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第四十六話 ロヂの街6



 脱出自体はさほど難しくはなかった。

 問題は外に出てから、である。

 涼しい風が肌を撫でる。あちこち燃えていたのだが、研究所内の温度はあがりまくりだ。

 冬樹は燃えている入り口ではなく、別の窓を割ってあけてとびだす。


「大丈夫か、ワッパ?」

「楽しい……です! もう……一回!」

「やってる場合か? ……ってそうも言っていられないみたいだな」


 冬樹は動きを止めて、研究所の陰に隠れる。

 夜ということと、中にすでに人がいないと思っているのか反政府組織の人間たちが、こちらに背を向けるようにして研究者を人質に取っていた。


「我々は、すぐさまレイドン国の忍者がこの街を去ることを要望する!」

「ここは私たちの街だ! 他国から押しかけてきた馬鹿どもが歩いていい場所ではない!」


 そんな叫び声が聞こえる。

 彼らの主張もまるで理解できないわけではないが、冬樹にとっては関係のないことだ。

 敵は五人ほど。

 冬樹は背後から震刃をとりだす。

 すると、すぐさま背中に張り付いているワッパの興奮した声が聞こえる。


「魔法……じゃないですね」

「ああ、魔法じゃないよ」


 そこに気づくあたり、さすがに鋭い。


「……ですが、魔法……以外の言葉が思いつかないです」

「後で、映像を見せてやるから、今は落ち着いてくれ」

「は、はい……」


 冬樹がいうとあれこれ思考を重ねるワッパに苦笑する。


「……これから戦闘に入るから、出来れば離れてもらいたいんだけど」

「だって……私が大事だ、ほしいといったはずです! 離れ……ませんっ」

「そんな意味じゃなかったんだけど……」

「は……初めての告白だったのに……っそんな言い方……しないでください!」

「告白!? 違う違うってっ!」

「い……今さら取り消しなんてさせませんから……っ!」


 め、面倒な奴だと冬樹は頬を引きつらせてしまう。

 頑固な性格は誰かに似ているなと思いながら、冬樹はワッパを一度体から離す。

 そして、対面して頭を撫でる。

 にへらと表情を緩めながらも、顔を合わせるのは苦手なようで下を向く。


『……ちょっと、イチャイチャしてる暇があったら、さっさとあの紋章破壊してきなさいよ』

『離れられないんだよ!』

『……そうね。だったら、あたしが言うことを復唱しなさいよ。そうすればたぶん、大丈夫よ』

『……信じていいんだな?』

『……当然。これでも生活している時間は長いんだから』


 こほんと咳払いをして、冬樹はワッパの目を覗き込む。

 緊張したのかワッパは耳まで赤くしてあたふたする。


『……伝えるのは、おまえが大切だから、ここで見守っててくれとか、ね。そんな言葉をぶつけてやれば、この子たぶん素直に従うわ』

『へいへい』


 どうにも、感情を弄ぶようであまり進んで行いたいとは思わない。

 とはいえ、研究所の外にいる忍者や、冒険者たちと今も反政府組織はにらみ合いを続けている。

 もしも、強行突破されると何名かの怪我人が出ることになる。

 冬樹はそれを阻止したかった。


「……ワッパ。俺はおまえのことが大切だ。おまえに死なれたら、俺は悲しくて泣いちまう」


 これは別に嘘ではない。

 年齢は知らないが、見た目は明らかに子どもだ。

 彼女がどこかで死んでしまえば、それなりの悲しみが心を襲うだろう。


「は……い」

「だから、ここで見ててくれ。すぐに戻る」


 冬樹は頭を撫でていると、どうにも尖った感触が手にあった。

 ――どうして固執しているのかわかってしまった。

 小さな小さな角が、ワッパにはあった。

 恐らく、オーガ族の血が流れているのだろう。


「その角小さくて可愛いな」

「……えっ?」


 ワッパを明かりにできるのではないかというほどに顔が赤くなる。

 冬樹はワッパに片手をあげてから、震刃を構えて反政府組織のほうへ向かう。

 まだ気づかれていない。

 ある程度の距離に近づいたところで、ハイムの声が響いた。

 

