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第二十八話 大会後の静寂――怒り2


 貴族が平民に頭を下げる、というのは意外なのか、ハイムがほぇーと抜けた声をあげている。


『……あっ、フユキ枝毛あるわよ』


 今度は枝毛を探しているようだ。

 勝手にやるのはいいが、いちいちこちらに伝えるのはやめてほしい。

 後でオンオフ機能でもつけてもらいたいと思いながら、冬樹はルナの真剣な目を見る。


「……ミズノさん、本当に感謝しています。……感謝、という言葉では足りないくらいです。なのに、私は何も褒美を出せていない、ですよね?」

「そんなの別にいらないよ。俺は娘を助けるために協力しているんだ」

「……それでも! 何かしらのお礼を出せないのは、悲しいのですっ」

「貴族があんまり好きじゃないのに、そういうところは貴族らしいんだな」

「そ、そうですか? あの、何か欲しいものってありますか? なんでもいいですよ?」

「……そうだなぁ」


 急に言われても、何も思いつかない。

 別に特段欲しいものがあるわけではない。

 珍しい物をもらうと、冬樹の貧乏魂が遠慮したい気持ちでいっぱいになる。


「また今度考えさせてくれよ。ルナも疲れているんだろ?」

「……え?」

「ずっと目がしょぼしょぼしてんだぞ? もう用事も終わったんだろ、早く眠ったほうがいいぜ」

「……そうですね」


 ルナはベッドから立ちあがり、綺麗な姿勢で歩いていく。


「明日朝早いですから、気をつけてくださいね?」

「荷物でもまとめておくかねー」


 言ってみたが、それほど多く荷物があるわけではない。

 立ち上がり、ついでに体を軽くほぐしていると、ルナが入り口で振り返ってくる。


「……私、年齢とかって気にしませんからね!?」

「何の話だ?」

「失礼しますね!」


 ルナは扉を勢いしめて、逃げるように去っていく。

 冬樹はポリポリと頬をかいてから、腕を組む。

 そういえば、と思いだして体を起こす。


 イチは昨日の戦闘の後から、ずっと調子が悪かった。

 今朝は動ける程度には回復していたようだが、それ以降会っていないために気になっていた。

 部屋を出て廊下を歩く。なぜかサンゾウは階段を下りた先にある扉へ歩いている。

 これから外に向かおうとしているところだった。


「なにやってんだサンゾウ?」

「ひっ!」


 肩がびくりとあがる。

 入り口にある階段を下りながら冬樹が近づくと、ホッとサンゾウは息をもらす。


「って……なんだリーダーか。優勝おめでとうっ。さっすがリーダーだね、今度剣を教えてよ」

「相手になるだけならいつでもいいぜ。で、ここで何をしているんだ?」


 悩むように視線をさまよわせてから、サンゾウはぼそりと言ってくる。


「……そんなの決まってるじゃん! メイドたちがこの時間にお風呂に入るんだよ? その覗きさ!」

「へぇ、平民もお風呂に入れてもらえるんだな」


 グーロドは平民と貴族については厳しいと思っていた。

 意外な一面を知りながら、冬樹はサンゾウの言葉に耳をかす。


「ま、貴族のに比べればかなり微妙だけどね。木の小屋に魔石をくっつけただけだけど、まあメイドにはかなり好評らしいんだよね」

「おまえ……エロに関しては凄い情報獲得量だな。……で、俺と同い年くらいの美人さんはいるのか?」

『……あんたも、男ね』

「……お、リーダーも気になる?」

「そりゃあな。俺の好みは同年代か、ちょっと年上くらいの美人さんなんだ。で、いるのか?」

「当たり前だよ。ふっ、一緒に行く?」


 ぐっとサンゾウと握手をかわす。

 冬樹たちはこそこそと移動を開始する。


「そういえば、イチの調子はいいのか?」

「ま、もう元気だよ。余った食事を元気に全部平らげてたよ」

「そっか。すっげぇ、食欲だよな」


 なんて会話をしていると、屋敷に隣接されるように作られた木の小屋が見えた。

 その近くには、庭師が力を入れたのか整えられた木々が多く並んでいた。

 ちょうど良い隠れ場だ。


 すっかり暗くなり、今日は月もそれほど明るくない。

 貴族街では魔石による明かりがあるが、やはり闇は多い。それにこんな木の中に、わざわざ明かりを用意しているということもない。

 サンゾウに案内されるように木々へ向かうと、そこで意外な顔を二つ見つける。


「……げっ」

「やあ、ミズノくん。元気そうで何よりだ」


 グーロドとギルディだ。


「あ、ギルディ今日はどう?」

「うん、いいね。いい眺めだね」

「へぇ」

「おまえらいつの間にか仲良くなってんだな」

「ここを教えてくれたのがギルディなんだよ、リーダー」

「ま、そういう関係さ」

 

 ニヤリとギルディとサンゾウが笑顔をぶつける。

 四人で横一列に並ぶ。男同士、考えることは一緒のようだ。

 その中で、一番端にいたグーロドがぽつりと口を開く。


「……優勝おめでとう。ルナちゃんはいい手駒を手に入れたようだね。ま、ギルディが元気だったら、また結果は違っていただろうがな。なあ、ギルディ?」

「そ、そうですね……」


 話を振られたギルディの頬がひきつる。

 

