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第二十五話 闘技大会本選2


 冬樹は、今まで一番の歓声を全身に浴びながら空を見上げる。

 天井は切り抜かれており、明るい日差しが降り注ぐ。

 昼食の後ということもあり、眠くなってきてしまう。

 このままベッドに飛び込んで眠れれば、さぞかし幸せな心地だろう。

 

『さぁ! これが今回の闘技大会の最終戦! つまりは決勝戦となります! まずは、誰もが知っている黒騎士様です! 斧と闇魔法、さらには魔兵を使った攻撃は今まで多くの対戦者を一方的になぶっています! まさに、最強という言葉がふさわしい存在です!』


 司会が黒騎士をおおげさに紹介してから、こちらを見てくる。


『そして、挑むはミズノフユキさんです! なんと、彼はルーウィンを占領していた魔族百人をたったの五人の兵だけで、奪還したらしいです!』


 恐らくは、噂話でも耳にしたのだろう。

 それにしたって過剰にもられた数字だ。後で嘘がばれたときが怖いと頬がひきつる。

 今すぐ訂正したかったが、司会が声を大きくしているし、観客たちの盛り上がりようから声が届くとは思えなかった。


『魔族に宣戦布告され、いまもなお恐怖にさらされた土地を救うためにここにいます!』


 そして、司会がマイクを渡してくる。

 当たり障りない、今まで通りと同じ宣誓。

 冬樹の言葉を馬鹿にする者は誰もいない。少なくとも、平民の観客たちは協力的な態度を見せてくれる。


 それが刹那的なものでも良い。

 ルーウィンという土地が誰かの意識に残れば、そこから伝達していき、兵が手に入るかもしれないのだ。

 マイクを司会に返すと、すぐさま司会は避難する。


「……色騎士たちの切り札ってところ?」

「みたいだな。正直、俺はそこまでの期待とかされるのはあんまり得意じゃないんだけど」

「……へぇ、なのに、随分と鋭い目をすんのね」

「一方的でも何でも、俺からすれば優勝は絶対に必要なことだからな。ま、楽しく戦おうぜ」

「……あたしも優勝は譲れないから」


 黒騎士がその表情をあまり変えないままにいう。

 司会が完全に離れたところで、


『それでは! 最強を決める決戦を! 始めてください! 』


 声が聞こえると同時、いくつもの闇が出現する。

 冬樹は自分の領域を会場全体まで広げ、魔法がどこに作られていくのかを把握していく。

 闇から出現した魔兵。

 冬樹はその魔兵に対して、斬撃を飛ばす。

 震刃から放たれた大気の魔力を固めた斬撃。


 魔兵にあたると、その魔力が乱され、あっさりと姿が霧のようにかすれる。

 黒騎士が苛立ったように口元をひくつかせ、さらに数を増やす。

 それらを震刃で破壊しながら近づくと、横薙ぎに斧が振り回される。


 身を低くし、震刃を振るう。

 彼女も跳ねるようにかわし、再び斧が振り下ろされる。

 後方へと跳びながら、冬樹は左手に水銃を作りだす。

 一目見てそれを危険なものと判断したのか、引き金をひくのと同時に魔兵がいくつも黒騎士の前を覆う。

 器用な奴だ。魔兵に、切り札の水がすべて当たってしまい、正体がばれる。


「……まだ、そんな武器を隠し持っていたのね」

「あっさりと封じてくれんな……これ結構とっておきだったんだぜ?」

「……あからさまに怪しいのが悪いのよ」


 黒騎士は口元を僅かに歪めて、斧を闇の中にしまう。


「……悪いけど、遊ぶ余裕はないから」

「俺だって遊ぶつもりはねぇよ。だから、さっさと話ができる環境を作ってやるよ」

「……アルズ!」


 黒騎士は両手を地面につける。

 あちこちに乱雑に闇が作り出される。

 自分の領域内での出来事だが、圧倒的な闇の数に把握が遅れる。

 自分の周囲は領域で防いでいるが……視界全体が闇に覆われる。


 まるで、ここにだけ夜が気まぐれにやってきたような暗闇。

 冬樹は周囲に視線を飛ばす。

 闇から斧が回るようにして切りかかってきて、咄嗟に震刃で弾く。

 が、斧は闇にのまれ、再び別の闇から現れる。


 上下左右。

 自由に動き回る斧は、段々と数が増えていく。

 剣に槍に、矢に……いったいどれほどの武器を闇の中に隠し持っているのだろうか。

 厄介な攻撃だ。冬樹は領域を使って動きを抑えながら、震刃に魔力を溜める。


「まどろっこしい攻撃はやめようぜ!」


 叫び、震刃を振りぬく。切り裂いた空間が一瞬だけ晴れて、再び闇に覆われる。

 恐ろしいまでの魔法展開速度だ。

 震刃を振りぬくのに動きをとられ、腕に剣がかすりそうになり、パワードスーツを展開する。

 これでは観客も何が起こっているかわからないだろう。


 パワードスーツに直撃していく武器を、冬樹は気合だけでしのいでいく。

 ――一応、この技は聞いてはいたが、ここまで厄介だとは思っていなかった。

 どうにか、一つずつ武器を落としていき、何とか闇が干渉できないよう、冬樹の領域を強化して、その空間内に武器たちを入れる。

 敵の武器が冬樹の領域内に落ちたところで、震刃に力を溜める。

 しかし、今度は魔兵が出現する。


「ちっ!」

 

