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第三十二話 その気持ちは嘘じゃない4

「……何か?」

「ああ、なんでもいいんだよ。忍者と戦うことだってさ。あいつらを捕まえれば、もう大丈夫なんじゃないか?」

「……忍者は今頃仲間を集めているはずよ。たぶん、数で攻撃を仕掛けてくるはずだわ。そうしたら、この街では撃退する余裕はないでしょうね」


 魔族との抗争を控えているのだ、そんなことをしている余裕はないだろう。

 冬樹は顎に手をやる。

 現在動かせる兵はいない。かといって、このまま黙ってやられるつもりはなかった。


「こっちは敵の居場所を知っているんだ。先に仕掛けることはできる」

「……敵の、居場所? あなたの得意の探知魔法で、かしら?」

「まあ、そんなところだな」

「……なら、やめたほうがいいわ。魔法ならば、相手はもうこちらに気づいていると思うわ」

「やっぱり、そこら辺徹底してんだな」


 魔法ではないが、それを説明するにはさらにもっと深く話す事柄が出てきてしまう。

 情報伝達は必要なことだが、黙っていた。


「……あいつらの狙いは、イチよ。そこをどうにかしない限り意味ないわ」

「イチ……か。確か、魔法を無力化する能力だっけ?」

「ええ。一応、成功した人間もレイドン国にはいるのよ。あいつらが恐れているのはイチの体を分析されて、同じような兵士を作られることよ」

「……人間をそんなことするなんて、ふざけてるよな」

「……イチはわずかだけど獣人の血も入っているのよ。あの国は、獣人の差別が強いのよ。人間だなんて思っていないわ」


 人間なんだから、好き嫌いはあるだろうが、それを理由に他人の体を弄繰り回すのは納得がいかない。

 冬樹は静かに拳を固める。


「もしも、忍者を全部ぶっ倒したらどうなるんだ?」

「……わからないわね。それにそんなことはたぶん出来ないわ。今いるシェルの部隊の連携ははっきりいって、黒騎士も凌駕するほどよ」

「なら、黒騎士よりも強い俺なら問題ないんじゃないか?」

「……瞬間的な戦闘能力なら、シェルの部隊は超えているのよ? それに、さらに数が増えていくのよ?」

「仮の話だ。本当に戦うつもりはないって」


 ニバンが威圧するように睨んできたために、冬樹は両手をあげて空気を和ませようとする。


「ま、忍者が戦闘を仕掛けてくるなら、撃退してやるだけだっての」

「……ええ、それしかない、わね」


 ニバンはどこか浮かない表情であった。

 今後、忍者の恐怖に怯えながら生活するのもあるだろうし、何より……イチのせいで街に問題がふりかかるのが嫌なのだろう。


「大丈夫だ。きっとうまく行くって」

「……だったら、いいのだけど」


 ニバンはずっと暗い表情をしている。

 もともと、前髪で目元まで隠れていることもあり、今ならば呪いの類を操れそうなほどだ。

 冬樹は迷ったすえに、ニバンの肩を叩いた。


「あんまり一人で抱えるなよ」

「……わかってるわよ」


 ニバンは目を軽く擦ってから、ゆっくりと口を開いた。


「ちょっと、話したいことがあるのだけど、いい?」

「どんなことだ?」

「……私は、忍者として教育されていたわ。忍者は国に仕えるかっこいい人たちってずっと思って……憧れていたのよ」

「……ああ、なるほどね」

 

 冬樹も小さいころは、テレビに出てくるヒーローに憧れたものだ。

 だから、人助けが出来る職業についた。


「頑張って訓練して……やっと忍者になったわ。けど、忍者の仕事は想像とは全然違ったのよね」


 どこか遠くをみるようにニバンの視線はあがり、長く息が吐かれる。


「従わない人間を暗殺し、獣人を研究所に集めるのよ……そんな仕事やりたくなくてね。ある日、私は一つの研究所からイチと一緒に逃げたのよ」

「……それで、この国か」

「私たちが望むのは平穏よ。この街……ぐらいしか、受け入れてくるような場所はなかったわ」


 妙に大人っぽい表情に、冬樹は口を開いた。


「……おまえ何歳?」

「……二十とちょっと」

「でも、子どもみたいな見た目だな」

「放っておいて。子どもとして、イチの友達になるのが一番良いと思っていたから、この容姿には感謝しているのよ」


 ふっと力を抜くようにして笑った。


「このまま、どうするつもりだったんだ?」

「そうね。選択肢としては、二つ。このまま街に迷惑をかけるか、イチを相手に殺させるか……どっちかね」


 どちらも無理と言った様子で、彼女は首を振った。


「……なあ、敵の親玉を説得ってのは無理な話なのか?」

「……難しいところね。作戦の一つとしては、イチの偽物を作ってその首を提示するってのがあるわ。そうすれば、たぶん大統領も満足してくれるはずよ」

「そんな技術はないぞ?」

「それも、ある研究者を使えればどうにかなるかもしれないわ。けど、無理でしょうね。その知り合いってのは、魔法無力化人間の研究を行っていた研究者なのよ」

「そいつが、原因か」

「原因っていうのはまあ、そうなんだけど、その研究者には悪気はないのよ。そいつは、自分の好きな研究をするだけ。たとえ、誰に命令されようが、興味のないことは絶対にしない。前に大統領が脅したときも、だったら死ぬといってそのまま死のうとしたくらいなのよ」

