれは同じなんじゃないのか?」
「人間の昔の偉大な賢者が、転移魔法を使っていたわ。だから、普通の人間ならば……きっと大丈夫よ」
こっちに来てからの初めての通信を思いだす。
ヤユの声音を分析しても、彼女は巻き込んだことに恐怖はしていても、居場所には怯えていなかった。
下手なことはしないほうがいいだろう。
ニバンは視線を下げながら、小さく口元を緩めて授業に戻っていった。
「クロースカとワッパが罠を作っているらしいわ。仕事があるなら手伝える、と伝えておいてちょうだい」
「了解」
ニバンたちと別れ、街を歩いていく。
それほど発展しているわけではない田舎らしい町並み。
道行く人々は冬樹を見ると、まるで英雄にでも挨拶するようにかしこまっている。
さすがにこの態度はなれない。
街を救った、という点で高い評価を受けているのかもしれない。
領主の家から少し離れた倉庫のような場所で、クロースカが荷物を運んでいる姿を目撃する。
彼女もこちらに気づいたようだ。
空いている手を大きく振る。
「師匠! おはようっす!」
「おはよう、クロースカ」
それにしても、冬樹がルナと話をしている間に皆すでに動いているというのは驚きだった。
昨日まで旅をしていて、冬樹には少なからず疲労が残っていた。
年か? いやいや、それはありえないだろう。
自分の現実を認めないために首をふり、クロースカが持っている荷物に手を向ける。
「持っていくよ」
「ありがとうっす。じゃあ、こっちお願いするっす」
袋につめられた大量の魔石だ。
前に集めたものの一つだろう。
冬樹たちはそれを運び、小さな木の家の前まで持っていく。
中に入ると、ワッパがぶつぶつと呟きながら、何かの作業をしていた。
あまり大きくはないし、埃っぽい。
窓を開けて空気の入れ替えをしているようだが、あまり効果はないようだ。
「何やっているんだ?」
小声でクロースカに訊ねる。
彼女も邪魔しないように小さく返してくる。
「……昨日の飛行船の代わりを作っているっす」
「……そんなすぐに出来るものなのか?」
「別に飛ぶだけならば何でもいいらしいっす。今、別の場所で船っぽいものを製作してもらってるっす」
「そういや、罠作ってるんじゃなかったのか?」
「はいっす。ワッパさんからアドバイスをもらいながら、頑張って作ってるっすよ。昨日の師匠のおかげもあるっす」
「そうか」
「見るっすか?」
「ああ、ちょっと見せてくれ」
ワッパはこちらに気づいた様子はなかったため、一度二人で外に出る。
それから、クロースカは近くにあった魔石を手に持つ。
「これは冒険者さんの魔法を入れたものっすよ。あ、師匠の鎧って爆発とか大丈夫っすか?」
「え……ま、まあ……い、一回どのくらいの威力かみせてもらっていいか?」
「いいっすよ。ハイドボムっ!」
クロースカは魔石を近くに置いて、魔法名を叫ぶ。
途端、その魔石が光をあげて強く爆発した。
その威力は小さなクレーターが出来る程度だ。
「……まあ、このくらいなら大丈夫かな」
「そうっすか? なら、実験体になってくださいっす」
「……わーったよ」
「それじゃあ、師匠は後ろ向いててくださいっす」
クロースカの明るい笑顔に押され、冬樹は言われたとおり背中を向ける。
しばらくして声がかかったので振り返る。
クロースカが離れた位置に立っており、冬樹は地面をちらと見る。
「あっ! 師匠! 魔力で探知しようとしないでくださいっす!」
「いや……、余裕で探知できるぞこれ」
「えぇ!? そうなると……敵の探知魔法に引っかかって使えないっすね」
恐らくは地雷のような機能を期待していたのだろう。
罠としてどの程度の威力なのか、一応は試しておく必要もあるだろう。
パワードスーツをみにまとい、鼻歌まじりで歩いていく。
クロースカがタイミングよく爆発させる。
足場が一瞬沈み、それから衝撃に弾かれる。
パワードスーツを着ていても、その衝撃に弾かれるほどだ。
これを大量に生産されれば、まともに進むことはできないだろう。
「威力は大丈夫っすけど……やっぱり、バレバレな罠はダメっすよね」
がくりとクロースカが肩をおとし、冬樹は顎に手をやる。
「……黒い魔石って、普段は魔力ないよな?」
クロースカはこくりと頷く。
「探知できるのは聖獣くらいっすね」
「……なら、その場で魔石魔法を作るってのはできるのか?」
「え……? い、一応出来ないことはない……と思うっす」
「例えばさ、敵が探知していても、突然足元に魔法が作られたどうだ?」
「そ、それは……。かなり難しいっすけど……できないことはないっすね」
「それで失敗したとしても、それがむしろ、攻撃にもできるんじゃないか?」
「うーん……そうっすね」
クロースカは顎に手をやり、ぶつぶつと呟く。
どうにも、ドワーフは独り言が多い種族なのかもしれない。
「ちょっと、訓練してみるっす!」
「おう、頑張れよ。そういえば、ニバンが仕事あるなら手伝うってさ」
「そうっすか? けど、今のところはないっすね」
「そか、伝えとくよ」
ワッパへの挨拶はまた後にするか、と背中を向けたところで扉が開け放たれる。
慌てた様子で周囲をみたワッパは、目があった途端輝かせて駆けてくる。
ぎゅっと抱きつかれ、こちらを見上げてくる。
「フユキ! おはよう……の挨拶してください!」
「……お、おはよう」
「はい……おはよう、ございます。それより……フユキ、小さな船が……たぶん、そろそろ作れているはず……です。一つ……もらってきてくれませんか?」
「わかったよ。それじゃあ、行ってくる」
「はい……場所は――」
冬樹はワッパの頭をポンと叩いてから、指定された場所へと歩いていった。