 両手に水銃を作りだし、乱射。

 水が魔法に触れると、一瞬だけ闇がなくなる。

 しかし、闇は一瞬だけだ。恐らくは黒騎士が無理やりに魔力をぶちこんで、維持しているのだろう。


 冬樹は右手で近づく魔兵を打ち抜きながら、右手に震刃を作り、魔力刃の準備をする。

 チャージが終わると同時に何度も剣を振るう。いくつもの斬撃が敵の魔力を分解していく。

 攻撃の手を休めずに、水をばらまく。

 魔兵の数はだんだんと減っていく。

 闇の再生速度も落ちていく。

 簡単な話だ。


 いくら、化け物級の魔力を所有していても、黒騎士の魔力はこれまでの戦闘でその魔力を大幅に消費している。

 冬樹も、戦闘に際してエネルギーを消費する。

 だが、回復能力は早いし、そもそも、ピンチになれば別の予備バッテリーに切り替えられる。

 全部で三つのバッテリーを使っていけば、すべてがなくなるということはなかった。一つを使っている間に、別のバッテリーも回復するのだから。


 段々と闇が晴れていき、戦場が見えるようになっていく。

 ブーイング気味になっていた観客たちも、闇の隙間から見える激しい戦闘に、歓声が再燃する。

 そうなれば、焦りをみせるのは黒騎士のほうだ。


「……なんで、そんなに魔力を持っているのよ!」

「別になんでもいいだろ?」


 黒騎士は睨むようにして、そして片手を向けてくる。

 冬樹は、チャージしておいた震刃を振りぬき、黒騎士の体を貫通させる。

 周囲の闇が、魔兵が消滅する。

 冬樹は余裕の笑みを作り、ゆっくりと歩いていく。


「……は、はは……化け物ね。あんた」

「そりゃあどうも。俺の役目は敵の撃破だからな。強くないと存在理由がなくなっちまうんだよ」

「……あっそ、なんでもいいわよ。けど、あんたのその体っ!」

「ちょっと待てよ。俺が本当にしたかったのは話し合いだ」


 冬樹は水銃を向け、震刃をいつでも振るえるように構えながらそう答える。

 自分の話を聞いてもらうために、冬樹は、自分が強者であることを証明した。

 脅しのようなやり方で好きではないが、こうでもしないとまともに話もできそうにない。

 そして、黒騎士――魔本は、そこでようやく焦りをみせる。


「……な、なによ。どうせ、殺すつもりなんでしょ?」

「落ち着け……っての」

「……嫌だ。絶対に死にたくない。あたしは、あたしなのっ。あたしは、魔本じゃないっ。『ニブルハイム』という、一人の人間よっ」

「お、おいっ」


 冬樹が慌てて止めようと駆け出すが、遅い。

 周囲に氷がばらまかれ、地上が凍りつく。

 冬樹は咄嗟に領域を強化し、自分の世界を支配されないように膜を作る。


 何重にも強固に作り……どうにかようやく、冬樹は自分の身が無事であることを自覚できた。

 冬樹のパワードスーツは、温度の変化に強い。

 だから、まるで寒さは感じなかったが、目の前はまるで氷の国にでも来てしまったかのように氷一面の世界となっていた。


 日差しを反射するのはどこか幻想的で美しい。そして、空を見上げて驚いた。

 飛んでいた鳥はなぜか空中で止まっている。

 ……それどころではない。これほどの魔法だ、何かしらの観客の反応があってもいいだろうに、まるで動かない。

 声もない。闘技場は、時間さえも凍りついてしまったかのような静けさに包まれていた。

 冬樹はじっと魔兵のような少女を観察する。


「……おいおい、ふざけてんのかよ」


 その氷は世界を飲みこみ、この空間がまるごと凍っていた。

 会場全体を飲み込む氷は、対戦相手であった黒騎士の体さえも飲みこんでいる。

