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第四話 ルーウィン奪還3

 ルナが教えてくれた街を見下ろせる高いところへと向かう。

 綺麗な小川を伝って坂をあがっていく。


「この先に……美しい湖があるんです」

「へぇ、泳いだら気持ち良さそうだな」

「……お、泳ぐ!?」

「え……もしかして神聖なところだったとか?」

「い、いえ……もしかして、魔力を一切持っていないのですか?」

「おうっ」

「……いいなぁ」

「どういうこと?」

「魔力があると、水に浮けないんです」

「……そうなのか」


 などと話をしていると、木々の隙間から村を見下ろすことができた。

 周囲に人も生物の気配もない。

 ゆっくりと観察し、地図に必要なことをメモしていく。

 時々、ルナから教えてもらうが……いい作戦が思いついてくれることはなかった。


「……敵さんも凄ぇな」


 外への警戒を怠らず、常に見張りをおいている。


「……まずい、ですね」


 魔族のリーダーは神器の場所が地中であることに気づいたようで、街人、魔兵を総動員してあちこちの土を掘っていく。

 ルナは知り合いでも見つけたのか、苦しそうな表情で顔を背けようとする。

 動かなくなった人間は、鞭で叩かれる。

 叩く魔族は、下種な笑みを浮かべている。


「あ、の野郎どもめ! ムシャクシャすんな!」

「……落ち着いてください」

「わかってるけどさ……っ」


 いつもはここで一人で突っ込んでしまうが、さすがにこの状況でそれはできない。

 この高台は攻める際にかなり有利だ。


「この木々全部転がすってのはどうだ?」

「……そうですね。街が半壊しますね」

「なら、俺が持っている火炎放射器で街を焼くってのは……」

「そ、それは……その。成功するならいいですけど……」


 これにも渋った様子だ。

 結局、他に策が浮かぶこともなく。


「……今日は休むか」

「……はい」

「どこか、安全に眠れる場所はあるのか?」

「……魔獣たちは、魔力を持っています。水を嫌う傾向があるので……湖の近くにいれば、襲われる可能性は低いです」

「魔力を持ってると、水がダメ、なのか」

「はい。私も……生きるために水を飲まなければなりませんが……それ以外では出来れば、水には触れたくありません。魔族は純粋な水はもう本当にダメで、魔力付けにしてようやく飲めるらしいです」