「いつでも勝負は受けてやるからな、ギルディ」

「そ、そうかい。そうかい……ははは」


 ギルディがかわいた笑いを浮かべたところで、グーロドがおぉっと声をあげる。


「ど、どうしたんですか!?」

「ふん……ここから見えるんだ。なんと、メイドの中でもっとも巨乳のレンちゃんが入ってきたんだっ」

「な、なんですって!? ちょっと変わってくださいよ!」


 冬樹も見たくなり、彼を押しどけようとする。

 しかし、グーロドもなかなかのフィジカルで死守してみせる。

 というよりもギルディ、サンゾウにも妨害されてなかなか位置を確保できない。


「ここは私が作った場所だぞ!? メイドたちを覗き見するために、わざわざ覗き穴も作ってもらったんだぞ!?」


 最悪の動機だった。


「……優勝者ってことでご褒美に!」

「そんなの許されるか! 私はここを動かぬ!」

「ていうか、グーロドさん、貴族なんだからいくらでも見放題じゃないんですか?」

「妻に怒られるんだ! 下手なことをすると次の日何をされるか……」


 妻を今までみたことがなかったため、未婚かすでに亡くなられているのだと思っていたが。

 ギルディに顔を向けると、


「グーロド様の妻は基本的にその魔力で魔獣狩りをしているからね。しばらく街を空けているよ」

「そ、そうなんだ! 明日妻が帰ってきてしまうんだ! そうしたら、もうとうぶん覗きができなくなる!」

「俺だって明日帰るんですよ!? お願いです! 見せてください!」

「僕だってそうなんです! いっつも誰かに妨害されるせいで、生を見たことないんです! お願いします!」


 サンゾウとともに手をこすりつけると、グーロドが怒鳴る。


「必死すぎるぞ! やめろっみにくいわ!」


 ぶつぶつと呟いていたグーロドの背後で何かがゆらりと動く。冬樹は女性の姿を認めた。

 ギルディは顔面蒼白となり、グーロドの後ろを指差す。

 グーロドはギルディに苛立った様子を見せる。


「あなた、何をしているの?」

「……お、おお! 明日かえるのではなかったのか!?」


 引きつった様子でグーロドが後方に下がっていく。

 それをゆっくりと追い詰めていくグーロドの妻。


「そう言っておけば、こういう現場が押さえられるでしょ? さ、今日は楽しみましょうね」

「や、やめろ! 鞭だけは!」

「ほら、早く豚。来い」

「い、いやだ! ギルディ! 死ぬきで私を守れ……っ!」

「ギルディはここで覗きでもなんでもしてなさい」

「わ、わかりました……」


 ……どうやら、この家内での権力は妻のほうがあるらしい。


「そ、そんな!」

「人間の言葉を喋るな、豚」

「ぶ、ぶひぃ!」


 嵐のようにやってきて、グーロドの妻はグーロドを引きずっていく。

 美しい女性だ。この人がグーロドの妻……そう考えた冬樹はいらっときた。

 覗きなんてせずともそんな綺麗な人がいるのではないか――羨ましい死ね、と。


 冬樹が呪いを込めた目で睨みつける。

 そして、空いたその位置の奪いを始める。

 真っ先に動いたサンゾウが有利か。

 この中でもっとも小さい体もまた、滑りこむという利用方法で有効に使われる。

 と、そのとき、サンゾウの頭に拳が振り下ろされる。


「はいはい、馬鹿なことはしないでね」

「……い、イチ。邪魔をしないでくれ。僕は……ここで裸をみたいんだ……っ」