 今、目の前にいるのは『ニブルハイム』という一人の少女だけだ。


 どうにか領域を強化し、冬樹は足場の氷を破壊する。

 すぐに氷は再生してしまう。破壊するのは不可能だろう。

 冬樹は黒騎士の隣に姿を見せる魔本。

 半透明ではないが、それでもどこか色の抜けたような容姿をしている少女。

 乱雑な髪は、まるで手入れはされていない。

 世界のすべてを恨むような両目をこちらに向け、

 

「……全部、全部うまくいくはずだったのよ。あんたみたいなイレギュラーがいなければ!」

「そのうまくってのはなんだよ?」

「……黙りなさい!」


 魔本の少女は、腕をふりあげ、両目を赤くして吠える。

 その声にさえ、魔力が乗り、氷の刃が飛ぶ。

 冬樹は自分を襲う攻撃だけをはじきながら、少女の叫びに冷静に耳を傾ける。

 ――魔本?

 冬樹は首を振る。世界を破壊する存在といわれているらしいが、冬樹にはただの子どもにしかみえなかった。

 今の攻撃だって、子どもの癇癪みたいなもの。

 彼女の、本当の目的――ルナに言われて気になっていたことを聞くまでは、トドメを刺すつもりはなかった。


「黙れっていわれてもなぁ。おまえ、苦しんでいるんじゃないのか?」

「……何が」

「俺はずっと考えたんだけどさ。やっぱり、昨日の段階で攻撃しちまうってのが一番楽だったと思うんだよな」


 冬樹が彼女の立場ならば、確実にそうしていただろう。

 自分が道具と自覚しているのならば、誰かに使われているのならば。

 だが、魔本はその選択はしなかった。


 つまり、彼女はこの国を破壊したり、混乱したりといった攻撃はしようとはしていないのではないか、という考えが浮かんだ。

 それは、おそらく、この世界に住む人間からは予想外のことなのだろう。


「おまえはどうして闘技大会に参加したんだ?」

「……それを聞いて何かあるの。人間に何があるの?」


 話しながらも、彼女の声が魔法となり襲いかかってくる。

 魔本といわれるだけのことはあるが、さっきまでの意思を持った攻撃と違い、冬樹の体を傷つけることはない。


「何かできるかもしれないだろー? もしも昨日の時点で勝てないのなら、俺だったら、この闘技大会にだって参加しないで、さっさと逃げるよ。そんで、どっかにひっそりと隠れるか、国を破壊するための作戦を練る。けど、国破壊の絶好のチャンスをなぜか捨てただろ? ってことは、この闘技大会に参加する、理由、価値があったってことだ。何かあるのかなーって思ったんだよ」

「……何かって何よ」

「そりゃわかんないから、聞きたいんだよ」

「……きき、たい? あたしの話を聞いてくれるの?」


 魔本は瞳を驚きでか、見開く。

 そんなに驚くことなのだろうか――驚くことなのかもしれない。

 魔本として、恐れられているのが当たり前だったのだ。

 だから、できる限り優しく冬樹は頷く。


「俺は別におまえは怖くないからな。だって俺のほうが強いんだし」


 ちょっとふざけまじりにいって、氷の上を歩いていく。

 パワードスーツでなければ、滑って転んでいたかもしれない。

 怯えられないようにゆっくりと。

 少女の力になれる、とそんな意思を抱いて歩いていく。

 少女は初め、拒否するような目はなかった。

 しかし、途中でその両目が鋭くなる。


「……うそよ」

「え?」

「……前もそうやって騙してきた奴がいたのよ!」


 魔本は怒鳴り声をあげ、魔力をゆがませる。

 氷の槍がいくつもとびかい、近づくなとばかりに地面に埋め込まれていった。


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