第三十三話 その気持ちは嘘じゃない5
「……はい?」
とりあえず結論を伝えてから、冬樹はニバンとの会話の内容を伝えた。
イチが狙われている、そしてイチを守るための手段がレイドン国にはある、ということを。
聞き終えたルナはつらげに胸を押さえる。
「……そんなことがあったのですか」
「俺はイチに死んでもらいたくないし、この街が傷つくのも嫌だ。だから、こうするしかないんだよ」
「確かに……うまくいけばすべて解決するかもしれませんね」
しかしルナはあまり好意的ではない。
やろうとしていることが危険なのを理解しているからだろう。
「……忍者、というとレイドン国、ですね。……大丈夫ですか? この国とは敵対していますよ?」
「まあ、どうやって侵入するかはおいおいだけど……そんなに遠くはないんだろ?」
ルナの首が縦に振られる。
「そうですね。国にさえ入れれば、怪しまれる可能性は少ないと思いますが……」
「だから、数日……この街を離れてもいいか?」
「……そういうことですか」
納得したようにルナは頷き、顎に手をやる。
悩むように何度か首の角度をかえた彼女は、それから頷いた。
「……はい。私が憧れたミズノさんは、他人のために一生懸命なミズノさんです」
「サンキューな! それじゃあ、早速行ってくる」
そそくさと準備を始めようとしたところで、ルナの声がとぶ。
「待ってください。誰でもいいですから、何名か仲間を連れて行ってください」
「……年下を巻き込むわけにはいかないだろ?」
今回は必ずしも安全ということはない。
街を守ったときとは違い、別に冬樹一人でも旅は出来る。
「ミズノさんが思っているよりも、その年下だって強いんです。……イチさんのためなら、戦いたい人だっていると思います」
ルナの言うことはよくわかるが、下手に連れて行くのは得策ではないだろう。
相手は忍者であり、瞬間的な火力は並みの人間を凌駕する。
シェルの一撃だって、冬樹でなければ耐えることはできなかった。
出来れば一人で行きたかったが、ルナはそうでなければ許さないといった目を向けてくる。
「……数を増やすってのはそれだけ危険になるんだぞ?」
「それは一人でも同じです。どうやって侵入するのかはわかりませんが、ミズノさんはレイドン国に行った事があるのですか?」
「い、いや、ないです」
「どうやって協力者を探すんですか?」
「そりゃあ、知らないことはその土地の人に聞くっ」
「難しい可能性もありますよ? その時は?」
責める言葉とともに彼女が顔をよせてくる。
鋭く尖った目に押され口をぱくぱくと開閉したのち、
「……はい。わかった、レイドン国に行った事のある奴を探してみるよ」
「争いが悪化したのはここ数年ですから、もしかしたら、小さい頃に行った事があるという方がいるかもしれません。……というか、よく考えたらレイドン国にはオーガ族の里があったような……」
「……そうなのか?」
「はい。オーガ族の里はいくつかの国にありますが……レイドンにもあったような」
「となると、ミシェリーか」
頼めばついてきそうだ。
一応は予選で手合わせもしていて、その実力のほどは理解している。
連れていくのならば、第一候補になるだろう。
「それじゃあ、仲間を探してみるよ」
「はい、決まったらまた声をかけてくださいね。……それと、押し付けるようで申し訳ありませんが、あと一週間以内に戻ってきてくださいね」
「ああっ」
冬樹は笑みを作り、ルナの部屋を後にする。
「……私は、イチさん……それにトップさんやニバンさん、サンゾウさんにはたくさんの感謝があります。だから、ミズノさん……お願いしますね」
「わかってるよ。俺もその気持ちは一緒だ」
廊下を駆けるように走っていき、自室に入る。
冬樹のベッドの上で、ミシェリーが横になっている姿が見えた。
待っていてもらったのは、留守の間にルナを守ってもらいたいと頼む予定だったからだが……仕方ない。
「ミシェリー、おまえレイドン国に行った事はあるか?」
「…………ある」
ミシェリーはその感情の薄い表情に僅かな揺らぎを作って頷いた。
どうにも、一悶着あったような様子に、冬樹はためらいが出来た。
そうこうしていると、ミシェリーが小首をかしげた。
「行くの?」
「……よくわかったな」
「妻だから。わかった、案内は任せて」
ミシェリーがベッドから立ち上がる。
すたすたとこちらに歩いてくると腕に抱きついてきた。
「新婚旅行で、レイドンは悪くない」
「……でも、獣人には厳しいんだろ?」
「オーガ族は勘のおかげで、特別扱いされている」
「そうなのか」
ひとまずは一人の候補が決まる。
特に数は決まっていなかったため、二人旅ということでルナに許可をもらいに行こう。
そう決めたところで、扉がばんと開け放たれる。
「……り、リーダー。僕も行ってもいい?」
現れたのはサンゾウだ。
彼はパジャマのままの姿。
靴も履いていないため、冬樹は言葉を詰まらせる。
……なんとなく、彼が来たがるのは予想していた。
寝ているときにどうやって判断したのかはわからないが、冬樹はこくりと頷いた。
「わかったよ。ただ、相手は忍者もいる。戦闘はかなり厳しいものになるかもしれないけど、いいんだな?」
もちろん来るのならば全力で守るつもりだが、覚悟があるかの確認をとる。
「……女性の笑顔を壊すのは、嫌いなんだよね」
「了解。ま、このくらいでいいか」
「クローカスも誘ったらどう?」
「……クロースカな」
「クローカスならば、向こうで何かしらの乗り物を手に入れても操れるかもしれない」
「……乗り物?」