『……あんたに一ついいこと教えてあげるわ』

『この状況を打破する方法か?』

『……ま、それも手伝ってあげるわよ。相手が魔本なら、あたしも苛立っているからね』

『なら、あの氷で全員を止めてくれよ』

『……ええ、もう準備は完了しているわよ。時を凍らせるね』

『あの恐ろしい魔法か』

『……で、今教えることはそれじゃないのよ。オーガ族の子って立派な角が自慢なの』

『あーもしかして今俺コンプレックス刺激しちゃったってことか?』

『……違うわ。で、たまに角が立派でないと馬鹿にされるのよ。そういう子って髪を長くして隠すクセがあるのよね』

『……つまり?』

『……おめでとう。あんたたぶんあの子にかなり好かれてるわ』

『そういうのは、もっと早く言ってくれよ……好かれるのは色々まずいんだって』


 年下だし、元の世界に戻るのだ。

 冬樹の言葉にハイムは楽しげな笑いを返してくるだけだ。


『……それじゃあ、時を凍らせるわ。全力で魔法を弾かないと、あんたも止まるから気をつけなさいよ』

『けど、おまえの時止めは、止まっている人間に干渉することはできないんだろ?』

『……それは相手を傷つけたりができないの。けど、例えば止まっているあの五人を一まとめにして、時を解除してすぐに殴る、とかできるわよ? あなたの魔法破壊で、あの五人だけを時止めの世界に引きずりこんで一方的に攻撃、とかもね』

『えげつねぇな。おまえ、やっぱりそういう才能はあるんだな』

『……ほっといて。ホレ、行くわよ?』

『わかった』


 冬樹が返事を返すと、ハイムが魔法を放った。

 瞬間、強烈な氷が冬樹を中心に時を凍らせる。

 ロヂの街……いや、この世界のすべてが今だけは止まっているだろう。

 冬樹もそれに巻き込まれそうになったが、何とか魔法を破壊して動くことができていた。


 体を軽く動かす。

 全身がきちんと動くのを確認し、冬樹は人質とされている研究者たちから、反政府組織の五人を離す。

 五人だけを隔離するようにして、忍者たちの近くへと配置する。

 それから冬樹は震刃に魔力をまとわせ、男五人の魔法を解除する。


「我々は……! ってなんでこんな近くに忍者が!?」


 反政府組織の五人は背後に控えている冬樹に気づく様子はない。


「よ、おまえら」

「あ?」


 声をかけると冬樹を連行してきていた二名が振り返り目を見開く。

 すぐさま拳を顔面に放つ。

 二人が弾かれ、壁に体をめり込ませる。加減はしたが、パワードスーツを纏っているため、かなりの威力であっただろう。

 

「な、なんだおまえ!」


 反応した残り三名が腕に手をやるが……すでに紋章はなくなっている。

 紋章頼りだった三人を制圧するのに、それほど時間はかからなかった。

 全員を倒したところで、冬樹は忍者たちを見ていく。


「ハイム、ミシェリーたちはいるか?」

『……いるわね。冒険者としてよばれたみたい』

「そうか……ていうか、おまえがこんだけ協力してくれるなら、研究所にも簡単に潜入できたのに……」

『……はぁ? あたしは魔本が絡まないなら協力なんてしたくないから。……なによ、あんたもあたしを利用するの?』

「……あー、ごめん悪かった。おまえ、魔法をあんまり使いたくないんだもんな。ごめん」


 失念していた。

 ハイムは戦いが嫌いで、冬樹のネックレスに隠れているに過ぎないのだ。

 そんな彼女に戦闘のサポートなどは、本来求めてはいけないことだ。


『……べ、別にそこまで言わなくてもいいわよ。だけど、あたしはあんまり力を使いたくないの。魔本で傷つく人がいない限りはね』

「わかったよ。もう、さっきみたいなことは言わない。とりあえず……ボーゾをこっちに運んで、ワッパを連れて研究所の外に行くか」

『……ま、そこはあんたに任せるわ』

「あとどのくらい凍らせられるんだ?」

『……そうね。あと、五分くらい。全部で十分くらいが限界ね』


 短くて悪かったわね、とつけたす彼女だが、十分も自由な時間ができるというのはかなりの脅威ではないかと思った。

 ボーゾを運び、それからワッパの元に戻る。

 この止まった世界を研究者の彼女に見せるのは迷ったが、目を開けて次に研究所の外、となれば彼女が動揺して騒ぎが大きくなる可能性もあったために、彼女の氷を解いた。


「がんば……ってくだ……あれ!?」

「ワッパ、落ち着いて聞いてくれ」


 そういうとすぐにワッパは冷静さを取りもどす。

 冬樹の言葉に従順だ。


「……このありえないくらいの魔法……。まず、人間には無理です……となれば魔族となりますが……フユキが魔族というのは考えられません……となれば、もっと強力な魔法媒体……魔石か、魔器か……あるいは魔本……」