「そうか、とにかくここで寝るとするか。おまえ、一応お嬢様みたいだけど……野宿できるのか?」

「大丈夫、です」


 そうは言うが、できれば避けたいという印象を受けた。

 横になり、本物の空をしばらく眺めていると、


「あの、ミズノさん」


 ぽつりと声が届く。


「どうしたんだ?」

「少し話しませんか? その、気晴らしに」

「そうだな」


 ルナの故郷が破壊されているのだ。心境は穏やかではないだろう。


「そういえば、ルナはこっちに戻って来たって言ってたよな。前はどこにいたんだ?」

「首都で、騎士学校に通っていました」

「騎士様か。将来はお国のために頑張るって感じか?」

「……この国は、あまり好きではありません」

「俺はよく知らないけど、なんかあんのか?」

「首都に行って一番驚いたのは、貴族が平民をモノとしか見ていないことでした。……最近は少しずつ変わってきていますけど」


 ぽつぽつと彼女は言葉を続けていく。


「つまり、平民が奴隷みたいで、騎士学校も嫌だってことか?」

「……はい。もう、部屋に引きこもりたいです」

「ルーウィンでは、平民は普通なのか?」

「はい。だから、余計に驚いてしまって……」


 どうにも、この国は色々と問題が大きいようだ。


「……ミズノさんの世界はどんな感じなのですか?」

「そうだなぁ」


 何て答えるか迷い、それから科学の力を見せることにした。

 パワードスーツにいくつか動画も入っている。

 それらを見せると、ルナは初めこそ驚いた様子であったが、すぐに嬉しげな笑みを作った。

 動画が終わると、しゅんと落ち込んだ姿を見せる。


「凄いです! 前に見た劇なんかよりも全然凄いです!」


 鼻息が荒い。

 しーと、人差し指で示す。

 寝る前に不安を除くための話だったが、逆効果になってしまったようだ。


「なぁ、魔族ってのはなんなんだ?」

「そうですね……繁殖以外のすべてが人間を超えた存在ですね。魔力ではまず勝てませんし、身体能力も……魔族に安全に勝利するには、その十倍の兵力が必要です」

「十倍!?」


 千人の魔兵など、用意できるわけがない。

 泣きたくもなるし、逃げたくもなるだろう。


「明日、頑張ろうぜ」

「……はい。おやすみなさい」


 横になりながら、バッテリーパックを入れ替える。

 ……日本にいた頃は、エネルギー不足にさいなまれることが多々あった。

 そのため、常にバッテリーは三つ所持して使い分けていた。

 この世界でその心配はないが、癖ですべてのエネルギーを充電していく。


 ゆっくりと眠っていたが、こちらを伺うような唸りに、体が反応する。

 まだ寝たいと訴える体を起こし、そちらにいる魔獣を睨みながらパワードスーツを展開する。

 空が明るみ始めたところだ。嫌な目覚ましだ。

 黒い、狼のような魔獣だ。


 エネルギーは100になっている。

 震刃を作り出し、湖から離れる。

 途端噛みついてくる。

 三歩程度下がると、魔獣は顔を苛立ちで染める。

 なるほど。確かに水がダメなようだ。一瞬狂犬病が脳裏にちらと浮かび、警戒しながら観察する。

 つまり、魔獣は水分を必要としない体というわけで、生物的な観点から興味が出てくる。

 魔獣はいまだ唸りながらこちらを見ている。


 ならば、と両手で水をすくい魔獣のほうへ持っていく。

 魔獣は怯えたように走って逃げる。

 それを追いかける二十八歳、地球人。

 なんだか悲しくなってきて、その手にあった水を飲むことにした。


 美味しい水だ。運動の後に大量に飲みたくなる冷たさ。

 魔獣は疲れた様子でこちらを見てくる。

 その両目は冬樹の手に注がれている。

 水が気になるのだろうか。確認したかったが、まだルナは眠っている。


 暇つぶしにもう一度水を持ってきて、再び鬼ごっこ。

 これだけ騒いでも、ルナは起きない。

 ……よく考えれば、あれだけの情報を集めるのは簡単ではないだろう。

 ロクに休んでいなかったのかもしれない。

 

 なぜ、この魔獣は水に興味を示しているのか。

 水をかけようとすると、逃げられる。

 データから水鉄砲を強化したような水銃でも取り出そうかと悩んでいると。


「がぅ……」


 魔獣は疲れた様子で草についた水を舐めた。

 水が弱点ではなかったのだろうか。

 しばらく観察してから、震刃を取り出し地面に円を書く。

 土を掘りかえし、そこに水銃をとりだす。

 ……エネルギーを水に変換して放つことができるなどと説明を受けていた。


 しかし、思えば、これも実は魔法だったのではないだろうか。

 そんな考えが脳裏をよぎるが、詳しいことは日本に戻ってから調べるほかない。

 一応、水を吸い上げて放つ救助用のホースもあったが、それはさすがにやりすぎだ。

 水銃で水たまりを作り、身を離す。


「がぅ……?」

「これはな、水っていうんだよ。生き物には絶対に必要なもんだ。ほら、飲んでみろって」


 首を捻るようにしていた魔獣は、おびえるようにしながらぺろりと舌をだす。

 一口、二口。

 まるで取り付かれたように、魔獣は水を舐めていく。

 喉がかわいていたのかもしれない。

 なんだかペットでも見ている気分でいると、魔獣の身体が光を放った。


「な、なんだ……?」


 驚きながらも視線は外さない。

 じっと見ていると、むくりとルナが体を起こす。


「……おはよう……ございますってなんですかそれ!?」

「なんか魔獣に水をあげたらこうなったんだよ」

「み、水を!? どうやってあげたんですか……っ!? って……そういえば水に触れられるんですよね」

「そうだよ……で、あいつどうなっちまったんだ?」


 魔獣を包んでいた光は治まり、黒い毛は銀色へと変化している。

 黒がなくなり、魔獣が犬であることがわかるようになった。


「これ、魔獣になりかけの獣、だったようですね」

「なりかけ?」

「はい。獣……まあ、動物は魔力に触れすぎると魔獣になってしまいます。ですが、完全になる前でしたら、今のように水で浄化できるんです。まあ、たいていは水に耐え切れなくなり、体ごと崩壊してしまうんですが」