 すっかり元気な様子のイチがびしっと敬礼をしてくる。


「リーダー、優勝おめでとー。身体はもう回復したの?」

「それはこっちの台詞だっての。もう大丈夫か?」

「アハハ、心配ありがとね。もうこの通り元気だよー。リーダーも、覗き、なんてできるくらいには元気なんだねー、だねー」


 イチは笑顔のままであるが、どこか強い口調であった。

 リーダーがこんな情けないことをしているのが、許せないのかもしれない。


「あ、あんまり無茶な戦いはしないでくれよ? 無茶されると、心配だからさ」

「うん、ありがとねー。それじゃあサンゾウは連れて行くから、じゃーまた明日ねー」

「おうっ」

「り、リーダー! 僕を助けてくれ! 僕もみたいんだ!」


 サンゾウが伸ばしてきた手を冬樹は無視した。

 ギルディと視線がぶつかる。

 同時に動きだし、二人による戦いが始まろうとしたところで――。


「……ミズノさん?」

「……ミズノ様?」

「だーりん?」


 嫌な声が聞こえた。

 冬樹はそれを聞かなかったことにしたかったが、ギルディが額に手をやって人差し指で示してくるのだからどうしようもない。

 振り返ると、ルナ、リコ、ミシェリーが立っていた。

 

「……ミシェリーはこっちの風呂を使うのか? けど、ルナとリコは、屋敷の風呂、だよな?」

「はい、そうですね。それで、ミズノさんはどうしてここにいるのですか?」


 ルナの笑顔がどこか恐ろしい。

 冬樹が頬を引きつらせながら、どう言い訳をしようかと考えると、ミシェリーが手を掴んでくる。


「……ごめんなさいだーりん。愛情が少なかった」

「……何が?」

「私の愛し方が悪かったから、だーりんは浮気をしてしまった」

「だから、そもそも俺はミシェリーとは何の関係もないと思うんだけど……」


 あまり余計なことを言われると、ルナたちに誤解をされる。

 

「……ミズノ様は、どうにも女性に好かれるようだな。色騎士たちも随分とミズノ様のことを褒めていたのだ」

「ま、確かにそうだよね。この国の女性からすると、ミズノくんみたいな顔は好みみたい、だからね。会場でも凄かったよ? 色々な女性に声をかけられていたよ」

「誤解されるようなことを言うな、ギルディっ。ほとんど子どもに好かれていただけじゃねぇか!」

「それに、キミたちだって気にいっているんじゃないか?」


 ギルディはまるでこちらを見ずに、ルナたちに話題を振る。

 ルナとリコは顔を見合わせ、リコは気まずそうに顔をそっぽに向ける。


「わ、私は……まあ、そうですね」

「私も……それなりに」

「大好き」

「……ミシェリーのは、アテにならんからな」

「オーガ族の勘は絶対」

「勘じゃねぇか!」


 冬樹はポリポリと頬をかく。

 これほど、年下に好かれても、という気分ではあった。

 冬樹はちらと風呂場のほうに視線をやろうとして、二人に睨みつけられる。ミシェリーはさらに愛そうとしているのか、体を寄せてくる。


「わかったよ! もう覗きはしないで寝ますよっ。おやすみなさいっ!」


 冬樹はそのまま走り去ろうとするが、ルナたちに掴まれる。

 ……色々と注意を受けるのだろう。彼女らに屋敷まで連行される。

 後ろをちらとみる。

 ギルディが羨ましい、と冬樹はため息をついた。


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