「レイドン国は魔力をエネルギーにした乗り物がいくつかある。現在は飛行船の開発もしている。……後は、竜車の代わりや魔力船などいろいろある。もしかしら、移動で使う機会もあるかもしれない」
「……そうか。クロースカに聞いてみるか」
ただ、今は寝ている可能性もある。
この時間に女性の部屋に行くのはさすがに問題があるだろう。
と思っていたが、ミシェリーに引っ張られる。
「お、おい」
「だーりんはすぐに出発したいと言っていた。私がいれば浮気にはならない」
「……それじゃあ、僕はルナちゃんに報告に行ってくるね」
恐らくサンゾウはルナに教えてもらったのだろう。
ルナめ、と思いながらも冬樹は多少の感謝もしておく。
彼に任せて、冬樹はクロースカとミシェリーの寝床に向かう。
ミシェリーが雑に扉を開け放ち、冬樹はお邪魔しまーすと声をかけてから入る。
以前、ヤユの部屋に勝手に入ってこっぴどく叱られたことがある。
デリカシーが足りない、ノックくらいしろ、などなど。
……相手が子どもでそれだ。年頃の年齢のクロースカではもっと何か思うのではないだろうか。
いや、案外このくらいのほうが大丈夫なのだろうか。
きっとそうだ。
冬樹はそんな思考をしてから、歩いていく。
ミシェリーが明かりをつけ、並ぶようにおかれたベッドの中でクロースカがもぞもぞと動いた。
どうやら熟睡のようだ。
起こすのは気がひけたが、ミシェリーはクロースカの耳元で、
「魔器が暴走している」
「なんですと!?」
クロースカは飛び起きた。
素晴らしい目覚ましだ。
クロースカはキョロキョロと視線を飛ばし、それからミシェリーの姿を見つけて腕を組む。
こちらには背中を向けたままだ。
楽しそうだし、しばらく放っておこう。
「まさか、またっすか?」
「今回はわざと」
「もう! 本当に部屋を変えてもらうっすよ! こんなんじゃあ、まともにねられないっす!」
「……あっち」
ミシェリーが指をさす。
クロースカは苛立ったような顔をこちらに向けてきて、目を見開く。
「し、師匠!? どうしてここにいるっすか!?」
「ちょっと、頼みたいことがあってさ」
「なんすかなんすか!? 私が出来ることだったら何でも協力するっすよ」
「何でもか……なら? 一緒に危険に巻き込まれてくれないか?」
クロースカだって、闘技大会に参加していたのだ。
組み合わせの運もあるがミシェリーよりも勝ち進んでいるのだから、戦力としてそれなりに判断できるだろう。
クロースカに簡単に事情を説明すると、
「乗り物の扱いならいくらでも任せてくださいっすよ! 私は師匠の技術を盗むためならどこまでもついていくっすよ!」
「ありがとな……っ」
「それにイチにはそれなりに感謝もある」
「あ、私もっす。細かいこと色々教えてくれるし、いい子っすからね。いつもニコニコで、凄い可愛いっすしね」
これだけの人に助けてもらえることに冬樹は一人感動していた。
二人に大きな感謝を伝えながら、部屋を後にして、サンゾウを探しにルナの部屋へ向かう。
二人に挟まれるように歩きながら、
「……ただし、この旅はかなり危険なことになると思う。もしものときは、俺の前に出るなよな? 絶対守ってやるから」
それだけが不安だった。
敵は忍者……。対面してわかったが、実力はかなりのものだ。
二人であっても危機に陥る可能性はある。
子ども……とまではいかなくとも、年下の子たちを巻き込むのは気がひける。
「だーりんの危険は私が守る」
「いやいや、だからな」
「大丈夫っすよ。師匠はどうしてそんなに年下には甘いっすか?」
「……そりゃあ、年下の子は守らないといけないだろ?」
……もともとは兄の教えだ。
子どもを守るのが大人。そう兄はいつも言っていた。
有限実行する兄はかっこよかった。
どんな危険であっても、子どもを守り……子どものために死んだ。
そんな兄の意思を継ごうと思い、まあいつの間にか年下というくくりが大きくなってしまった。
年下、というくくりになったのは、少なからず冬樹の問題を起こした上司も関係しているだろう。
「……守られるだけじゃないっすよ」
「でも、巻き込んだのは俺だ」
「気にしないで」
なんとも二人は比較的年齢が近いこともあり、やりにくい。
これがサンゾウやルナくらいまで年齢が下がれば、子どもを守るという一点張りでどうにかできるような気がしたが。
「リーダー! 一応伝えてきたよー」
着替えもすましたサンゾウが片手を振りながらかけてくる。
こちらを見るとニヤニヤと目を細めて、小突いてくる。
「両手に花って僕にもちょっとくらいわけてよ」
「ちょっとってどんな風にわけるんだよ?」
「腕をもがれたくはない」
「あはは、私もっす」
「そうじゃないよー。ま、他人の女を取るような人間じゃないんで……。うちのイチのために、ありがとうございます」
サンゾウはふざけた様子を取っ払い、深く頭を下げた。
ミシェリーとクロースカは顔を見合わせた後、それぞれが頭を撫でた。
「子どもなんだから、少しくらい頼って」
「そうっすよ。イチにもサンゾウにも街の案内をしてもらったり、感謝もあるっすよ」
「……ありがとうございます」
サンゾウは頭をあげ、冬樹はそんな三人を眺めていた。
と、慌てた様子でミシェリーが振り返ってくる。
「い、今のは浮気じゃないよ?」
「別にそのくらいで発狂するような嫉妬の塊じゃないし……そもそも、恋人でもない」
「……」
ミシェリーがむすっとした様子で頬を膨らませる。
彼女の目から逃れるために、冬樹は全員の先頭に立ち、
「それじゃあ、今から出発する。全員、ついてこいよっ」
叫ぶと、みなが頷いた。