「おまえ、頑張ったんだな」


 犬の頭を軽く撫でると、もう襲い掛かられることはない。

 犬はむしろ、積極的に体をこすりつけてくる。可愛い生き物になったものだ。


「これだ!」

「え?」

「だーかーら、魔獣を浄化して、聖獣部隊を作るんだよ!」

「色々、無茶ですよ! 浄化には水が必要なんですよ!?」

「俺なら出来るだろ」

「そ、そうはいってもですね」


 何か失敗するであろう言葉を探しているようで、彼女は視線をさまよわせる。


「魔獣とどうやって話をするんですか!?」

「俺の世界にはな、ジェスチャーっていう万能な言語があるんだよ」

「ジェスチャー?」

「ああ、こう身振り手振りでな……」

「全然言語じゃありませんよ!」

「まあまあ、やってみるしかないだろ? ダメだったら、そんときはまた別の手段を見つければいいんだよ」


 聖獣となった目の前の犬を見る。

 闇に染まっていた黒の毛は透き通るような銀色。

 ふりふりと尻尾を振る姿は可愛らしい。


「ワン!」

「俺の名前は冬樹だ、冬樹、冬樹……おまえの主だ!」

「ワン!」


 了解、とばかりに犬は首を縦に振る。

 なんだ、話がわかるじゃないかと、ルナに顔を向ける。

 ルナも犬の姿に緊張を解いた様子だ。


「聖獣は賢いんですよね。人に変身できるのもいるんですよ?」

「へぇ、人ねぇ……こいつはなりそうにないぞ?」

「まあ、そうですね。かなり力がある聖獣だけですからね……って、危ないです!」

「ウォッ!」


 突然の衝撃。

 片足を引きながらそちらをみると、甘えるような声で鳴く犬がいた。

 このままでは頭を打つ。咄嗟にパワードスーツを展開する。


「おい、いきなり押し倒してくんな!」


 痛みこそなかったが、驚きはある。

 犬の首根っこを捕まえるようにして、体からどかす。

 犬は淋しげにしゅんとした。

 面倒な点もあるが、十分言葉は通じている。


「ほら、これなら大丈夫じゃないか?」

「……問題は聖獣にする方法ですよ。完全な魔獣では、水は毒なんですよ? なりかけと魔獣を見極めるのは……」

「一体ずつ出会っていくしかねぇな。とりあえず、俺は情報収集がてら聖獣になりたそうな魔獣を探してくる」

「わ、私は……情報を集めてみますね」

「おう、任せたぞ。お昼になったらこの湖に戻ってくるから、気をつけろよ?」


 二人で別れ、冬樹はすぐに魔獣の何体かに遭遇する。

 水銃を向けて放つと、魔獣はどんどん倒せてしまう。

 ……これではただのハンターだだ。

 先程仲間になった聖獣は、水の魔法を放ち手伝ってくれるが……そちらも芳しくない。

 聖獣は成功するたびに褒めてほめてと体をこすりつけてくる。

 失敗の悲しみをそれで癒すほかなかった。

 結局、半日の作業での成果はゼロ。

 そう簡単に戦力の増強はできないようだ。

 

「犬って、俺が乗っても大丈夫か?」


 犬の身体は大型犬程度はある。

 犬は言葉を理解したのか、舌を出しながら背中を示してくる。


「乗れってことか! よし、湖までゴー!」


 犬の背中に乗って湖を指差すと、犬は一気に駆けた。

 冬樹の身体が置き去りになり、こてんと転がる。

 思っていた以上の初動だ。犬も軽くなったのに驚いたのか後ろを見てくる。

 平気? と首を捻ってきたから、大丈夫と親指を立てる。

 ……犬はまだ力の加減が出来ないようなので、結局徒歩で湖まで戻ってくる。

 すでに戻ってきていたルナが手をあげる。

 ルナが拾ってきた木の実を適当に口へと運ぶ。


「犬って言うのもあれだよな? 名前とかつけてみるか?」

「名前、ですか……どうしましょうか」


 二人で悩んでいたところで、ルナがぽんと手をうつ。


「グゴドってのはどうだ?」

「スピードスター……はどうですか!?」


 あっさりと無視されてしまった。

 ヤユの名前をつけるときに考えた候補の一つだったため、それなりに自信はあったのだが。


「なんかやけに気持ちがこもってるな。なんかあるのか?」

「昔の英雄の名前です。神速の剣を使う人だとか」


 ま、それでいいか、と冬樹も軽い調子でいう。

 犬は嬉しいようで、尻尾を振りかえしてくれる。


「……あ、ミズノさん、こっち来てください」

「うん?」

「あそこ……見てください」


 街を覆う柵の外から、一人の男が中を見ている。

 櫓から隠れるように慎重な様子で。

 パワードスーツの兜部分に触れ、視力の強化を行いじっくりと観察する。

 男が見ている塀の部分は僅かに穴があるようだ。

 そこから覗いている。

 

「……あの身なり、盗賊、でしょうか?」


 見た目で人を判断するな、とはいうが言われれば盗賊にしか見えない。ボロボロの衣服に、汚れた体……疑うなというほうが無理な話だ。

 ひとまずは、盗賊ということにして観察を続ける。

 男はしばらく見ていたが、逃げていく。


「……よし、あいつを追うぞ!」

「え!?」

「スピードスター! 匂いは覚えたか!?」

「ワンワンッ!」

「よーし!」

「ちょ、ちょっとどうして盗賊なんて追うのですか!?」

「そりゃあ、行ってからのお楽しみだ」

「……ちょっと」


 ニヤリと笑みを向けてやると、疲れたようにルナは肩を落とした。


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