第二十七話 大会後の静寂――怒り1
冬樹は途中で合流したリコとともに屋敷へ戻ってきた。
「……それで、だーりんの部屋は?」
明日の朝早くに出発するということで、ミシェリーとクロースカには今日屋敷に泊まってもらうことになっていた。
グーロドの許可が下りたのはよかった。大会での活躍がよかったのかもしれない。
「どうして、まず俺の部屋なんだ?」
「一緒の部屋」
「違う。クロースカとミシェリーは一緒の部屋だ。……まあ、使用人が使う部屋らしいけど、勘弁してくれよ」
「うひょー! この魔器は明かりの魔器っすね。……なるほど、昼間は魔器として使い、魔器の力が足りなくなったら非常用として魔石を利用しているっすね! うっはーっす!」
「……ま、クロースカは楽しそうだな」
見つけた魔器、魔道具を片っ端から調査しているようだ。
壊さないのならば何でもいい。
ミシェリーがさりげなく腕に手を伸ばしてきたのを回避しながら、部屋に案内する。
クロースカがはしゃぎすぎるせいで、なかなか進まない。
冬樹が使っている部屋とは違い、随分と質素であったが、二人は楽しげに部屋の中に入る。
ミシェリーがじっとこちらを見てくる。
やはり、同じ部屋がいいようだが、そのわがままを受け入れるつもりはなかった。
二人を部屋に案内してから、玄関に向かう。
「ミズノ様は舞踏会はどうするのだ?」
そこにいたリコが小首を傾げてくる。
「……ああ、そういえばそんな話があったな」
「優勝者は基本的に参加するが……まあ、特例はいくらでもあるのだ。……どうにもお疲れのようだしな」
「よくわかったな」
「私もよく疲労状態になるのだ」
「ああ、なるほどね」
なんとなく呼吸や様子からわかったのだろう。
「でも、参加したほうがいいんだろ?」
「そうでもないのだ。もう、力の証明は終わったからな。今さらミズノ様の力にケチをつけるものはそもそも魔兵の協力はしない。だから、参加せずともこちらが不利になることはないのだ」
「……そっか。なら欠席したいな」
「……いくつか伝えておくのならば、恐らく参加すれば貴族や色騎士から勧誘を受けられるはずだ。金や名誉を得る機会、でもあるのだ」
リコはあまり話したくないようで表情を歪めている。
冬樹が金を稼ぎたいのならば、ルーウィンよりもいい職場はあるということだろう。
「別にそんなのには興味ないからな。うん、やっぱり休むよ」
「……ありがとうだ。それでは、そう伝えておこう。では、ゆっくり休んでくれ……本当に、ありがとうだ」
リコは可愛らしい笑みを浮かべて頭をさげていった。
あれだけ可愛ければ、舞踏会でも人気があるはずだ。
悪い虫に絡まれないことを祈りながら、冬樹も部屋に戻る。
疲れた体をベッドに投げ出した冬樹は、そのまま顔を隠すように腕を動かす。
時計が示す時間は午後の六時だ。それでもすでに身体は眠かった。
散々戦闘したのだ。
思っていた以上に身体は重たく、目を閉じればそのまま眠れそうだった。
『……フユキ、あんたちょっといい?』
『なんだ?』
ネックレスから体に直接声が響く。
内で思った言葉がそのまま返る。
疲れている体では、口を開くのも億劫であったために非常に便利だ。
『……ありがと、助けてくれて』
『別にいいよ。……娘と被っただけなんだ』
『……娘って、あんた結婚してるの? とてもそうは見えないけど』
『いや、義理のだよ。けど、ま本当の娘みたいに思ってる。本当に可愛いんだぞ? あ、そうだ、今画像あるし、見せてやる』
『……い、いいわよ。あんた疲れているんでしょ? さっさと休みなさいよ』
『心配してくれんのか、ありがとさん』
『……心配って……あたしがその原因を作ったみたいなものだし。けど、あたしはまだあんたのこと完全に信用したわけじゃないからね? いつでも逃げ出せる用意はできてるんだから』
『ああ、それでいいよ。もう、後は目立つ行動さえしなければ、おまえは自由に生きられるんだろうしさ』
それから、ハイムの返事はなくなる。
彼女も疲れているのだろうか。
魔本に疲労という概念があるのかは疑わしかったが、冬樹は質問をぶつけた。
『……さっきさ、黒騎士の祖父が魔本に殺されたって言ってたけど、あれはハイムなのか?』
『……作られてすぐのあたしは、作成者の魔力に縛られているのが多かったわ。だから、逆らうこともできないし……何より、その魔族が最悪の性格、でね。魔本一つ一つに心を作り、あたしには人殺しを嫌う心を作ったのよ』