「……なるほどね」


 冬樹はあれこれと思考をめぐらしていると、ずいっとニバンの顔が寄せられる。


「……私は、イチを守れるなら何でもするつもりよ。けど、街を傷つけたくもないの……この気持ちはどっちも嘘じゃないわ」

「わかってるよ。みんななんだかんだで良い子ちゃんだからな。俺も、部下を殺されたくはないし」

「……部下、ね。そうやって誰かに守ってもらえるっていうのは初めてだわ」


 ニバンは柔らかく微笑んだ。


「トップだって、おまえたちを守っているじゃないか」

「トップは、ただ一人が怖いだけよ」

「……あいつもまた、何かと大変そうだよな」

「そうね」


 それきり言葉は途切れた。

 ある程度、やるべきことはわかった。

 冬樹は席を立ち、ニバンに別れを告げる。

 部屋を出て少し歩くと、背後に気配を感じる。


「……ミシェリー。まだ寝ていなかったのか?」

「うん。……昨日の夜の浮気、あの原因を考えていた」

「……だ、だからあれはな」


 まだ覗きについて根を持っているようだ。

 男なのだから、チャンスがあれば見たいという気持ちはある。

 さすがに、年下相手にそんな感情は浮かばないが。

 ミシェリーが体を揺らすようにして近づいてくる。


「私の愛し方が足りなかった。だから、一緒に寝ようと思った」

「……あのなぁ。オーガ族の勘って奴は信じすぎちゃダメだと思うんだよ。俺ってかなーりずぼらな人間だし、責任感もまるでないって昔よく評価されていたんだからな?」

「そう? だったら私から離れないように頑張るだけ」

「……おまえなぁ」

「オーガ族の勘は絶対。私はあなたを見て、夫にするべきと思った。それだけ」

「はぁ……」


 冬樹はどうにも疲れてしまい、ため息をついた。

 文化の違いや、死がいつやってくるかわからない、というのも原因としてあるだろう。

 とはいえ、そういった子がいるんだという認識はあっても、その感情を思い切りぶつけられるのには慣れていない。

 冬樹は腕を掴んでくるミシェリーに軽い目眩を覚えながらも、ひとまずは部屋まで一緒に行く。


「……」


 ……今度は部屋近くでルナを発見した。

 扉の前であれこれ迷うように、行ったり来たりを繰り返している。

 と、やがてこちらに気づき、笑顔の後に表情を引きつらせた。

 恐らくはミシェリーが原因だ。

 冬樹としては、ルナに相談したいことがあったのでちょうどよかったという気持ちだ。


「……ミズノさん。今日は全然話せなかったから、今からお話をしたいと思っていたのですけど」


 別に毎日話す約束をしたわけではないが、領主として部下や街の様子など聞きたいことが多くあるのかもしれない。

 今日のルナは、屋敷の外に出られないほどにあれこれとリコと打ち合わせをしていたし。


「そ、そうだな。ミシェリーというわけで――」


 これを口実にすれば、さすがのミシェリーも諦めるだろう。

 しょんぼりとした様子でミシェリーは腕から手を離し、


「わかった、ベッド温めておく」

「自分の部屋で寝ろ」

「……だって」


 ミシェリーが唇を尖らせる。彼女はまるで子どもだ。

 彼女の家族や仲間は誰もミシェリーに恋愛について教えてくれなかったのだろうか。

 ……ならば仕方ない。

 ミシェリーの父親になった気分で、ルナとの話の後に教えてやろうか。


「ミシェリー、なら後で話をしたいから待っててくれ」

「……ほんとっ?」

「ああ」


 頷くとミシェリーは小さくぴょんと跳ねる。まるでカエルのようなジャンプに苦笑しながら、部屋の鍵を開けておく。


「ルナ、ちょっと相談したいんだけど、いいか?」

「……。はい」


 なぜか一瞬の間のあとに、ルナは笑顔を作った。

 ずらりと部屋が並ぶ通路を歩き、その中でもっとも大きなルナの部屋に到着する。

 ルナがベッドに座り、その隣を示す。

 別に椅子があるのだからそれでも良いだろうに、と思ったが冬樹は言われたとおりに座った。


「……ミシェリーさんと随分仲が良いみたいですね」


 頬を膨らませた彼女は、どこか怒った様子であった。


「まあ、オーガ族特有のなんだろ? ……ていうか、オーガ族ってみんなあんな感じなのか?」

「……まあ、そうですね。好意を持った相手には一途、らしいです」


 だとしたら、ミシェリーの家族が教えた恋愛があんな感じだったかもしれない。

 ――違うだろ、もっとこう毎日ゆっくりと話をして、段々と距離を縮めて、握手ができるようになって……。

 などと妄想まじりの恋愛を考えていると、ルナがきっと目をつり上げてくる。


「ていうか、話を逸らそうとしないでください。ちょっとデレデレしていましたよね」

「してないって。年下に欲情なんてしないっ」

「年下にも欲情してください!」

「問題になったらどうするんだっ!」

「問題ってなんですか! 貴族の方では年の差結婚なんてよくありますよ!」


 何をいってもダメなようだ。

 冬樹はため息をつき、少し昔を思い出す。

 まだ冬樹が見習いのときの部隊長が、十歳年下の子――冬樹の同期に手を出して問題になった。おまけにそれは、年下の子がハニートラップではめたために、冬樹は女性には凄い警戒してしまう。

 特に、年下には敏感だ。

 異世界では関係ない、と思っていても呪いのように体に刻まれているため、冬樹は恋愛面では年下恐怖症になっているのもある。

 

「……それで、話ってなんですか?」


 このような意味のない話は、軽い場の調整的な意味合いがあったのかもしれない。

 ルナの賢い会話術に納得しながら、冬樹はニバンには伝えなかったことを言う。


「……俺、忍者の国に行ってきて、イチの偽物作ってもらってくるよ」


 そう伝えると、ルナは目を瞬かせて首を捻った。


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