「おまえ頭いいよな」

「えへへ……撫でてください」

「……へいへい」


 冬樹は乱暴にワッパの頭を撫でながら、ヤユもこのくらい素直であったらと思ってしまった。


『……魔本に対して、嫌悪感を抱くかもしれないから、あたしのことは黙っていなさいよ』

『うん。……けど、おまえも友達欲しくないか?』

『……別に。ま、とりあえずはあんたがいるからいいわよ。今日も夢の中で遊びなさいよ』

『まあ、別にいいけどさ』


 ハイムを仲間にしてからというもの、夢の中で鬼ごっこをしたり、銃撃戦をしたりとやりたい放題だ。

 夢だから、ということである程度なんでもできてしまうのも原因の一つだ。

 ハイムからすればVRゲームをしているようなものなのだろう。

 今どうなっているのか、魔本についてはぼかしながら説明すると、


「私は……フリーの研究者です。だから……フユキについていきますっ。どこまでも……地の果てまでも!」

「……なあ、昔に魔法を無効化する人間を作る実験があったらしいけど知っているか?」


 それについては、確認しておきたかった。


「知って……います。理論的なものは説明しましたが……国が生きている人を実験体にした時点でやめました。ああいうのは……無理です。死体……ならいいんですけど」

「……直接は関わっていないのか?」

「は……い」

「いま、俺の仲間にその実験の失敗……というのはあんまり言いたくないんだけど……国に狙われている子がいるんだ。その子の偽装死体を作ってくれないか?」

「わかり……ました。もしかして……他国に逃げた子……ですか?」

「あ、ああ……なんで知っているんだ?」

「実験は……中止した、と報告されていたけど……調べたら実験があったので……。私の……考えた理論を勝手に使っていやがったので……爆破、しちゃいました」

「……そ、そうか」

「えへへ……爆破って楽しいですよね」


 冬樹は引きつった笑みを返すしかなかった。

 また、ワッパが背中に張り付いてきたので、彼女を担ぎながら敷地の外に出る。

 ミシェリーたちがいるところにいくと、ワッパが頬をはる。


「……誰……ですか?」

「俺の……仲間だ」


 今はまだ止まっているからいいが、ミシェリーがどういう反応をするのか今から考えるだけでお腹がねじれるような痛みに襲われる。

 全員の名前を伝えると、


『……そろそろ、魔力がなくなるわ』

『了解』


 冬樹はミシェリーたちの体を人の波からずらす。

 ハイムが魔法を解除すると、駆け出したミシェリーにぶつかられる。


「だーりん!? どこに行っていたの!?」

「悪い……ちょっと研究所に潜入していたんだ」

「もう離さない!」


 そういってミシェリーは背中にいるワッパごと抱きしめる。

 ミシェリーはワッパの存在に気づいたようで、首を捻る。


「だーりん、背中に変なのがついている。ゴミ」

「だーりん……フユキ、どういうことですか? 浮気……ですか?」

『……ワッパ、涙が凄い出てるわよ』

『ここは勢いで突破した方がいいか?』

『……でしょうね。下手に痴話喧嘩してる暇はないと思うわよ』


 忍者たちは、倒れている反政府組織を押さえにかかっている。せっかく注目がなくなっているのだ。


「みんな、心配かけて悪かったな。今日あったこと、一から全部話すからとりあえず今は……宿まで戻らないか?」

「……だーりん、ちゃんと話してね」

「リーダー、心配していたけど、その背中の子ってもしかしてワッパ?」

「わ、ワッパさんっすよ! 師匠いったいどんな色仕掛けをしたっすか!?」

「うるせぇー! とにかく、行くぞ! れっつごー!」


 冬樹は背中にワッパをくっつけたまま、宿へと逃げるように駆けていった。

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