『なんでそんなことしたんだ?』
普通に考えれば、残虐的なほうが作成者としても楽であろう。
人殺しを嫌うせいで、ハイムはこうして自分の意思で戦うのを放棄しているのだ。
『……最悪な魔族だからよ。あたしが、人殺しで苦しんでいるのを見るのが楽しいんだって』
『……そいつの場所わかるか? 一発ぶん殴ってやるよ』
『……もう死んだと思うわよ。だから、あたしへの拘束もなくなってるんだしね』
『そっか。よかったな、自由になれて』
『……うん。信じてくれて、ありがと』
『別に、全部嘘だったら、おまえを本当に消滅させるだけだっての』
『……う、嘘じゃないわよ!』
『知ってるっての。一応、言っておいただけだ』
『……なんだ、ただの甘ちゃんかと思ったけど、そんなことないのね』
彼女の意志で人殺しをしていないのならば、冬樹はそれだけで満足だった。
冬樹は眠気に襲われる。
『もう寝る。おやすみな』
『……おやすみなさい。こういう挨拶って人間みたいでいいわよねっ』
最後にそんな興奮交じりの声を耳にして、冬樹は目を閉じた。
今頃、ルナやリコたちは舞踏会に参加しているだろう。
色騎士たちにも誘われたし、騎士にならないかと強いアピールもされていた。
休むのは良い選択だっただろう。
○
しばらくして、部屋がノックされる音がした。
『……外に誰かいるわね。出てあげようか?』
『そんなことしたら、また捕まるぞ』
ハイムの楽しげな声が響き、冬樹は体を起こす。
居留守を使うのも一つの手だろうが、既に四時間ほど眠ったおかげで身体はそれなりに回復していた。
時計は二十三時近くだ。舞踏会が終わり、リコかルナが訪れてきたのだろう。
魔兵がどれだけ集まったのか聞けるかもしれない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、今いくから!」
冬樹は声をあげて伸びを一つしてから扉まで歩いていく。
「あ、もしかして、眠っていましたか?」
ドレスで着飾ったルナがいた。
ハイムが羨ましそうな声をあげる。出来れば、心の中で騒ぐのはやめてほしかった。
「いやー、全然。ついさっき目が覚めて、二度寝しようか迷ってたんだよ。中はいるか?」
「はい」
昨日と同じように並んで座る。
冬樹はすぐさま本題を聞こうとしたが、それより先にルナの笑みが向けられた。
「他の貴族の協力を得ることができました! あと、レナードさんが街に来てくれるとも言ってくれたんですよ!」
「へぇ、そりゃあ嬉しいな。でも、またなんでだ?」
「なんでも、今日の結果を王に伝えたら、一人色騎士を派遣するように、と返ってきたらしいんです。……まあ、ミズノさんを色騎士に勧誘するのが目的、みたいですけどね」
「でも、戦争にも協力してくれるんだろ?」
「はい。ですが、他にもいくつか宣戦布告されているらしく、ルーウィンへの助力はそれが限界らしいです。集まった兵は、ルーウィンのと合わせて千二百となりました」
「……ちょっとまだ厳しい、よな?」
魔族と人間の身体能力や魔法はレベルが違う。
人間で魔族と張り合えるのが色騎士くらいしかいないというのだから、その実力の差は歴然としているだろう。
「……はい、でもまるで勝てる見込みがなかった昔とは違います! それに、まだ冒険者の方々の協力については、数えていませんから……どうにかなるかもしれません!」
「……なるほど」
「今は冒険者の追加募集をしているところです。ですが、冒険者の方々への報酬が問題なんですよね」
「報酬ね。……ルーウィンって結構余ってる土地あったよな? そこらへんを貸し出すとかはどうなんだ?」
「……え? ですが、開拓されていませんよ?」
「じゃあ、開拓したらその冒険者の土地にしてもいい、とかは? そうすれば、冒険者がくるかもよ?」
「……うーん、色々と考えてみれば……もしかしたら出来る、かもしれませんね」
「後は、奪った相手の土地を冒険者にあげる、とかは?」
「そういった、依頼の出し方は、今までありませんね。冒険者の方々がそれを許してくれるかどうか……」
「ま、そこら辺にはあんまり詳しくないから、リコと相談しながら考えてくれ」
頭を使うのは冬樹の担当ではない。
もちろん、相談されれば相手はするが、良い案を出せるような優れた知能は持ち合わせていない。
ルナが体をこちらに向けて、深く頭を下げてくる。
彼女の表情がどこか、緊張している様子であった。